機動戦士ローガンダム   作:J・バウアー

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ネメシス臨時行政府保安司令官少将

 ネメシス=シティのオーランド=ブルーム市長が、内務省の承認を受けてネメシス近郊の臨時行政長官になり、その臨時行政長官からトオルが保安司令官少将に任じられてから、はや三日が経過していた。保安司令官の辞令を受け取り、市長をレストランに送ったあと、トオルはすぐに市警本部へ赴き、市警本部長やその他の幹部の異論の一切を封じ込めて市警の全権を掌握。令状なき逮捕拘禁を渋っていた市警に対し、騒乱に加わっている者及びそれに疑わしきものを例外なく検挙するよう檄を飛ばした。政府や軍の関係者である証明書を振りかざして乱暴を企てていた連中が一網打尽になってから、ネメシスは平静を取り戻しつつあった。

 今や保安隊の本部となったネメシス駐留基地。軍関係者以外立ち入り禁止の基地の中を、大勢の警官がうろついている。この異様な光景にも三日もたてば慣れてくる。保安隊の司令部と化した通信センターには、トオル以下の第217師団のメンバーの他、ネメシス市警の幹部も顔を揃えている。市警は大きく二つに分けられた。主力の警邏隊は、従来通り市内の警備及び治安維持を預かる。もう一つは、緊急事態用の遊撃隊である。警邏隊の隊長には市警本部長が就き、遊撃隊の隊長には保安司令官のトオルが兼任した。遊撃隊は、市警の特殊部隊と一部の一般警察官、そして第217師団の残存部隊の混成部隊なので、指揮統率の困難さが予想された。部隊の再編成と治安回復に向けた全部隊の指揮統率、そして各方面に対する情報収集、ブルーム行政長官を中心とした官僚組織への応対で、トオルは寝る間もないほどの激務に追われていた。部隊の再編成と市内中心部の治安回復に目途が立ったところで、トオルはようやく一息入れることができた。

「…ジーナ、悪いがコーヒー一杯用意してもらえないか」

 通信センターの司令官席に、トオルは腰を下ろした。治安がある程度回復したので、ジーナは一旦家に帰り、久しぶりの入浴を楽しんだあとで仮眠を取り、軍服に着替えてきた。ジーナの軍服は、赤色を基調にしたブレザータイプのジャケットに、紺色のネクタイ、そして純白のスパッツにセミロングのブーツである。ニュータイプ研究所からの出向兵の軍服なので、他に類似の軍服を着ているものがおらず、否応なく目立ってしまう。それでも、学生服姿よりはましだ、とジーナは思っている。

「分かりました。ブラックでいいですね」

「濃い目にしてくれ。頭に喝が入るやつを頼むよ」

「はい、閣下」

 ジーナは舌を出しながら出て行った。トオルが少将に叙されてから、ジーナは、トオルのことを閣下と呼び、そのたびにトオルから、閣下はやめて今までどおり名前で呼ぶようにと言われていたのだ。ジーナにからかわれて困った表情になったトオルを、参謀長席に座るラモンがからかった。

「まぁ、中佐からの三階級特進なんて、あまり例がありませんから。天罰だと思ってあきらめるんですな」

「そうそう。普通なら死んでも二階級。戦死した連中に嫉妬されて、呪い殺されるよりはマシですよ」

 ハムザもニヤニヤしてトオルをからかった。声も高くなっていて、明らかにハイテンションだ。それもそのはず。ハムザは情報収集に掛かりきりで、トオル同様一回も家に帰らず、風呂にも入らず、横たわることもせず机に伏しての仮眠だけで、三日間を乗り切っているのだから。いくら軽口のハムザとはいえ、普段の彼なら誰かに便乗して上官をからかうような、無礼な真似はしない。普段のトオルなら、このハムザの態度にムッとしただろうが、トオルもハムザ同様、ハイテンションになっており、全く気にしていなかった。

「うらやましいだろう。20代で閣下だぞ。史上最年少だぞ。はっはっはぁ…はぁ。何で、28歳で閣下と呼ばれなきゃいかんのだ。疲れた。飽きた。ハムザ、何なら代わってくれ」

「それは無理なご相談ですよ。少尉という階級のほうが、私を掴んで離さないですから」

「そうか、それは残念だ。お前にも三階級特進してもらおうと思っていたのだが」

「なっ、何ですか。それ」

「情報参謀として、総合的な情報収集をしてもらうには、お前が少尉のままでいては、私が困るのだ。情報参謀になってもらうには、最低でも少佐になってもらう必要がある」

「私が少佐ですか。ラモン大尉とカタリナ大尉は?」

「もちろん、彼らにも昇進してもらって、私の責任の一端を背負ってもらうよ」

「なるほど、私達は一蓮托生というわけですか。ところで」

 丁度いいタイミングだ。ハムザには、トオルに聞きたいことがあった。

「なぜ少将なんです。准将でも、中将でも、よかったのではありませんか」

 ハムザの疑問に対して、トオルは意地の悪い笑顔を作った。

「なぁに、簡単な話さ。准将だと、近隣に駐在する旅団長の少将どもより格下になって、彼らに指示を出せない。中将だと、万一ネト中将がご帰還なさったとき、指揮命令系統の委譲が難しくなる。ただそれだけのことさ」

