“ヴィーザル”は善戦していた。
善戦であって、決して有利ではない。
敵の陸上戦力に対しては爆雷を投下、敵のモビルスーツ隊に対しては主砲と機銃で応射と宇宙戦闘母艦ヴィーザルは八面六臂の活躍をみせた。指揮官の力量も兵卒の練度も、敵を上回っている。ヴィーザルのモビルスーツ隊も然り。自軍の三倍以上を相手に、よく持ちこたえていた。スナイ少佐は愛機“マリウス=ゼータ”をウェイブ=ライダー形態に変形させたりモビルスーツ形態に変形させたり巧みに操って、圧倒的な機動力で相手を翻弄している。出撃してから三十分もしないうちに既に三機を撃墜していた。そんなスナイを上回る活躍をみせていたのが、ジーナが乗る“ローガンダム”だった。鋭い動きというのは、ジーナのローガンダムのことを指すのだろう。3~4機程度の敵モビルスーツの小集団を見つけては、踊りこんでビームサーベルで斬りおとす。その様は、まるで剣舞のようだ。動きに無駄がない。慣性を利用して必要以上のGがかからないように動くことは、考えてやれるものではない。
攻勢に出ている始めの一時間くらいは、まだ“ヴィーザル”側が優勢だった。予想をはるかに超える“ヴィーザル”の攻撃力と防御力に、クーデター軍は押された。もしクーデター軍の兵力が“ヴィーザル”と同等であれば、このまま押し切られて壊滅させられてしまっただろう。だが、現実は違った。少々撃ち減らされても戦線を維持することができるくらいの余裕が、クーデター軍にはあった。やがて、“ヴィーザル”側の優勢を支えているのが、スナイの“マリウス=ゼータ”とジーナの“ローガンダム”であることが判明すると、クーデター軍はモビルスーツ隊の多くをこの二機に集中させてきた。
「ぐっ!」
スナイの表情は緊張でこわばった。当初と比べて自身に迫り来るモビルスーツの数が、明らかに多くなってきた。包囲されまいと、得意の機動力で逃げ回ることに必死になり、思うように敵モビルスーツを討ち取ることができなくなった。
「くそっ。今、どれだけ生き残っているんだ…」
当初は、味方の生存確認ができるくらいの余裕があったが、もはや自分が生き残ることに精一杯だ。急加速や急旋回を続けているので、体力の消耗も甚だしい。だが、それでも急旋回中に放ったビームが、敵のモビルスーツに命中した。
「これで八機、いや九機か。あともう少しでノルマ達成なんだが…」
一方のジーナも苦戦していた。これまでジーナが敵に斬り込んでいっていたのだが、今では敵が大きめな集団を作ってジーナに向かってくることの方が多くなっていた。大きな集団の中に居続けると、逆に敵に囲まれて斬られるリスクが高くなるので、一撃しては離脱を繰り返している。これも急加速、急旋回を繰り返すので、いくら強化人間として訓練されているとはいえ体への負担は大きい。ジーナは既に十四機を撃墜していた。斬り込んで十五機目をビームサーベルで討ち取り、そのまま敵集団から離脱、急旋回をしたとき、ほんのコンマ零零零一秒だけ気が緩んだ。そこに運悪く敵が放ったライフルのビームがローガンダムの肩を直撃した。
「きゃああ」
直撃の衝撃で機体のバランスが崩れる。その隙を敵モビルスーツ隊は見逃さない。ローガンダムに敵が殺到した。複数のどす黒い殺意の刃が、モビルスーツの装甲越しにジーナに襲い掛かる。
「このままでは私はやられる…敵の意思が固まって、私を襲う……」
肩をやられただけなので、ローガンダムの機動性に影響は出ないはずなのだが、ミクロン単位でのズレが出るとの思いが、ジーナを怯えさせた。怯えから身を翻させようとした丁度そのとき、ジーナの視界に見覚えのある赤い機体が飛び込んできた。
「ト、トオルさん!」
火星自治共和国の前身であるアリップが独自に開発したモビルスーツ、制式番号ARP-003“ユウギリ”は、第二任務部隊司令長官ロニー=ファルコーネ中将の乗機として知れ渡っている。敵の親玉が直々に戦場に躍り出たということで、クーデター軍全員の関心は“ユウギリ”に集中した。たくさんの敵の悪意が自分から遠ざかっていったことにジーナはホッとしたが、すぐに巨大な絶望感と不安感に襲われた。
「トオルさんが、やられてしまう!」
ジーナはヘルメットを脱いで放り捨てた。ロニーことトオルの操縦技術がそこそこのレベルにあるということを知っているが、それと同時に、スナイ少佐のように何十機も相手にして戦えるほどではないということも、ジーナは理解していた。そして、トオルがいない世界で生きている自分も想像できなかった。
