機動戦士ローガンダム   作:J・バウアー

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PHASE 4(2)入港

「これが最後か…」

 宇宙戦闘母艦“ヴィーザル”の艦橋、司令部エリアの司令官シートに座るロニーは、心の中でつぶやいた。第二任務部隊の航宙艦隊は、総旗艦である“ヴィーザル”と正規航宙母艦“アプカル”そして、戦艦“ダーラン”を旗艦とする第七艦隊第一分艦隊第三戦隊、通称“G13部隊”である。これまでの戦いで傷ついてはいるものの応急修理は済んでおり、“アプカル”に至っては全くの無傷なので、皆の戦意は衰えていなかった。

「閣下。ここからウラノス=シティへの侵攻ルート上に、ネメシス=シティがありますが、いかがなさいますか」

 “アプカル”から戻ってきた作戦参謀のハムザ=ビン少佐が、ロニーに尋ねた。地球連邦軍第三総軍総司令官代理タカハシ=トオル大将がいなくなったネメシス=シティ保安隊は、ウィン大佐が指揮するクーデター軍の第1185連隊によって壊滅させられ、現在ネメシス=シティはウィン大佐の指揮統率下に置かれている。ウィン連隊は戦力としては大したことはなくネメシスを防衛することに手一杯で、火星自治共和国の拠点であるカドモス=シティを攻略する余力はないとロニーは判断している。地上部隊を連れてきているわけではないので、補給線を確保しておく必要もない。無視しても問題はないはずなのだが、ハムザの問いかけに対して、ロニーは即答しなかった。仮面を被っているのでロニーの表情を読むことができないが、何やら考え事をしているのは明らかだった。

「……我が艦隊が収容している地上部隊は、確か1個大隊だったな」

「はい。2個中隊が我が艦に、1個中隊が“アプカル”に、そして1個中隊が“ダーラン”に分乗しています」

「そうか。ところで、少佐はネメシス=シティを奪還したほうがいいと思うか?」

「えっ」

 自分に話を振られるとは思ってもいなかったハムザは、うろたえた。自分の考えに間違いはないはずだと心の中で再確認をした上で、ハムザは答えた。

「我々の当面の目的は、ウラノス=シティの奪還にあります。ネメシス=シティに駐留しているクーデター軍は一個連隊にすぎず、もしこれがウラノス=シティ防衛のために出陣してきたとしても、大した脅威にはなりません。我が艦隊が収容している地上部隊は一個大隊のみであり、クーデター軍の半数以下であることを踏まえると、再占領は容易ではありません。リスクを犯してまでネメシスを奪還する必要性はないと思われます」

「…そうだ。当面の目標を達成させることが先決だ。少佐の言うことは正しい」

 ロニーはハムザを正視して白い歯を見せた。

「いつも、ル=モンドでメシをおごれと言っていたから、再占領したほうがいいと言うかと思った。たまには、まともなことを言うんだな」

「ひどいですね。人を何だと思っているのですか。自分のわがままで人に血を流させるほど、私は落ちぶれていませんよ」

「自分のわがままか…。どこまでが、わがままになってしまうのだろうな…」

 枢密顧問官という最高に近い権力の座についてから、ロニーは自問自答を続けていた。ロニーが木星から帰還する前までは、戦線は膠着状態になっていた。従って、あまり血が流れていなかった。それを、ロニーは変えた。ロニーが第二任務部隊司令長官になってから、おびただしい血が流れた。プラト艦隊とクロノス第二港湾を徹底的に破壊し、クーデター軍の第二軍集団を壊滅させた。

「私は、大量殺戮者だ」

と思うことがある。敵味方を問わず、おびただしい人々を死に追い込んだのだが、それは地球連邦軍による再占領を避けて火星の自治を守るためという信念があったからだ。この信念は、自分のわがままになってしまうのだろうか。ルーデンドルフから枢密顧問官解任を告げられてロニーは、アルセイス会戦を含めた自分の功績が評価されないことに対する無念と悔しさを感じると同時に、ほっとしている面があった。こういう自問自答から、ようやく解放されると思ったからだ。

