地球連邦軍第三任務部隊司令長官マクファティ・ティアンム中将。強勢を誇った地球連邦軍がジオン公国軍にまさかの大敗を喫したルウム会戦の直前、地球=火星間にあるカイデルヴァ宙域において、ジオン公国突撃機動軍総司令官アルベール=ゴバ大将率いる主力艦隊と木星航路をめぐって激突、これを撃滅させた高名な提督である。カイデルヴァ宙域会戦の結果、ジオン公国は木星航路の過半を失い、以後資源を地球に求める方針に転換。地球に大規模な軍事力を投入して地球での勢力圏を拡大していく。この会戦で首脳陣を失ったジオン公国突撃機動軍は、新たな総司令官として政権に近いキシリア=ザビ少将を迎えることとなる。勝利したティアンム提督はその功績により大将へと昇進、宇宙艦隊司令長官に任じられ、レビル将軍とともに反転攻勢の指揮を執ることになった。直接指揮したソロモン戦役において、自身は戦死を遂げながらも連邦軍を勝利へと導く。そのティアンム提督がソロモン戦役で採用したのが、一万枚にも及ぶパネルを利用したソーラ=システムであった。のちにジオン公国が完成させたソーラ=レイや、連邦のティターンズが完成させたコロニーレーザーに代表される、太陽光でヘリウムⅢを変位させた大出力高収斂メガ粒子ビームに取って代わられ、ソロモン戦役以後ディアンムのソーラ=システムは表舞台から姿を消した。時代に見捨てられたソーラ=システムなのだが、ロニーはあえてそれに目をつけた。今では、シグ粒子シールドが発達したため、メガ粒子砲の威力はかなり減殺される。しかも、サイコフレームでコーティングされると、たとえニュータイプの感応波との共鳴がなくても幾分かメガ粒子の影響は軽減される。ところが、ティアンムのソーラ=システムは、メガ粒子ではなく虫眼鏡のように純粋に太陽光のみを収斂させるので、Iフィールドはおろかシグ粒子シールドでもサイコフレームでも防ぐことができない。ただし、弱点がある。巨大な太陽光集光ミラーを何万枚も使うので、それぞれを精密に並べてコントロールすることが難しい。もし敵に発見されて作業を妨害されたら、何の戦果も挙げられない。だから、ロニーはまず、クーデター軍の宇宙機動部隊撃滅を行った。プラト艦隊撃滅後、ソーラ=システムを展開させてコントロールする役目をハムザに与え、太陽光集光ミラーを配置する役目をG13部隊と空母“アプカル”に与えたのだった。
「敵第二軍集団総旗艦“ストリボーグ”の撃沈を確認」
何万枚も並んだ太陽光集光ミラーの傍らに鎮座する空母“アプカル”の艦橋で、第二任務部隊作戦参謀ハムザ=ビン少佐は、“アプカル”艦長ルッカ大佐とともに観測長から報告を受けた。モビルスーツ部隊を中心に総力を挙げてパネルの微調整に取り組んでいたG13部隊と“アプカル”は、“ストリボーク”撃沈の知らせを受け歓声に沸いた。
「長官閣下のご命令は“ストリボーグ”の撃沈だけではありません。次は“セマルグル”です。照準を“セマルグル”に合わせますので、“セマルグル”の座標をご報告願います」
「りょ、了解しました」
ハムザの依頼を受け、アプカルの観測長は、索敵作業を始めた。地表から100km以上離れた衛星軌道上から、たった一隻の陸戦艇を特定する作業は、困難を極める。理不尽極まる作業なのだが、黙々と業務に取り組むアプカルの観測長に対し、ハムザは尊敬の念を持った。
「こんな根気の要る仕事を押し付けられて頭にきたけど、俺も頑張るしかないな」
