木星からはヘリウムⅢをはじめ、さまざまな物資が採掘される。それらを、木星に最も近い位置で周回している衛星“メティス”のそばにあるプラントに集約し、精製する。そのプラントは単純に“木星プラント”と呼ばれており、そこから輸送船に積み込む準備が整ったという連絡がマクミラン准将のもとに届いた。
「ロニー君、出発の準備に取り掛かりたまえ」
“ヴィーザル”の艦橋メインスクリーンに、マクミラン准将の顔が映し出された。ロニーは艦長席から立ち上がり、マクミランに対して敬礼をした。
「了解しました。最後尾につけばよろしいのですね」
「決して隊列を崩してはならん。前に出たり列を乱したりしたら、あいつら何をしでかすか、分かったものじゃないからな」
「ご苦労をお掛けして、誠に申し訳ありません」
「何を言うか。わしとお前の仲ではないか。何度も言っていると思うが、木星人どもが何かしでかしてきたとしても、決して話しをしたり、手を出したりしたらいかんぞ。では、木星プラントで会おう」
ひしゃげた鬼瓦みたいな顔をほころばせたマクミランは、直立不動で敬礼するロニーに答礼すると通信をきった。メインスクリーンからマクミランの姿が消えると、着席したロニーにラモンが話しかけた。
「本当にやるのですか」
「あぁ。それが一番安全だ」
マクミランから話を聞いたロニーは、推進エンジンから非常口一枚に至るまで全ての管制を艦橋に集約させ、舵や主砲の操作を含め全てジーナにやらせることを決めたのだ。これを決めるに際し、ロニーは会議室に幹部士官を全員集めた。ロニーの決定に幹部士官たちは当然のごとく難色を示したが、ロニーは命令を押し付けるのではなく丁寧な説明をして、みんなから理解を得ることができた。
「それにしても、本当なのですかねぇ。木星プラントにいる作業員みんながニュータイプだなんて」
ラモンの口調は猜疑心に満ち溢れいた。ジオン=ズム=ダイクンがニュータイプを提唱してから長い年月が過ぎたが、人々は人類の革新を目の当たりにすることはなく、いつしかニュータイプという言葉すら耳にすることがなくなっていった。だから、ニュータイプの存在自体を疑問視する人は、決して少なくはない。だが、もしマクミランが言うように木星プラントの連中が皆ニュータイプだったとしたら、一体どうなるか。ニュータイプは、モビルスーツの装甲越しにコミュニケーションがとれるほどに磨かれた鋭い感性と、遠く離れた人にも自分の意思を伝えることができる感応波を持っているらしい。そんなニュータイプが放つ強い感応波をまともに受けて、一般人は正気でいられるのか。ロニーは不安だった。ニュータイプの感応波に対応できるヴィーザルの乗組員はいないのか…ロニーが探し当てたのは、ジーナだった。まだ少女の域にいるジーナに、こんな困難な役目を与えていいものかロニーはためらったが、意を決しジーナに話した。
「トオルさんが私にお願いをしてくれるなんて、嬉しい」
ジーナは快く引き受けてくれた。幹部士官たちも了承してくれた。あとは、マクミランからの発進の合図を待つだけだ。
「いずれにしても、木星プラントに着いたらはっきりすることさ」
ロニーは足を組み、艦橋の窓の外、港湾施設の無機質な機械の群れを漠然と眺めた。
しっかり食べて、しっかり寝て、体力を蓄えておくように言われた気がするが、まさかこんなに体力を消耗することになるなんてジーナは思ってもいなかった。
衛星“エウロパ”のクラトス駐留基地を出発、衛星“イオ”の軌道を抜けたあたりから、異変が起きた。木星の方から、心なしか圧迫感が感じられ始めた。木星が発している重力によるものかと思ったが、どうも違う。低い音?もしかして人の声?重低音のささやきが、鼓膜を通さずに脳に響いてくる感じ。それが圧迫感とともにジーナを襲ってくる。
「大佐、何か感じませんか。重いものが身体にまとわりつくような圧迫感のようなものが」
ルスタム航海長に代わって“ヴィーザル”の舵を握り、前方の輸送船を見つめながらジーナが尋ねた。問いかけを受けて艦長席に座っているロニーは、自分の身体や窓の外、手元にあるモニターを確認してみた。
「体が重くなった感じはするけど、木星に近づいたせいじゃないのか」
「私もはじめはそうかと思ったけど、声のようなものが一緒に響いてくる。多分違う」
