クロノス宇宙ステーション。火星総督府が設置されていた火星の中心都市ウラノス=シティから宇宙空間に伸びる軌道エレベータの終着点である。50隻を係留できる港湾設備と、商船からの物資とウラノスからの物資を貯蔵、運搬する巨大な流通機構を持つ。クロノスで労働に従事する人々は多く、そういった人々及びその家族のための住居、そしてその生活を支える商業施設が必要なので、クロノスの規模はスペースコロニー一基分くらいに相当する。それでもスペースが足りないため、第二港湾が建設された。第二港湾はクロノス本体よりは幾分か小さい。それでも港湾設備は40隻程度。クロノス本体とパイプで繋がれている。パイプといっても断面の直径は500m、延長距離は3kmに及ぶ。クーデター発生後、第二港湾はクーデター艦隊の母港として接収され、商業活動に従事する人の姿はない。
そのクロノス宇宙ステーション第二港湾管制センターは、奇妙な通信文を受け取っていた。
「発、第二軍集団司令部。宛、宇宙艦隊司令部。傀儡政府のナイツェル卿が傀儡政府を見限り、火星解放軍に亡命するとの情報を得た。現在、ナイツェル卿は戦艦“ヴィーザル”でクロノスを目指している模様。宇宙艦隊司令部は、ナイツェル卿を受け入れる準備をされたし」
画像を伴わない電報形式の通信文だった。こんな旧世紀の古い通信手段を使うなんて、あやしい限りだ。
「どういうことだ。これは」
留守を預かる歩兵連隊長のファレル中佐は、首をひねった。現在クーデター艦隊は、威力偵察のため駆逐艦2隻を残して出動しており、プラト司令官や幕僚たちは不在である。通信文の出力紙を、部下であるエクスナー大尉に渡した。
「この通信について大尉はどう思う」
「電報形式の通信、しかも艦隊が出払っているタイミング。我々を欺くための通信と見るのが妥当と思われます」
通信文に目を通したエクスナー大尉は、淡々と感想を述べた。その彼にファレルは次の疑問を投げる。
「我々を欺くとして、敵の目的は何だと思う」
「断定はできませんが、入港と同時に制圧のための白兵戦部隊を突入させ、クロノスを占拠することではないでしょうか」
「なるほど。その線が堅いか」
ファレルはこう感想を述べたのだが、そもそも通信を偽のものと断定していいものなのか疑問だった。第二軍集団は、傀儡政府すなわちロニーたちが所属する火星自治共和国の首都とも言うべきカドモス=シティを目指して進軍を続けており、前線で交戦中である。目前の戦闘に手一杯だから、手短に通信文を寄越したのかもしれない。火星自治共和国の重鎮であるナイツェルは、ファレル程度の中級士官でさえ知る財界の要人だ。ナイツェルを味方に引き込むことができたら、傀儡政府は大打撃を受け、火星解放軍は勢いを増すことができる。もし通信文が本物で、ナイツェルの受け入れを拒否してしまったら、厳罰を受けること間違いない。ならば…
「そうかもしれないが、通信の真偽を計ることが大事だ…」
「お取り込みのところ、申し訳ありません」
ファレルがエクスナーと話しているところに、通信士官が割り込んできた。土足で会話に割り込んできた通信士官をファレルは睨みつけた。
「何事だ」
「また通信文が入りました」
「見せてみろ」
ファレルは、通信士官が差し出した紙を受け取った。内容は、こうであった。
「本艦はG12部隊に所属する戦艦“ヴィーザル”。自治共和国の将来を悲観したナイツェル財務卿が乗艦されている。クーデター軍との合流を望んでおられるので、至急入港の許可を頂きたい」
これを読むと、ファレルは紙をエクスナーに渡した。エクスナーの表情が歪む。
「あの通信文は本物だったのでしょうか」
「さぁな」
エクスナーに鋭い視線を送ったファレルは、腕を組んだ。今度は逆にタイミングがよすぎる。艦隊の留守を狙って、敵がクロノスを占拠しようとしているのではないか…
「これらの通信文だけでは材料が足りない。索敵を強化して、クロノスに近づいている戦闘艦を見つけるのだ」
「索敵を強化とおっしゃられても、ここは商船が行き交う場所ですから…」
クロノスを出入港する船は、大きいものだと5,000mを超える木星船団の輸送船とまではいかなくても1,000m近くある巨大輸送船もあれば、小さいものだと100m未満の小型輸送船もある。それらが多数航行しているのだから、戦闘艦だけを選別して見つけ出すことは困難だ。それをエクスナーが訴えたのだが、ファレルの意思は変わらなかった。
「なら、他に真偽を確かめる方法を言ってみろ」
「そ、それは…」
エクスナーは言葉を詰まらせた。通信文を寄越した戦艦“ヴィーザル”なるものが近づいているのかどうか、そして本当に近づいているのであれば、それがナイツェル卿を乗せた亡命艦なのか、クロノス占拠を目論む敵艦なのか。実際に見て確かめないことには始まらない。困難を承知で、フネとモビルスーツを出し、戦艦“ヴィーザル”なるものを探すしかない。それ以外の方法がないことを確信しているファレルは命じた。
