破壊されたリックドム3機、トリモチで身動きできなくなったリックドム1機、そして動力を停止させた軽巡洋艦1隻とリックドム3機は、あとからやって来た宇宙戦闘母艦“ヴィーザル”に拿捕され、乗員全員が“ヴィーザル”の捕虜となった。リックドムのパイロット7人の他、軽巡洋艦の乗員40名は、ヴィーザル船底の空き倉庫に手錠つきで放り込まれ、一人軽巡洋艦の艦長だけが、ヴィーザルの幹部の前に連れ出された。ヴィーザルには鎮圧部隊として歩兵1個中隊が乗り込んでおり、その隊員二人に囲まれた軽巡洋艦の艦長は、手かせ足かせをつけられ、口には舌を切らないよう口かせまでさせられて座らされていた。会議室には、艦長であるロニー大佐のほか、副長のラモン中佐、情報長のハムザ少佐、機動大隊長のスナイ少佐、特別審問員としてジーナ曹長、他数人が陪席した。
「こんなところで、一体何をしていたのだ?」
仮面越しにロニーが、冷たい視線を艦長に放った。軽巡洋艦は、リーンホース級を土台にした改造品に見受けられるが、そうと断言できないほど大幅に継ぎ接ぎされていて、もはや判別不能である。そんなボロ船と骨董品で、最新鋭の巨大戦艦と最新鋭のモビルスーツに戦いを挑むとは、自殺行為以外のなにものでもない。ロニーは艦長の言葉を待った。艦長はなかなか喋ろうとしなかったが、シンと静まり返った状況に耐えられなくなったのは艦長のほうが先だった。
「軍艦を襲ったから、どうせ打ち首獄門なんだ。さっさと処刑したらどうだ」
口かせといっても、舌を切らないようにしているだけなので、呼吸は当然、自由に話すこともできる。開き直った艦長は、堰を切ったように饒舌に語り出した。
「連邦政府は、地方のことは地方に任せるなんて奇麗事を言うだけで、全く何もしてくれない。だいたい、アステロイドベルトみたいな人の住みにくいところに企業が進出なんてしてくれるはずがないだろうが。昔は、木星航路の中継地としてそれなりにモノが売れたらしいけど、技術が発展した今、アステロイドベルトなんてただの通過地点だ。誰も寄り付かない辺境の片田舎。水と食い物が少々あるだけの辺鄙な暗黒空間。金属と岩石でできた大地と空の下で、何の教育も医療も娯楽も受けられず、ただの生物としてしか、俺たちは生きることを許されないのか?そんな生き方なんてあるか。ふざけんな。アステロイドベルトの人工大地で生きるくらいなら、青空の下で走り回る地球のネズミの方がよっぽどましだ。さっさと殺して、地球のネズミに生まれ変わらせてくれ」
「…なるほど。たいそうなご高説、ごくろうさんだ」
ロニーは冷たく言い放った。
「教育や医療、娯楽を受けたいがために、強盗家業を働くのか。本末転倒もいいところだ。そもそも私は、君たちの主義主張に興味なんて一切ない。もう一度言う。こんなところで一体何をしていたのだ?」
「……」
自分の思いが伝わらなかったことに落胆したのか、同情を買って無罪放免を勝ち取ることができず心の中で舌打ちしたのか分からないが、艦長は表情を険しくして黙り込んだ。しばらく艦長の様子を観察していたロニーは、ハムザに視線を向けた。
「たしか、この先にアステロイドベータコロニー群があったよな」
「はい」
ハムザは手元のキーボードを操作して、拘束されている艦長の背後に設置されているスクリーンに星図を映し出した。はるか昔、地球連邦政府が成立する以前、連邦政府の前身であるISDOが、木星航路の中継地点をアステロイドベルトに設置した。準惑星セレスをアルファ、そこを起点として反時計回りに90度の地点をベータ、さらに90度の地点をガンマ、そしてさらに90度の地点をデルタとして計4ヶ所にコロニー群を作った。これらが人類史上初のコロニー群である。熱核クローム航行システムが確立されるまでは、水と食料、燃料の補給拠点として、これらのコロニー群は賑わっていたのだが、今では先程艦長が高説をのたまった通り、さびれきってしまっている。現在の“ヴィーザル”にいる位置から木星に至る航路の途中、アステロイドベータコロニー群がそばにあるようだった。その星図を眺めたロニーは、ラモンに視線を向けた。
