クーデター軍から宇宙ステーション“クロノス”を奪取することに成功した火星自治共和国軍第二任務部隊は、航宙母艦“アプカル”とG13部隊を火星軌道上に残し、司令長官であるロニーを乗せた宇宙戦闘母艦“ヴィーザル”のみ火星表面に降下した。“ヴィーザル”の目的地は、アイギス=シティ。クーデター軍の本拠地となっている火星の中心都市ウラノス=シティを包囲している八個師団のうちの一つ、第42師団が駐留している都市である。司令長官のロニーは、八個師団に対して布告を出していた。
「第二任務部隊に配属となった26、42、88、102、273、331、343、561の八個師団司令官及び参謀長、先任参謀もしくはそれに該当する士官は、この布告から三日後の1100時に第42師団司令部に出頭すること。その際、代理人を立てることは許さない。本人が来ない場合は、火星自治共和国に対する反逆の意思ありと見做し、捕縛する」
という内容だった。ロニーの布告から二日後に、“ヴィーザル”はアイギス=シティの軍港に入港した。
「長旅、お疲れ様であります」
タラップから降りてきた第二任務部隊司令長官ロニー=ファルコーネ中将を出迎えたのは、第42師団参謀長のチェルニ准将だった。参謀長は5名の士官を従えている。対するロニーは、カタリナの他ラモン艦長とルスタム副長兼航海長、スナイ機動大隊長に司令長官付従卒のジーナとアロワの6名を従えていた。
「出迎えご苦労。ところでベルトラン司令官は?」
「はっ。体調を崩して自室で休養を取られております」
「体調ねぇ」
ロニーの口調は冷淡極まっていた。
「有事に体調を崩すなんて、たるんでいるのではないか。病気は欠席の理由にはならない。欠席をしたければ、辞表を出すか、私を倒して私に取って代わるか、どちらかの覚悟を持つことだ」
「そんな…」
「まぁ、いい。明日の訓示には、連邦軍の高官からメッセージを頂く予定だ。楽しみにしておけ」
「は…」
「ところで、我々が逗留する場所へ案内してくれないかな」
「はっ。直ちに」
チェルニ准将は、二十歳以上も年下の司令長官が発する迫力に気圧されてしまい、背筋をピンと伸ばして直立、敬礼を施してロニーたちに案内を始めた。
ロニーの案内を終えたチェルニ参謀長は、第42師団司令部の司令官室を訪れていた。デスクに腰掛け本を手にしているベルトラン司令官は、視線だけを直立する参謀長に向けた。
「どんな奴だった?ファルコーネとか言うインチキくさい仮面の男は」
「は。異様な男でした」
チェルニ参謀長の声色は弱々しかった。チェルニはベルトランのことが苦手だった。無能なくせに自己顕示欲が強く、上司にこびへつらい、部下をいびり倒す嫌な上司の典型がベルトランだった。
そのベルトランだが、ロニーが自分より遥かに若いのに、同じ中将であることが気にくわなかった。そればかりか、ロニーは第二任務部隊司令長官なので、ベルトランの上司になってしまう。そのことが、余計気に入らなった。そんな奴の出迎えなんかしたくないから、本来であれば自分がやるべき出迎えの役目を、自分の部下であるチェルニに押し付けたのである。ベルトランは、視線を再び本へと戻した。
「ふん。あのルーデンドルフ提督をたぶらかすくらいだから、異様だろうさ。だいたい、何であんなクソガキの風下に立たねばならんのだ。何が訓示だ。あんなクソガキを崇め奉るなんて、冗談ではない」
「ですが、閣下。ファルコーネ中将は、欠席するなら辞表を出すか、もしくは自分を倒して取って代わる覚悟を持てとおっしゃっておられました」
「何だと」
ベルトランは本を置き、身体ごと参謀長の方を向いた。
「クソガキのくせに、何調子こいて生意気なことを言いやがるだ。ふざけやがって」
「ですが、閣下もご覧になられたと思いますが、ファルコーネ中将はあのプラト艦隊を撃滅した方です。しかも、クロノスに対する苛烈な仕打ちを考えると」
「むぅ…」
ベルトランは左手で頬杖し、右人差し指でデスクを叩き始めた。
「ところで、他の七つの師団は、どんな対応をしているのだ?」
「皆様、こちらへと向かっておられます。まだどなたもお越しになられていませんが」
