機動戦士ローガンダム   作:J・バウアー

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PHASE 2(2)前線

 ロニーが壇上で師団司令官たちに訓示を行っている頃、司令部ビルの裏手にある小庭の芝生に、“ヴィーザル”乗組員のアロワ=シェロン一等兵が仰向けに寝転んでいた。目を閉じ大きく息を吸って、吐く。そして、わずかに感じる緑の香りをかぎ、そしてゆっくりと目を開ける。やわらかい日差しと青い空の美しさを、じーっと堪能していた。

「これだ…、これが欲しかったんだ…」

 大気の揺らぎが優しく肌を刺激する。エアコンの風とは、明らかに違う。なんとも心地よい。なんという開放感だ。青空の一部をさえぎっているセメント打ちっぱなしの師団司令部ビルの方が、衛星“メティス”にある白亜の宮殿よりも遥かに美しく感じる。これで、“メティス”にいた頃のように、誰もが自分にかしずいてくれたら…

「あんた。こんなところで、何サボってんの!」

 アロワがしみじみと鑑賞していた美しい青空を思いっきり遮断したのは、エメラルドグリーンの瞳が印象的な、ダークブラウンの髪をおかっぱに切りそろえた華奢な体躯の女の子だった。赤色を基調にしたブレザータイプのジャケットに紺色のネクタイを身につけ、純白のスパッツにセミロングのブーツを履いている。まるでアイドルのような姿だが、れっきとした軍服姿だ。対するアロワは、つややかなミディアムロングの黒いサラサラヘアーの下には白皙の肌、整った眉、切れ長だが大きなサファイアブルーの瞳が印象的なとんでもない美男子なのだが、ダークグレーを基調としたごくありふれた連邦軍の制服を着ていて味気がない。そのアロワは、青空鑑賞の邪魔をした女の子に抗議の声を上げた。

「おまえに俺の邪魔をする権利なんかない。どっかいけ」

「あんた、一等兵。私、曹長。私のほうが偉いの。そんな口の利き方したら…」

「暴力反対!暴力なんぞ、野獣のすることだ」

「あんたねぇ…」

 赤いブレザーを着た華奢な体躯の女の子、ジーナはため息をついた。いくら顔がよくても、自分より少し年上の男の子の暴力にびくつく姿は、残念で仕方がない。

「でも、いい天気よね…」

 ジーナはアロワの隣に座り込んだ。膝を立て、後ろに両手をついて空を見上げる。遠くからかすかに聞こえる街の喧騒、風の声、そしてようやく完成したオゾン層が作り出す青い空。つい数日前の激しい戦闘が、まるで嘘のような平穏さだ。アロワは、寝転んだままジーナに視線を向けた。

「何だか、いろんなことがどうでも良くなるな。地球圏がどうとか。地位がどうとか。美しい自然に囲まれ、満足にメシが食えて、住む所があれば、それでいいんじゃないか」

「…そうね。そうありたいね」

 ジーナは張りのない声で答えた。アロワの言うことは理想論として理解できる。衣食住さえ整えば、最低限の人間らしさを保つことができる。それは、その通りだ。でも現実は、いい服を着たいし、いいものを食べたいし、いい家に住みたい。いい音楽を聴きたいし、いい仲間と遊びたいし、いい人と巡り会いたい。人間はより“いい”ものを求めてしまう。“いい”をどこまで求めるか。そのリミットを決められるのは自分だけだ。ついこの前まで、ジーナは研究所から出られさえすればいいと思っていた。だが、研究所から離れることができたら、今度はトオルと一緒に暮らして学校に行きたい、お裁縫が上手になりたい、もっと友達と仲良く遊びたい、と思うようになっていた。せっかく火星に戻ってきたのに、ネメシスに行けないと聞いて、ジーナは不満を覚えた。そして不満を覚えた自分に驚いたのだった。無欲だと思っていたのに、こんなに欲が深かったなんて…

