機動戦士ローガンダム   作:J・バウアー

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PHASE 4(3)仇敵

 第二任務部隊総司令部である旗艦“ヴィーザル”は、ウラノス=シティ外縁部の上空に到達した。上空といっても、高度500m程度の低空である。総督府まであと10kmを切ったところで、警報が鳴り響いた。

「11時の方向より所属不明のモビルスーツ部隊、接近中。距離およそ10。至近です」

「数は?」

 観測長の報告に、“ヴィーザル”艦長のラモンが尋ねる。観測長は、艦長席へ体を向けた。

「熱源の数は13。機種は不明です」

「直ちにNT-Bを発動。総員第一種戦闘配備。モビルスーツ部隊、発進準備」

「了解」

 通信士がラモンの命令に答え、モビルスーツ部隊に出動するよう指示を出した。機関長は、機関室へNT-B発動の指示を出す。それらと同時にラモンは次々と命令を出した。

「ジークレフ作戦の発動を第二任務部隊の全部隊に通達。“アプカル”にモビルスーツ部隊の出動を要請。モビルスーツ部隊発進の前に、所属不明のモビルスーツ部隊に主砲斉射」

「主砲、エネルギー充填完了」

 砲雷長が答えた。ウラノス=シティ上空到達に合わせて既に砲撃の準備を整えていたのだ。ラモンは頷くと、右手を上げて大きく振り下ろした。

「撃て!」

 前部の2砲塔から9本のメガ粒子光線が、まばゆい光と独特の発射音を伴って所属不明のモビルスーツ部隊へと伸びていった。戦艦にはモビルスーツなど及びもつかない巨大な機関室がある。主砲のメガ粒子はそこからエネルギーを供給されるので、その破壊力はモビルスーツ携帯武器の比ではない。かすめただけでも、深刻なダメージを受ける。実際、敵らしきモビルスーツ部隊から、いくつかの光球が現出した。

「モビルスーツ部隊の出撃準備、完了しました」

 主砲斉射が数回行われた後、正面のメインモニターに機動大隊長のスナイ少佐が映し出された。画面のスナイにラモンは下命した。

「“ユウギリ”にかすり傷一つも与えるなよ」

「当然です。ロニー長官が前線に出てこられるというので、パイロットの皆が意気込んでいます。必ず長官を無事に送り届けます」

「くれぐれも、頼んだぞ」

 スナイが敬礼するのを確認すると、ラモンは画面を“ユウギリ”のコクピット内に切り替えた。ノーマルスーツではなく赤を基調とした軍服を身にまとい、シンプルながらも優美さがある兜の下に口元が露出されている仮面を被った将校が映し出された。ラモン艦長はその人物に敬礼を施した。

「閣下、ご無事で。くれぐれもご無理をなさらぬよう」

「ここは、作戦の成功を祈ります、ではないのか?」

「閣下あっての作戦です。逆ではありません」

「ありがとう。心配かけないように気をつけるよ」

丁度このとき、管制室からロニーに連絡が入ってきた。

「閣下。まもなく発進となります。ご準備はよろしいでしょうか」

「いつでも構わんよ」

「かしこまりました。これよりカタパルトへの移動を始めます」

「了解。ところで、ラモン艦長。砲撃後の敵モビルスーツの動きはどうなっている」

 ロニーの問いかけを受けて、ラモンは観測長に状況を報告させた。その結果をロニーに伝える。

「動きは鈍くなりましたが、引き続きこちらに向かってきております」

「そうか。一戦は避けられないな」

「引き続き、艦隊による援護射撃は続けます。射線に入らないよう気をつけて下さい」

「分かった。ウラノス=シティに損害を与えないよう、慎重に事を進めてくれ」

「確か、枢密院での決定事項でしたね。了解しました。各艦に閣下の命令を伝えます」

 “ユウギリ”がカタパルトに姿を現した。ロニーはひとつ息をついた。

「ロニー=ファルコーネ。“ユウギリ”出る!」

 赤い機体が、青空目掛けて飛び出した。そのあとに現れたのは、“ローガンダム”だった。

 “ローガンダム”は、“ヴィーザル”の改修中に白を基調に青と赤のアクセントを加えたカラーリングに塗り替えられている。メインモニターが、ロニーから“ローガンダム”のジーナに切り替わった。ラモンはパイロットスーツを着ているジーナに対して意地の悪そうな笑顔を作った。