火星への帰路、ロニーに事務作業を断って三次元フットサルをさせてくれと願い出なければよかったと後悔しながら、ハムザはモニターに映る数万枚にも及ぶパネルの位置データと照射目標の気象データを一つ一つ確認し、照準シミュレーションを組み立て始めた。太陽光集光ミラーは、太陽光を透過させるだけでなく、太陽光を屈折させたり反射させたりできるので、どれだけ屈折させるか、どのくらいの角度で反射させるかなどのデータを、パネルごとに組み込まなければならない。ロニーが仮面を被る前、地球連邦軍第三総軍総司令官代理タカハシ=トオル大将だった頃に手に入れた第三総軍総司令官のコードを使って、火星総督府にある既存のミラー制御システムを手に入れたが、それはあくまで地表を暖める程度の単純なものだったので、焦点を一点に絞り込めるようにシステムを改造する必要があった。その改造自体は数日でやり遂げたのだが、照射目標の環境データ補正だけは一個一個手入力しなければならない。この作業がとても面倒なのだ。
そんな中、“アプカル”のメインスクリーンに、G13部隊のセネル司令官が映し出された。
「ハムザ参謀。よろしいか」
「はっ。何でしょうか」
礼節を重んじるセネル提督が、多忙を極めるハムザに相談を持ちかけるということは、きっと余程のことなのだろう。面倒極まる作業を邪魔されたことに対する怒りの感情を、ハムザは何とか理性でねじ伏せて用件を伺う。セネルの提案は、自分ひとりの判断で決められるようなものではなかった。かといって、地上のロニーに相談するほどのことでもない。ハムザは“アプカル”艦長のルッカ大佐と相談し、セネルの提案を受け入れることにした。
「かしこまりました。では提督、お気をつけて」
「ありがとう。では」
セネルは、自分よりもはるかに年齢も階級も下のハムザに対して、敬礼を施して通信を切った。ロニーの作戦は、新たな段階に入ろうとしていた。
クーデター軍の第二軍集団総旗艦“ストリボーグ”撃沈の知らせは、岩陰に隠れている宇宙戦闘母艦“ヴィーザル”にももたらされていた。14個師団、総勢21万7,000人の大軍に迫られ恐怖のどん底に落とされていた“ヴィーザル”乗組員たちは、喜びに満ち溢れていた。
「これで、敵の総崩れ間違いなし」
第一軍司令部“セマルグル”を喪失した第二軍集団が、状況確認のためその場に止まっているもの、更に行進を続けているもの、先程までいた第二防衛線まで引き返し始めたもの、ウラノス=シティへの撤退を始めたものに四分五裂したことを確認したのだが、この情報を聞いて艦内は静まり返った。
「敵四個師団が、当艦に向けて進撃を続けています。モビルスーツの数は確認できるだけでも100機を超えている模様」
「まだ、そんなに…」
ハムザ少佐の代わりに情報長となったクアン大尉の報告を受け、“ヴィーザル”副長のルスタム少佐はうろたえた。まともにぶつかったら負けは必定。だが、こちらは陸上兵力が主体の敵とは違って、機動力に優れる宇宙戦艦。敵を分断するという役目を終えたのだから、あえてここに踏み止まる必要はないはずだ。そう思ったルスタムは、司令部エリアに目を向けて司令長官のロニーの様子を伺った。そのロニーは、静かな声でクアン大尉に尋ねた。
「敵との推定接触時間は?」
「はっ。……およそ、2時間後であります」
「そうか…」
司令官席に腰掛けていたロニーは、立ち上がり操艦エリアに向かってこう宣言した。
「ここが橋頭堡である。今を逃すと敵に部隊再編の時間を与え、再び結集してカドモス進攻を始めるだろう。それを防ぐためにも分裂した敵に打撃を与え、敵第二軍集団を確実に壊滅しなければならない。衛星軌道上にいるG13部隊に対して来援を要請。“ヴィーザル”は直ちに迎撃態勢に入れ」
「了解致しました」
司令長官に向けて敬礼を施したラモン艦長は、直ちに第一種戦闘配備を宣言し、機関長にミノフスキークラフト起動を指示して、“ヴィーザル”を岩陰から出して浮上させた。ヴィーザルの純白の船体に、太陽光が反射して煌く。ゆったりと高度を上げていく“ヴィーザル”の動きとは対照的に、艦内の動きは慌しかった。航海長を兼務するルスタムは、観念して自ら舵を握り、巧みに“ヴィーザル”を操る。機動大隊長のスナイをはじめとしたモビルスーツパイロットたちは、ノーマルスーツを着用して割り当てられた自らの機体に向かって走り出す。整備兵たちはモビルスーツの最終チェックに余念がない。機銃座に向かって走り出すもの、負傷兵の受け入れ準備を始めるもの。司令部でも、カタリナは端末を操って様々な情報を集めるのに必死だ。“ヴィーザル”が高度2,000mに達したとき、ラモン艦長は命令を下した。