「でも、もっと遊びたいなぁ。リンダと買い物に行ったり、トオルさんとカラオケ行ったり…」

「トオルさんって、誰?」

 何気なくアロワは尋ねた。アロワの声色には何も他意がない。だが、尋ねられたジーナは冷静でいられなかった。トオルはこの世にいないことになっている。しまった。あまりに無防備になりすぎた。どう答えればいいかジーナは迷った。で、出した答えは、ごくありきたりのものだった。

「…昔の知り合い」

「ふうん」

 アロワは興味なさそうな声を出すと、そのまま空を見上げた。アロワに追究する気がないことを感じたジーナは、急いで話題を変えた。

「アロワはどんなことがしたいの」

「…そうだな」

 アロワは寝転んだまま足を組んだ。

「青空の下で、思いっきり身体を動かしたい。人に使われるのなんて真っ平ごめんだから、土地でも買って農業でもしようかな」

「の、農業?」

 ジーナは驚いた。農業の経験なんてしたこともなさそうな、皇帝を自称するほど尊大で、しかも肉体労働なんてできそうにもない華奢な体形の青年を見る限り、とても農業なんてできそうにない。ジーナは、まじまじとアロワを見つめた。

「あんた、農業を舐めているのじゃないの?」

「舐めてなんかいないさ」

 アロワは寝転んだまま視線をジーナに向けた。

「クソみたいなところに閉じ込められて、無理矢理ずっと働かされ続けてきたおかげで、カネは腐るほどある。死ぬまで豪遊を続けても残るくらいにな。農業で儲ける必要なんかないから、どうってことはない」

「あんた、農家の敵ね」

 暇つぶしの趣味として適当にやるくらいでいいのなら、お気楽なものだ。カネのある奴って、何でこう気に障ることを平気で言うのだろう。そんなジーナの思いを知ってか知らずか、アロワは再び視線を空に向け無神経な言葉を吐き続けた。

「どうせなら、大きな島をまるまる買い占めて、農業リゾートの会社を作ろうかな。社長を雇って経営を押し付け、俺は召使を雇って適当に農作業して、たまにキャンプとかすれば、優雅な老後を送れそうだ」

「あっ、そう」

「キャンプするときは呼んでやるから、楽しみにしておけ。ファルコーネの野郎も呼んで、調理でもさせるか。そうだ、あの仮面野郎。農業リゾートの会社を作ったら雑用係として雇ってやろう。あの仮面野郎がトイレ掃除する姿、考えただけでもワクワクする。農業リゾート計画、これは本格的に考えたほうがいいな」

「はいはい」

 たとえアロワが史上最強のリゾート会社を作ったとしても、トオルがアロワの会社に就職するなんて1億パーセントないだろうなとジーナは思う。下種な笑いを浮かべるアロワにジーナは呆れたのだが、ジーナは別のことを口にした。

「農業リゾート会社を作るのはいいけど、肝心の社長候補はいるの?」

「そうだな」

 アロワは再び視線をジーナに向けた。

「なんなら、お前がするか?」

「はぁ?」

 ジーナは素っ頓狂な声を上げた。

「何で私が、あんたなんかのために、汗水垂らして働かなきゃいけないの。そんなの嫌よ」

「飯炊き女のくせに、偉そうに」

「だ・か・ら、私は飯炊き女じゃない」

「ふん、まぁ時間はいくらでもある。こうなったら農業リゾート計画、何としてでも実現させてやる」

 本人以外誰も興味がないであろう決意を両目に湛え、アロワはじっと青い空を見つめたのだった。

 

 火星解放軍を自称するクーデター軍の実戦部隊は、大きく二つの軍集団に分けられる。クーデター軍の最高責任者であるネト中将が直率する第一軍集団と、イレーシュ大将が指揮する第二軍集団である。12個師団を主力とする第一軍集団は、各地に分散配置されているため、ウラノス=シティにいるネト将軍の手元にあるのは2個師団だけである。従って、火星自治共和国の本拠地カドモス=シティ攻略を任としている第二軍集団が、まとまった兵力として最大のものであった。14個師団、総勢21万7,000人を率いる第二軍集団総司令官イレーシュ大将は、身長が190cmに届く偉丈夫の56歳。大将に昇進したのは48歳だったので、将来は上級大将、元帥に進んで軍人の最高位である統合参謀総長に就任するであろうと自身も思っていた。だが、地球、月と方面軍司令官を転々として、ついには火星にまで飛ばされてしまった。もはや昇進はありえない、見捨てられたと思ったイレーシュは、連邦軍に不満を抱き始める。そんな中、偶然知り合ったネト将軍から思わぬ情報を手に入れた