「ジーナ。お前の役目は、アロワと一緒に閣下の背後を守ることだ。アロワとケンカするなよ」

「あんな奴の助けなんて要らないのに」

「お前一人だと暴走しそうだから心配なんだ。アロワと仲良くするのだぞ。分かったな」

「はーい。ラモンさんの言い方、大佐に似てきましたね」

「そいつは光栄だ。褒められたと思っておこう」

「では、ジーナ=グリンカ。“ローガンダム”行きます!」

 白い機体が虚空を舞った。次にカタパルトに現れたのは、スリムでシャープなフォルムの“ローガンダム”とは対照的で、ずんぐりと野暮ったいフォルムのモビルスーツだった。足があるのかないのか分からないくらい短い。“ヴィーザル”艦橋のメインモニターが、ジーナからそのモビルスーツのパイロットに切り替わった。つややかなミディアムロングの黒いサラサラヘアーの下には白皙の肌、整った眉、切れ長だが大きなサファイアブルーの瞳が印象的なとんでもない美男子が映し出される。

「アロワ!何でノーマルスーツを着ていない?」

 画面の美男子に向けて、ラモンが問いただした。サファイアブルーの瞳が、うんざりした光を放った。

「あんな不細工でゴワゴワしたものなんか、俺には似合わん。見苦しいにも程がある。それにしても、何で俺のモビルスーツはこんなに不恰好なんだ」

「不恰好とは何だ。火星自治共和国の最新鋭機だぞ。性能は折り紙付だ。文句を言うと罰が当たるぞ」

「この俺に罰を当てるだと。とんだ笑い種だ」

「装備だって充実している。ファンネルだって30基は搭載されている。これ以上文句を言うな」

「NT-Bが発動しているのにファンネルだとぉ。宝の持ち腐れもいいところじゃないか。コケにしやがって。もういい。アロワ=シェロン、出るぞ」

 アロワの黄土色の機体“ジ・オープラス”が、“ヴィーザル”から射出された。そのあとスナイの“マリウス=ゼータ”と7機のジェグナが“ヴィーザル”から発進していった。

 ヴィーザルから射出されたモビルスーツ隊は、“ユウギリ”を中心に前方を“マリウス=ゼータ”、右舷を“ローガンダム”、左舷を“ジ・オープラス”が固め、その周囲を7機のジェグナが球形陣で守っている。そのうちの1機、最先頭を駆ける“高機動型ジェグナEE5”が、スピードを落として遠隔狙撃用ライフルを構えた。

「負け犬に群がる蝿どもめ。目に物見せてくれる」

 アキレウスの激闘で3人の部下すべてを失ったタム中尉は、迫り来る敵モビルスーツの1機に照準を合わせ始めた。まだ、モビルスーツ携行兵器の射程から大きく外れているので、自動だと狙いが定まらない。

「くっそー。ダメか…」

 構えてから数秒だが、狙撃を諦めかけたそのときだった。何故か、脳内に女のかすかな声が聞こえたような気がした。そして反射的に、“EE5”のライフル発射ボタンを押した。ライフルのメガ粒子ビーム光線が真っすぐに伸びていく。伸びるにつれて細くなっていくのだが、タム中尉の意志が乗り移っているせいか芯は強靭なままだ。そして、敵モビルスーツ1機の胸付近を貫き、爆発四散させた。

「な、何だと!?」

 驚いたのは、“ジ・オープラス”に乗り込んでいるアロワだった。ありえなかった。あんな遠方を狙撃するには、何らかのサイコミュ兵器を近くに送り込み、そこに感応波を送って敵に狙いをつけ、そこから攻撃するしかない。タム中尉は、アロワすらも超えるニュータイプだというのか?

「…NT-B発動中だから、感応波は使えない。NT-Bを打ち破れるほどの精神的なプレッシャーも感じない。なぜだ?」

 味方のアロワですら動揺した。敵だったら、なおさらだ。艦砲射撃とは全く違う角度から直撃を受けるなど、ありえないことだった。悪魔か何かの仕業か?もしくは敵に何らかの新兵器があるのか?まだ遠く離れているにもかかわらず、クーデター軍の陣形に乱れが生じた。

 そのとき、ロニーたちヴィーザルのモビルスーツ隊に通信が届いた。

「敵モビルスーツ隊の機種が判明しました」

 ヴィーザルの通信士によると、敵モビルスーツ隊の内訳は、ジェグナ6、アレクト3とのことだった。“アレクト”とは、連邦軍の試作モビルスーツの一つである。次期主力モビルスーツ候補で、バーニアを多く備えた高機動タイプである。

