機動戦士ローガンダム   作:J・バウアー

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PHASE 0(3)軍略

 宇宙戦闘母艦“ヴィーザル”は、木星への長い旅路を終えて地球連邦軍第七艦隊の司令部があるダイモス要塞に入港した。軍港にいる艦艇の数はまばらである。大半は火星の周回軌道上に展開してクーデター軍と対峙している。軍港に停泊しているのは、第七艦隊第一分艦隊第一戦隊、すなわち第七艦隊司令官ルーデンドルフ提督直属の艦隊だけであった。

「長旅、ご苦労さん」

 タラップから下りてきた“ヴィーザル”艦長ロニー=ファルコーネ大佐を、火星自治共和国枢密顧問官ルーデンドルフ軍務卿が数名の士官を連れて出迎えた。ロニーは敬礼で以ってルーデンドルフに応えた。

「こちらから閣下の下へ伺うべきところを、わざわざお越し下さいまして、まことにありがとうございます」

「堅苦しい挨拶はいい。旅はどうだったか」

「メンバーに恵まれました。閣下のご配慮には感謝しかありません」

「喜んでもらえて嬉しいよ。とにかく急ぎたいから、会議室まで歩きながら話したい。いいかな」

「それは構いませんが、小官一人で伺わなければなりませんか」

「何だ。同行させたい人間でもいるのか」

 ルーデンドルフが不思議そうな顔をする。ルーデンドルフとロニーはともに枢密顧問官。他の枢密顧問官たちは皆火星にいるから、高官同士の話し合いに顔を出せるような人間はこの場にいないはずだ。そんなルーデンドルフの内心などお構い無しに、ロニーは要求を出した。

「アステロイド=ベルトから木星圏に至るまでの詳細な情報をお話したいので、“ヴィーザル”副長のラモン中佐、船務長のカタリナ中佐、そしてアステロイド=ベルトで乗組員になったアロワ一等兵とその介添役のジーナ曹長を同席させたいのです」

「なるほど。それだったら別の会議室を使うことにしよう。ヘンレ大尉、8号会議室を用意するように」

「はっ」

 ロニーと同年輩くらいの士官は、ルーデンドルフに敬礼をすると足早にこの場から立ち去った。同席の了解を取り付けられたので、ロニーはそばにいるラモン副長に、アロワとジーナを連れてくるように命じた。

 その後を追うようにルーデンドルフが歩き出したので、ロニーがそのやや後ろについて歩く。そのだいぶ後ろにカタリナがついて行く。あとから来るラモンに、居場所を伝えるためだ。ラモンとカタリナの気配りに気付いているのか分からないが、ルーデンドルフはゆっくりと歩きながらロニーに告げた。

「貴官からの提案を拝読させてもらった。他の顧問官たちと意見を交わした結果、貴官の作戦を了とする。貴官の要望は、空母一隻と強襲揚陸軽巡洋艦三隻、ウラノス=シティを包囲している10個師団の指揮権、そして役目を終えて宙をさまよっている太陽光集光ミラーだったよな」

「ありがとうございます。その通りです」

「それだけの兵力を指揮するのに、大佐ではまずい。第二任務部隊司令長官中将の辞令を数日中に出すので、そのつもりでいてくれ」

「はっ。ご命令、謹んでお受けいたします」

 歩きながらロニーは浅く頭を下げた。そして言葉をつづけた。

「第二任務部隊司令長官就任に当たり、統合参謀総長のフェルミ元帥に挨拶をしたいのですが、コンタクトを取って頂くことはできないでしょうか」

 ロニーの思わぬ願い事に、ルーデンドルフは歩く速度を落とし、ロニーに視線を向けた。

「フェルミ元帥にか。元帥と話をしたがる奴なんて、おぬしぐらいじゃ。何を企んでいる」

「企むだなんて、人聞きの悪い」

 ロニーは一つだけ咳ばらいをした。

「火星の平和のために、ささやかなご協力を賜りたいだけですよ」

「ささやか、か。第三総軍総司令官代理大将は、ささやかなお願いだったのか」

「あれは、私がお願いした訳ではありません」

「まぁ、いい。コンタクトは取るが、確約はできんぞ」

「それで結構です」

 その後、ロニーとルーデンドルフは他愛のない雑談を続けた。エレベータに乗り、通路を歩いているうちに、ラモンとカタリナ、ジーナ、アロワが合流してきた。しばらく歩いた末、一行は一つの扉にたどり着いた。先ほどのヘンレ大尉が直立している。

「中で、ニジンスキー提督とハルマ参謀長がお待ちです」

 敬礼してヘンレがルーデンドルフに報告する。そして扉を開けると三十名程度を収容できる会議室に五名が着席していた。二人は先ほどヘンレ大尉が報告していた高級軍人、一人は正面にあるモニターのそばにいるオペレータ、あとの二人はそれぞれニジンスキー提督とハルマ参謀長の横に着席しているところから、副官か何かであろう。五名はルーデンドルフの姿を確認すると、立ち上がり敬礼を施した。オペレータはすぐに着席して端末の操作を始める。するとモニターが有彩色となり、左右中央、三つのブロックに分割された。それぞれに人物が映し出される。中央に映し出された、瑞々しい栗色のストレートヘアとエメラルドグリーンの瞳が印象的な50代くらいの女性が、最初の一声を放った。

