スナイ少佐の率いる“ヴィーザル”のモビルスーツ部隊は、攻撃してきたクーデター軍のモビルスーツをほとんど無傷で討ち果たしていた。とにかく動きが鈍い。あれでは攻撃を当てて下さいと言っているようなものだ。
「おそらく、兵糧攻めが効いているのだろう…」
というのがスナイの見解だった。食糧が行き渡るのは上層部だけで、末端は食糧不足で飢え死にするというのは、はるか太古から綿々と受け継がれる常識だ。その常識からクーデター軍も逃れられなかったのだろう。人間、腹が減ると気力も判断力も鈍る。腹が減って現場の人間すなわちモビルスーツのパイロットの能力が、十分に発揮されなかったのだろう。一時、人工知能による全自動攻撃が流行ったが、それを妨害して無力化させる技術も進歩してしまい、今や全自動攻撃兵器は存在しない。戦局を左右するのは、いつの時代でも人間次第なのだ。
早々とクーデター軍のモビルスーツ部隊を片付けたスナイ隊は、ロニーの“ユウギリ”と合流すべく火星総督府を目指して全力疾走していた。ちょうどそのとき、上空から落下してくる物体をキャッチした。
「…“ローガンダム”?ジーナか」
落下物の照合確認した結果をスナイはつぶやき、自らの機体“マリウス=ゼータ”を飛行形態に変形させた。機体を上昇させて“ローガンダム”に接近し、落下する“ローガンダム”と速度を同調させてから自らの機体の背中に“ローガンダム”を乗せた。
「ジーナ。聞こえるか?」
返事がないので、スナイは何度かジーナの名を呼んだ。しばらくしてようやく返事が届いた。
「少佐…、私、ダメだった…」
ジーナの声は弱々しかった。何かあったのだろう。気の利いたことでも言えればいいのだが、スナイには何も思いつかなかったので、とりあえず思っていることを口にした。
「ダメだったか。だが、お前はまだ生きている。いちいち気にしていると先へは進めないぞ。生きている人間には、何かすることがあるはずだ。過去の事はとりあえず置いて、何をすべきかを考えてみたらどうだ」
「似たようなこと、アロワにも言われた…」
うわ、失敗したかな。スナイは焦った。このまま意気消沈されていても困る。何を言えば元気を取り戻してくれるだろうかとスナイが思案を巡らしているうちに、ジーナが沈黙を破った。
「私がしなければならないことは、大佐を守ること。大佐を守ることが私の望み、私の願い…」
「そ、そうだ、ジーナ。我々も同じ思いだ。全速力で“ユウギリ”の元へと向かうから、しっかりとつかまっているんだぞ」
ジーナが自分で答えを出してくれてほっとしたスナイは、周囲に合図を送るとアクセルを全開にした。
ロニーは乗機である“ユウギリ”を、先ほどまでレオナの“ローガンダム”がいた火星総督府のヘリポートに降り立たせた。妨害は全くない。熱探知センサーを起動させ、周囲に人間がいないかを確認する。建物の内部には、人間らしきあやしい光点がちらほら見受けられるが、外部にはない。安全そうに思われたのでロニーはコクピットを空け、備え付けられている簡易昇降機を出現させて地上へと降り立った。念のためホルダーからブラスターを取り出し、目に入った入り口へと駆け寄る。空いている左手で端末を取り出し、数秒操作してセンサーを扉に向けた。簡易熱探知センサーだ。人間らしき光点を感知しなかったので、ロニーはドアノブを握った。
「…開いている」
ロニーはゆっくりと扉を開けた。中から音は聞こえない。まだ中に踏み込まず、そっと中の様子を伺う。中の天井を見ると、何やらセンサーらしきものがあった。あれで、出入りしている人間を探知しているのだろうか。そのセンサーらしきものが一瞬キラリと光った。
「侵入者を探知したか?」
ロニーは焦ると同時に、壁を利用してセンサーから身を隠した。だが、何も反応がない。警報が鳴るわけでも、機銃が出現して発砲を始めるわけでもない。静寂なままだ。ロニーはもう一度センサーに身をさらした。またセンサーが光を放ったが、何も起こらない。
「どういうことだ?」
火星総督府の警報システムは、ロニーを敵と判断しないようだ。理由を考えても埒が明かないので、ロニーはかぶりを振ったあと、そろりと中を覗き込んだ。ちょうど廊下の途中のようで、左右に通路が伸びている。左は扉が閉められていて先が見えないが、右は広間へとつながっているようだ。熱探知センサーを左右に向けた。右には3~4個の光点。左にはない。