「全機に告げる。ジーナとアロワは閣下をお守りしながら火星総督府へ突入せよ。他は私とともに敵モビルスーツ隊を叩く」

「了解」

 スナイ大隊長の命令に、ロニーとアロワを除く全員が唱和した。その声を聞いた後、スナイはロニーに対して敬礼を施した。

「閣下、ご無事で」

「それはこっちの台詞だ、スナイ少佐。この戦いが終わったら、みんなで祝杯を挙げよう」

「それは楽しみです。閣下の財布を空にして差し上げます」

「なかなか張り合いのあることを言ってくれるな。では、あとのことは頼んだ」

「はっ」

 “ユウギリ”のコクピットに映っていたスナイの姿は消え、“マリウス=ゼータ”とジェグナ7機は敵モビルスーツ隊を目指して上昇していった。彼らの姿を確認した後、ロニーはジーナとアロワの姿を画面に映し出した。

「これから、敵の本拠地に乗り込む。準備はいいか」

「はい、大佐。じゃなかった、提督」

とジーナ。

「飯炊き女だけだったら不安だからな。仕方ない。つきあってやるよ」

とアロワ。ロニーは彼らに対して頷くと、“ユウギリ”を火星総督府へ向けて加速させた。“ローガンダム”と“ジ・オープラス”がそれに続く。フルスロットルで下降させているので、みるみるうちにウラノス=シティ中心部上空に達した。

「全くの無防備だな」

 ウラノス=シティの防空域に侵入したにもかかわらず、ロニーたちは機銃による攻撃を数回受けただけだった。

「これは、すごいな…」

 上空から見たウラノス=シティ中心部は、死んだ町そのものだった。八個師団による兵糧攻めが効いているのか、人の姿はほとんど見えずゴミが散乱している。車も全て止まったままだ。電気による明かりは一切点いておらず、ひっそりとしている。水や食糧、電気といったライフラインを遮断された大都市とは、こうも脆いものなのか。大都市は食糧や電気エネルギーを一気に消費する。家庭で備蓄している食糧なんて1週間分もあればいいところ。しかも冷蔵庫などで保管されているものは、電気を止められてしまえばすぐに傷んでしまう。大都市に設置されている太陽光などの自家発電設備では、大都市全ての電力をカバーすることなんてできない。少ない食糧を軍が独占するなど、市民が飢えて暴動が発生し足元が揺らいでしまうから、以ての外だ。それどころか、規制をかけて食糧の供給を減らすだけでも、自分たちに対する支持が失われ、下手すれば暴動に発展しかねない。ゆえに軍の食糧も早々と尽きてしまった。そしてそこに、アルセイスでの大敗北のニュースが入った。クーデター軍の上層部はともかく、下級兵士の気力はもはや完全に失われてしまったと言っていいのかもしれない。

 火星総督府が近づいてきた。地上部分は三階しかない、それほど大きくない建物だ。総督の住居と執務室、補佐官たちのオフィスと危機管理センターがあるだけで、行政機構はそれぞれ別に庁舎がある。総督府にはロココ調の建物だけでなく豪奢な庭やヘリポートもある。そのヘリポートに1機のモビルスーツが鎮座していた。

「あれは…、“ローガンダム”?なぜ…」

 黒と灰色を基調とした従来のカラーリングの“ローガンダム”だった。ジーナの“ローガンダム”は、白を基調に青と赤のアクセントを加えたカラーリングに塗り替えられている。ジーナは驚き唖然としたのだが、ロニーは違った。“ローガンダム”は1機だけではないだろうとロニーことトオルは思っていた。かつてアキレウス駐屯基地にトオルたちが“ローガンダム”を送り届けた際、第三総軍参謀長チャン=ミンスク中将が出迎えたトレーラー。あれに乗っていたのが、本物の“ローガンダム”なのではないか。だとしたら、ジーナが乗っている“ローガンダム”は…

 そうこうしているうちに敵ローガンダムは飛び上がり、ロニーたち目掛けて迫ってきた。

「ここは私に任せて下さい。提督とアロワは総督府へ!」

 こう叫ぶとジーナは、敵ローガンダムへ向けて突撃していった。ロニーは止めようとしたが間に合わない。しばらくジーナのローガンダムの後姿を見送った後、ロニーは“ユウギリ”の進路を火星総督府へと向けた。

 ジーナは敵ローガンダムに向けてライフルを撃った。敵の気を引き付けるためだ。数発撃ちこんだ後、自らの機体を上昇させた。敵ローガンダムと“ユウギリ”の進路が交錯しないようにするためだ。敵ローガンダムはジーナの誘いに乗った。ジーナは機体を上昇させながらもライフルを撃ち込み続けた。

