機動戦士ローガンダム   作:J・バウアー

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PHASE 3(2)変転

 ジーナはすぐに見つかった。エレベータの扉の前でうずくまっていた。肩を震わせ、嗚咽が漏れている。カタリナはそっとジーナの肩に手を置いた。

「ジーナ、大丈夫?」

「……うっ、うっ、カ、カタリナさん…」

 ジーナは顔を上げた。涙で目は充血し、鼻水とよだれで顔はくしゃくしゃになっている。あまりにひどいので、カタリナはハンカチをジーナに渡した。ジーナはカタリナのハンカチで余分な顔の水分を拭い取るが、涙は止まることなく溢れてくる。

「……トオルさんにひどいこと言っちゃった。このままじゃ嫌われちゃう。そ、そんなの嫌だぁ…」

「大丈夫よ。あんな程度じゃビクともしないわよ提督は」

「…そ、そうかなぁ」

 ジーナは消え入りそうな声でつぶやいた。こんなにしおらしいジーナを見るのは、カタリナは初めてだった。さっきの動揺しまくるトオルにしろ、今日は珍しい場面に出くわす日だなとカタリナは思った。

「そうよ。今までだってジーナのことを受け入れてくれたんでしょ、提督は。思い出してごらん」

「………」

 ジーナは、トオルと同居を始めて間もない頃のことを思い出した。記憶が途切れ途切れになっているが、あの頃は強化人間の副作用が顕著に現れて、トオルに大迷惑をかけていたことだけは覚えている。それでもトオルはジーナを見捨てなかった。学校に通い充実した日々を送らせてくれた。なのに…

「……でも、トオルさんに大嫌いなんて言ったことはなかった。今度こそ嫌われちゃう」

「だから大丈夫だって。ジーナも知ってるでしょ。あの人の神経は、細い絹糸じゃなくてワイヤーロープで出来ているから、そう簡単には切れないって」

「…カタリナさん、ワイヤーロープは言いすぎ」

「そうかしら」

 ジーナに少しばかり笑顔が戻ってきたので、カタリナは少し安心した。でも、ここからが本番だ。笑顔の裏でカタリナは気を引き締めた。

「提督はジーナのことを頼りにしているのよ。スナイ少佐だけだったら、こんなに持ちこたえることはできなかったって言っていたわ」

「でも、アロワがいるから、私なんて要らないんでしょ」

 ジーナのアイデンティティは、モビルスーツの操縦テクニックにある。それを脅かす存在についてジーナ自身の口からしゃべらせたかったカタリナは、第二段階をクリアした喜びを片隅に追いやって第三段階に入った。

「提督はそれほど期待していないわよ、アロワには」

「そ、そうなの?」

 “ヴィーザル”に来た当初はただの密航者に過ぎず行動の自由すら与えられなかったのに、今では身分が与えられたばかりか、自分の愛機まで貸し与えているくらいだから、トオルはアロワに期待しているのではないかと思っていた。だから、カタリナの言葉はジーナにとって意外だった。潤んだ瞳でじっと見つめられたカタリナは、おだやかな口調で語り始めた。

「少しは矯正されたけど、アロワの自己中心的な性格は直らないと思っているみたい。“ヴィーザル”を失うと自分の居場所がなくなる。だから守る。でも、危ない場所に自分の身を置くことは決してしない。そういうアロワの態度が、提督は気に入らないみたいよ」

「危ない場所に自分の身を置かないって、今もアロワは戦場にいるのでしょ」

「普通はそう思うわよね。でも違うわ。アロワはここ“ヴィーザル”のモビルスーツ戦闘シミュレーターにいるわ」

「えっ」

 ジーナは、カタリナの言っていることの意味が分からなかった。平常心のジーナなら気付いたかもしれなかったが、今のジーナの精神状態ではカタリナの説明を待つしか方法がなかった。

「サイコミュによる遠隔操作システムが“ヴィーザル”と“ユウギリ”に組み込まれているということにアロワが気付いて、提督に提案したの。“ユウギリ”の遠隔操作出撃を。モビルスーツのような大きくて複雑なもの、そしてあんな遠い距離を、サイコミュで遠隔操作できるなんて、とても信じられなかったわ」

「………」

 信じられないという点ではジーナはカタリナと同意見だったが、得心するところもあった。木星圏で、サイコミュで遠隔操作されたサイコ・ガンダムを見たことがあった。そして、先程見せた“ユウギリ”の尋常ならざる機動力も、コクピットに搭乗していなければ可能だ。さらにアロワは言っていた。「操作」と。もしコクピットに搭乗していたのなら「操縦」と言っていたはずだ。さらに、“ユウギリ”と接触した際に感じた違和感の正体もはっきり分かった。

