機動戦士ローガンダム   作:J・バウアー

30 / 40
PHASE 3(3)大勢

 14個師団、総勢21万7,000人の巨大な戦力を擁した火星治安維持対策委員会火星解放軍第二軍集団が、アルセイスの地においてたった一日で完膚なきまでに壊滅させられたというニュースは、全世界に衝撃を与えた。地名からアルセイス会戦と呼ばれるようになるこの戦いが与えた衝撃は、態度を決めかねていた火星の軍幹部だけでなく、火星解放軍すなわちクーデター軍に組していた軍幹部を変心させるほどの威力を持っていた。

 そのような状況下で、宇宙戦闘母艦ヴィーザルは、第七艦隊旗艦フォルセティと接舷した。激しい戦闘によってボロボロになった白亜の巨艦と、新品同様の美しい船体を保っている蒼穹の巨艦。人々の視線はこの二つの巨艦に集中した。そしてこの二つの巨艦に座している二人の火星自治共和国枢密顧問官の会談に注目が集まった。

「わざわざのお出迎え、ありがとうございます」

 カタリナ参謀長、ラモン艦長の二人を引き連れ戦艦フォルセティに出向いたロニー=ファルコーネ第二任務部隊司令長官を、ハンス=ディードリヒ=フォン=ルーデンドルフ軍務卿兼第七艦隊司令長官が出迎えた。二人の枢密顧問官は互いに敬礼を施すと、ルーデンドルフは神妙な面持ちになった。

「部屋を用意している。二人だけで話がしたいのだが」

「…かしこまりました」

 自治共和国側の大勝利にもかかわらず、ルーデンドルフの表情が冴えないことに違和感を抱きつつも、ロニーは提案を受け入れた。しばらく歩いて応接室に案内されたロニーは、ルーデンドルフと二人きりになったのを確認して仮面を脱ぎ、タカハシ=トオルの素顔をさらした。ラモンとカタリナは、扉で応接室とつながる別室に待機している。

「今回の大勝利、自治共和国を代表して礼を言う」

「もったいないお言葉を頂き、感謝申し上げます」

 トオルは頭を下げた。やはりルーデンドルフの口調は暗い。だが、その理由を率直に尋ねる気がしない。トオルは場を取り繕うことにした。

「この勝利は私一人に帰されるものではありません。G13部隊のセネル司令官をはじめとした各員の奮戦によるものです。彼らの功績には是非報いていただきたいと存じます」

「一部だが戦闘記録にも目を通している。論功行賞の場で、相応の昇進や褒賞が与えられるだろう。だが、君の場合は少々異なる」

 ルーデンドルフの口調が固くなった。うっすらと感じていた最悪の事態が頭上に降りかかってくる予感に、トオルは身構えた。ルーデンドルフは間を置いて、ぽつりぽつりと話し始めた。

「……一部なのだが、かつての仲間であったクーデター軍の幹部たちに対して苛烈な仕打ちをする閣下に対し、糾弾する声が上がっているのだ。これまでアリップに尽力してきたイレーシュやプラトを情け容赦なく殺したのは、あまりにもやりすぎだと」

「…そうですか」

 やっぱりかとトオルは思った。自治共和国軍とクーデター軍の戦闘が膠着していたのは、自治共和国側がクーデター側に対して情が残っていたのも原因の一つとトオルは思っていた。その情を断ち切ってトオルは戦場に赴いた。断ち切れたのは、トオルがイレーシュやプラトと面識がなかったからだ。もし、仲の良い友人が相手だったら、ここまで容赦なく戦えたかどうか分からない。いや、自分の場合はきっと相手が友人だろうと…。だが、普通、情が残っている相手と、割り切って殺し合いなんか出来るものではないのだ。こうやってトオルに話を切り出してきたということは、トオルを批判する声が決して少ないものではなく、ルーデンドルフたちですら押さえつけられないということなのだろう。もしかしたら、ルーデンドルフ自身にも、そういう思いがあるのかもしれない。何せ、ルーデンドルフもイレーシュたちと一緒にアリップの構成員として、行動を共にしてきたのだから。