「ファルコーネ卿、長い航海お疲れ様でした」

「とんでもございません。良い経験をさせて頂きましたので、感謝しております」

 ロニーの声はこの女性、火星自治共和国枢密顧問官ナディア=レスコ主席に対して軽く頭を下げた。その様子にナディアは微笑んだ。

「報告書の作成ご苦労様です。内容について卿から直接の説明を頂きたいのですが、よろしいでしょうか」

「もちろんです」

 ロニーは、提出済みの報告書を基に、アステロイドベルト及び木星での出来事について、カタリナからの助けを借りながら話を始めた。すでに枢密院での了承を得ているアステロイド=ベルト鎮守府設置計画に関する件は意図的に割愛し、話のメインは木星圏のことについてになった。第九艦隊のことは、軍の高官であるニジンスキーですら知らないことだった。

「ファルコーネ顧問官、クラトス駐留基地の件は間違いないのですか」

 第八艦隊司令官ウラジミール=ニジンスキー。中肉中背で、口元に蓄えている髭は白く、頭髪は薄い。ルーデンドルフ軍務卿より一つ年下の56歳。ルーデンドルフのような派手な軍歴はないが、士官学校を出てから順調に階級を上げていった。参謀本部勤務よりも現場経験の方が長い。

 そのニジンスキーの疑問に、ロニーは答えた。

「写真に写っている通りです。地下港湾の存在を疑いましたが、出入港口を確認できませんでした。クラトス駐留基地に入港する機会があったので、現地調査を行いましたが、それでも確認できませんでした」

「ファルコーネ卿の報告書によれば、木星圏及び木星圏以遠にコロニー群が無く大勢の 人が住んでいないから、大規模な軍を駐留させる必要が無い。なのでクラトス駐留基地に大規模な港湾設備がなく、第九艦隊の構成も小規模なものであっても不思議なことではないと結論付けられている。だが、木星には資源採掘に携わる労働者が多く存在しているはず。報告書に書かれている少人数のニュータイプ能力者だけで、木星資源を採掘しているとは、とても思えないのだが」

 ニジンスキーに代わって疑問を投げかけてきたのは、モニター画面の右に映っている男性だった。火星自治共和国副主席エリアス=ナイツェル財務卿。副主席だが、七人の枢密顧問官の中で年齢はロニーの次に若い42歳。ウェーブのかかったセミロングの金髪と意志の強さを象徴する太い眉、銀縁メガネの奥で煌くコバルトブルーの瞳が印象的な能吏である。超巨大企業アナハイム=エレクトロニクス=コンツェルン常務取締役兼アナハイム=マース代表取締役社長だったが、火星自治共和国成立を機に離職して現職に就任した。アナハイム在職期に培った経済界への人脈の太さには定評がある。とにかく行動派でじっとしていられない性格と、ターゲットへの鋭い斬り込み方から、つけられたあだ名が“ホオジロザメ”だった。ロニーは、その“ホオジロザメ”の牙を向けられたのだが、平然としていた。

「かつてのように、多数の労働者を木星に送り込んで作業に当たらせる手法は、現在とられておりません。多くの人手と教育が必要で、しかも高重力の過酷な現場のため長続きせず、労働災害が多く発生することから、今では巨大モビルスーツ“サイコ・ガンダム”をニュータイプに遠隔操作させ、木星内部に突入させる無人採掘法を採用しています。ゆえに、木星に居住している人員は限りなく少なく、他のめぼしい産業はありません」

「では、居住者の人数をどれくらいだとファルコーネ卿は見込まれる?」

「それについては、ここにいるアロワ一等兵に報告させます。アロワ君」

「え、え、あっ、はい」

 木星では皇帝を名乗って偉そうにしていたアロワだが、ここでは借りてきた猫状態だった。これまでアロワが出会ってきた高級軍人たちとは、目つき声色話しぶりが全く異なっていて、会議室の雰囲気に気圧されていた。

「世界を動かすというのは、こういうことなのか…」

 今までいた自分の世界がいかに狭い空間だったのか、そして世界の皇帝なんて何ておこがましいことを言っていたのか、アロワはショックを受けていた。そんな中でロニーにいきなり発言を命じられたので、不意を突かれた格好となりアロワは慌てて立ち上がった。

「木星圏の居住者については、サイコ・ガンダムのパイロットが交代要員を含めて50名程度、パイロットの体調管理のために派遣された生体科学研究所の職員が30名程度、プラントの技術者が200名程度、その他の職員が60名程度で、すべて合わせても400名はいないと思います」