「さびれきって犯罪者の巣窟に成り下がっているくらいなら、いっそのことコロニー群を全て完全に破壊、消滅させてしまったほうが人類の未来のためだろう。エネルギー弾薬を消耗するが、木星に行く行程には支障ないはずだ。少々航路をそれるが、アステロイドベータコロニー群へ向かい、コロニー群の完全破壊を実施する」
ロニーは高らかと宣言した。それを聞いた艦長は涙目になって哀願した。
「そ、それだけは勘弁してくれ。やめてくれ。コロニー群には、俺の妻と子供がいる。俺の命はいらないから、コロニー群の完全破壊だけはやめてくれ。たのむ」
「ほう。フネとモビルスーツを使って私たちを殺そうとしていたくせに、ずいぶんと都合のいいことを言ってくれるな。なぜ、殺しに来た殺人鬼の言うことを聞いてやらねばならんのだ」
「それでも頼む。コロニー群の破壊だけはやめてくれ。好きでやっているわけではないのに大切なものを奪われるなんて、あまりにも割に合わない。本当に勘弁してくれ」
「好きでやっているわけではないというのだな」
「まっとうな給料をもらえる、まっとうな仕事があるのなら、とうにそれをやっているさ。強盗家業なんて空しいだけだ」
「それにしては、軽巡洋艦にモビルスーツとは、ずいぶんと手が込んでいるではないか」
「仲介してくれる組織があるからな。強盗で得た利益をいくらか払う契約さえすれば、簡単に手に入る」
「ほう。で、その組織は何ていうのだ」
このとき、仮面の下のロニーの瞳が妖しく光ったように、そばにいるジーナは感じた。組織の名前を出すのはご法度のようで、艦長は再び口を閉ざして答えようとしない。ロニーは立ち上がった。
「話したくないのなら、別に構わない。ベータコロニー群全体が組織であるのなら、なおのこと、コロニー群を完全破壊するまでだ。我が艦の主砲の威力、特等席で存分に鑑賞するといい」
「そんなことすれば、連邦政府が黙っていないぞ。いくらあんたたちが連邦軍だとしても、あとで後悔することになるぞ」
艦長が吼えた。艦長の台詞に興味を持ったロニーは、再び着席した。
「さっきまで連邦政府を非難する演説をしていたお方が、今度は連邦政府を持ち出して我々を脅迫してくるとは興味深い。その組織の裏に連邦政府がいるということか?」
「そ、そ、そ、そんなことは、誰も言っていない」
艦長は狼狽しながら否定した。だが、この狼狽ぶりが、逆に真実であることを裏付けるものだと、ロニーは確信した。
「ベータコロニー群に着くまで、まだ時間は十分にある。今回の尋問はこれまでにしよう」
ロニーが立ち上がり、会議室を出て行ったことで散会となった。
軽巡洋艦艦長尋問会から数時間後、ロニーは艦長室にラモン、カタリナ、ハムザ、ジーナの四人を呼んで夕食会を開いた。下士官たちが夕食を運びこんで席を外したあと、ロニーは窮屈な仮面と兜を脱いだ。
「やっぱり慣れないなぁ。窮屈だ。素顔でいられるということがどんなに幸せなことか、しみじみと感じるよ」
「軽い素材で作ってとお願いしたんだけど、それでも重たい?」
「重くはないんだけど、圧迫感だけはどうしようもないよ」
ジーナの問いに、ロニーことトオルは苦笑した。夕食が並んだテーブルに座るよう皆に促す。上座にトオル、トオルの向かいにラモン、トオルの隣にジーナ、ジーナの向かいにカタリナ、カタリナの隣にハムザが座った。
「強盗団の親分って、どんな奴だったの?」
グラスワインを手に持っている非番のカタリナが、ジーナに尋ねた。サラダのトマトをフォークで突き刺す動作を止め、ジーナはカタリナにニコッと笑った。
「とっても冴えないおじさん」
「えーっ。ドラマに出てくる宇宙海賊の船長って、陰のあるニヒルな二枚目っていうのが定番なのに、ゲンメツぅ」
「それなら、僕がなってみせますよ。カタリナ姫を虚空の宮殿にご招待…」
「あんた、小学生からやり直したほうがいいわよ」
しょうもないことを言うハムザをカタリナは一刀両断にすると、手にしているグラスワインを口にした。まだ仕事を残しているハムザは、カタリナの持つグラスワインをうらやましそうに見たあと、トオルに視線を移した。
「閣下、本当にベータコロニー群を殲滅するのですか?」
「あぁ、あれか」
トオルはロールパンを手に取ると、バターナイフでマーガリンを切りパンに塗りつけた。