「声?私には何も聞こえないが…」
ロニーは改めて耳を澄ましてみるが、ヴィーザルの発する動力音などの機械音くらいしか聞こえてこない。気のせいではないかとロニーが思った丁度そのとき、観測長が報告を上げた。
「右舷、二時の方角に軽巡洋艦クラスの熱源感知。まっすぐこちらに向かってきます」
「接触予定時間は」
「約1分後。至近です」
そのとき、強制的にメインスクリーンが点灯した。画面にマクミラン准将が映っていた。
「ロニー君。連中がちょっかいをかけに来たようだ。絶対に手を出すなよ。何か言ってきても相手にしてはいかん。いいな」
注意を促すマクミランの目が真剣そのものだったので、ロニーは直立して敬礼した。
「了解しました。まとわりつくような圧迫感を感じたり、声のようなものが聞こえてくると訴える者がいるのですが、もしかしてそれのせいでしょうか」
「連中のプレッシャーを感じることのできる奴が、ロニー君のところにいるのか。そいつはすごい」
マクミランは感心した声を出したが、すぐに声色は元に戻った。
「これからNT-Bを発動させるから、隊列を崩すなよ」
「NT-B?」
「詳しい説明は後だ。とにかく操舵に集中するんだ」
「了解しました」
通信はマクミランの方で切られた。観測長が報告した熱源が近づくにつれ、ジーナが言っていた脳に響く重低音を伴う圧迫感がロニーにも感じられ、それはすぐに巨大な重石となってロニーを襲った。これは、他の乗組員たちも感じたみたいで、方々から乗組員たちのうめき声が聞こえてきた。
「……キ…サ…マラ……ナ…ニ…モ…ノダ……」
重低音は、こう言っているように聞こえた。ロニーはふとジーナを見ると、ジーナの身体からオーラのようなものが立ち上っているように感じた。ジーナの表情は真剣そのものだったが、苦しんでいるようには見えなかった。
「私たちはただの旅人よ。あんたこそ何者なの?」
ジーナの独り言は、プレッシャーをかけてきている人物に問いかけているみたいだった。と、そのとき、観測長が報告を上げてきた熱源が、メインスクリーンに映し出された。光学的に視認できる距離まで近づいたのだ。確か、軽巡洋艦クラスと聞いたが…
「…モビルスーツ??」
近づいてきていたのは、フネではなかった。あまりに巨大なモビルスーツ。ローガンダムがだいたい全高20m程度なのだが、とてもそんなサイズではない。倍、ひょっとしたら3倍はあるかもしれない。その巨大なモビルスーツは、ヴィーザルにぶつかる直前で旋回して離れていった。
丁度そのとき、マクミランが乗艦していると思われる最前列のフネから淡い光が発せられ、隊列を覆った。すると、先程まで感じていた重低音と圧迫感が、霧が晴れたかのように無くなってしまった。
「これで、もう大丈夫だ。具合の悪いところはないか?」
メインスクリーンは、さっきのモビルスーツらしきものからマクミランの姿に替わっていた。兜の上から自分の頭を数回叩いて気を取り直したロニーは、マクミランに敬礼をした。
「はい。ご心配をお掛けしました」
「木星人どもは礼儀というものを知らん。仕事でなければ顔も見たくない。ところで今更引き返すことはできないが、まだあいつらのことが気になるのか」
「逆に、もっと気になってしまいました。どんな人たちなのか、是非この目で見てみたいです。ところで、さっきおっしゃったNT-Bって何なのですか」
全く懲りることなく張りのある声を出すロニーに、マクミランは笑声を立てた。
「NT-Bか。簡単に言えば、ニュータイプどもが発する感応波を無効化させてしまうシステムのことだ」
「ということは、サイコミュ兵器が使えなくなるということですか」
「まっ、そういうことだ」
ニュータイプの発する感応波を利用した兵器が一世を風靡した時期があった。感応波で小型砲台を遠隔操作する“ビット”とか“ファンネル”といったオールレンジ攻撃兵器が多数開発されたが、ある時期を境に姿を消した。感応波を出せる兵士を増産することができなかったというのが、主な理由である。このことはロニーも知っていたが、感応波自体を無効化できるシステムがすでに実用化されていたことまでは知らなかった。ニュータイプ自身の力を利用して感応波を無効化するシステムがあったという話を、耳にしたことはあったが。