「ネメシスへのこだわりは、自分のわがままだ。こんなことで、無駄に血を流し時間を費やすわけにはいかないな…」

 自分の中にある迷いを断ち切ってくれた仲間に対し、そして自分が間違った道へ迷い込まないよう諭してくれる仲間がいることへの幸運に、ロニーは心の中で感謝した。

 

 クーデター軍の妨害を一切受けることなく、第二任務部隊航宙艦隊はアキレウス駐屯基地への入港を果たした。アキレウスに駐留する第26師団司令官アーミル大将の出迎えを受けた第二任務部隊司令長官ロニー中将は、アーミルの案内でセネル准将、ラモン大佐、ルッカ大佐、カタリナ中佐、四人の航宙艦隊幹部を伴い、司令部ビルの中央集会所へと向かった。中央集会所には、七人の師団司令官が二列になって立ち並んでおり、彼らはロニーの入場を確認すると一斉にロニーに対して敬礼を施した。列の中央を、アーミルを先頭にロニー、セネル、ラモン、ルッカ、カタリナが進む。アーミルは右側の列の先頭に立ち、ラモンとルッカはアーミルの隣で列を作り、ロニーとカタリナはひな壇に登って第二任務部隊の幹部たちと正対した。

「任務の達成、ご苦労だった。既に報告は受けている。諸君の功績に見合った褒賞と栄達を約束しよう。クーデター鎮圧もいよいよ大詰めである。各員には一層の奮闘を期待する」

 続けてロニーは、ウラノス制圧作戦の概要を説明した。一瞬だが場がざわついた。

「アルセイスに続いて、閣下自ら陣頭に立って制圧に向かうとおっしゃるのか?」

 一同を代表して、アーミル大将が驚きの声を上げた。もはや大勢は決したと言っていい。アルセイス会戦でクーデター軍は主力を失い、ごく少数の師団がウラノス=シティに立てこもっている他は、ネメシス=シティのような一部の地方都市に分散されている戦力があるだけである。クーデター軍の首領であるネト中将が健在とはいえ、掃討戦の局面に入ったと言っても、言い過ぎではない。このような状況になった場合、作戦の総責任者は後方で部下の戦いぶりを指導するのが常である。それなのに、ロニーは自ら敵陣に乗り込むと言っているのだ。驚かないのがおかしい。ロニーは、仮面から覗く口元を吊り上げた。

「私はひどい近眼でね。前線の近くにいないと、戦局がよく見えないのだよ」

「ですが、第二任務部隊の総責任者でいらっしゃる閣下に代わるものなど、どこにもおりません。前線に出られるということは、万一の事が起こる可能性が高くなります。どうか、今回は後方で我々の督戦をして頂くという訳にはいかないでしょうか」

 階級も上で年齢も上のアーミルが、真顔でロニーに訴えた。当初、アーミルも他の将帥たちと同様に、仮面を被った得体の知れないロニーには疑問と猜疑心に満ちていた。アリップの出身者でもないのに、いきなり火星自治共和国最高意思決定機関である枢密顧問官に就任し、そしていきなり第二任務部隊司令長官に就任して、地球連邦軍統合参謀総長フェルミ元帥の代弁者になりおおせた。素性も不明。胡散臭いと思わないほうがおかしいくらいだ。だが、そんなロニーが、ルーデンドルフ提督ですら成し得なかった、膠着状態となっていたクーデター軍との戦いを変えた。クーデター軍の航宙戦力、宇宙空間での活動拠点、地上戦力の主力である第二軍集団、これらをロニーが限られた戦力のみで壊滅させた。この偉業を見せ付けられて、アーミルは感心すると同時にロニーに対する見方を大きく変えた。ロニーは稀代の英雄なのではないか。ならば、自分を火星に左遷した連邦軍にいるよりは、ロニーに付き従った方が得なのではないか。そういう打算がアーミルに働き始めていた。

 アーミルがそんな計算を立てているのを知ってか知らずか、ロニーは声を立てて笑った。

「ご心配には及ばない。私に何かあったとしても、火星には私よりも優秀な人物がいくらでもいる。何かあった時は、その人物の指示を仰げばいいさ」

「…ご決心は固いようですね」

 こんなことでロニーに死んでもらったら困るのだが、今ロニーに楯突いても不興を買うだけで全く意味がない。ここは折れるしかないと思い、アーミルは恭しく頭を垂れた。

「かしこまりました。作戦完遂に小官も全力を尽くします」

「期待しよう。では、他に意見のある方は?」

 ロニーの問いかけに、場は沈黙を以って「無し」と答えた。ロニーは一同を見渡した。

「作戦開始はこれよりおよそ48時間後。改めて各員に開始を発令する。解散!」

 