「あれは、ただの脅しだ。いくら私が枢密顧問官だからといって、勝手に軍事行動を起こす訳にはいかない。あちら側が手を出してきたのなら、話は別だけど」
「あちら側って、あの艦長一味を取り戻しに来る連中がいるということですか?」
アスパラの炒め物をフォークで突き刺しているラモンが尋ねた。パンとマーガリンが奏でる絶妙なハーモニーを楽しんでいるトオルは笑顔を作った。
「おそらく。たとえば、ある人が世界的有名大企業A社の一員になったとする。その人は、そうなれたことを誇りに思うだろう。そしてその誇りは、次第にA社と自分を一体化させる。俺の言葉はA社の言葉、俺を侮辱するということはA社を侮辱することだから、A社は黙っていないぞってね。しかし、突然会社が自分を冷遇し始めたら、会社の悪口を言い始める。こんなに会社に貢献しているのに、会社は何も分かっていない。会社は馬鹿だ。会社はおかしい、変わるべきだって具合に。さっきの艦長は、連邦政府のことを批判していたくせに、最後には連邦政府をダシにして私たちを脅しにかかった。間違いなく連邦政府の機関とつながっている。ならば、そいつらが拿捕された連中を取り返しに来る可能性はあるだろうね」
「でも、連邦政府関係者が、強盗まがいのことをするなんて、考えにくいですが」
「まぁね。でもありえない話ではない。ハムザ、食事中のところ悪いが、連邦政府のアステロイドベルトにかけている予算の、ざっとした内訳が分かるか?」
「いいですよ」
ハムザは立ち上がると、トオルの執務デスクに座って端末をいじりだした。トオルの端末はネメシスから持ち込んだもので、第三総軍総司令官代理だった短い間、総司令官のコードを使って連邦政府のホストコンピュータにアクセスし、全てのデータをコピーしていたのだ。公表されていない太陽系の詳細な星図データもあるので、微惑星や隕石に衝突したりせずにすむ最も安全な航路を算出することもできる。貴重なデータが詰まっているトオルの端末から、連邦政府の予算データを呼び出した。解析を進めた結果…
「地域振興対策費という名目で、大雑把な金額が計上されていますね。生活空間改良工事という名前がついた支払いがたくさんあります。何でしょうね、生活空間改良工事って」
「コロニー群の空調や汚水処理、有害光線の遮断など、宇宙空間で生活するために必要な設備の設置に使われる費用だね。サイド1に使っている費用と比べて、どうだ」
「…そうですねぇ」
四人の食事の手が止まって、端末を操作しているハムザに視線が集中する。しばらく端末の操作音だけが室内を支配したが、その時間は長くなかった。端末から手を離したハムザは軽くうなった。
「こりゃ、すごい。ベータコロニー群って、サイド1の半分の規模しかないのに、使っている予算は1.5倍くらいです。地球から離れているというだけで、こんなにお金がかかるものなのですか」
「何言ってんの。当然でしょ。全ての機械部品を現地調達できないから、地球圏から持ってくる費用だけでも馬鹿にならないし、技術者を呼ぶとなると大変なことになるのだから。でも1.5倍って…」
「……1.5倍は少ないな…」
カタリナの感想にトオルが乗っかった。
「人類が初めて作ったコロニー群だ。相当老朽化しているはず。それが、たった1.5倍だけの予算で足りるとは到底思えないな。ところで、支払先はどうなっているんだ」
「全てコロニー公社になっています」
「コロニー公社か…」
宇宙開発省の外郭団体。宇宙開発省からの出向者と、採用方法が全く公表されていない生え抜き職員だけで構成されている謎の組織。コロニー公社なのに本社は地球にあり、各コロニーに支社を置いていることになっているが、支社には支社長しかおらず、その支社長も地球にいる。各コロニーに駐在している職員は、全てコロニー公社の子会社の職員である。コロニー公社の財務状況や実務は非公表。毎年、宇宙開発省から査察が入り、結果を連邦議会に報告しているので何も問題はないとされている。
「政府は奇麗事を言っているが、裏で何をやっているか分かったものじゃない」
こうつぶやいてトオルはコーンスープをすすった。
「あの軽巡洋艦の艦長が言っていたけど、アステロイドベルトのような大した資源もない辺境の地に企業が進出してくることは考えにくいし、観光で人が来るとも考えにくい。木星航路の補給基地としての機能がなくなったら、どうやってアステロイドベルトのコロニー群に住む人たちを食わしていく?」
