無人の荒野が広がっている。
アステロイドベルトから木星圏の間には有人惑星もスペースコロニーもなく、この間を通るのは、宇宙開発省直属のエネルギー資源公社が運航する輸送船団だけである。この輸送船団には、地球連邦軍第九艦隊の護衛艦が複数ついている。これを襲って物資を強奪するためには、最新の宇宙戦艦を三隻、最新のモビルスーツを20機は最低用意しなければならず、たとえ強奪に成功したとしても、本気になった連邦政府を相手に戦う覚悟が必要だ。そこまでして輸送船団を襲おうとする宇宙海賊は存在しないので、アステロイドベルトと木星軌道の間は、ほぼ無人である。その無人の空間を、宇宙戦闘母艦“ヴィーザル”は、木星目指して突き進んでいた。
「退屈だ~」
という声が各所から響く。エリアベータで余計な時間をとってしまったから、いつぞやのような実機訓練をする暇もない。新造戦艦なので、定期点検をしても不具合が発生したという話は全く出てこない。パイロットはシミュレーターによる訓練、船務科員は物資の在庫確認というように、毎日同じ作業を繰り返すだけなので、飽きてくるのだ。
「艦長。お願いがあって参りました」
艦長室の扉を開けて入ってきたのは、情報長のハムザ=ビン少佐だった。表情は穏やかだが、目には真摯な光が宿っていた。
「あまりにも退屈すぎて、緊張の糸が切れそうです。糸を切らないためにも、ここで一旦気分転換をする必要があると考えます。そこで、わたくしハムザ=ビンは、フットサル大会の開催をここに提案致します」
「フットサルぅ?」
突拍子もない提案に、ロニーは唖然とした。
「場所も道具も何もないのに、どうやってやるんだ?」
「そんなの、何とでもなります。この前、“ランパス”で補給物資の確認をしていた時、なぜかボールが数個搬入されているのを確認しました。ゴールは鉄パイプを機関科の連中に溶接してもらって、適当な網を括り付ければ出来上がります。場所は、モビルスーツデッキなんかどうでしょう」
「モビルスーツデッキなんて、無重力だからフットサルに向いていないだろ」
「そこがいいんですよ」
ハムザはニヤリと笑った。
「四方と天井をフェンスで囲み、フェンスを蹴って反動を利用した三次元フットサル。なかなか面白いですよ」
「その言い回しからすると、やったことがあるんだな、その三次元フットサル」
「へへ。実は何回かやって、ルールも決めてあるんです。足と頭だけではボールコントロールがままならないので、ボールにパンチする程度なら手を使ってもいい。フェンスで囲っているのでラインアウトは無し。とかです」
「…フィットネスジムでの運動ばかりだと飽きがくるし、ヴィーザルは広いとはいえ、艦内にずっといると運動不足になりがちだし、ちょうどいい機会かもしれないな」
「でしょう。いい提案だと思うのですが」
勝手に備品を使って三次元フットサルで遊んでいたことを咎められないよう、ハムザは精いっぱいの笑顔を浮かべて勧める。沈黙は長くは続かなかった。仮面越しにロニーはハムザを見つめた。
「いいだろう。段取りは全て任せるが、適宜報告を上げるように」
「ありがとうございます。いい大会にしてみせます」
「通常勤務に支障をきたすことが無いよう、スケジュールと参加者の安全には十分に配慮するんだぞ。大会が盛り上がることを期待している」
「はっ」
ロニーに敬礼するハムザの瞳は、安心と喜びに満ち溢れていた。
艦長の許可を受けて、三次元フットサル実行委員会が発足した。手書きのポスターが艦内の各所に貼られ、そのうちの一枚に目をとめたロニーは、実行委員に副長のラモンをはじめ幹部士官が名を連ねていたことに驚いた。
「艦長も出場なさりますか」
ポスターを眺めるロニーに声をかけたのは、機動大隊長のスナイ少佐だ。彼も当然のように実行委員に名を連ねている。スナイはスポーツウェアを身にまとっていた。あまり気にしていなかったが、スポーツウェア姿で歩いている非番の士官や下士官が増えたようにロニーは感じた。
「ご覧の通り、顔がこんなだから出場できないな。君たちの活躍を応援しているよ」
「それは残念ですね。そういえば、ジーナにも断られました。あんだけのパイロットだから、エース級の働きをしてくれると期待していたのですが…」