 ウラノス=シティへの総攻撃が近づいているということで、アキレウス駐屯基地は右も左も準備のために大忙しだった。そんな中、既に準備は完了しているからと悠然と過ごしている一味がいる。ロニー指揮下の航宙艦隊のメンバーたちだった。

「いよいよクーデター軍も年貢の納め時ですなぁ」

 旗艦“ヴィーザル”の司令官室。応接セットの三人掛けソファの左端に座る艦長のラモンは、ジーナが淹れてくれたコーヒーをすすりながら述懐した。それを聞いた真ん中に座るハムザは、首をゆっくりと縦に振った。

「そうなれば、第二任務部隊も解散ですね。そのあと、我々はどうなるんですかねぇ」

「そうだなぁ」

 ハムザの問いかけに答えたのは、三人掛けソファの右端に座るロニーことトオルだった。

「とりあえず、しばらくは遊んで暮らせるんじゃないかな。任務成功報酬くらいはタンマリくれるだろうし」

「それ、いいですね。大金が入ったら、是非ともやりたいと思っていることがあるんですよ」

「何をしたいんだ?」

 仮面を取って素顔をさらしているトオルが興味深々に尋ねてくるので、ハムザは散々じらした挙句にこう答えた。

「地球へ行って、南の島のリゾートで気ままに暮らすことです」

「何だ。つまらん。ありきたりじゃないか」

「ありきたりって何です。ベタな王道にこそ真の癒しが待っているのです。青い空、青い海。木陰のハンモックに揺られて、照りつける太陽とさわやかな海風を全身に浴びることより幸せを感じる瞬間なんて、この世のどこにもありませんよ」

「なんだ、それ。すごく気になるじゃないか」

 ハムザの演説に身を乗り出して興味を示したのは、机をはさんで真向かいの一人掛けソファに座っているアロワだった。

「海って、イルカとかいう海の生き物が群れを成して泳いでいるという場所だろ。俺も行きたい。ハンモックって何だ。気になるぞ」

「あんたねぇ。一番下っ端のあんたが、何でそんないいところに座ってんの」

 アロワの頭をはたいたジーナは、所在無く置いてあるパイプイスを指差した。

「あんたが座るのは、あっち」

「何だと、この飯炊き女が。この俺を誰だと…」

「ただの一等兵」

「屈…」

 上目遣いでアロワはジーナを睨みつけたのだが、アロワの百倍以上の眼光でジーナに睨み返されてしまい、アロワは力なく立ち上がってしぶしぶの体で指定されたパイプイスに腰掛けた。その様子見て、もう一つの一人がけソファに座っているカタリナは、くすくすと笑った。

「アロワ君もジーナには敵わないみたいね。ところでアロワ君、一つ訂正しておくけど、ハムザ少佐が南の島に行きたい理由は、もう一つあるのよ。セクシーな水着を着た女の子との素敵な出会いでしょ」

「それは少し違いますね」

 ハムザは満面の笑顔でカタリナを見つめた。

「カタリナさんとの素敵な思い出を作りたいのです。僕と一緒に南の島でときめきと癒しを求めに行きませんか」

「残念ね。私、インドア派なの。たまりに溜まったドラマの録画を見たいから。ところで、艦長はどうなさるのです」

 カタリナに一蹴されてしまい肩を落とすハムザの隣で、話を振られたラモンは腕を組んだ。

「私は、工科大学に行きたいから受験勉強でも始めようかと思っていたのだが、ひょっとしたらできないかもしれないね」

「そんな。大学へ行くのに年齢は関係ないと思いますよ」

「いや、年齢じゃない。今、置かれている状況だよ」

「状況?」

 のんびりとした口調で尋ねたのは、トオルだった。呆れてため息をついたラモンは、身を乗り出してハムザの向こう側にいるトオルを見据えた。

「閣下はご自身のことになると何も見えておりませんね。大火事の元になりそうな火が、閣下の周りで燃え盛っていますよ」

「ど、どういうことだい?」

 トオルが全く気付いていない様子なので、ラモンはカタリナに目配せしてトオルの疑問に答えるよう促した。カタリナは表情を固くして説明を始めた。

「閣下がアルセイスで勝利を収められてから、高級将校や高級官僚たちからの問い合わせが殺到してきているのです。閣下の為人や閣下への取次ぎです。これが何を意味しているか分かりませんか」