「わざわざ危ないほうに行く必要はないだろう」
ということで、左に向かいドアノブに手をやる。鍵はかかっていない。ゆっくりと開けて、中を覗き込んだ。ロッカーやら机やらが適当に置かれている。駐在兵の詰め所みたいだ。無人であることから、全員出動中なのだろう。ロニーが入った入り口とは別の扉がある。そちらに熱探知センサーを向けた。光点が一つ扉へと近づいている。ロニーは急いでそちらに向かい身を潜めた。2mくらいの長さの紐のようなものが机に置いてあったので、すばやく掴み取る。熱探知センサーをしまい、ブラスターを構えた。扉が開いた。入ってきた人物にロニーは不意打ちをかけて飛び掛り、したたかに打ちのめすと押さえ込んで、入ってきた人物の頭にブラスターの銃口を押し付けた。
「所属と階級、そして名前は」
「かっ解放軍司令部直属のっ、いインベル大尉だ…」
ロニーの誰何に対して、犠牲者は力なく答えた。どこかで聞いた名だ。だがロニーにとってこいつの正体なんかどうでもよかった。それよりも、
「死にたくなかったら、これからネト中将の下へと案内するのだ」
「は、は、はいいっ」
ロニーは先ほど入手した紐らしきものでインベルの後ろ手を縛り、銃口を突きつけたままインベルを無理矢理立ち上がらせた。
扉を開けると、そこは玄関ホールだった。2階へと続く大きな階段がある。正面玄関だから銃を担いだ兵士が数人おり、そのうちの一人がロニーたちに気付いた。
「貴様、何者だ!?」
無個性的な問いかけを、兵士がロニーに投げつけた。ロニーが気の利いた答えを返してやろうとする前に、インベルが情けない声を上げた。
「な、何もするな。こ、この方は………私の客だ!」
客だって?自分の考えなんかとは異次元の答えに、ロニーは唖然とした。後ろ手を縛り、銃を突き付けている相手が客ではないということは、子供だって分かる。言われた兵士も、どう応対すればいいのか困った様子だった。
ロニーは兵士との距離を詰めた。戸惑う兵士は、ロニーの圧に屈して後ずさりして、ロニーたちに道を譲った。他の兵士たちもロニーたちに近づこうとするが、そのたびにインベルがロニーを自分の客だというので、後ずさりする。結果、いとも簡単に2階へと上がることができた。
インベルが、あまりにも簡単にロニーの問いに答えるわ、兵士を下がらせるわで、あっという間にネト中将の執務室までたどり着いた。ここまで来れば用がないので、ロニーはインベルを突き飛ばして転倒させると、ドアノブに手をかけた。ガチャリ。鍵はかかっていない。ドアノブを回して、片開きドアを手前に引いた。
中は、オーク材を主に利用した、重厚な作りとなっていた。もともと総督執務室だったところなので、当然といえば当然といえよう。中の住人は一人だけだった。
「招待した覚えはないが、一応ようこそと言っておこうか」
この部屋の唯一の住人であるネトは、ノックもせずに勝手に入ってきた仮面の男をデスクに座ったまま見据えた。浅黒い肌、白髪が混じった短い縮れ毛、肥満気味のがっしりとした体つきのネト中将は、クーデター発生前と比べて一回り小さくなったようにロニーは感じた。敗色濃厚となったことでネト中将の覇気が衰えたからか、それとも自身が成長したことによるものか、ロニーには分からなかった。
「アルセイスで第二軍集団は潰え、ウラノス=シティの火星解放軍も組織的抵抗力を失いつつあります。ネト中将、どうか矛を収めて、火星自治共和国に降伏して下さいませんか」
「………」
ネト中将は押し黙った。広報部長のチャン中将をはじめとした治安維持対策委員会の幹部の姿が見えない。他の場所で陣頭指揮でも執っているのか、それとも…
「……他の幹部たちもすでに出撃してしまった。もはや帰ってくることはないだろう。このあたりが潮時なのかもしれないな」
ネト中将の声は、敗軍の将が持つ独特の寂寥感に満ち溢れているように思えた。彼は一つだけ大きなため息をつくと、改めてロニーを見据えた。
「火星自治共和国のロニー枢密顧問官だったかな。貴官の進言を受け入れる。全軍に戦闘行為の中止、武装解除と原隊への復帰を命令するつもりで、すでに準備を進めている。それも、もうすぐ終わるだろう」