地球連邦政府が成立する以前、多数の国家が乱立していた時代、たいした産業がなくて貧しい国々に住んでいた人たちは、一体何を生計としてきたか。もちろん真面目に働いて暮らしている人はたくさんいるが、そうでない人の比率は経済的に豊かな国よりも群を抜いて高かった。中には、非合法なことに手を染める国家すらあった。地球連邦の成立によって国家の枠組みはなくなり、国家が非合法な経済活動をするということはなくなった。好景気のときには、強大な政府の強力な推進力で人々の生活は飛躍的に向上した。だが、ひとたび景気が停滞すると、政府の推進力は経済格差の拡大に向かう。所得の高い者は、高い者同士の競争に明け暮れる。より所得を上げるために、政治家や役人と結託して経済的弱者から搾取することを考える。所得に格差があるのは当たり前。でも税金は皆平等に払うのが当然。ひどい場合は、受益者負担を持ち出して経済的に苦しい人からも多く徴税しようとする。チャンドラ=ラオが、かつての地球連邦政府の栄光を取り戻すべく捨て身の覚悟で火星地球化計画を実行に移し、かろうじて連邦政府の財政破綻を免れ、人類社会に好景気をもたらすことに成功したが、それが終わると再び経済は停滞し、経済格差は更に広まった。普通に働いているのに人間らしい生活ができなくなったら、どうなるか。食うためには何でもやる。それが生物の本能。ならば…
「食わしていくために、コロニー群の支配層はあらゆる手段を使うだろうね。でないと、自分たちの立場が危うくなる。搾取ばかりで人民を弾圧する権力者は、例外なく滅亡しているのだから。大した産業もなく外貨を稼げない。補助金も当てにできない。なら、少々のことには目をつぶり、場合によっては影で手助けぐらいはしているのだろう。今回我々を襲ってきた連中は、きっとベータコロニー群の公権力者とつながっている。だとしたら、仲間を取り返しに大挙して押しかけてくる可能性は、やっぱりあるだろうね」
「どうにも手の施しようがなくなったから、ろくでもない稼業にも手を染めているというわけですか。世も末ですなぁ」
こうつぶやくと、ラモンは照り焼きハンバーグを口に放り込んだ。国境がなくなって国家間の格差はなくなったけど、地域間の格差は拡大しているように見える。生活環境が豊かなところで生きている人は豊かで、貧しいところで生きている人は貧しい。貧しさに逃げ出したくても、国家が統一されているので逃げ出す先になる他の国が、人類社会に存在しない。
「もう、連邦政府には、この経済停滞を解決する力はないのでしょうか」
「おそらく、ないね」
ラモンの問いかけにトオルは明快に答えた。
「経済格差と無縁の子供たちにとっては、国家や人種の枠組みに囚われず仲良くなれるので、統一国家というのは良いものだろう。だが、所得を得て生活していく大人にとってはどうかな。統一政府が力のある者への忖度に走り弱者を省みなくなったら、弱者は一体どこへ逃げればいい。そういう人たちの受け皿になる存在は、必要なんじゃないかな」
「それが、火星自治共和国というわけですか」
「そうなれるかどうかは、私には分からないな。ひとつ言えることは、地球へのこだわりを捨てない限り、受け皿にはなりえないということだ。アメリカは、宗主国のイギリスへのこだわりを捨て、独自の道を歩んだからこそ発展できた。かつてのジオンのように地球連邦政府にこだわると、火星もジオンと同じ轍を踏むことになるだろうな」
トオルも照り焼きハンバーグを切り分けて、自分の口に放り込んだ。様子を伺っていたジーナがおそるおそる声を出した。
「トオルさん。話は変わるけど、これからどうするつもりなの。ベータコロニー群に行くの?」
「ん、そうだな」
トオルは、溢れる肉汁を味わい咀嚼してハンバーグを胃に収めた。
「ジーナはどうしたいんだ?ベータコロニー群の見学でもするか?」
「け、見学って。さっきの話はよく分からなかったけど、ベータコロニー群って、私たちを敵と思っているんじゃないの?行って大丈夫なの?」