「NT-Bの影響範囲内。ファンネルは使えない」

 ファンネルとは、ニュータイプの感応波で遠隔操作する小型ビーム砲台のことだ。感応波を無効化するNT-Bを味方の戦艦“ヴィーザル”が発しているため、ファンネルを利用することができない。そして、敵ローガンダムのパイロットが、感応波を発するニュータイプかどうかも分からない。だが、ひとつだけ言えることがある。すでにいくつかの戦場を渡り歩き、ベテランの域に入りつつあるジーナの攻撃を、全てかわしている敵ローガンダムのパイロットは、強いということだ。

「感応波もなしに、かわせるって、一体…」

 大がかりな戦争が無くなって久しい。そのような中で、モビルスーツパイロットが強くなる方法は2つ。局地戦闘の特殊部隊を転々とするか、強化人間の特殊訓練を受けるか…

 ジーナは機体を旋回させ、徐々に敵ローガンダムとの距離を詰めた。ジグザグ飛行しつつライフルを格納し、替わりにビームサーベルを抜き放つ。敵ローガンダムもビームサーベルを構えた。

「………!!」

 高熱素粒子の激突が、悪夢のような極彩色と轟音をまき散らす。ビームサーベル同士がぶつかりあったことで、メガ粒子の火の粉でそれぞれのモビルスーツを僅かに焼いただけでなく、NT-Bで阻害されていたお互いの感応波が通じ合い、二人を二人だけの意識世界に叩き落とした。

「ジーナ?」

「レオナ…なの?」

 ジーナは顔見知りの名前を呟いた。レオナ=ブロツカー。ウェーブのかかった透き通ったブロンド、湖の底のように静かな青い瞳の美少女。カドモス生体科学研究所、俗称カドモス研の優等生。そして…

「また私を陥れるつもりなの」

「陥れる…何のこと」

「とぼけないで。私から色々なものを奪ったくせに」

「奪う?」

 レオナは得体のしれない不気味な気配を放った。

「何の事かしら。あなたのような俗物、どうでもいいから覚えていないわ」

 レオナのあざれるような笑声が、ジーナの奥深くに眠っていたカドモス研での日々を脳内で弾けさせた。……「…私、そんなこと知りません」「なぜ、見え透いた嘘をつく!」「ねえ、レオナ。何か言ってよ」「……」「お前がやったとしか考えられないんだ。いい加減、認めたらどうだ」「…先生も何とか言ってよ」「……」………「…先生、何であのとき何も言ってくれなかったの?」「…私にも分からないから」「あのとき、一緒にいたじゃない。なんでなの、先生!」「…ごめんなさい」「謝らないでよ。謝るくらいなら、そうじゃないってみんなに言ってよ」「…ごめんなさい」「う、う、うわあああああ!!!」………「…ジーナ、軍に配属されるって?」「…ええ」「聞いたわよ。伍長だってね。下士官だってね。サイコー」「………」「普通、研究所出身のパイロットは少尉任官なのに。ジーナってすごいわぁ」「………」……

 ジーナはうつむいた顔を上げ、レオナを睨みつけた。

「レオナ…、あなただけは許さない」

「あなたなんかに許してもらおうなんて、これっぽっちも思っていないわ。そんなことよりも…」

 レオナは不敵に笑った。

「私は、レオナ=ブロツカー少尉。少尉殿と呼びなさい、この下士官風情が!」

 二人の激情が激しくぶつかり合い、意識世界が爆発して二人は現実世界に引き戻された。

 二機の“ローガンダム”は再びビームサーベルを構え、お互いに向かって突撃した。ビームがぶつかり合って、飛び散ったメガ粒子が互いのモビルスーツを焼く。いくらサイコフレームでコーティングされているとはいえ、至近距離でメガ粒子を浴びると無傷では済まない。レオナはガンダムの半身を倒してジーナのガンダムに蹴りを入れ、距離をとった。ビームサーベルを格納してライフルを取り出し、ジーナの“ローガンダム”に向けて数発撃ち込む。ジーナは2発目まではかわしたが、レオナの3発目がジーナの“ローガンダム”の左すねを直撃した。

「やっぱり…かなわないの…?」

 ジーナもビームサーベルを格納させてライフルを抜き放ち、レオナの“ローガンダム”に向けて撃ち込む。だが、当たらない。ライフルの撃ち合いをしつつ、レオナは間合いを詰めていった。何発撃ち合ったか分からない。ついにレオナの“ローガンダム”のライフルが、ジーナの“ローガンダム”の右肩を撃ち抜いた。ジーナの“ローガンダム”の姿勢が崩れる。その隙にレオナは間合いを一気に詰め、ライフルを格納して再びビームサーベルを抜き放った。