“ユウギリ”に、おびただしい数の敵モビルスーツ群が殺到していく。絶望感と不安感に駆られたジーナは、助けに行こうとするタイミングが遅れた。もう間に合わない…。涙を流している自分にジーナは気付かなかった。敵モビルスーツ群がビームライフルを放つ。無数の光線が“ユウギリ”に向かっていく。
「あ、あ、あ……」
ほんの零コンマ零零秒の時間が、ジーナには長く感じた。トオルとの思い出が、走馬灯のように駆け巡っていく。ネメシス=シティでの初めての出会い。居酒屋での衝撃的な話。安アパートでのトオルとの暮らし。フェルミ元帥と対等に渡り合うトオルの姿。木星への航海…。“ユウギリ”にビームの光が突き刺さる……
「えっ!」
突き刺さる直前、ジーナの視界から“ユウギリ”が消えた。
「えっ!」
ジーナは目をこすった。すると“ユウギリ”が消えたポイントの左上にいたクーデター軍のジェグナが、爆発炎上して消滅した。
「な、何」
それから立て続けに、四機のクーデター軍のジェグナが撃墜されるのを見た。ジーナは慌てて付近の探索を始めた。適当に数箇所ピックアップして拡大投影すると、赤い筋が空中を走っているのを見つけた。
「何、この動き…」
“ユウギリ”は、重力や慣性の法則を無視した激しい動きをしていた。こんな急加速、急停止、急旋回をしたら、搭乗しているパイロットは加速による圧力で圧死してしまう。強化人間として訓練されたジーナでも、きっと耐えられない。ジーナがあっけにとられている間に、二十機近くの敵モビルスーツが空の藻屑となって消えた。付近に敵モビルスーツの姿がなくなったのを確認したからか、“ユウギリ”は“ローガンダム”に近づいてきた。
「…誰が乗ってるの?」
ジーナは通信回線を開いて“ユウギリ”に問いかけた。こんな操縦、トオルさんにはできない。すると、ユウギリからの返答がローガンダムに入ってきた。
「お前はパイロットなんかより飯炊きのほうがお似合いだ。ここは俺がなんとかしてやるから、お前はフネに戻って俺の飯の準備でもしていろ」
ローガンダムのスクリーンに映し出されたのは、つややかなミディアムロングの黒髪と白皙の肌、サファイアブルーの瞳が印象的な青年だった。ヘルメットどころか、ノーマルスーツさえ着ていない。ジーナは顔見知りのこの青年の顔を、思いっきり睨みつけた。
「やっぱり。やっぱりアロワなのね」
「何だ。俺がこいつを操作したらいけないのか」
「当たり前でしょ。誰のモビルスーツだと思っているの」
「これか。ロニーのだろ」
「あんた。大佐のことを呼び捨てにしていいと思ってんの!?」
「フン。お前こそ、司令長官閣下を大佐呼ばわりして、十分失礼だろうが」
こうアロワに揚げ足を取られたジーナは、怒りをヒートアップさせた。
「私はいいの。木星では偉かったみたいだけど、ここでのあんたは一等兵なんだから、上官の私に意見するなんて一億万年早いわよ」
「一億万年だか一兆億年だか知らんが、飯炊き女はすっこんでろ」
こう吐き捨てたアロワは、一方的に通信を遮断した。「生意気ばっかり言って、“ヴィーザル”に戻ってきたら修正してやる」と、今は映し出されていないアロワに向かってジーナは叫んだのだが、ふとローガンダムのエネルギー残量を見たところ、くやしいが“ヴィーザル”に戻らざるを得ないと断念した。ジーナは、新たな敵モビルスーツの一団に向かっていく“ユウギリ”を一瞥すると、得体の知れない違和感を抱きながら“ヴィーザル”に向けてローガンダムを飛ばした。
“ヴィーザル”機動大隊の活躍の甲斐あって、“ヴィーザル”付近に敵モビルスーツ部隊の姿はなく、“ローガンダム”は労せずして“ヴィーザル”に着艦することができた。すぐに“ローガンダム”はハンガーに格納され、様々な工具を手にした整備兵たちに取り囲まれた。冴えない表情のジーナは、一息ついてハッチを開けると、見知った顔に出くわした。
「お疲れさん。ガンルームでジュースでも飲んでいな」
ベテラン整備士のパベル曹長だった。穏やかな笑顔でジーナを迎える様子は、自分の娘が無事に生還してきたことを喜んでいるみたいだった。暗く沈んだ表情だったジーナも、パベルにつられて自然と笑顔になる。
「ありがとう、パベルさん。どれくらいで再出撃できそう?」
「そうだな、三十分もあれば十分だろう」
「分かった。ちょっと席を外すね」
ジーナは、ノーマルスーツの右袖にあるフックのようなものを掴むと、デッキ目掛けて投げつけた。フックから空気ジェットのようなものが噴出してデッキ上方の天井にぶつかり、貼り付く。フックにはピアノ線のような紐がついており、それはジーナの袖と繋がっている。ジーナはコクピットからダイビングした。重力に落下しながらピアノ線を巻き取り、うまく反動をつけてデッキに飛び移った。