「そうか…」
誰か一人でもロニーの命令に背いてくれないかと、ベルトランは期待していた。そうすれば、自分もそれに続いてやるつもりだったのに、どいつもこいつも気概がないな。ベルトランは自分勝手な考えで、他の師団司令官たちを心の底で軽蔑した。
「各師団の司令部の皆さんに粗相のないよう、十分に取り計らえ」
「かしこまりました。ところで閣下、妙な噂を聞いたのですが」
「噂?何だそれは」
ベルトランは身を乗り出した。上司にこびへつらい部下をないがしろにする奴は、決まって噂話が大好きだ。上司の噂好きにチェルニは相当辟易しているのだが、自分の立場を守るためにも上司にエサをばら撒く必要があった。チェルニは小声になった。
「あのファルコーネ司令長官。実は、暗殺されたとされる地球連邦軍第三総軍総司令官代理タカハシ=トオル大将閣下なのではないか、という噂です」
「何だと」
ベルトランの目の色がくるくる変わった。始めは、この噂話を暴露してロニーを窮地に追い込んでやろうかという悪巧みの色。だが、その噂が嘘だったら当然、虚偽報告をしたという責を問われ火星自治共和国政府と地球連邦政府によって処断されるし、もし本当だとしても、火星自治共和国の最高幹部たちがその事実を知らない訳がなく、ひょっとしたら地球連邦政府ですら黙認している可能性があり、暴露したら却って地球連邦政府や火星自治共和国政府から不興を買って抹殺されてしまうかもしれない。そう思ったベルトランの目の色は、落胆へと変わった。そして、もしロニーがトオルだったら、トオルはフェルミ元帥に気に入られているという噂があるので、ロニーに反抗すると連邦軍統合参謀本部に睨まれてしまい、以後の出世どころか自分や地球に残している家族の安全すら危うくなってしまう。そう思ってしまい、ベルトランの目の色は絶望へと変わった。さらに、プラト艦隊の末路を考えてしまい、最終的には恐怖へと変わった。ロニーはプラト艦隊に対し、武装解除を伴う無条件降伏しか提示せず、妥協は一切許さなかった。抵抗する者は徹底的に叩く。武装解除を拒否したプラト艦隊旗艦“ニガマ”は、“アプカル”のモビルスーツ20機とセネル艦隊旗艦“ダーラン”からの集中砲火によって爆発四散して宇宙の藻屑となり、根拠地だった“クロノス”第二港湾は徹底的に破壊された。敵に対しては情け容赦がない。それがロニー=ファルコーネという男。ベルトランはそう認識した。
「なるほど。他の連中が、あのクソガキの指示に従うのは、そういう訳か…」
ベルトランは舌打ちした。自分より遥かに若い司令長官を崇め奉るしかないと思うと、ベルトランの腸は煮えくり返った。
「まあいい。面従腹背という諺もある。あんなクソガキに、いい顔をさせてなるものか。連邦軍統合参謀本部が、いち師団長のことなんて分かるはずがないから、クソガキの命令を聞いたふりをして適当にあしらってやる」
ベルトランは強く強く心に決めた。
ロニーたちがアイギス=シティに到着した翌日、八師団の司令官以下幹部は全員、第42師団司令部ビルにある大会議室に集められた。師団ごとに一列に整列している。先頭が司令官、次に参謀長、最後に先任参謀が直立し、ロニー司令長官の登場を待っていた。
きっちりAM11時、司令官たちの前にあるひな壇に、第二任務部隊司令長官ロニー=ファルコーネ中将が登場した。ひな壇には演説用の机が置いてあり、その前に立ったロニーの背後には大きなモニターが設置してある。ロニーは八人の師団司令官たちを見渡した。無表情なもの、不満がにじみ出ているもの、緊張を隠しきれないもの、様々だ。師団司令官たちの内心なんぞ興味がないと言いたげな威圧的な声色で、ロニーは話し始めた。
「…これまでは、ウラノス=シティを包囲してクーデター軍の自滅を図る作戦を採ってきたが、方針を転換し、ウラノス=シティに立てこもるクーデター軍を、実力を以って排除、ウラノス=シティを攻略、占拠する。我々、第二任務部隊の攻撃目標は、ウラノス=シティにいる敵クーデター軍の第一軍集団である…」