「今、楽にしてあげるわ。さようならジーナ」

「……や、やられる!」

 レオナの“ローガンダム”は、ビームサーベルを振り下ろした。また、高熱素粒子の激突が、悪夢のような極彩色と轟音をまき散らす。あれ、おかしい。モビルスーツを斬ったのなら、こんなことは起きないはずなのに…。

「選手交代だ、飯炊き女。邪魔だから、どっか行け」

「ア、アロワ??」

 レオナとジーナの間に割って入ったのは、アロワの“ジ・オープラス”だった。レオナの“ローガンダム”のビームサーベルを“ジ・オープラス”のビームサーベルで受け止めたアロワは、強制的にジーナと回線を開いた。

「お前の仕事は何だ。こんなポンコツ人形に勝つことか?」

「………」

「すぐ熱くなりやがって。だからお前は飯炊き女なんだ」

「うるさーい。何回も飯炊き女って言うな!」

 ジーナは涙目になっていた。憎きレオナに勝つことができないからか、アロワなんかに二回も助けられたからか、ジーナには分からなかった。興奮冷めやらないジーナの姿を見てアロワはため息をつき、毛を逆立てている猫を憐れむようにして言った。

「まだ分からんのか。あの仮面野郎を一人にしていていいのか?お前の役目は、あの仮面野郎を守ることだろうが。さっさと仮面野郎のところへ行きやがれ!」

 “ジ・オープラス”はジーナの“ローガンダム”の胸に手を当て、ぐっと押し出した。ジーナの“ローガンダム”は、重力に引かれるようにして火星総督府のほうへと力なく落ちていった。

「……おまえ、私のことをポンコツ人形呼ばわりしたな!」

 ビームサーベル同士で接しているため、レオナとアロワの感応波が触れ合った。アロワは冷ややかにレオナを見下した。

「うちの飯炊き女に散々なことをしやがって、このポンコツ人形が。いや、ポンコツでも生ぬるい。お前は所詮ただのガラクタ人形だ。まぁ所詮ガラクタだから、泣いて謝ったら今回だけは見逃してやる。尻尾を巻いて逃げ出して、一生穴倉の中で息を潜めて暮らすんだな」

「…おまえ一体、何様のつもり!」

「一等兵さまだ」

 アロワが偉そうにうそぶくので、レオナは声を上げて笑った。

「一等兵?一等兵ごときが少尉の私に偉そうな口を叩くとはね。笑っちゃうわ。お前こそ、泣いてわめいて私に許しを請うたらどうなの」

「ピーチクパーチクうるさい人形だ。俺と戦うつもりなら、さっさとかかってきたらどうだ」

「やかましいわね。言われなくたって……」

 レオナは操縦桿を動かした。ところが、どうしたことか“ローガンダム”は動かない。パネルを操作しても、感応波を使いサイキックを使っても、やはり動かない。どうしたというのだ?画面を見た。よく分からない文字や記号が勝手に無数に並び、スクロールしている。レオナはパニックに陥った。

「ガンダム、動け。“ローガンダム”、なぜ動かない!??」

「ニュータイプ専用機なんかに乗っていたのが間違いだったな。ガラクタ人形ごときが、俺の感応波に勝てると思ったのか?」

 アロワは冷笑した。ニュータイプ専用機は、通常の駆動系と感応波による駆動系の二つがあり、感応波の駆動系が優先されるよう設計されている。ゆえに、通常の駆動系よりもすばやく反応してモビルスーツを動かすことができるのだ。“ローガンダム”にも感応波の駆動系が存在する。余程のことがない限り、パイロットの感応波が妨害されることはない。ないはずなのだ。なのに…

「…く、駆動系が乗っ取られた???」

 レオナの背筋に冷や汗が滴り落ちた。こんな強烈な感応波、味わったことがない。とんでもないプレッシャーがレオナを襲った。

「動け、動け、うごけえぇぇぇ!!」

「冥土の土産に教えてやる。お前は、人の顔色を見ることと、人の弱みに付け入ることしかできない。自分に中身がないから、肩書きや人を貶めることでしか自分をアピールできない。だから、お前はただのガラクタ人形なのだ。来世では徳を積んで、中身が詰まっている善人にでも生まれ変わるんだな」

 ジーナの“ローガンダム”を突き飛ばした左手でライフルを握ると、“ジ・オープラス”はレオナの“ローガンダム”のコクピットに向けてビームを撃ち込んだ。


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