残念がっているスナイを眺めながらロニーは、ジーナが出ると並み居る巨体の男性プレイヤーたちをギタギタにしてしまうからなと、心の中でつぶやいた。
「それはそうと、今どれくらいの人数が応募しているんだ?」
ロニーの問いかけを受け、スナイは笑顔になった。
「おかげさまで、全乗組員の7割以上になりました。チーム分けや対戦方法の検討があるので、実行委員は大変です」
「それはよかった。引き続き頑張りたまえ」
「ありがとうございます。それでは、会合がありますのでこれで失礼します」
敬礼するスナイの動きが滑らかになった気がしたロニーは、そのままモビルスーツデッキへと向かった。デッキは密閉状態になっており、空気が充満しているのでノーマルスーツなしで入れるようになっている。通常の服装のままで入ろうとしたロニーは、扉の前で警備員役をしている兵士に注意された。
「申し訳ございませんが、何が起きるかわかりませんので、中へ入る際はノーマルスーツの着用をお願いします」
「それは失礼した。着替えてから来るよ」
「お聞き入れ下さいまして、ありがとうございます。ご来訪、心よりお待ちしています」
敬礼する兵士に答礼したロニーは、そのまま更衣室へと向かった。更衣室といっても下着姿になるわけではないので男女兼用である。すでに先客が何名かいた。ロニーの姿を見て全員が一斉に敬礼をした。
「三次元フットサルの視察ですか」
ロニーに尋ねてきたのは、航海長のルスタム少佐である。パイロット用の身動きしやすいノーマルスーツを着込んでおり、ヘルメットを装着しているところだった。ロニーは自分のロッカーを開けて、自分用のノーマルスーツを手に取った。
「まぁね。三次元フットサル実行委員会の力作を、ぜひこの目で見ておきたいからな」
「そりゃ、皆、寝る暇を惜しんで作り上げましたから…」
「この大会が成功したら、勝手に備品を使っていたことを見逃すから、みなケガがないよう、そして盛り上げてくれたまえ」
ルスタムをはじめとした皆が、ぎくりとした顔になり、そそくさと更衣室からモビルスーツデッキへと出て行った。やがてロニー一人になったが、続いて一人の少女が入室してきた。ジーナだ。
「あれ、トオルさんも三次元フットサルに出るの?」
意外そうな顔をしてジーナはロニーを見つめた。ロニーは兜を脱いで仮面だけになり、その上からノーマルスーツのヘルメットを被った。
「私がスポーツをするのが、そんなに意外か?」
「そういう意味じゃなくて、エラいヒトが出ると、みんなが気を遣うんじゃないの?」
「そうかもしれないな…」
仮面を被っているからジーナは分からないだろうが、きっと驚きまくった顔をしているだろうなと、ロニーは自己分析した。少し前までジーナは自分のことすら持て余していたのに、こんな他人のことを気にする発言ができるようになるなんて、半年前には思いもしなかった。
「今日来たのは、どんなものが出来ているか気になったからだよ。そういうジーナは、どうしたんだ?」
「わたし?わたしはただ友達に誘われただけ」
「そうか。このフネにも女の人はたくさんいるもんな」
こう言ってハハハと笑ったロニーに、ジーナが爆弾を投げつけた。
「誘ってくれた友達、男の子だけど」
「ぬ、ぬわにぃぃ、オトコだとお。どこのどいつだ」
ロニーが、ずいっとジーナに圧力をかけた。ロニーの態度が気に入らないのか、ジーナはそっぽを向いた。
「別に誰だっていいでしょ。トオルさんだって、カタリナさんと仲良くしているみたいだし」
「あれは、ただの仕事だ。そんなの、ジーナだって分かっているだろ」
「分かってるわよ。仕事で通じた仲間でしょ。私の場合も同じ。ただ、トオルさんのように仕事ではなく、プライベートで通じた仲間だけど」
さりげなくジーナが答えた。ぐぬう。これは一本とられた。ロニーは観念した。
「そうか。機会があれば、私にもそのトモダチを紹介してくれんか」
「別にいいんだけど、あっちがトオルさんに気兼ねすると思うよ」
「ぬ、そうか。それはそれはザンネンだ」
「何でそんなに気になるの?トモダチにオトコもオンナも関係ないでしょ」