 そしてトオルは思った。幹部連中というものは、自分たちの顔見知りであればたとえ敵同士になったとしてもその命を気にするが、顔の知らない味方が大勢死んだとしても気にしないものなのだと。いくら顔見知りだとしても、敵ならそれを討ち滅ぼすのが当然だ。顔を知らなくても、味方ならそれを大切にするべきなのではないか。見知らぬ味方よりも顔見知りの敵の方を気にする幹部たちの考え方に、トオルはついて行けないと感じていた。

「私は、地位や褒賞を求めて自治共和国に参加した訳ではありません。まだ三十歳の私には、枢密顧問官の地位は身に余るものです。返上せよとおっしゃるのであれば従います。ただ」

「ただ?」

「条件があります」

 トオルは鋭い目でルーデンドルフを見据えた。イレーシュの大軍を一日で葬り去った軍司令官の迫力に、歴戦の猛将であるルーデンドルフですら圧倒されそうになった。

「条件とは…?」

 こう切り返すことが、ルーデンドルフには精一杯だった。非常事態対処法を撤回してもらうため、トオルに火星自治共和国枢密顧問官の地位を提示したことへの後ろめたさもある。トオルは返答に間を置いたが、その短い間がルーデンドルフにはひどく長く感じた。

 トオルは、誰もが一目置く歴戦の猛将を前にしてふんぞり返り、腕と足を組んだ。

「第二軍集団を失ったことで治安維持対策委員会の敗北は、ほぼ間違いのないものとなりました。地球連邦政府が動き出す前に決着をつけることができたという私の功績を、誰も否定することはできません。ですから、枢密顧問官を辞しても私に自治共和国政府の要人としての地位を与えること。これが条件の一つです。もう一つが、この内乱の指揮権を最後まで私に与えること。そして最後の一つが、私の元で働いた人たちの身と地位の安全を保証することです。この三つを約して頂ければ、枢密顧問官と軍における私の地位を放棄致します。いかがですか」

「…分かった。だが、ワシの一存では決めかねる……」

「では、レスコ主席やナイツェル副主席のご意見を伺ったらいかが。その間、ヴィーザルで待ちますから、結論が出たら連絡を寄越してください」

「それは……」

「ご心配には及びません。私が出した条件です。それを吟味している間に自治共和国に害をなすような行動は取りませんよ。そんなことをしたら、私自身の名誉に傷がつく」

「そうか、分かった。折角の凱旋に泥を塗るようなことをして悪かった」

「お気遣いには及びません。では」

 トオルは仮面を被り立ち上がるとルーデンドルフに敬礼を施し、踵を返してこの部屋から立ち去った。

 

 ものの数分で会談を切り上げて部屋から出てきたものだから、随行していたラモンとカタリナはロニーの様子を訝しんだ。“ヴィーザル”に戻るまでロニーが無言を貫くので、余計におかしいと感じた。

「閣下。一体何があったのですか」

 司令長官室に押しかけたラモンが、第一声を放った。カタリナも一緒だ。そして、カタリナが携帯端末で呼び出したジーナも、途中で合流してこの場にいる。仮面を脱いで素顔をあらわにすると、トオルはデスクの椅子に腰掛けてルーデンドルフとの話の一部始終を皆に伝えた。

「…と、まあそういうわけだ。この戦いが終わったら、私は政府の表舞台から姿を消すことになる。ようやくジーナと二人、静かに暮らせるよ。願ったり叶ったりだ」

「はぁ?何ですかそれは!」

 ラモンはいきり立った。

「この戦いでの一番の功労者は、どう考えても閣下です。私だけでなく、セネル提督もルッカ艦長も、閣下の作戦指導があったからこそ功績を上げることができたのです。閣下の功績が認められないということは、私たちの功績もなかったということです。閣下に褒賞が与えられない以上、私も褒賞を受け取るわけには参りません」

「まぁ、そう言うな。呉れるといっているものを、わざわざ突き返すこともないだろ」

「閣下は、地位や金銭が欲しくて枢密顧問官になったわけではないとおっしゃったのでしょ。私も、地位や金銭が欲しくて大佐の地位を拝領したわけではありません。だいたい、大尉止まりだった私に、三つも上の階級を与えてくださったことですら、身に余る光栄と思っています。これ以上を欲すると、罰が当たります」