「まだ元気が残っているようだな」
曲芸師のような軽快さで走り去っていくジーナの姿を、パベル曹長は目を細めて見送った。
ジーナが向かった先は、パイロットの休憩所でも、自室でもなかった。通路を駆け抜け、エレベータに乗り込む。最後に開けた扉の向こうは、艦橋だった。操艦エリアではなく司令部エリアだ。そこにいるのは、参謀長のカタリナと司令長官のロニーだけだ。ジーナは用のある人物の名前を呼んだ。
「大佐…じゃなかった、提督。お話があります」
アロワにたしなめられたのを思い出したジーナは、あわてて呼び方を変えた。席に腰掛けていた仮面の士官は、立ち上がってジーナのほうを振り返った。
「ジーナ、頼むからあまり派手に暴れないでくれないか。私は心配で心配で…」
「もう、トオルさんったら、私をいつまでも子ども扱いしないでちょうだい」
半人前扱いされたと思ったジーナは、カチンときた。だが、ロニーは一歩たりとも引く気がなく、腕組みをしてジーナに向き合った。
「何を言う。お前はまだ子供だ。だいたい下宿して学校に行ってさえくれたら、こんな心配なんかしないで済んだのに…」
「じゃあ、アロワはいいんですか」
ジーナは、自分と年齢がさほど変わらない青年を持ち出した。ジーナに対してロニーは普通の少女のように扱おうとしているのだが、アロワに対しては違った。ジーナに対しては軍人にすることを最後まで渋ったのに、アロワに対しては職権ですぐに一等兵にした。モビルスーツ戦闘シミュレーターでジーナがいくら好成績を挙げてもロニーは喜ばないが、アロワが好成績を挙げると評価している。
「さっき、アロワのユウギリに助けられました。何でトオルさんの大事なモビルスーツをあんなやつに任せたりするんですか。私は、私は、何だか悔しくて…」
「ジーナ。お前、何か勘違いしちゃいないか?」
ロニーは、兜を脱いで仮面を外し、タカハシ=トオルの素顔をさらした。司令部エリアは独立しているように見えるが、間仕切りをされているわけではないので、操艦エリアから司令部エリアの様子を伺うことくらいはできる。ジーナは無防備なトオルの行動をたしなめようとしたが、トオルの瞳から放たれるプレッシャーに息を呑み、トオルの紡ぐ言葉を聞くこと以外、何もできなかった。
「モビルスーツなんて、単なる道具だ。“ユウギリ”は、ルーデンドルフ提督が私に与えてくれたモビルスーツだが、他人に使わせてはいけないと言われたわけではない。自分なら効率よく扱えるとアロワが申し出てきたから、使用を許可した。ただそれだけのことだ。私がアロワに“ユウギリ”を与えたくらいで、何でお前が悔しがるのだ?だいたい、お前の価値はモビルスーツでの戦闘能力なんかではない。私は何度もそう言っているだろう。何故分からない」
「分からないわよ。そんなの」
ジーナは勇気を振り絞ってトオルを睨んだ。目には涙が溢れていた。
「私にはモビルスーツしかないの。トオルさんだって、知ったかぶって私のこと何も分かってないじゃない。もう嫌。トオルさんなんかだいっ嫌い!」
持っていたヘルメットを床にたたきつけると、ジーナは司令部の扉を開け、走って出て行った。意表を突かれたトオルは、あっけにとられて立ちすくみ、ただただ走り去るジーナを見送ってしまった。しばらく呆然としてしまったトオルは、我に返って慌ててジーナを追いかけようとしたが、それをカタリナが制止した。
「提督、そのお姿で出てはいけません。落ち着いて下さい」
「お、落ち着いてなんかいられない…」
連邦軍統合参謀総長と落ち着いて対等に話をする火星自治共和国軍第二任務部隊司令長官が、一人の少女に「だいっ嫌い!」と言われただけで慌てふためいている。その様子が、カタリナには可笑しかった。
「こういうときは、本人がなだめても駄目です。ここは私に任せて、閣下は身なりを整えて指揮を執って下さい」
「いいのかい、中佐」
「いいんです、閣下」
「ホントにいいのかい」
「ホントにいいんです」
カタリナは、じっとトオルの瞳を見据えた。
「大丈夫です。ジーナは閣下のことが大好きです。心配しないで下さい。いろんな思いが溢れてあんなことを言っただけです。だから安心して身なりを整えて席に戻って下さい。私もすぐに戻りますから」
「わ、分かった。カタリナ、君に任せるよ」
「ありがとうございます」
カタリナは微笑んだ。トオルに名前で呼ばれて、カタリナは嬉しかった。