 社会構造学を専攻する大学講師の父の元で成育した彼は、幼い頃より連邦政府の元で歪んでいく社会について父から薫陶を受けていた。だが、彼が中学を卒業する直前に父が謎の失踪をする。幼い頃に母を亡くしていた彼は天涯孤独になったため、養護施設に入って高校生活を送るようになった。頭脳明晰で腕っ節もよかった彼は、連邦軍士官学校に入学。優秀な成績で卒業して軍歴を重ね、40歳で将官になった。養護施設そして士官学校での生活を送る中で父の教えは薄れ、児童に対する温和な政策、そして自由競争による健全な経済政策、幅広い貧困対策など、連邦政府のすばらしさを徐々に叩き込まれていったのだが、いつまで経っても昇進しない上に、ネト中将から情報を得て、彼の考えは180度変わる。父の失踪は、連邦政府によって仕組まれたことが分かったのだ。父の思想が連邦政府に害を為すものと断定されたのが原因だった。連邦政府に騙されていたことに気付き激しく怒るイレーシュを、ネトはなだめた。怒りを爆発させるのは今ではないと。ネトがクーデターを起こすと、イレーシュは真っ先に軍を率いて駆けつけた。連邦政府に不満を持つ高級軍人を組織していた功績により、第二軍集団総司令官に任じられ、現在に至っている。

 イレーシュは、トリグラフ級大型陸戦艇“ストリボーグ”に座乗して、火星自治共和国軍が構築している第二防衛線と正対している。移動司令部ストリボーグの全長は200mほど。ミノフスキークラフトを利用して移動できるが、核パルスエンジンがないので大きく上昇することはできない。ニ連装の砲塔が二つといくらかの機銃座、モビルスーツ発着カタパルトが一つだけ装備されており、戦闘力だけでいえば宇宙戦闘母艦“ヴィーザル”の足元にも及ばない。但し、食料や武器弾薬を大量に保管でき、多くの将兵を収容することが可能である。装甲が厚く、広範囲にビームシールドを張ることができるため、味方を守る盾の役目を果たすことができる。トリグラフ級は高級将官が座乗することを想定しているため、艦橋が広くモニターの数も多い。艦橋の内部で一番高い場所に設置された司令官席にイレーシュは座っていた。

 イレーシュの機嫌は悪かった。火星自治共和国の第一防衛線を、文字通り粉砕して前進してきたのだが、第二防衛線を前にして足踏みを続けていたのだ。

「上空から、徹甲弾らしき多数の金属を探知」

「…またか」

 情報参謀からの報告を聞いて、イレーシュは舌打ちした。衛星軌道上に展開するルーデンドルフ提督の第七艦隊からの空襲だった。ミサイルや炸裂弾だと、大気圏突入時に燃え尽きたり爆発したりしてしまうから、ルーデンドルフは執拗に金属の塊である徹甲弾をばらまいていた。大気圏突入による摩擦で磨り減っても、それなりの効果がある。ビームシールドを展開できる陸戦艇には致命傷を与えることはできないが、歩兵はもちろん戦車や装甲車、果てはモビルスーツでさえ、徹甲弾の直撃を受けると無事では済まない。

「あの川さえなければ…」

 目前にあるカリスト川をイレーシュは睨みつけた。目前のカリスト川の川幅は200mほど。全軍が渡河できれば、第二防衛線の突破も可能なのだが、川に近づいたとたんにルーデンドルフが徹甲弾をばらまいてくる。こちらが川岸から離れるまで空襲が続くから、渡河することができないでいたのだ。