「いやいや。ラモン艦長は相応の働きをしてくれている。罰なんか当たるはずがない」

「閣下。なぜそこまで自治共和国政府に対して寛大でいられるのですか」

 ラモンに詰問され、トオルは押し黙った。トオルは視線をデスクに落とした。一瞬だけだがトオルの目から強烈な光が放たれたようにラモンは感じ、息を呑んだ。だがトオルはすぐに目を閉じ、大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。そして開かれた瞳からは、柔らかな輝きだけが放たれていた。

「ラモン艦長。私は決して寛大ではないよ。ただ、君が褒賞を辞退したら、きっと皆が辞退する。すると、自治共和政府からどう思われると思う。ロニー顧問官は、部下たちを引き連れて自治共和国政府から離反し、クーデターを起こすのではないかってね。私は痛くもない腹を探られたくないだけなのだよ。だから、受け取ってやってくれないかな」

「……くだらんですな。そんなことまで考えなければならないとは。自治共和国政府も連邦政府とさほど変わらないじゃありませんか」

「連邦政府ほどではないと思うけどね」

 ようやくトオルは、にやっと笑った。

「連邦政府の掲げる能力主義は、嘘っぱちだ。これは、枢密顧問官に就任してしばらくしてから、レスコ主席から聞いた話だ。ネト将軍がクーデターに走った理由でもある」

トオルがこういう前置きを言うものだから、ラモンもカタリナもジーナも思わず唾を飲み込んだ。

 連邦政府は表向き、出自は関係なく人は法の下で皆平等であり、機会は皆に均等に与えられると謳っている。能力があれば出世して、豊かな生活を送ることができる。チャンスを掴み、成功している人がニュースで取り上げられ、豊かな生活ぶりが全世界に伝えられている。だが、成功した人の裏に潜む、数多くの失敗者たちには、決してスポットライトは当てられない。連邦政府が掲げる「出自は関係なく人は法の下で皆平等であり、機会は皆に均等に与えられる」という看板に全く偽りがなければ、失敗を本人の自己責任に帰することもできるだろう。だが、実際は違った。ネト将軍が掴んだ連邦首相官邸の極秘情報には、こんなことが記されていた。

「身分制度の復活」

と。法の下の平等を完全に否定して、全人類を支配階級、中間管理階級、労働階級、単純労働階級の四つに区分しようとするものだった。身分制度を復活させる理由だが、これがまた白々しいものだった。

 ある中流家庭で育った人が家庭を築き、子をもうけたとする。子供には将来、有利な職に就いて豊かな暮らしを送ってもらいたいから、様々な習い事をさせる。子供に楽しい思い出を残してあげたいから、家族旅行などにも出費を惜しまない。少しでもいい住環境を手に入れたいので、住居の購入にも無理をする。すると、手元には驚くほどカネが残らない。社会福祉に割く費用が馬鹿にならなくなったので、高等教育への政府の補助金が削減され、学費がどんどん上昇する。すると、子供の高等教育にカネを支払うことができなくなるので、子供が自ら有利子の奨学金を利用することになる。奨学金と聞けば聞こえがいいが、しょせんはただの借金である。すると子供は、将来豊かな生活を送るために進学したはずが、社会人になったと同時に大借金の返済を始めなければならなくなるのだ。有利な職に就けたのであればいいが、有利な職というイスは限られており、10個のイスに努力して駆け上がってきた有能な100人が殺到すると、90人があぶれてしまう。あぶれた90人は、結局大した職につくことができず、たいして努力していない人々と同列に扱われることになる。しかも、下手に有能なばかりに、同じ扱いを受けている努力していない人々以上に利用されてしまい、疲弊してしまう。現在の法の下の平等を維持していくと、このような理不尽が横行してしまう。もし身分社会の世界であれば、いくら努力しても中間管理階級が支配階級になることはできないので、こうした無駄な努力や出費を払う必要がなく、それなりに豊かな生活を送ることができるようになる。だから、身分社会が必要なのだ。という論理だった。

