機動戦士ローガンダム   作:J・バウアー

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PHASE 3(4)休息

 火星解放軍第二軍集団の残党狩りは第七艦隊が受け持つことになり、宇宙戦闘母艦ヴィーザルはセネル提督のG13部隊とともに修理と補給を受けるため、カドモス=シティへと向かった。“ヴィーザル”は敵四個師団の猛攻を受けてカタパルト二本が使用不能になるなど船体は著しく損傷しており、モビルスーツ部隊も半数を失った。最後の戦いに向け、“ヴィーザル”を含めた第二任務部隊航宙艦隊は、万全の態勢を整える必要があった。

「それにしても、暇だなぁ」

 こうぼやきながらカドモス=シティの街中を散策しているのは、火星自治共和国軍第二任務部隊司令長官ロニー=ファルコーネこと、タカハシ=トオルである。陽気な日差しの下、安物のパーカーにジーンズ、サングラスのラフな格好なので、フリーターがヒマを持て余しているだけにしか見えない。“ヴィーザル”の修理と補給は艦長のラモン大佐が、G13部隊についてはセネル准将が責任者を務めればいいので、総責任者であるトオルは特にすることがない。仕方がないので散歩に出掛けることにしたのだが、一人で出歩くのはつまらない。そこでトオルは、職権を乱用してローガンダムの整備で忙しいジーナを無理矢理連れ出してきたのだった。

「トオルさんって、ずっと働き詰めだったのだから、たまには羽を伸ばしてもいいんじゃないの」

 こう答えるジーナの声は、弾んでいる。パベル曹長にどやされながら、機械油にまみれながら、汗水たらしてローガンダムの整備をしていたところを、トオルに救い出されたのだから、ジーナの表情は生き生きとしていた。ジーナはトオルの腕を掴むと、すごい勢いで複合商業施設へとなだれ込んだ。トオルに頼み込まれたこともあって、ジーナの服装はTシャツの上にジャケット、そしてジーパンとかなり地味なのだが、顔が小さくスタイルがいいから、どうしても目立ってしまう。ショップに入る都度、店員が駆け寄ってきて、さまざまな服をジーナに勧めてくる。

「うーん。どうしようかなぁ…」

 店員から差し出された服をジーナは体にあてがい、鏡でチェックしている。その様子にトオルは、サングラスで隠された目を細めた。家族や友達と遊んでショッピングを楽しむ。こういう当たり前の幸せを、ジーナにはたくさん体験して欲しかった。モビルスーツに乗って殺し合いを演じることなどではなく。

 当初トオルは、ジーナのショッピングを楽しく眺めていたのだが、ジーナがショップというショップを片っ端から訪ね歩くので、トオルの疲労は我慢の限界を超えつつあった。

「ジーナ。ちょっと休憩しよう」

 トオルは一軒のカフェテリアを指差した。ジーナは一瞬だけ「もう休憩するの?」と言いたげな表情を作ったが、くたびれ果てているトオルの様子を見て、「これは仕方がないか」という諦めに似た表情を作った。

「いいけど、10分だけだからね」

「それは困る。せめて30分は…」

「えーっ。じゃあ、あと三着は買ってもらおうかなぁ」

 すでに二着購入しているのに、まだ買うのか…。ジーナに主導権を握られているので、トオルに拒否権はない。やむなくトオルはジーナの条件を飲み、二人はカフェテリアの扉をくぐった。

 中は広かった。無数のテーブル。談笑する人々。内戦なんて遠い世界で起きていることのように平和な光景だ。飲み物はセルフ方式。軽食はカウンターで注文し、店員から受け取った端末で呼び出される。まだ食事には早いので、二人は飲み物だけを手にとって空いている席に腰を下ろした。

「戦艦なんかに乗っているよりも楽しいだろう」

「…そんなこと、ないわよ」

 トオルの問いかけに対し、ジーナは返答を遅らせた。久しぶりの街歩き、とても楽しい。“ヴィーザル”が大型艦で広々としているとはいえ、密閉空間であることには変わりがない。だから、青空の下で感じる開放感たるや、何物にも代えがたい快感だ。思わずトオルの問いかけに「はい」と答えそうになったのだが、「それなら艦を降りて学校通いに戻れ」と言われそうな気がしたので、返答を躊躇してしまった。学校には通いたい。勉強してクラブ活動して、放課後には友達と遊んで…。でもジーナにとって一番大切なのは、学校から、友達と遊んだ場所から「帰る」場所だった。ジーナが「帰る」場所は、トオルがいる「場所」だった。トオルが“ヴィーザル”にいるから、ジーナも“ヴィーザル”にいるのだ。強化人間としての生活が終わりトオルと暮らし始めた頃、精神状態が不安定でトオルに対してひどい罵声を浴びせたり暴力を振るったりしていたにもかかわらず、トオルは全てを受け入れてくれた。こんな人、きっとどこにもいない。このことをジーナは、無意識に理解していた。