「…そういえば、モビルスーツから発せられるパイロットの息遣いが、“ユウギリ”からは感じられなかったわ」

「なあんだ。気付いていたんじゃない」

 カタリナはくすっと笑った。

「いい、ジーナ。今見せているアロワの異常な戦闘能力も、敵がNT-Bを発動させてしまったらおしまい。だから、アロワに対して引け目を感じる必要なんてないの。分かった?」

「……う、ん…」

「ジーナ、今あなたアロワの真似してローガンダムを遠隔操作しようと考えたでしょ。駄目よ。あれは、アロワのような性格破綻者じゃないとできないから。それともジーナは、強化人間に戻りたいの?」

 カタリナの詰問に、ジーナは思い切り何度も首を横に振って否定した。ジーナが落ち着いてきたことを確認できたカタリナは、自分のミッションが完遂できた手ごたえを感じた。

「それじゃ、顔を洗って戦場へ戻りなさい。そして無事に帰ってきて提督にちゃんと謝るのよ」

「うん。それじゃ、行ってくるね」

 ジーナは立ち上がると、カタリナのハンカチでもう一度顔をぬぐった。そしてカタリナに敬礼を施したあと身を翻し、エレベータの中へと入っていった。

 

 ローガンダムの整備完了までまだ時間があるので、ジーナは浴場に立ち寄って洗面台で顔を洗った。さっぱりしたところで、パイロットの休憩所へと向かった。休憩所には既に先客がいた。

「よお、ジーナ。無事で何よりだ」

 ジーナに声をかけてきたのは、スナイ少佐の部下の一人である中隊長のタム中尉だった。大隊長の影響か、気さくで陽気な性格をしている。タム中尉もジーナ同様、補給のために帰艦していた。タム中尉の乗機は、推進装置が多数取り付けられている高機動型ジェグナEE5だ。

「ジーナのことだから、きっと景気がいいんだろうな。うらやましい限りだ」

「景気がいいかなんて。生き残るのに必死で、スナイ少佐のおっしゃったノルマをこなせたかどうかなんて、分かりませんよ」

「そりゃそうだ。敵さんの方が圧倒的に多いからな。かくいう俺も、逃げ回るのに必死さ。死に物狂いで戦場を走り回っていたら、いつの間にか自分ひとりだけになってしまった。部下たちがどうなったか、皆目分からん」

「そうなのですか…」

 かなり深刻な状況にもかかわらず、タム中尉の口調に暗さがない。きっと生きているだろうという確信がなせる業なのか、スナイ少佐の影響によるものか、それともジーナに余計な心配をかけまいとする気配りなのか。そんなジーナの内心を意に介さず、タム中尉はにこやかに語りかけた。

「うちのボスの思惑通りに進んでいるみたいだから、そう深刻になりなさんな。G13部隊がいずれ応援に駆けつけてくれる。それまでの辛抱さ」

「そうですね」

とジーナが答えたと同時に、敵からの直撃弾と思われる爆発音と衝撃が響き渡った。

「うわっ。大丈夫かジーナ」

「は、はい」

 ベンチに腰掛けていたタム中尉は、衝撃でベンチから転がり落ちてしまったのだが、ジーナは驚異的な平衡感覚で転倒を免れていた。心配した相手のほうが大丈夫そうなので、タム中尉はバツの悪そうな顔になった。

「同じ死ぬならフネの中よりもモビルスーツの方がいいな。補給が終わっていないかもしれないが、そろそろ出るとするよ」

「同感です。私も後に続きます」

「ジーナに背後を守ってもらえるとは百人力だ。ところでジーナ、ヘルメットはどうしたんだ?」

「あっ…」

 艦橋で床にたたきつけたままほったらかしにしていたのを思い出して、ジーナは赤面した。

「…部屋に忘れてきてしまいました」

「そそっかしい奴だな。まぁ、かわいげがあっていいか」

 タム中尉は、中隊の予備のロッカーからヘルメットを一つ取り出してジーナに渡した。

「新品だから、大事に扱えよ」

「ありがとうございます」

 ジーナは礼を言うと、タム中尉と同時にヘルメットを被り、タム中尉のあとに続いてモビルスーツデッキへと向かった。

 

 戦況全体を把握していない現場が比較的穏やかなのに対して、艦橋は殺気立っていた。直撃弾を浴びるようになったのは、“ヴィーザル”の防御陣が崩れかけているからだ。艦橋には、機動大隊の状況が逐一報告されていた。