「駆逐艦2隻とモビルスーツ隊へ出動を命令…」
「お取り込み中、申し訳ございません」
再び、通信士官がファレルとエクスナーの間に割り込んできた。二回も土足で割り込まれたのでファレルは声を荒げた。
「今度は何だ!」
「また、通信文が入りました。今度は三通です」
「はぁ?」
ファレルの表情が歪む。通信士官から三枚の紙を受け取り、目を通した。それらには、こう書かれてあった。
「本艦はD11部隊所属の戦艦“ヘイムダル”。統合参謀本部の特使が乗艦されている。ネト将軍と交渉を行いたいので、至急取次ぎを願う」
「発、火星解放軍司令部。宛、宇宙艦隊司令部。傀儡政府軍がウラノス攻略の拠点とするために、クロノスの占拠を企んでいるとの情報を得た。宇宙艦隊司令部は、クロノス防衛のための作戦行動を始めるべし」
「我、第九艦隊所属の高速巡航戦艦“ブラギ”。木星へ向けて進発している木星船団の第二護衛艦隊への合流を目指していたが、機関のトラブルで熱核クローム航法が利用できなくなっている。至急修繕したいので、速やかなる入港許可を請う」
これらの内容を見たファレルは天を仰いだ。どれも嘘のようで、本物のようだった。もし本物だとしたら、どれも無視できない内容だった。統合参謀本部の特使を追い返したりしたら、厳しい処罰は当然だ。木星船団の要請を拒否したら、木星物資が遮断されてしまう。
「いっそのこと、プラト司令官の判断を仰いだらいかがですか」
エクスナーはこう提案したが、ファレルは首を横に振った。
「艦隊は交戦中との報告を受けている。司令官は敵と戦うことで手一杯だ。情報の真贋を確かめてから報告しろと怒鳴られるのがオチさ」
「ならば、いかがなされますか」
「………」
エクスナーに問われて、今度はファレルが言葉を詰まらせた。真贋を確かめるためには、先方に来てもらうか、もしくはこちらから先方に乗り込むしかない。さっきはエクスナーに強気の言葉を吐いたが、到底すぐに見つけることなんてできないだろうことは、ファレルも承知していた。見つけたときには敵の射程距離に入っているかもしれない。それだったら、駆逐艦やモビルスーツ隊を第二港湾から出して、防衛のために布陣したほうがいい。索敵のために広く分散させるべきか、それとも防衛のために固めておくべきか。長い沈黙が流れた。そして、ファレルが考えを巡らしている丁度そのとき、通信士官が報告を上げてきた。
「接近する戦闘艦を確認しました。ヴィーザル級大型戦闘母艦です」
「ヴィーザル級だと。なら、ナイツェル財務卿が乗艦されているという通信文は正しかったのか。ならば、ウラノスの司令部に連絡を入れなければ…」
「ちょっと待ってください」
索敵に出ずとも戦闘艦が見つかった幸運に喜ぶファレルを、エクスナーが制止した。エクスナーは、自分の座席に設置されている端末を操作する。ものの数分端末を操作したのち、エクスナーは大きなため息とともにファレルに報告した。
「先程の通信文に記載されている艦船を調べてみましたが、どれもヴィーザル級です」
「な!」
ファレルは力なく自分の椅子に座り込んだ。もう、どうすればいいか、ファレルには分からなかった。全て通信文を偽物と断じて防衛行動に入るべきか。だが、もし正しい通信文があったとしたら、下手すると処刑されてしまう。
管制センターは静まり返った。ファレルの背中に冷たいものが流れる。堂々巡りの考えを続けているうちに、接近するヴィーザル級戦艦は至近距離にまで近づいたようだった。
「駆逐艦を出港させたら、我々が亡命を拒否したものとナイツェル卿が曲解してしまうかもしれません。とりあえず、モビルスーツ隊を出すに止めておかれてはいかがですか」
「…そうだな」
エクスナーの提案を受け入れ、ファレルがモビルスーツ隊の発進準備を命じようとした丁度そのとき、通信士官が悲鳴を上げた。
「接近するヴィーザル級から多数のモビルスーツ部隊を確認。一斉にこちらへ向かってきます」
「な、何だと」
拡大投影されたヴィーザル級戦艦のモビルスーツを、ファレルは驚きの表情で見つめた。敵モビルスーツ部隊は、次々と第二港湾にビームライフルやバズーカ、メガ粒子ランチャーを撃ち込んできた。第二港湾の各所で、閃光と爆発が巻き起こる。爆発の衝撃で管制センターは何度も揺れ動いた。
「反撃だ。反撃せよ」
「駄目です。先程の敵からの攻撃で、全ての砲座が破壊されました」
オペレータの報告を受けて、ファレルは力を失った。
「ま、まさか、火星流通経済の根幹であるクロノスを破壊するなんて、ありえない」
フルアーマー重装備されたローガンダムは、右手に持つメガバズーカランチャーを構え、真っすぐ司令部を狙っていた。ファレルは本能的に身を翻してファレルたちは逃げようとしたが、ローガンダムのメガバズーカランチャーから放たれた強力なメガ粒子ビームによって、ファレルたちは蒸発四散した。