 カンカンカーンと金属の破片が跳ね返る音が、各所から響く。重力加速度がついて恐ろしい速度で落下してくる徹甲弾は、ビームシールドで粉々にしても船体に破片がぶつかる。跳ね返るくらいならまだましなほうで、破片の先端が鋭い刃物のようになると、装甲に突き刺さってしまう。そうした破片が数ヶ所ストリボーグに突き刺さっていた。

「やむを得ん。全軍、後退せよ」

 この命令を何回出したか、イレーシュには分からなかった。不本意な命令を出さざるを得ない状況にイレーシュがいらだっていた丁度そのとき、メインスクリーンがある人物を映し出した。赤をベースとした軍服を身にまとい、仮面と兜を被った士官らしき男は、おごそかに語り始めた。

「平気で法を無視し、実力で以って社会秩序を粉々にした無知蒙昧な叛乱軍の原始人どもよ。私は、人類の叡智である法を執行する、火星自治共和国第二任務部隊司令長官ロニー=ファルコーネである。つい先程、我々火星自治共和国宇宙艦隊の周りを五月蝿く飛び回っていた叛乱軍のプラト艦隊を、クロノス第二港湾という羽虫の巣ごと燃やし尽くし、完全駆除を行った。法を犯して平然としている社会の害虫は、徹底的に排除されるべきである。害虫に食い荒らされた挙句、害虫の巣と成り果てたウラノス=シティを、我々は48時間後に完全破壊することを決定した。高度な社会性と遵法精神を持っていると自負する人々は、速やかにウラノス=シティから脱出せよ。繰り返す、人間としての理性を持つ者は速やかにウラノス=シティから離れるべし。以上」

 仮面の士官が宣言を終えると、画面はG13部隊による“ニガマ”撃沈の映像と“ヴィーザル”によるクロノス第二港湾完全破壊の映像に切り替わった。戦艦“ダーラン”の主砲の直撃を受けて重巡洋艦“ニガマ”が沈む画面を見て、イレーシュは指揮卓に右拳を叩きつけた。

「ふざけるな。連邦政府の顔色伺いと尻尾を振ることしか能のない、臆病で腑抜けな連邦の飼い犬ごときが偉そうなことをほざきやがって。高尚な志を持つ我々を侮辱したこと、死ぬほど後悔させてやる。あのクズ仮面が、どこで軽口を叩いていたか分かるか。おい、クラナッハ!」

 怒り狂うイレーシュに指名された情報通信参謀のクラナッハ中佐は、全身全霊をかけて端末を操作しながらか細い声を振り絞った。

「多数の通信ターミナルや通信衛星を経由させて流していたようですので、今すぐには…」

「言い訳はいらん。我々火星解放軍第二軍集団は、攻撃目標をクズ仮面に変更する」

「それはいけません閣下」

 慌ててイレーシュに異を唱えたのは、参謀長のミシュラ少将だった。

「我々は、治安対策委員会の決定を受けて行動しております。委員会の決定を待たずに勝手に攻撃目標を変更しては…」

「その治安対策委員会が侮辱されたのだ。恥辱を雪ぐには、あのクズ仮面のクビを上げるしかない。そんなことも分からんのか!」

「……」

 イレーシュに怒鳴りつけられ、ミシュラは黙り込んだ。

「全軍に通達。クズ仮面の居場所を早急に割り出せ。クズ仮面の居場所が分かり次第、全軍を挙げて、これを討つ」

「かしこまりました、閣下!」

 黙り込んで後ろに下がったミシュラに代わり、先任参謀のカタセ大佐がイレーシュの命令に答え、第二軍集団麾下の軍司令部及び師団司令部へイレーシュの命令を伝え始めた。

 クーデター軍の第二軍集団が前進を止めたことで、火星での内乱に大きな変化が現れた。イレーシュの決断がクーデター軍にとって吉と出るか凶と出るか、この時点で判断できるものは、この世のどこにもいなかった。

