マクミランが木星プラントの代表者に会いに行くというので、ロニーも付いて行くことにした。こうなったら、毒を食らわば皿までだ。ロニーに同行するのはジーナとスナイである。
「やることを見つけたので、“ヴィーザル”に戻ります」
と言い残してハムザはさっさと帰ってしまった。
「准将の話を聞いて、こわくなったんだろうな。肝っ玉の小さい奴だ」
スナイは笑ったが、笑いに覇気がない。チラッとスナイを見たジーナは、ニュータイプ慣れしていない人からすると当然の反応だなと思った。強化人間として訓練されたジーナは、いくらかのサイコミュ兵器を操作するくらいの感応波を出せるが、生粋のニュータイプのように相手の心に触れるまでの鋭さを身につけることはできなかった。昔は、そんなことまでできる生粋のニュータイプに憧れたが、今ではそこまでなれずに済んで良かったと思っている。いくら相手と仲良くなりたいからといって、ずけずけと無節操に相手のプライベートに入り込むのはよくない。トオルと一緒に暮らし学校へ通ったことで、こう思えるようになったのだが、この自分の考えが正しかったのかどうか、生粋のニュータイプに会うことでジーナは確認したかった。
ロニーたちはマクミラン准将の乗艦“アルグリア”のシャトルに乗り込み、衛星“メティス”へ向かう。“メティス”からの誘導に従って宇宙港に接舷、上陸した。“メティス”内部を見て、ロニーは異常な空間だと感じた。あまりに清潔すぎる。床、壁面、天井全てが大理石を思わせる材質で作られ、古代ギリシャを思わせるような柱、階段、彫刻がちりばめられている。出迎えがいたが、女性一人だけ。しかも、その女性はいかがわしい踊り子のようなあられもない姿をしていた。
「ようこそ、お越し下さいました。皇帝陛下がお待ちです。どうぞ、こちらまで」
「……皇帝…?」
ロニーはマクミランの表情を見た。引きつっている。こんなに贅が尽くされた空間は、地球上にもないはずだ。女性にこんな格好をさせ、それに皇帝?ここは、資源採掘の現場ではなかったのか。訳が分からない。
「携帯版のNT-Bは効果範囲が狭い。離れるなよ」
シャトルに乗り込んだ際、マクミランに注意されていたので、ロニーたちは触れるくらいにくっついて歩く。廊下も何もかも、ギリシャ風。ふんだんに照明を使っているので凄く明るいが、日光のような優しさを感じない。広々としており天井も高いが、人の気配が全く感じられない。不気味だ。
しばらく歩くと、オーク材でできた巨大な両開きの扉に出くわした。左右に衛兵が立っている。女性はここで退場し、衛兵が扉を開いた。
中は、さらに荘厳だった。一面の芝生、そして石畳でできた通路。月桂樹やら何やらが植えられ、ところどころに見事な花畑が広がり、小川や噴泉もある。彫像に宝石が埋め込まれており、きれいな光が乱反射している。そんな中に、小高い丘があり、そこにガゼボが建てられ、その下に白を基調とした荘厳な服をまとった男性が座っている。こいつが皇帝か?とロニーは思った。左右にこれまた立派な服を着た男女が並んで立っている。きざはしの下まで来ると、マクミラン准将が深々と頭を下げた。
「ご尊顔を拝し奉る機会をお与え下さいました皇帝陛下の恩寵に感謝申し上げます」
「…相も変わらず無礼極まる機械を使っているくせに。思ってもいないことを申すな」
毒のこもった声で皇帝らしき男が吐き捨てた。なんだこいつは?そう思ったロニーは、頭を下げながら上目遣いで皇帝らしき男を観察する。若い、というか、若すぎる。どう見ても二十歳そこそこ。ひょっとしたら、もっと若いかもしれない。しかも、相当の美男子だ。白皙の肌。艶やかなミディアムロングのさらさらの黒髪。形の整った眉。宝玉のようなサファイアブルーの瞳。その瞳が発する眼光は、冷たくマクミランを射抜いている。皇帝が見下している下賤の者は、皇帝のことなど意にも介さず淡々とした声を出した。
「皇帝陛下のご恩に報いる品々を用意しております。どうか、お納めくださいますよう」
「そこまで頼むのなら、受け取ってやろう。そんなことよりも、予が命じた件はどうなったのだ。貴様らオールドタイプどもよりも遥かに優れた予が、全人類を統治するよう組織を整え、地球へ行くフネを準備せよと。世界を動かしてきたのは、一握りの天才だ。天才である我々ニュータイプが世界を統治する。これこそ、世の摂理というものだ」
はぁ?こいつ何言っていやがるんだ!?ロニーはあきれ返った。こんな遠く離れた木星にいて、しかもこんな浮世離れした生活を送っていて、地球圏や火星圏などに暮らす平凡な人たちの何が分かるというのだ。こいつ、話にならん。
皇帝の意味不明な言葉にも、マクミランは動じずに返答した。
「まだ地球は、陛下の玉体に相応しいほど美しくなっておりません。もうしばらく、お待ち下さいますようお願い申し上げます」
「また、待てか。何回言えば気が済むのだ」
「地球が美しくなるまででございます」
「それはいつだ」
「かつて、チャンドラ=ラオ長官が申し上げた通りでございます」
マクミランがチャンドラ=ラオの名前を出すと、皇帝は黙り込んだ。しばらく沈黙が流れたのちに、皇帝が口を開いた。
「まぁ、いい。ご苦労だった。下がってよいぞ。あとで褒美のものを取らせる」
「かしこまりました。それでは失礼致します」
マクミランは再び深々と頭を下げ、ロニーたちを連れて退出した。小鳥のさえずりと花の香りだけが、来訪者たちを優しく見送った。