「うーん、分からないなぁ。だって、宇宙空間での戦いはセネル准将の功績だし、アルセイスだってルーデンドルフ提督の第七艦隊が第二軍集団を撃滅したのだから、私が全体を指揮したことなんて関係者以外には分からないだろ」

「そうです。普通の人ならそう思います。閣下が指導した結果だと見抜けるほど優秀な人たちだから厄介なのです」

「……」

 カタリナの説明を受けたのち、トオルは考え込んだ。

 程なくして、トオルは声を上げた。

「ひょっとして、私は警戒されているのか?」

「そうです。一部では、こう囁かれているそうですよ『ロニー顧問官は優秀な人間を引き抜いて自立するのではないか』と」

「………」

 ラモンに断言されて、トオルは言葉を失った。以前、第三総軍総司令官代理になったときに自立しようとして、失敗したことがある。あの時はルーデンドルフ提督に拾ってもらったから、大火傷を負わずに済んだ。あれからいくつか功績をたてたが、それでもまだ国を作って運営していく能力を手に入れてはいないとトオルは思っている。理由は簡単だ。トオルには、軍人以外で仕事を任せることのできる人材がいないからだ。そのことはトオル自身が痛いほど分かっている。偉大な戦果を挙げれば王様になって国を作れるなんてのは、古代や中世の時代のことであって、現代ではありえない。なのに、王様になれると信じている人間の、何と多いことか。

「…困ったな。このままでは、あらぬ疑いをかけられて、下手すれば反逆罪で処刑されるかもしれないじゃないか」

「だったら、皇帝にでもなったらどうだ」

 トオルのつぶやきを聞いて、何気なくアロワが言い放った。場に緊張感が走る。アロワは冗談のつもりで言ったのだが、アルセイスの英雄になったトオルの場合、現実味があるので冗談では済まされない。皆の視線がトオルに集中した。

 場が静まり返ってしまったので、話の中心になってしまったトオルは、きまりが悪そうに頭をかいた。

「皇帝なんて、冗談じゃない。訳も分からず担ぎ上げられた挙句、自分の権力を守るために必死になることほど、ばかげたことはないよ」

「まあな。バーニアひとつで宇宙空間に放り出されそうになったり、ぶん殴られそうになったり、パイプイスに座れと言われたりしたのは、こっちに来てからだからな。皇帝なんて居心地が悪いだけだ」

 アロワが偉ぶった風に言ったので、ジーナが突っ込みを入れた。

「あんたの場合は、せいぜい女王アリ程度の皇帝でしょ。大佐とは違うの」

「大佐って誰のことだ?ラモン艦長か?」

「しょうもない揚げ足取りをして、どうなるか分かっているのかしらァ」

「曹長が一等兵を脅すなんて、パワハラだ。パワハラ反対!」

 ジーナとアロワのやり取りを見て、トオルは朗らかな気持ちになった。ちっぽけな幸せかもしれないが、これをたくさん積み重ねることによって幸福な人生というものが出来上がるのではないか。このちょっとした幸せを守るために自分が何をするべきか、未だによくは分からないが、方向性だけは見えたようにトオルは感じた。

「とりあえずは、目先のクーデター鎮圧を完了させよう」

 先陣を切って、クーデター軍の本拠地に乗り込み、ネト将軍に会う。会って、どうしても聞きたいことがある。先のことは、ネト将軍からもらう答え次第だ。トオルは決意を新たにした。




ずいぶんと久しぶりの投稿です。
やっと出せました。

年々、時間を作ることが難しくなってきています。

まだまだ終わる見込みがないのですが、
気長に待って下さいますと幸いです。

これからも宜しくお願いします。

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