すましてジーナは答える。だが、ロニーはすましてはいられなかった。友達に性別は関係ない。そんなことは分かっている。きっとこれがジーナでなければ気にならない。あれ、それなら何故ジーナだったら気になるのだ?ロニーは一瞬考え込み、そして悲しくなってきた。まだ三十にもなっていないのに、年頃の娘を持ったオヤジと同じになってしまったのではないか。そういや最近、忙しさにかまけて全く女っ気のない仙人みたいな生活を送っていたな。自分自身が男として枯れ果ててしまったのではないかと思ってしまい、ロニーはげんなりしてしまった。
「ここでも友達ができたのは、結構なことだ。そろそろ私は会場を見に行くことにするよ」
「そう、いってらっしゃい」
ジーナの成長を喜ぶべきことは十分に分かっているのだが、一抹の寂しさを感じずにはいられないロニーだった。
ジーナに見送られながらモビルスーツデッキに出たロニーは、三次元フットサル実行委員会が作り上げた力作を見て感心した。金網、といっても樹脂製かもしくは金属の上に樹脂をコーティングしたフェンスが、長さ50m、幅25m、高さ20mくらいのコートの四方及び天井を覆っている。そのコートが全部で三つある。その金網の内側、左右二箇所にゴールが設置され、金網と同化している。また、金網の天井部分とモビルスーツデッキの天井はロープのようなものでつながれており、有事の際は金網が吊り上げられてモビルスーツが出撃できるようになっている。火星からここに至るまでの長い時間をかけて、よくもまあここまで作り上げたものだと感心したのだ。
金網のそばに近づくと、中で選手たちが練習に励んでいるのが見えた。ヘルメットを被っているので顔がよく分からないが、番号と名前が入ったゼッケンをつけて誰だか分かる仕組みになっている。ノーマルスーツ着用での競技も、有事を考えてのことだろう。中は無重力なので、金網の天井まで飛び上がることができる。天井に止まって虎視眈々とボールを狙うもの、金網にぶつかってその反動でボールに飛びつくもの、金網の中のコートには20人くらいが練習に励んでいた。
「面白そうでしょ」
ロニーに声をかけてきたのは、副長のラモン中佐だった。ラモンは首に笛を吊るしている。コートの監視員を務めているようだ。
「私は審判役なので競技に参加できないのですが、審判も面白いですよ。艦長もやってみませんか」
「審判か。それは面白そうだ。審判もグループを作って交代でやるのだろう?」
「もちろんです。現場に穴を空けるわけにはいきませんからね」
ラモンは胸を張って答えた。
「艦長にも参加してもらえると、実行委員の皆が喜びますよ」
「そうか。なら、私も審判役として参加してみるよ。ルールを教えてもらえるか」
「もちろんです」
ラモンは、ヘルメットのバイザーを上げ、笛を吹いた。
「みんな、聞いてくれ。艦長が審判役で参加してくださるぞ」
「おおっ!」
各所から歓声が沸きあがった。コートに入る順番待ちをしているルスタムがロニーに握手を求めてきた。
「艦長が参加してくださると百人力です。目一杯楽しみましょう」
「そうだな。競技のことはよく分からないから、いろいろとご教授願うよ」
「大丈夫ですよ。私を含めて、みんな初めて同然なのですから」
モビルスーツデッキは、選手たちの熱気に包まれていた。
ロニー艦長の参加表明があって、参加者は全乗組員の9割近くに達した。実行委によってチーム分けされたのだが、チーム数が膨大になったので予選リーグだけでも数日かかり、優勝チームが決まるのは木星圏に到着する頃になりそうだった。
実行委員も、選手として、もしくは審判として参加する。実行委員のハムザとスナイは選手として参加するのだが、こんなに膨大な人数が参加しているにも関わらず、幸運なのか不幸なのか、偶然にも二人は同じチームに所属することになった。
「スポーツ万能の機動大隊長とご一緒できるなんて、とってもラッキーです」
よりにもよって、何でこんなイヤミたらたらのおっさんと同じチームなんだ、と心の中で百回毒づいたハムザが、はちきれんばかりの笑顔でスナイに握手を求めた。
「頭脳プレーで定評のある情報長殿がチームメイトとは心強い。頼りにしているよ」