「味方が押されています。戦線が後退しています」

「通信が途絶した味方機、15機に達しました」

「スナイ少佐機、帰艦します」

「パイロット控室から艦橋へ。タム中尉とグリンカ曹長から再出撃要請が入りました」

 観測長や通信士が次々報告を挙げてくる。ラモン艦長が命令を出そうとすると、また報告が入った。

「右舷に直撃、来ます」

 報告と同時にルスタム航海長が面舵を切ったので、敵が放った強力なメガ粒子砲の直撃はかすめただけで済んだが、乗組員全員が急な方向転換により姿勢を崩す羽目に合った。ラモン艦長は席から落ちないよう、両足に力を込めて踏ん張った。

「タム中尉とグリンカ曹長の出撃を許可する。二機には本艦の左舷を守らせよ」

「了解」

 ラモン艦長の命令をうけ、通信士が二機に指示を与え始めた。“ヴィーザル”のモビルスーツ隊は、“ヴィーザル”の右舷と左舷の二箇所に集まって防戦している。正面は、拡散型に切り替えたメガ粒子砲の主砲2塔で敵モビルスーツ部隊の侵入を防いでいる。アロワの“ユウギリ”の活躍もあり、敵の損害は五十機以上に膨れ上がっていた。だが、それでも敵モビルスーツ部隊は五十機程度残っており、彼我の戦力差は広がるばかりだった。“ヴィーザル”の防衛線が突破されるのは、時間の問題だった。敵モビルスーツに自艦への接近を許すと、機動力の高いモビルスーツを機銃で打ち落とすことは困難を極めるので、撃沈の可能性が格段に高くなる。

と、そのときだった。観測長が報告をあげた。

「後背に艦影。数およそ10」

 一瞬緊張が走った。もし敵だったら正面の陸上戦力と挟み撃ちにされて、全滅は必定。だが、すぐに次の報告が入って、艦内は安堵に包まれた。

「艦種確認。ボスポラス級戦艦。“ダーラン”です。G13部隊です」

「セネル准将、もう来たか。早いな」

 こうつぶやいたのは、仮面を再び被ったロニー中将だった。太陽光集光ミラーの調整が終わり宇宙空間での自らの役割は終わったと踏んだセネル准将は、ルッカ大佐とハムザ少佐の了承を得て“ヴィーザル”と合流すべく行動を開始していた。ロニーが来援要請した頃にはすでに大気圏突入を済ませていたので、ロニーの予想よりも早く到着することができたのだ。

 G13部隊からモビルスーツ隊が発進。クーデター軍との戦いで数を減らしたとはいえ、それでも30機弱が残っている。セネル准将の命令により、G13部隊のモビルスーツ隊は全機、前線へと向かった。これで自治共和国第二任務部隊とクーデター軍四個師団のモビルスーツの数は、ほぼ同等となった。

 戦闘は、更に二時間続いた。ロニー軍とクーデター軍は互いに消耗をしていったが、戦意の高いロニー軍が徐々に押し始めていった。そして、ついに決定的な情報が“ヴィーザル”にもたらされた。

「10時の方角に、多数の艦影。旗艦確認。戦艦“フォルセティ”。ルーデンドルフ提督の第七艦隊です!」

「…とうとう、終わったか」

 ロニーはつぶやいた。大気圏突入中は自由に動き回ることができない。うかつに降下すると敵地上ミサイルの格好の標的となる。ゆえにこれまで、第七艦隊は衛星軌道上からの援護しか出来なかった。だが、ロニーの挑発に乗ったイレーシュ総司令官が全軍を反転させたことでクーデター軍第二軍集団の圧力が消滅し、第七艦隊はようやく大気圏へと降下することができるようになったのだ。前線に戻ってきた第二軍集団の六個師団を圧倒的な戦力差で瞬殺したルーデンドルフの第七艦隊は、勢いに乗ったままロニーのいる戦場にへとなだれ込んで来た。クーデター軍四個師団の後方で、おびただしい爆発が巻き起こる。二十分もしないうちに、“ヴィーザル”と死闘を演じたクーデター軍四個師団は、ロニーに降伏を申し入れた。

「宇宙空間でクーデター軍の艦隊戦力を粉砕する第一段階、クーデター軍第二軍集団を反転させ、ソーラ=システムを用いて大混乱に陥れる第二段階、第七艦隊を火星表面に降下させてクーデター軍第二軍集団に止めを刺す第三段階。あと残すは、総仕上げの第四段階か…」

 勝利を手にしたとはいえ、“ヴィーザル”が受けた損害があまりにも大きく、ロニーは素直に喜ぶことが出来なかった。

 

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