「そんな程度なのか」

「はい。しかも、パイロット以外は木星船団を使って交代でやって来ますから、定住者の割合はかなり低いです」

「そうか。それだったら、ファルコーネ卿の報告書に納得できる。ありがとう」

 ナイツェルの言葉を受け、アロワは着席した。雰囲気に気圧されたにもかかわらず、アロワがよどみなく報告できたこと、そしてちゃんと丁寧に話をすることができたことに、ジーナは感心した。

 その後、話題はクーデター軍との戦いへと移った。

「ファルコーネ卿のご指摘を受け、外交部を挙げて調査を行いました」

 こう切り出したのは、モニター画面の左に映っている男性だった。火星自治共和国枢密顧問官パク=テウォン外務卿。51歳になる彼は、年齢に不相応なくらいに豊かな黒髪をオールバックにまとめ、細面の口元にはひげを整え、ひきしまった肉体に洗練されたスーツをまとうその容貌は、一流の俳優を思わせる。現職に就任する前はカドモス大学で行政学の教鞭をとる客員教授で、その前は地球連邦政府内務省で課長を務めていた。内務省を中心として地球連邦政府に広い人脈を持つ。ロニーが素顔のトオルの時に、非常事態対処法の扱いについて相談した内務省法制局のバウリー課長は、テウォンの後輩に当たる。そのテウォンは、言葉を続けた。

「地球連邦政府が火星への遠征計画を立てているのは、間違いありません。ファルコーネ卿の推察通り、遠征軍の規模を詰めている段階です。宇宙艦隊司令部から第三、第四の二個艦隊、制圧のための地上軍として二十個師団を投入する案が有力のようです。遠征軍の指揮を執る司令官の人選が難航しており、かつ地球圏での自治権要求運動への警戒もあって、まだ煮詰まる気配はありません。ですが、いつ連邦軍の準備が整うか分からないので、外交部としましては、軍部に対し速やかなるクーデター鎮圧を要請します」

「外交部のご心配はもっともだ。軍部としても現在の状況を打破するために、ファルコーネ卿が提案した作戦計画を了とし、彼を第二任務部隊司令長官に任じた。作戦の概要とファルコーネ卿の人事について、連邦軍統合参謀本部の同意も得ている。財政部はまだこの作戦計画に同意できないのか」

ル ーデンドルフはナイツェルに詰め寄った。財界からのウラノス=シティの現状維持の要望が相当強いようで、ナイツェルの表情は険しい。苦虫を噛み潰したようなナイツェルにロニーは諭すように語り掛けた。

「ナイツェル卿、企業の中枢が集まっている三番街は、攻撃の対象から外しています。治安の乱れも、最小限に抑えるよう全力を尽くします。ウラノスを奪取しない限り、クーデター軍の制圧は不可能です。作戦に同意して頂けないでしょうか」

「財界は、独自のルートで連邦軍による遠征計画の情報を掴んでいて、連邦軍による動乱鎮圧を望んでいる。未知数の自治共和国の統治より、連邦政府による統治の方が先を読みやすいからだ。そんな財界を説得するには、自治共和国による統治の方にメリットがあることを示さなければならない」

「なるほど、そういうことでしたら話は単純です」

 ロニーがこのように即答したので、ナイツェルは驚いた。発足したばかりの自治共和国の統治に魅力があるということを、ナイツェルは財界に示すことができなかった。そもそもナイツェル自身、ウラノスへの攻撃に反対だった。ロニーだけでなく、ルーデンドルフとテウォンからも作戦遂行を迫られ、それを押し返すために無理難題を吹っ掛けたつもりだったのだ。ナイツェルは鋭い眼光をロニーに向けた。

「何が単純なのだ?私には、とてもそうは思えないが」

「いえ、単純です。何故なら、もし連邦政府による再統治が始まったら、財界の皆さんが望むような事態にはならなくなるからです」

「なぜ、そう言い切れる?」

「今回の動乱の原因、連邦政府は財界にあると思っているのでしょう、テウォン卿」

 ロニーに話を振られたテウォンは、閉じていた目を開いてナイツェルを見据えた。

「はい。沈滞している経済を活性化させるために、財界が手を回している。連邦政府内務省は、何か決定的な証拠を掴んだようなのです。ですので、もし連邦軍がウラノスに進駐したら、真っ先に三番街が接収されて経済機構を解体するのは、ほぼ間違いないでしょう」

「本当か、それは」

 ナイツェルの鋭い眼光がテウォンに突き刺さる。ホオジロザメと称されるナイツェルに睨みつけられたら、並みの人間であればすくみ上がって何も言えなくなるところだが、テウォンは並の人間ではなかった。ホオジロザメの眼光を正面から受け止めて、はじき返した。

「間違いありません。外務卿として断言致します」

「それなら話は別だ。財界は私が抑えつける。ウラノスが少々傷ついても構わん。財政部もファルコーネ卿の作戦を支持しよう」

 ナイツェルが折れたことで、ロニーの作戦案は了承された。そして、しばらく雑談が交わされたのちに、主席のナディアによって散会が告げられた。

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