ロニーたちは、一切の寄り道をせず、全く言葉を交わすことなく、真っすぐにシャトルに乗り込み、マクミランの乗艦“アルグリア”に戻った。皇帝のいるあの異様な空間が、気持ち悪かった。
「あの、皇帝という奴、一体何者なのですか?」
当然ともいえる疑問を、ロニーはマクミランに投げかけた。疑問だらけなのだが、それを全て一気に投げかけると、マクミランが怒りだすだろう。頭の中が怒りで沸騰しているロニーだが、そのことには気付ける冷静さは残っていた。対するマクミランは、それみたことかといわんばかりの表情だった。
「自分で勝手に皇帝を名乗っているだけだ。しょせんは、サイコ・ガンダムを操って資源採掘をしている労働者の一人に過ぎない。まぁ、労働者どもの親分といったところかな」
「労働者の住環境にしては、豪華すぎるように見えますが」
「それは、チャンドラ=ラオのせいだ」
マクミランは苦々しく吐き捨てた。
「もともと、木星労働者の給料は破格だった。あいつら木星人の操るサイコ・ガンダムの生産性は、以前とは比べ物にならないくらいに高い。生産性の高さに応じて給料を支払うとチャンドラ=ラオが約束してしまったばかりに、あの皇帝の所得はとんでもない額だ。高額所得者ランキングに出てこないのは、木星労働者を適用除外にしているからで、もし例外にしていなかったら、間違いなく1位を争っているだろうな」
「そんなに、ですか」
「そういう高額所得者がゴロゴロいる。感応波を使ってマニュアル通りに機械を操作するだけで、超大金持ち。カネにモノをいわせて、やりたい放題。しかも、調子こいて世の中のことを偉そうに語りやがる。これだから、木星人どもは…」
「そういうことだったのですか。世間に木星人のことが知れ渡ってしまうと、あまりの理不尽さに暴動が発生してしまいますね」
「ワシですら頭にくるのに、時給でしか働けない低額所得者たちは、もっと怒り狂うだろうな。ただ感応波を出せるというだけで、所得が1億倍も違うのだから」
マクミランが所得格差を持ち出してきたことに、ロニーは笑い出しそうになった。地球連邦政府が火星統治に失敗した最大の理由が、所得格差にある。ロニーはそう思っている。いくら軍事力、警察力で押さえつけようにも、軍事力や警察力を実行する部隊は、機械ではなく人間だ。人間には良心がある。上からの命令と自己の良心が同じベクトルを向いていれば、軍事力や警察力は最大限発揮される。だが、上からの命令と自己の良心のベクトルが違う向きを向いてしまったらどうなるか。良心の呵責が起きない程度であれば、ベクトルは命令に向くが、良心の呵責が命令を上回ってしまうと、今の火星のような状況に陥る。良心の呵責が起きるくらいに、庶民を苦しめる政策をごり押ししたら、いくら新兵器を導入しても、いくら諜報活動で反乱分子を摘発しても、最終的に統治に失敗する。所得格差を推進する地球連邦政府の一員が、所得格差に触れるなんて、矛盾もいいところだ。
ロニーはそんな気持ちを押し込んで、別の懸念を持ち出した。
「それはそうと、彼らが自ら武器を携えて、地球圏へ侵攻して来る心配はないのですか」
「ないない。それはない」
ロニーの心配を、マクミランは笑いながら否定した。
「かつて、ある木星帰りのニュータイプが、ある組織を乗っ取って地球圏の支配を目論んだが、もろくも失敗した。それを奴らは知っている。連邦政府に求められないと地球圏を支配できない、ということを知っている。だから、あいつは我々にフネを寄越せと言う。それはすなわち、是非地球圏へ来て、地球圏を統治して下さい、と連邦政府が奴らに頭を下げるよう働きかけろということだ。何の恩もない、全く世話になったこともない奴の命令を、聞いてやる必要がどこにある。あるわけがない。あぁ、思い出しただけで腹が立つ」
別にマクミランのことなんて好きでもなんでもないが、このマクミランの腹立たしさには、ロニーも同感だった。そして同時に、木星圏を万一の事態に備えて火星自治共和国側に引っ張り込む、という使命を果たすことは不可能だとも悟った。協力関係を築こうとすると、法外な要求を突きつけてくることが、容易に想像できた。
「こんな不愉快な思いをすることに、閣下を無理矢理引きずり込んでしまい、誠に申し訳ございません。そして、ありがとうございました。これは、経験しないと、きっと分からなかったと思います」
「奴に会わないと、木星資源を受け取れない。奴に会うのは仕事のうちだ。気にするな」
皇帝が「褒美を取らせる」と言ったのは、木星資源の供給を許可したということらしい。これで輸送船に木星資源を積み込むことができるとマクミランは言う。
「これから積み込みだ。すごい量だから、積み込みだけで何日もかかる。積み込みが終わったら、ようやく出港だ。やれやれ」
「手伝いましょうか?」
ロニーの申し出に対して、マクミランは首を横に振った。
「それには及ばん。ほとんど機械がやってくれるし、人手が必要な場面は専門知識のある人間でないとできない。ワシも現場に出なければならないので、おぬしの相手をする暇もなくなる。ロニー君、早く帰って自分の仕事をするんだな」
「分かりました。お世話になりました」
「そうだ。奴らが何をしてくるか分からんから、うちにある予備のNT-Bをやる。一回母艦に帰って、技術士官を連れて来い。設置や操作の仕方を教えてやるから」
「ありがとうございます」
マクミランに対してロニーは、感謝の念を込めて敬礼した。