「NT-Bの効果範囲内にいる限り、奴らは手を出せない。長い時間がかかったが、ようやくNT-Bの量産化に目途がついた。各艦、各モビルスーツに標準搭載されるようになるのは、もはや時間の問題だろう」
このマクミランの話を聞いて、なるほどとロニーは思った。NT-Bの発明により、サイコミュ兵器の存在価値がなくなることを見越した軍機省にとって、ニュータイプ研究所はもはや無用の長物だった。だから、軍機省はニュータイプ研究所を手放したのだ。だが、そんなニュータイプ研究所を、なぜ宇宙開発省は接収したのだろうか。
「連中の拠点である木星プラントまで、もう一時間もかからん。プラントに入る準備に取り掛かるといい」
「了解しました」
このおっさんの知識は役に立つ。敬礼するロニーはそう思った。
木星の資源を集約、精製している工場群「木星プラント」。木星の衛星“メティス”の宙域に浮かぶ一種のコロニー群である。「一種の」と断りが入るのは、プラントはコロニーのような円筒形をしておらず、さまざまな工場棟が四方八方に継ぎ接ぎされたいびつな形状になっており、コロニーのように重力を発生させるための回転もしていない。そのプラントが“メティス”を囲むように全部で八つ浮かんでいる。プラント自身は宇宙世紀が始まる以前から存在しているが、時代とともに継ぎ接ぎされていったため、建設当時の面影は全く残っていない。衛星“メティス”自身も大規模な改造が施されているため、火星の衛星“ダイモス”同様、これもまた原型を留めていない。人工の大地が作られて人々の生活空間になっているらしい。
ロニーたちは、そのプラントが視認できるほどにまで近づいていた。よく見ると、プラントの周りに、先程“ヴィーザル”に異常接近した巨大なモビルスーツが無数に浮かんでいるではないか。
「あれは、一体何なのです?」
ロニーはマクミランの背後から尋ねた。木星プラントに行くロニーとジーナ、ハムザ、スナイの四人は、マクミランの乗艦“アルグリア”に乗り込み、ともに艦橋にいる。質問を投げかけられたマクミランは、あざけるような声色で答えた。
「遠い辺境の辺境で、人知れず働く奴隷モビルスーツ。名は“サイコ・ガンダム”」
「サイコ・ガンダム?」
どこかで聞いたことがある名前だ。ふとロニーはジーナに目を遣った。その名を聞いたジーナの表情が引きつっているように見える。そうだ。カドモス研のマキノ博士とレストランで話をしていたときに、その名前が出ていた。ずいぶん昔にどこかの研究所が、強化人間によるモビルスーツの遠隔操作システムを作り上げようとしていたとか何とか。ロニーが記憶を呼び起こしていることなどお構い無しに、マクミランは話を続けた。
「木星人の出す感応波を増幅させて、あのモビルスーツを遠隔操作している。サイコフレームで全身を覆っているから、木星最深部の高重力、高圧力にも耐えられるし、ミノフスキークラフトを使って木星内部を自在に移動できる。サイコ・ガンダムが木星の最深部にある重金属を採取し、それを火星の核に注入して地球と同等の重力を作り出した。これは一般には知られていない話だがね」
「そうだったのですか…」
なぜ宇宙開発省長官のチャンドラ=ラオがニュータイプ研究所を接収したのか、ロニーは分かったような気がした。いくら重厚な装甲を施した採掘船に搭乗したとしても、木星内部に生身の人間が入るのは危険きわまる。遠隔操作しようにも、木星内部には尋常でない電磁波の嵐が渦巻いているので電波が届かない。パイプラインを引こうにも木星は巨大なので、パイプラインの延長距離が天文学的な数字になってしまい現実的ではない。それに対して、ニュータイプの感応波は電磁波に干渉されることがない。もともとニュータイプの感応波は、相当遠い場所にも届くものなのだが、その感応波をさらに増幅できる技術が確立できたら、木星最深部にも感応波が届くだろう。軍事技術の民間活用といったところか。
「だとしたら、現在の私たちの生活を支えてくれている木星の労働者の皆さんに、感謝しないといけませんね」
「感謝か…。とてもそんな気分にはなれないな…」
「……」
半端ではないマクミランの忌み嫌い方にロニーは辟易すると同時に、会いに行くべきではなかったのではないかと、自分の判断に疑念を抱いた。だが、マクミランが言うように、もはや引き返すことはできなかった。