「そうですか。閣下のご英断に感謝いたします。つきましては…」
「そんなに慌てなさんな。全軍への通達が済んだら、ここへ戻ってくるつもりだ。貴官が私に会いに来たように、私も貴官が来るのを待っていたのだから」
「は、はあ…」
「準備完了のお呼びがかかるまで、少し話をしようか」
「………」
あまりにもすんなり降伏勧告を受け入れた割には、もったいぶったことを言うネトに、ロニーは調子を狂わされた。この人には調子を狂わされっ放しだ。ロニーは思う。眼差しも声色も柔らかく、策を巡らしてクーデターを引き起こすような意志の強い人物には、とても見えない。ロニーが第217師団作戦参謀タカハシ=トオル中佐であった頃から、その印象は変わらない。取り立てて目を引くところのない、ごく一般的な軍人のネト中将のどこに、火星全体だけでなく連邦政府をも巻き込んだクーデターを引き起こす力があったのだろうか。ロニーはネトの語る言葉に興味を持ったので、ポケットにしまいこんでいるボイスレコーダーのスイッチをオンにして、ネト中将が語り出すのを待った。
やや間をおいて、ネト中将は話し始めた。
「実を言うと、貴官には我が陣営に来てほしかったのだよ、ロニー中将。いやタカハシ=トオル大将閣下」
「えっ!」
ロニーは二重の意味で驚愕した。ひとつは、自分がかつでの部下であったことをネト中将が知っていたこと。さらにもうひとつが、まさか自分をそこまで評価していたなんて思いもしなかったこと。
返答に困っているロニーの姿を見て、ネトは口角を緩ませた。
「ここの防犯システムに検知されずにこの部屋まで辿り着けるのは、我々火星治安維持対策委員会の関係者、もしくは地球連邦政府の高官だけだ。委員会の関係者でなければ、連邦の高官ということになる。火星圏にいて我々の拘束から逃れている連邦の高官は、たった一人。それは、第三総軍総司令官代理だ。つまり、貴官を第三総軍総司令官代理とシステムが認知したからだよ」
「…あぁ、なるほど」
仮面を被り変装していても自分をタカハシ=トオルと認知する連邦の警備システムと、そこからロニー=トオルという答えを導き出したネト中将の分析力に、トオルは驚きを隠しきれなかった。そんなロニーの様子を見て、ネトは微笑を浮かべた。
「それはそうと、少し前の事だが、貴官にウラノス=シティへ荷物を届ける役目を与えたと思うが、覚えているかね」
「…よーっく、覚えております」
ほぼ確実に失敗する任務を与えるなんて、あれこそ嫌がらせの最たるものだ。でもまあ、そのおかげでジーナたちに会えたのだからよしとするか、とロニーは思っている。忘れようにも忘れられるはずがなかった。
ロニーの口調に棘があるのに気づき、ネトは苦笑した。
「あのとき、貴官が無事にウラノスから帰って来るとは、全く想定していなかった。渡していた予備のローガンダムを奪われることなく。しかも、初めて会った部下を使って…」
「………」
やっぱりそうか。ロニーは思った。最新鋭機であるローガンダムを火星解放軍の管轄下に置くための芝居として、ロニーことトオルたちは利用されたのだ。最新鋭機のローガンダムの配属先は統合参謀本部が直々に決定するので、クーデターを決行するまで放置していると、ネト中将たちの手が届かないところへ行ってしまう可能性が高い。そうならないようにするためにも、火星に配属されるタイミングでローガンダムが、奪われたことにするなり、破壊されたことにするなりにして、連邦軍の管理下から外し確実に手元に置きたかったのだろう。それが、ネト中将たちの期待に反して、奪われることなくローガンダムを命令通りにアキレウスまで運んできてしまった。だから、ネト中将もチャン中将もトオルに冷たかったのだ。
ロニーの内心なんて気にも留めずに、ネトは話を続ける。
「貴官の作戦実行能力には、目を見張るものがある。我が火星解放軍の一員となって欲しかったから、名目上貴官を退役させないことにした。そのことを知らせようと貴官の官舎に行ったのだが、そのときすでに貴官は官舎を引き払っていて、そこにいなかった。行方を捜すために方々に手を伸ばしたが、どうしても見つからない。そのせいで貴官とコンタクトが取れなくなってしまったのだが、それは我々を避けていたからなのか?」