よりにもよって、何でこんな腹の中が真っ黒で艦長の腰巾着の若造が同じチームなんだ、と心の中で百回毒づいたスナイが、さわやかな笑顔で差し出された手を力強く握った。そして、同じチームに幹部士官が二人もいて、しかもその二人の仲が悪そうなことに、他のチームメイトたちはため息をついたのだった。
交代勤務のため開会式を行っても全員が参加することができない。ゆえに開会式は行わず、すぐに予選リーグを始めることになった。実行委のスケジューリングが素晴らしく、通常勤務に支障をきたすことがないばかりか、乗組員たちの表情に明るさが、艦内には活気が戻ってきた。
予選リーグが終わり、決勝トーナメントも順調に進んで準決勝が始まった頃、ロニーは艦橋の艦長席でメインスクリーンを眺めていた。そこには、三次元フットサルの試合状況が映し出されている。情報科と通信科の士官、下士官の一部が面白がって実況中継班を作り、全艦内に実況中継を流しているのだ。これがプロ並みの報道で、見ているものを飽きさせない。ちょうどそのとき、カタリナがロニーに話しかけてきた。
「たまにはハムザ君もいいことを提案しますね」
カタリナはジーナ同様、競技には参加せず裏方に回っている。裏方も、このお祭り騒ぎに活気付いていた。ロニーは、視線をスクリーンからカタリナに移した。
「ハムザだからだろうね。こんな提案を持ってくることができたのは。ここまで盛り上がるとは、正直想像できなかった」
審判としてのロニーの出番は既に終わっている。結構な数の試合数をこなしたのだが、不思議と疲れを感じず、逆に爽快感が残るのは何故だろうか。しかも、試合に参加したことによってスポーツ観戦がより楽しくなる。勝敗に関係なく、スポーツがいかに精神衛生上素晴らしいものであるかを、まざまざと感じたロニーであった。
丁度、準決勝1つ目の試合が終わった。
「しかし、あのハムザのチームが決勝に進出するとはねぇ」
ハムザのチームは、ハムザとスナイの二本柱だ。この二本柱が互いに協力し合わないのだが、相手チームが気付かないここぞというタイミングでは協力し合うので、相手チームは意表を突かれてしまうのだ。準決勝の相手チームも、この例に漏れずハムザのチームに敗れてしまった。
「こりゃ、火星に帰ったら思わぬ出費を覚悟しないといけないな」
優勝したら、高級レストラン“ル・モンド”のフルコースディナーをご馳走してやると、ロニーはハムザに約束していたのだ。並み居る強豪相手に勝てると思っていなかったからとはいえ、軽はずみな約束はするものではないとロニーは反省しきりだった。
メインスクリーンでは、ここに至るまでの試合のダイジェストが流れ始めた。今や、スナイとハムザはスター選手扱いだ。そんなダイジェストが流れ始めて間もなく、ルスタム航海長から替わって舵を握っている航海士が声を上げた。
「まもなく木星圏に入ります。木星最遠の衛星“S/2003J2”とすれ違います」
「そうか…。さぁて、火星自治共和国にとって吉と出るか凶と出るか」
メインスクリーンには勝利者インタビューの様子が流れていたが、ロニーは窓の外に浮かぶ木星を、じっと見据えた。残す試合は、たった2試合。長い旅程だったが、往路のゴールはもう間近だった。
木星って、遠いですね。
どれだけ離れているか、ざっくりと測る手段として
地球=太陽間を1とする天文単位というのがあるのですが、
火星=太陽間は約1.5
ケレス(作中はセレスと呼称)=太陽間は約2.8
に対して
木星=太陽は約5.2もあるんですね。
当初、アステロイドベルトの話の次に
すぐ木星の話を持ってこようとしたのですが、
火星=ケレス間よりも長い時間を
何もなしにすっ飛ばしていいものか…
乗組員たちは、きっとヒマだ。
木星船団の場合は
ちゃんと対策が練られているだろうけど、
ヴィーザルは、木星へ無補給で行ける能力があるというだけで、
対策が取られているわけではない。
何かさせないと…
苦し紛れに考えたのが
三次元フットサルです。
きっと似た競技は他にあると思います。
ただ、情報ツウでも読書家でもない作者が知らないだけで…
もし、ご迷惑をかけているようでしたら、
申し訳ありませんが、このまま三次元フットサル使わせて下さい。
次回こそ、木星圏の話になります。
構想が変わってきているので、
来週に間に合わないかも…
その時はご容赦下さい。