 

 クーデター軍の第二軍集団第二軍麾下、第188師団。師団司令官のシンクレア少将は、前任者が更迭されたため、急遽昇進して就任したばかりである。前任者の更迭理由はごく限られた人々にしか知らされていない。そのシンクレア司令官の傍に佇むのは、副官のバネッタ中尉である。第二軍集団は火星解放軍に悪言雑言を浴びせかけた“クズ仮面”の居場所を突き止めたので、師団司令部となっている大型装甲車に揺られながら、その討伐に向かっていた。火星自治共和国第二任務部隊地上部隊八個師団が、クーデター軍の根拠地であるウラノス=シティ攻略に進発していたため、そのどこかにいるものと思われていたのだが、クズ仮面は八個師団から東へ200km以上離れた場所にいることが判明した。しかも、クズ仮面は座乗する宇宙戦闘母艦“ヴィーザル”たった一隻だけで、緑化が進んでいない荒涼地帯の岩山に隠れていた。

「あれだけ大言壮語を吐いていたくせに、岩山に隠れ潜むなんて情けない奴だ。戦艦一隻だけだと見つからないとでも思ったのか」

 新任のシンクレア司令官は嘲笑した。いくら悪口を言っても、まさか21万人に追撃されるなんてクズ仮面は思ってもいなかったのではないか。迫り来る大軍を前にして、部屋の中で縮こまっているクズ仮面を想像して、シンクレアは最高の気分だった。そして、副官のバネッタ中尉も同様だった。

「ネト将軍に付いて来なかった火星自治共和国を僭称する臆病者どもは、やはり弱軍でしたね。我々の正義を万民に示す良い例になると思うと、誇らしい気持ちで一杯です」

「まさにその通りだ」

 シンクレアは大きく頷いた。

「ここでクズ仮面のクビを取りローガンダムを取り返せれば、前任が残した188師団の汚名が雪がれる。それどころか、取り返したローガンダムを使えば、愚かにもウラノスを攻略しようとしている賊軍どもを全滅させ、その返す刀でカドモスを占領して連邦の飼い犬どもを屈服させることもできるだろう」

「そうなることが楽しみで仕方ありません。閣下のおかげで責任を負わずに済みましたが、ローガンダムを取り逃がしたことに責任を感じずにはいられませんでした」

「そうか。ローガンダムを奪い返した暁には、貴官をローガンダムのパイロットに指名しよう」

「光栄の極みです」

 毒舌家のスナイがこの場にいたら、これこそ取らぬ狸の皮算用だと思い切り馬鹿にしたであろう。だが、この二人は至って真面目だった。バネッタは意気揚々としていた。

「最新鋭モビルスーツのパイロットになることこそ、小官の望みでした。それが叶えられるのでしたら身を粉にして…」

 バネッタの名演説は、ドーンという巨大な爆発音によって強制的に中断させられた。爆発による空気振動のせいか装甲車も大きく揺れ、バネッタは手すりにしがみつき大声を上げた。

「一体何が起きた!」

「ストリボーグの機関部が爆発、炎上しました」

「何?敵襲か?」

 報告を上げた通信士に尋ねたのは、シンクレア司令官だった。通信士はキーボードを叩きモニターの凝視したのだが返答はこうであった。

「飛翔体接近の確認なし。付近に敵のものと思われる熱源なし。エネルギー粒子反応なし」

「ならば事故か。ストリボーグから連絡は」

「ありません」

「確認を急げ。総司令官に何かあったら…」

 先程よりも更に巨大な爆発音が響き、シンクレアの声を掻き消した。

「今度は何だ!」

 両手を頭に乗せて身を縮みこませたシンクレア司令官が絶叫した。通信士の答えは絶望的なものだった。

「ストリボーグが爆沈しました」

「な、何だと!!」

 シンクレアは驚愕で目を剥いた。意味が分からなかった。あまりに突然のことだったので、何をどうすればいいのか何も判断できなかった。呆然としている司令官の代わりに、バネッタが通信士に尋ねた。

「総司令官閣下の安否は分かりませんか」

「脱出者を確認できません。おそらく全員が…」

「そんなバカな…」

 バネッタは絶句した。軍事機器は慎重に慎重を重ねた上で設計されており、何度も何度も運用試験を積み、安全が確認されてからも整備には念には念を入れる。トリグラフ級は高級将官が座乗することが想定されているので、安全面には特に配慮がなされている。その結果、配備されてから一度も事故の報告は受けていない。それが何故?