「相手さんがどう思っているかを気にするときというのは、自分が不利な立場にいる、もしくは将来不利な立場になる可能性がある場合だけだ。今現在そして未来に至っても、ベータコロニー群が火星自治共和国を敵に回したところで、不利になることはたくさんあっても、利益になることは一切ない。さっきは、仲間を取り返しに来る可能性があるとは言ったけど、その可能性はおそらく低いよ。気に病むことは何もないさ」
「そういうものなのかなぁ」
「心配性だな。どっちにしろ、ベータコロニー群の近くまでは行くつもりだ。拿捕した大勢の人間を食わせるだけの食料は、ヴィーザルにはない。さっさと返して身軽にならないとね」
「寄り道することになるのでしょ。それなら、余計すぐにでも木星へ向かうべきなんじゃないの」
心配そうにトオルの様子をジーナが伺った。トオルは意地が悪い笑顔を作った。
「そうか。人類が初めて作った世界遺産ともいえるコロニー群がどんなところか、全く気にならないのか。そうかそうか」
「ひどいなぁ、トオルさん。本当は、自分が行きたいんじゃないの」
「バレたか。そうなんだ。気になっているのは私だ」
舌を出してトオルはおどけてみせた。
「ジーナが興味がないのなら、あきらめて素通りしようと思う。どうするジーナ」
「えっ。私が決めるの?」
思ってもいないことを振られてジーナは慌てた。
「タクシーじゃないのに、行き先を決めるなんてできないよ」
「そうか?人を運んでいるという点で言えば、ヴィーザルもタクシーも変わらんだろ」
そういえば、トオルさんはローガンダムを落し物扱いするような人だった。少し前のことを思い出したジーナは、つまらないことを言ってしまったと後悔した。
「欲を張って言わせてもらうと、私も気になります。だって、初めて作られたコロニーなんでしょ。どんなところか、見てみたいです」
「なら決まりだ。補給を整えるためにベータコロニー群に寄港しよう」
宇宙戦闘母艦“ヴィーザル”の目的地は、この艦長の一声で決定した。
食事が終わり散会したあと、艦長室にはトオルとラモンだけが残った。窓の外に広がる無限の星々の群れを眺めるトオルの背後から、副長のラモンが声をかけた。
「さっきは、ジーナに酷なことを決めさせましたね。いくらなんでも宇宙戦闘母艦の行き先を決めさせるのは、やりすぎじゃありませんか」
「そうか。やりすぎだったかな」
トオルの視線は窓の外に向いたままだった。
「だいぶジーナはまともになってきた。ウチに来た頃は大変だったけどね」
あれからすでに半年以上経ったが、今でも当時のことは鮮明に覚えている。研究所で、そして軍隊で抑圧され続けていたジーナの精神状態は不安定だった。ひどく落ち込むこともあれば、興奮して攻撃的になることもあった。研究所からはいつでも相談に応じると言われていたが、トオルは研究所に頼ることは一切せず、あらゆる手段を使って民間の少年カウンセラーを見つけて相談した。ジーナを受け入れてくれた学校も生徒に対して真剣に向き合ってくれるところだったので、トオルとカウンセラー、そして学校のトライアングルでジーナと向き合った結果、ジーナは精神的な落ち着きを取り戻すことができたのだった。だが、
「まだジーナには、精神的に幼いところが残っている。そろそろ、他人にも影響が出る決断をさせて、決断というものには責任が発生するものだということを、教えたかったのだが」
「まあ、影響が及ぶのが私やカタリナ、ハムザくらいだったら、問題なかったと思いますが、ヴィーザルには大勢の乗組員がいますからね」
「中学校の生徒会長が決断することと同じようなものだと思っていたが、ヴィーザルの乗組員は中学生ではないからな。少々やりすぎたか」
このように述べてトオルは振り返って微笑んだ。
「私が道楽で引き取っただけなのに、ジーナのことを気にかけてくれて嬉しいよ。これからも見守ってくれたら、ありがたい」
「ジーナのことが気になっていたのは、私も同じです。気になっていても何もできなかった私の替わりに、閣下がジーナの面倒を見てくださったのですから、感謝するのは私のほうです。これからもジーナのこと、宜しくお願いします」
軍服を身にまとっているラモンは、トオルに敬礼ではなく深々と頭を下げた。二人の男を見守るように、星々はやわらかい光を放ち続けていた。