「来襲してくる第61師団司令部に向け、弾道ミサイル発射」
「測的よし。弾道ミサイル発射!」
艦長の命令に砲雷長が唱和して発射ボタンを押した。数十秒後にミサイルによる爆発が数ヶ所から巻き起こった。すると敵から何倍にもなってミサイルの雨が“ヴィーザル”に向かって降り注いでくる。ミノフスキークラフトで浮上しているので、クーデター軍は熱源探知を使えない。人間が光学的に照準を合わせてミサイルを撃つので、ほとんどのミサイルが“ヴィーザル”の傍を通過するだけで当たらない。それでも2~3発のミサイルが“ヴィーザル”への直撃コースを辿ってくるのだが、ヴィーザルの前面に展開するシグ粒子シールドに阻まれ、直撃する前に爆発四散する。ミサイルによる応酬が続くが、互いに有効打がなく徐々に距離が詰まってきた。頃合を見計らったラモンは、航海長と砲雷長に命じた。
「取り舵、回頭90度。主砲斉射、準備」
「1番から3番の砲塔、メガ粒子エネルギー充填開始。照準、敵第61師団司令部」
ヴィーザルの船体と砲塔が回転を始める。砲雷長の端末に全砲座の照準画像が映し出された。全ての砲座から、照準が定まった知らせが入った。
「1番から3番、照準よし」
砲雷長が報告する。それを受けてラモンは下命した。
「撃て」
命令が各砲座に伝わるとともに、メガ粒子砲による鋭い光と、発射による振動と轟音が艦橋に襲い掛かってきた。狙われた第61師団には、その数百倍の災害が襲い掛かる。三度目の斉射で、ついに戦果が上がった。
「第61師団指揮車両への直撃を確認」
観測長からの報告に艦橋は歓声に沸いた。だが、敵の戦意は衰えを見せない。敵との距離は縮まっていく一方であった。
「照準を敵203師団司令部に移行。まもなく近接戦闘に移るので、モビルスーツ隊の出撃準備」
ラモンの命令に艦内は緊張に包まれた。艦砲射撃に対抗できる兵器が少ない敵の地上戦力に対し、中距離での攻防では優勢を保つことができたが、近接戦闘になると敵のほうがモビルスーツの数が多いので不利である。後退して距離を保ちたいところだが、ここが橋頭堡であると司令長官が命じた以上、退くことは許されない。そんな艦橋の緊張を知ってか知らずか、機動大隊長のスナイ少佐が艦橋に通信を送ってきた。
「モビルスーツ隊の出撃準備、完了しています。ところで観測長、今、敵モビルスーツの数が分かるか」
「これまでの戦闘で10機程度の撃墜を確認している。100機は割ったと思われる」
「それは上々!」
観測長の報告にスナイは笑顔を向けた。
「一人アタマ3機。俺とジーナが10機を沈めれば俺たちの完全勝利だ。四次元フットサルで鍛えた敏捷性を見せてやるから、祝杯を準備して待っていてくれ。司令長官閣下、いい酒を頼みますよ」
「60年もののワインがある」
「ワインよりはスコッチをお願いします」
「ふっ、減らず口を」
このとき、ヴィーザルに爆発と思われる轟音と衝撃音が響き渡った。敵のメガ粒子砲が突き刺さったのだ。メガ粒子砲の威力は、距離が遠くなるほど弱まる。シグ粒子シールドを突き破ってくるということは、それだけ敵との距離が近づいたとの証拠だった。
「メガ粒子砲を収斂型から拡散型に切り替えろ。これより近接戦闘に移る。モビルスーツ隊、順次発艦せよ」
ラモンの命令を受け、艦内に警報が鳴り響いた。
大変長らくお待たせしました。
やはり時間が取れません。
次話ですが、
気長に待ってやって下さい。
これからも宜しくお願いします。