「トオルさんが“ヴィーザル”から下りるのだったら、私も一緒に下りる」

「小さい子じゃあるまいし、私といることがそんなに楽しいかねぇ」

「私、まだ子供だもーん」

 ジーナは舌を出しておどけてみせた。17歳という年齢は微妙な年頃だ。肉体が成人に近くなり知識もそれなりに蓄積されてくるが、世知辛さと人の有難み、危険と困難の見極めができるほどの精神的な強さはない。大人に負けていないと背伸びをすることで成長するとも言われるが、無理をするとどこかで歪が出るし、落とし穴にはまる。背伸びをするのはいいが、まだまだ自分は子供だと謙虚であることも大切なのだ。大人のパイロットたちに囲まれ、彼らよりも目覚しい活躍を見せているにもかかわらず、自分のことを「子供」だと言う。ジーナを研究所という狭い世界から連れ出したのは正解だったなと、トオルは改めて感じた。

「それじゃ仕方ない。私の役目は内戦の終結までだ。内戦が終わったら、ヴィーザルやローガンダムとお別れだ」

「…そうだね」

 トオルに言われて、ジーナはようやく気付いた。トオルが出した条件を枢密院が承諾したので、クーデター終結後、トオルは火星自治共和国枢密顧問官から解任される。新たな役職名は決まっていないが、レスコ主席の補佐官というのが有力だ。きっと軍からも追われるので、トオルが“ヴィーザル”や“ユウギリ”に乗ることは二度とないだろう。トオルと行動を共にすると誓った以上、トオルが軍との関係を絶つということは、ジーナも軍との関係を絶つことを意味する。慣れ親しんだローガンダムと一緒にいられる時間は、もう僅かなのだ。いずれ別のパイロットが、ローガンダムを操縦することになるだろう。いずれ来るローガンダムとの別れに寂しさを感じるとともに、誰知らぬ新たなローガンダムのパイロットに対して嫉妬に似た感情をジーナは覚えた。

 何気なく放った自分の言葉でジーナが葛藤を抱えることになったなんて思いもよらないトオルだが、ジーナが元気をなくしたような気がしたので心配になった。

「軍に残るラモン艦長やカタリナ中佐、ハムザとは、今までのように頻繁に顔を合わせることはなくなるだろうが、今生の別れというわけではない。いつでも会えるから心配するな。それにしても…」

 トオルは、セルフサービスで淹れたコーヒーを一口すすった。ジーナが淹れてくれたコーヒーの足元にも及ばない味気なさだ。コーヒーカップをテーブルに置くと、両腕で頬杖をついた。

「…“ヴィーザル”ホテルは最高だったなぁ。ベッドは下士官が調えてくれるし、部屋の掃除もしてもらえるし、頼めば部屋まで食事を届けてくれるし、執務デスクは高級で使い易いし、窓が大きいので見晴らしがいいし、言うことなかったなぁ。次の仕事でも、“ヴィーザル”ホテル並みの部屋を寄越してくれたらいいのになぁ」

「だったら、絶対にやめませんって、ゴネたらよかったのに」

 トオルのたわごとにジーナは呆れて遠い目をした。トオルが枢密顧問官を辞めなければ、“ヴィーザル”や“ローガンダム”と別れないで済んだのだ。だが、トオルは一歩も引こうとしなかった。

「あんなことを言われて、続けさせて下さいなんて言えないね。私にだって意地くらいはある」

「それじゃ、私の買い物に最後まで付き合うって約束してくれたのだから、意地でも最後まで付き合ってくださいね」

 すました顔でこうジーナに切り返されてしまったので、トオルは困った顔になった。

「もう一杯だけコーヒーを飲んでもいいかな?」

「いいけど、あと5分だけだからね」

「10分ちょうだい!」

 年甲斐もなくトオルは少女を拝んだ。ジーナは苦笑した。

「仕方ないなぁ。それじゃ私は、さっきから気になっていたティラミスパフェを頼んでくるね。トオルさんのおごりで」

 たった5分が高くついてしまったが、ジーナの笑顔を見てトオルは、

「まっ、いいか」

と思い、ティラミスパフェ3杯分相当の現金をジーナに手渡した。

 

 カフェテリアを出たトオルとジーナは、再びショッピングを始めた。ロッカーにジーナの戦利品を詰め込んだあと数件のショップを品定めしていると、一軒の店に人だかりができているのに気付いた。キーボードやギターといった楽器を売っている店だ。気になって近づいてみると、そこでキーボードを試し弾きしている人がいた。音を小さくしているので良く聞こえないが、寂しげな曲調ながらも心に染み渡る旋律だ。思わず目を閉じて聞き入ってしまう。

「……これまでいろいろあったなぁ…」

 トオルは瞳を閉じ、火星に来てからのことを思い返していた。火星に来てからの2年弱は、トオルにとって激動の時代だった。火星に来るまでは、まさか自分が時代を動かす存在になるなんて想像もできなかった。29歳で地球連邦軍大将。30歳で火星自治共和国枢密顧問官、アルセイス会戦で勝利した第二任務部隊司令長官。あまりにもできすぎだ。だが、それもじきに終わる。実質的には解任だが、トオル自身限界を感じていた。本名を名乗れない不便さは当然だが、ついこの前まで雲の上の存在だった年上の人たちと対等に渡り合っていくことには必要以上の労力を使う。アルセイスでの勝利でクーデター軍との戦いにも目途がついた。まだ実行には移されていないが、アステロイドベルトへの鎮守府設置にも道筋がついた。潮時だと漠然と感じていたところだった。