現在クーデター軍は、大きく二つに分かれて行動している。第17方面軍第217師団司令官だったネト中将が直率する第一軍集団は、本拠地であるウラノス=シティの防衛を、第3方面軍司令官だったイレーシュ大将が指揮する第二軍集団は、火星自治共和国の実質上の首都であるカドモス=シティの攻略を行っている。クーデター軍の陣容は当初のロニーの予測を大きく上回り、第一軍集団が12個師団、第二軍集団が14個師団、計26個師団に上っていた。火星に展開する師団のうち4割がクーデター側についている計算だ。単純に計算すると、火星自治共和国側に6割がついていることになるのだが、ベルトラン中将のような、地球連邦政府が自治共和国側についているから仕方なく参加しているという師団が多く、名実とも自治共和国側といえる師団は3割あるかどうかだ。今回ロニーの指揮下に入った八個師団は、いずれも自治共和国支持に消極的な師団である。ゆえに、クーデター軍に対して積極的な攻撃行動をとっておらず、依然ウラノスは無傷のままであり、自治共和国のカドモス防衛軍は、戦意の高い第二郡集団の猛攻の前に戦線を維持するのが精一杯という有様であった。
「敵第二軍集団の戦意の高さは、ウラノス=シティが磐石で兵站の心配がないことにも由来する。ウラノス=シティを攻略占拠できれば、敵第二軍集団を挫けさせ、それがカドモス防衛に尽力する友軍を助けることに繋がる。我々第二任務部隊の作戦行動は極めて重要である。本作戦の重要性を認識する各界から、我が司令部にメッセージが届いているので、ここで紹介をしたい」
ロニーは演壇から退いた。無機色だったモニターが、ある人物を映し出した。
「第二任務部隊に連なる師団長の皆さん。火星自治共和国のナディア=レスコです…」
ナディア主席からの激励のメッセージだった。続いてナイツェル副主席。そしてルーデンドルフ軍務卿からも激励のメッセージが紹介される。いずれもビデオ録画によるメッセージだったが、最後は違った。画面に時折ノイズが入り、直接通信であることが分かる。ビデオ録画を長々と見せられて、だらけきった雰囲気に包まれていた会場が、映し出された人物が誰であるかが判明すると、一瞬で張り詰めた空気に入れ替わった。参列している第42師団司令官ベルトラン中将は、背筋に脂汗が流れた。
「ま、まさか、そんな」
この思いは、ベルトランだけではなさそうだった。ちらりと周りを見渡すと、他の師団司令官たちの背筋はピンと伸び、目は緊張で鋭くなっている。そして何も合図がないにもかかわらず、全員が一斉に敬礼を施した。画面に映し出された女性将校は、柔らかい口調で語り始めた。
「火星自治共和国第二任務部隊の皆さん。地球連邦軍統合参謀本部のローラ=フェルミです。この度は、乱れた火星の治安回復のために出動されると伺いましたので、困難な任務の完遂を願い、挨拶に駆けつけさせていただきました。皆さんの真剣な表情を見ることができたことを、幸いに思っております。八個師団司令官の皆さんは、ロニー=ファルコーネ司令長官の指示に従い、全力で以って火星の治安回復に努めていただきたいと思っております」
年齢を感じさせない豊かで長く淡いカールのかかったブロンドの髪をかきあげると、地球連邦軍統合参謀総長ローラ=フェルミ元帥は言葉を続けた。
「第26師団司令官、アーミル大将どの」
「はっ」
フェルミに名前を呼ばれた浅黒い肌、口ひげを綺麗に整えた将校が、一歩前に進み出て敬礼する。アーミルは第11方面軍司令官を兼務していたので、階級が高い。続いて、
「第42師団司令官、ベルトラン中将どの」
「はっ」
ロニーのことを毛嫌いしている、メガネをかけていかにも神経質そうに見える痩身の将校が、アーミルと同じく一歩前に進み出て敬礼をした。
「第88師団司令官、ソン中将どの」
「はっ」
背が低く、パッと見た目とっつきやすそうに見えるが、尋常ではない視線の鋭さが切れ者であることを匂わせる将校が、フェルミに名前を呼ばれると、一歩前に進み出て敬礼した。
「第102師団司令官、フォルテア中将どの」
「はっ」
「第273師団司令官、ハルシャーニ中将どの」
「はっ」
「第331師団司令官、アバザー少将どの
「はっ」