「閣下。これは異常です。一旦行軍を止めて状況確認をするべきです」

 状況確認をせずに行き当たりばったりで作戦を進めた結果、手痛い目にあったことのあるバネッタは、司令官にこう助言した。未だ目を剥いたままのシンクレアが、無言でバネッタに首肯したので、188師団全軍に停止を命ずるよう通信士に伝え、自身は装甲車の扉を開けて外に出た。

「な、何だ…」

 外は、やけに明るかった。乾燥した地域だからか。それにしても明るすぎる。まぶしさを我慢しながらバネッタは空を見上げた。

「空が、輝いている!?」

 火星のオゾン層がようやく完成したので、空は地球と同じように青い。その青い空に、何故か所々星が煌いているように見える。真っ昼間に何故星が…。そして一瞬空が真っ白に輝いたかと思うと、また巨大な爆発音が響いた。

「第一軍司令部“セマルグル”の機関部が炎上」

 装甲車の扉を開けたままにしているので、通信士の報告がバネッタに聞こえた。おかしいと思ったバネッタは、懐から小型端末を取り出し、装甲車のそばにいる量産型モビルスーツ“ジェグナ”のパイロットに通話回線を開いた。

「シドキ曹長。貴官のモビルスーツで状況確認をしたい。すぐに降りてもらえないか」

「はっ。直ちに」

 ジェグナは屈み込み、胸元のコクピットハッチが開いた。中からシドキ曹長が出て来ると、すばやい身のこなしで地上へと降り、近くにいるバネッタに駆け寄り敬礼をした。

「コードをお渡しします。お気をつけて」

「ありがとう」

 シドキから認証チップを受け取ると、バネッタはジェグナのコクピットに乗り込んだ。操縦桿を握りジェグナを飛翔させる。程なくして、爆発炎上した“セマルグル”の近くに達した。炎上を起こした箇所を拡大投影する。

「な、何で…」

 爆発炎上した箇所を中心に広範囲が高熱で溶解していた。何で溶解するのだろう。するとまた空が真っ白に輝いた。360度全面スクリーンが白一色に染まる。すぐにまた大爆発が起き、その振動でジェグナは大きく揺さぶられた。

「死んでたまるか!」

 地面に激突してなるものか。五感をフル動員してバネッタは機体を上昇させた。すぐに視界が戻り“セマルグル”を確認すると、はるか下にいる“セマルグル”は連鎖爆発を始めていた。もはや撃沈は時間の問題だった。

「くそ…」

 上空からだと、味方の動きがよく分かる。自軍のように状況確認のためその場に止まっているもの、更に行進を続けているもの、先程までいた第二防衛線まで引き返し始めたもの、ウラノス=シティへの撤退を始めたもの、第二軍集団は明らかに統制を失っていた。こんな状態でもし敵に攻撃されでもしたら…

「一体、空に何があるのだ?」

 バネッタは、ジェグナのメインカメラを地上から空へと向け、空の拡大投影を始めた。極限まで拡大させると、ちらりと輝くパネルのようなものが見えた。

「鏡…か……?」

 バネッタのつぶやく声は、弱々しく震えていた。そして同時に、何故敵がプラト艦隊を絶滅させることに全力を注いだのかを理解した。

「これでは、共和国に勝てん」

 バネッタは、シンクレアのいる装甲車へ向けてジェグナの身を翻させた。




久しぶりの投稿です。

それにしても時間がなさすぎる…



次回投稿は、いつになることやら。



待って下さいますと幸いです。

今後ともよろしくお願いします。
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