 これにネト将軍は激しく反発した。極秘情報が謳う理由は間違っている。もし、社会福祉への負担が厳しいのであれば、爪に火を点す生活を送る貧民に増税してむしりとるのではなく、節税に次ぐ節税をして保有する資産からするとごく僅かな税金しか払っていない超大金持ちに、ゴマすりの減税なんかしないで大増税して大金をむしりとればいい。それでもだめなら、かつて民法大改正を行ったツァイ首相のように人々の道徳観念をひっくり返すくらいの大ナタを振るって、そろそろいいだろうという人々には補助を打ち切り、将来を担うような人々に恩恵が届くように制度を改めればよい。人々の生活を良くするためとか巧言令色を施して身分制度を導入するなど、あってはならない。地球連邦政府の下での自治だと、いずれこの身分社会を強制されることになる。だから、連邦政府の元での自治ではなく完全なる独立を果たして、身分社会となった地球帝国と覇権を争うべきだ。

「……これが、ネト将軍がクーデターを決行した最大の理由だ。完全なる裏付けと有力な証人の確保ができなかったから、公にはできなかったみたいだ。こんなことを考えている連邦政府は、ゴミクズ以外の何ものでもない。ナイツェルさんがどう思っているかは知らないが、支配階級に入る経済界は身分社会を支持しているみたいだ。単純労働階級という奴隷を得れば、格安の労働力が手に入るからね。経済界が大事にしている宇宙ステーション“クロノス”第二港湾を徹底的に破壊したのは、クーデター軍の宇宙での拠点を奪い補給路を遮断して戦意を挫くことが主な目的だったが、経済界が身分社会を支持していることへのあてつけでもあったことは否定しないよ」

 あまりにも衝撃的な事実に、三人は言葉を失った。資産家でなければ地球連邦最高評議会議員に立候補できないよう選挙制度が改められたことは、身分社会への第一歩だったのかもしれない。すると、ある疑念がラモンの中で湧きあがってきた。

「では閣下、身分社会に抵抗しようとするクーデター軍と真っ向から対立して戦う我々は、封建主義的身分社会成立に手を貸した反動勢力ということになるのでしょうか」

 悲痛な表情で訴えるラモン。トオルは腕を組んだ。

「……短絡的に見たら、そう見えるかもしれないね。でも、だからといって私はクーデターを支持することはできないな。身内の誰かが殺されたとする。心情的には、殺人犯を殺して仇を討ちたいだろう。だが、殺人犯を殺してしまったら、それはやっぱり殺人であり法を犯していることになるのだから、法に則って処罰を受けなければならない。いくら連邦政府が愚かな行動に出ようとしているからといって、違法な手段をとってはならない。それに、合法的に成立した政府であれば、その政府が制定する法律や約束事を信用することができるけど、違法行為で成立した政府の制定する法律や約束事は、自分自身が法を破った前歴を持っているのだから、誰も信用してくれないだろう。行動を起こすに際し、動機や目的を持つことは大事だ。だが、手段を誤れば、いくら動機や目的が立派だとしても、幅広い支持を得ることは難しいと思う」

 だから、トオルはクーデターに参加しようとはせず、あえて連邦政府と手を組む方針を採った。非常事態対処法に基づき、合法的に権力を握ったのだ。

 トオルはデスクでやや前屈みになって頬杖をついた。

「話はそれたけど、私が火星自治共和国枢密顧問官でいられるのは、クーデターの終結までだ。政府がどんなポストを私に用意してくれるか分からないが、国政に影響を与えるようなポストではないだろう。それでも、中小企業の平社員に過ぎなかった身からすると、過分なものさ」

「それにしても閣下、なぜクーデター鎮圧まで指揮をとることにされたのですか。お話しぶりからすると、すぐにでもお辞めになりたいように感じたのですが」

 ラモンが発したこの疑問に対し、トオルは意地の悪い笑顔を作った。

「ネト将軍には訊きたいことがあるからさ。君らも疑問に感じていることがあるだろう?」

 トオルの言っていることの意味が、他の三人には分からなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。