演奏が終わると、自然と拍手が沸き起こった。トオルも瞳を開いて拍手をする。自然と演者に視線を向けたところ、その演者が顔見知りだったので仰天した。

「あ、アロワ!?」

 隣にいるジーナが声を上げた。眉目秀麗な美男子が戸惑いながら会釈している。そしてアロワがジーナの存在に気付き、こちらへと近寄ってきた。

「こんなところまで俺を追っかけてくるとは、ヒマなやつだなぁ」

「誰があんたなんかを。たまたまよ。たまたま!」

 ジーナは体全体を使って否定し事実を述べたのだが、自己中のアロワには全く通用しなかった。

「照れ隠しが下手だな。お前に足りないのは素直さだ」

「はぁ?何言ってるのよ。私はショッピングに来ただけ。信じられないのなら、あとで私の戦利品を見せてあげるわ」

「ふぅん。ロニーもこんなのに付き合わされて、とんだ災難だな」

 何気なく放ったアロワのこの言葉に、トオルはどきっとした。アロワには素顔を見せたことがなかったはずだ。一瞬、どう反応すればいいか判断がつかなかった。

「ショッピングをするとジーナが喜ぶ。喜ぶジーナを見て私は満足する。災難ではないさ」

 どう言い繕ったところで、ニュータイプとしての洞察能力が高いアロワには通じないだろう。トオルはロニーを演じることに決めた。トオルが自分に同調しないので不満げな表情を浮かべたが、それは一瞬だけだった。

「楽しいのなら結構なことだ。俺も少し楽しかった」

「何が?」

 ジーナが生真面目に問いかける。アロワは「そんなことも分からんのか?」と言いたげな蔑む目をジーナに向けた。

「キーボードを弾いたくらいで人が集まって拍手をしてくれるなんて、思ってもいなかった。拍手をもらえるというのは、気持ちのいいものだな。知らなかった」

「そうなの?すごく上手だから、褒めてもらうことなんて何度もあったんじゃないの?」

「ないね。木星で娯楽といったら、楽器くらいしかなかったから。これくらい当たり前だ」

 トオルはマクミランから聞いた話を思い出していた。木星人は、サッカーや格闘技といった対戦式のスポーツや得点を競い合うゲームが禁止されていた。競い合えば、闘争本能が刺激されて騒乱の原因になるからだ。地球から遠く離れた場所でニュータイプ能力が高い者に暴れられると、手の付けようがなくなってしまう。ゆえに、スポーツといえば体操、ゲームといえば数独やパズルの類しか認められないので、ガーデニングや芸術に娯楽を求めるようになる。アロワの場合はキーボードだった。自由時間にただ弾いていただけ。誰かに聞いてもらう機会なんてなかったのだろう。

「当たり前なのかもしれないが、よかったじゃないか。拍手をもらえて楽しかったのなら。もっと拍手をもらえるよう、たくさん練習したらどうだ」

 トオルは親切心でアロワにアドバイスをしたのだが、アロワは不満げな顔になった。

「そうは言うけど、俺にはキーボードを買う金がない」

「えっ。あんた、大金持ちだったんじゃないの?」

 ジーナは驚いた。何があったのか尋ねたところ、アロワのカードが受付不能になっていたというのだ。何で使えないんだとアロワは不平不満を並べ立てたのだが、トオルは驚かなかった。アロワは、連邦政府の監視下で働いていた。そこを無断で脱走したのだ。事前に預金を全額下ろし、マネーロンダリングして安全な場所に蓄財した上で脱走したのならともかく、預金をそのままにして脱走したのだから、連邦政府がアロワの口座を凍結して使用できないようにするのは、いわば当然のことだった。

 トオルは財布からクレジットカードを取り出した。

「アロワ、このカードにお前が一等兵として働いた給与が振り込まれている。残高を確認してみろ。きっと、キーボードを買っても余りあるくらいの金があるはずだ」

「そ、そうなのか?」

 アロワの目が輝いた。こんな傲慢な男でも目を輝かせると愛嬌があるものだなとトオルは思った。

「ただ、お前が木星でもらっていた額からすると、大した額ではない。使い方に気を付けないとあっという間になくなるぞ」

「雀の涙にもならないことぐらい分かっている」

 アロワはカードをトオルから奪い取ると、一目散に駆け出していった。自動預払機に表示される金額を見て、アロワはどんな表情をするだろうか。ジーナは気になったが、それはほんの一瞬だけだった。

「トオルさん。邪魔者もいなくなったし、次の店に行こうね」

「あ、あぁ、そうだね」

 ジーナの無邪気な満面の笑顔を見て、トオルは引きつった笑顔を浮かべた。

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