「第343師団司令官、エプレアヌ少将どの」
「はっ」
「第561師団司令官、カイバラ少将どの」
「はっ」
いずれの司令官も、名前を呼ばれると一歩前に進み出て敬礼を施した。
司令官全員が同じ位置に立ったのを確認したフェルミは、微笑を浮かべた。
「火星の平和は、皆さんの双肩にかかっております。皆さんのご活躍をファルコーネ司令長官から聞けることを、そして火星に再び平和が訪れることを、切に願っております。全人類の平和と安定が、永久に続くことを祈念致しまして、挨拶と代えさせていただきます」
「はっ。永久に続く全人類の平和と安定のために!」
ロニーの号令とともに、参列する全員が統合参謀総長に敬礼を施した。
地球連邦軍統合参謀総長ローラ=フェルミ元帥による訓示が行われたのち、ロニーから作戦の概要が説明され、散会となった。先任参謀を先に帰したベルトラン中将は、参謀長のチェルニ准将を従えて自室へと足早に向かっていた。
「くそう。これで完全に逃げ場がなくなった。こうなったら、とことんやって手柄を上げるしかない」
ベルトランは苦々しくつぶやいた。堂々と掲げた面従腹背の家訓を、とっつきにくい上司が早々に取り下げたことに、チェルニは驚いた。
「元帥閣下から直々に激励のお言葉を頂いたからには、身を粉にして…」
「あほか、お前は!」
歩きながらベルトランは、一瞬だけチェルニを振り返って睨んだ。
「あれは、激励なんかではない。ちゃんとしないとタダじゃ済まんぞって元帥は言っているのだ。そんなことも分からんのか」
「は、はぁ」
うちの上司は、自分の立場に関することに“だけ”は、すごく頭が回るのだなと、チェルニは感心した。当の上司は、ぶつぶつとぼやき続けた。
「しかも、元帥に名前を覚えられてしまった。あのクソガキに悪く言われたら、地球に残している家族の生活が成り立たなくなってしまう。あのクソガキをご主人様と崇め、身命を賭けて戦うしかない」
「そこまでファルコーネ中将に義理立てをする必要なんて、ないと思いますが…」
「この、どあほうが!」
ベルトランは、部下を一刀両断に切り捨てた。
「上級大将ですら、なかなかアポイントをとることができないのだぞ、あの元帥には。それを、あのクソガキは何をしたか知らないが、このためだけに元帥から訓示をもらう約束を取り付けやがった。フェルミ元帥とあのクソガキの結びつき方は、尋常ではない。我々の働きを、あのクソガキが採点して元帥に報告する。あのクソガキは目ざといから、我々が妙な動きを少しでもしたら、たちまち元帥に報告されて、よくて左遷、下手すればクビになって路頭に迷うことになってしまう」
「そんなことにならないよう、元帥閣下に対して先手を打たれたらいかがです」
「このどあほうが!お前の頭には、脳みそではなく蟹みそが入っとるんか。こんの、どあほうが!!」
ベルトランは、後ろにつき従うチェルニを振り返って怒鳴りつけた。
「元帥の言葉を聞いていなかったのか。『皆さんのご活躍をファルコーネ司令長官から聞けることを』とおっしゃった。それはつまり、我々現場からの報告を直接聞く気は更々ないということだ。だいたい、私には元帥と直接話ができるチャンネルがない。先手を打とうにも、打ちようがない」
「それでは、いかが致しましょうか」
「いかが致しましょうか、ではないだろうが。ホントにあほだな、お前は」
ヒートアップしたベルトランは、大声を張り上げた。
「とことんやると言ったのが、聞こえなかったのか。このどあほうが。大隊長以上の士官を、全員招集しろ。司令長官の作戦について詳細を詰める」
「は…」
「分かったら、さっさと行って会場の準備を始めろ。ちんたら歩くな、走れ!」
「はっ!」
チェルニ准将閣下は、士官や下士官たちに見守られながら、召使のように走り始めた。
すみません。
もう駄目です…
仕事とプライベートが多忙を極め、
執筆時間が取れません…
変な気候のせいで
体調も良くありませんし…
しばらく更新が遅れると思います。
少しでも早く次話投稿できるように
頑張ります。
申し訳ありませんが、
気長に待ってやってください。
宜しくお願いします。