「そ、それは…」
ロニーは返答に窮した。おそらくそれは、ジーナを引き取ったばかりの頃のはず。まだ精神的に安定していなかったから、ジーナはよく壁を蹴ったり大声を上げたりして近所迷惑を撒き散らしていた。そのせいで同じところに住み続けることができず、引越しを繰り返していたのだ。トオルの足跡を追うことができなかったのは、きっとそのせいだろう。もしトオルがジーナを引き取っていなかったら、一体どうなっていたのだろうか。
ネトはロニーの返答を待たずに言葉を続けた。
「貴官の存在を知ったのは、ブルーム氏が非常事態対処法を執行して貴官が保安司令官になった時だった。おかげで我々は貴官に手を出せなくなってしまった。ホントに厄介なことをしてくれたな」
「それ、ルーデンドルフ提督にも言われた気がします」
「それはそうだろう。どうせ非常事態対処法の執行も、貴官が絵図を描いたのだろう。あんなカビが生えた古い法律に目を留める人間なんて、おそらく貴官以外誰もいないはずだ。ティターンズの消滅とともに、あの法律を連邦政府が廃止にしてくれていたらと、しみじみ思うよ………」
立憲民主国家にとって、法律というものは絶大な力を持つ。時には社会の在り様すら変えてしまうほどの。だから法律は、成立させるにしろ、廃止にさせるにしろ、大変な労力と困難を伴う。立法行為に対し、真面目に真剣に全身全霊を懸けて取り組んでいる議員たちが、一体どれほどいるのだろうか。非常事態対処法なんて、執行するための構成要件さえ狭めてしまえば誰も使えないと立法権者が高をくくった結果、トオルに利用され多くの人に影響を与えてしまった。社会の安定と発展は、立法府に懸かっているといっても過言ではない。その立法府の構成員、そしてその関係者が、自己の利益や目先の支持者個人に振り回されたりすると、社会が歪んでゆく。少々歪んでも形は保たれるが、歪みが続いて捻じ曲がっていくと、いずれは千切れて破綻してしまう。前の人がやっていたからと、歪みを正さずに同じ歪みを続けた結果が、今回の火星内乱につながってしまった。ネトもロニーも互いの内心を知ることができなかったが、この思いは一致していた。
ネトはまた一つため息をつくと、腕を組んでロニーを見やった。
「………人間は理性と感情を持った生き物だ。連邦政府の圧政を良しとしない人々の感情が高まっていた。我々は、その感情を代弁した。だが、理性が伴っていなかったのかもしれない。感情の赴くまま、行動していったのが間違いだったのかもしれない。だが貴官たちは…」
「それは、我々も例外ではありません」
ロニーは自らを毅然として断罪した。ロニーの発した言葉はネトの予想を超えていたので、ネトは腕組みを解いて身を乗り出した。
「何故、そう言い切れるのかね」
「我々は閣下と戦争をしてしまった。同じ土俵に上がってしまった。戦争は感情が高ぶったもの同士がぶつかり合う最悪の結末です。私も火星自治共和国を預かる指導者の一員として、戦争に関わりました。私の指導の下、おびただしい量の血が流れました。たとえどのような理由を並べようと、その事実は消えようがありません」
「そうか、そうだな。だが、それは少し違うぞ」
ネトは椅子から立ち上がった。
「戦争状態にしてしまったのは、私たちとレスコさんたちだ。君たち若者ではなく、我々年寄りどもだ。年寄りどもの浅知恵のせいで、君たち若者に苦労をかけてしまった。申し訳ない………」
ネトは深々と頭を下げた。予想外のネトの言葉と行為に、ロニーはどう反応すればよいのか迷った。ロニーが言葉を選んでいた丁度そのとき、扉をノックする音が響いてきた。
「…どうやら放送の準備が整ったようだ。愚かな戦争というものを終わらせることにしよう。放送が終わったら、貴官たちが勝利者だ。戦争犯罪人として敗者である私を逮捕拘禁して欲しい」
「はっ」
威厳に満ちた敗者に対し、ロニーは思わず敬礼を施した。
次回、いよいよ最終話です。
長かったようで短かったような…
ただ、投稿がいつになるか全く読めません。
最後までお付き合いいただければ幸いです。
よろしくお願いします。