「なるほど。ネト中将なら、責任を引き受けてくれると思っておられるのですな」

「でなければ、保安司令官なんて、損な役回りは受けないさ。だいたいこの絵図を描いたのは、一刻も早く家に帰って、元の生活に戻りたいから。ただそれだけ。それ以上でも、それ以下でもない」

「いやあ。どう見ても、本来の目的から、どんどん離れていっている気がするのですが」

「いいや、そんなことはない。ネト中将が帰ってくるまで、ウィン連隊が戻ってくるまでの辛抱だ」

 ジーナの学校に居座っているウィン大佐の第1185連隊は、三日たった今でも度重なるトオルの恭順要請に無視を決め込んでいる。ウィン大佐の率いる兵力を合わせれば、確実に治安を回復させることができるのに。そして、ウィン大佐に自分の役目を押し付けることができるのに。トオルは歯がゆくて仕方がなかった。仕事上の責任と年齢は、一部の例外を除いて比例しているほうがよいとトオルは思う。正確に言えば保安司令官少将となって三日たった今だからこそ、強くそう思う。年上の部下というのは、人間関係ができていないと使いにくい。人間関係ができていたとしても、例えば、コーヒーを頼むのにラモンとハムザ、どちらを使うかといえば、トオルは迷いなく年下のハムザを選んでしまう。仕事上の命令とはいえ、年上ばかりの市警の幹部たちを使うことは、トオルといえども大変気を遣う。それに、市庁舎の役人たち。役人どもは、自分たちが置かれている状況というものが分かっているのかと思うくらい、現状への不満を平気でぶつけてくる。異変が発生してから、地球への輸送便は全て閉ざされてしまっている。ウラノス=シティの状況が未だ不明なので、復旧の目途はたっていない。それなのに、内務省本省とやりとりがうまくいかなくて困ると、トオルにクレームをつけてくるのだ。

「そんなの知ったことか!」

と叫びたくなるが、ブルーム行政長官の手前、そんなわけにはいかない。トオルがもし司令官として年齢相応の50代くらいだったら、役人どももこんなにクレームをつけてこないはずだ。一刻も早く、こんな役職を誰かに押し付けてしまいたいというのが、まぎれもないトオルの本音だった。

 ジーナが、コーヒーを四杯用意して入室してきた。トオル、ラモン、ハムザ、そして自分の分だ。市警の幹部たちもいるのだが、彼らの分は用意していない。なんて気の利かない小娘なんだといわんばかりに、市警本部長がジーナを睨んだが、当のジーナは全く気にする素振りを見せない。そのジーナが淹れてくれたコーヒーを、トオルが一すすりしたときに異変が起こった。正面の一番大きなメインスクリーンに、突然映像が映し出された。連邦軍の制服に身を包んだ、やや中年太りした、頭髪が薄く、そして遠めに見てもはっきりと分かる豊かなもみあげとそれに連なる口ひげの男。こいつとはトオルはウラノス=シティで会っている。見間違えるはずがない。その男は、強制通信を通して発言を始めた。

「全人類に告げる。私は、全火星治安維持対策委員会広報部長のチャン=ミンスクである。火星を強圧的に支配してきた火星総督府は、たった今を以って解体された。今後は、我々治安維持対策委員会が暫定的に火星を統治する。火星に点在する各シティ及び軍関係者は、今後治安維持対策委員会の指揮下に入るように。市民には、当面これまで通りの生活を保障する。火星に居住する人々を、不当に苦しめた総督府の解体に、絶大なる功績を残した我らが指導者、治安維持対策委員会の委員長を紹介する」

 火星総軍参謀長だった男に代わって、別の軍人が姿を現した。その人物は、ネメシス駐留基地にいるものであれば、誰もが知っている顔であった。トオルを含め皆の顔が引きつった。

「ネト中将。なんで…」

 画面を通して演説するネト中将の姿を、唖然としながらトオルは眺めた。通信センターは静寂に包まれ、ただスピーカーを通じたネト中将の声だけがむなしく響き渡っていった。

 

「これはまた、厄介なことになりましたなぁ」

 悦の入ったネト中将の演説が終わったあと、通信センターの司令官席に座るトオルを見やりながらラモンは腕を組んだ。トオルを挟んでラモンの反対側にいるハムザは、珍獣を興味津々に眺めている少年のような表情を浮かべている。

「これで、ネト中将にバトンを渡すという選択肢が消えてしまいましたね。閣下はどうなさるおつもりで」

「閣下はよせと言っているだろう」

 さすがのトオルも、気の利いた返事ができない。ネト中将は、叛乱勢力を抑える体制派だと思っていた。トオルが辞表を叩きつけたきっかけになった、軍事衛星を利用した件についても、総軍の指摘を唯々諾々と受け入れていたところから、上に強くモノを言えないタイプなんだ、そんなタイプは上に反抗しようという気概を持っていないとトオルはネト中将のことを評価していた。だが、現実は違った。付き合いが短いと、人物の持つ一面、それも上っ面のごく一部しか把握できない。その上っ面でその人物を評価するのは危険なことなのだと、トオルは痛感した。そんなことよりも気になるのが、ネト中将に全てを押し付けるという選択肢を奪われたため、保安司令官という重荷を、当面背負い込まなければならないことだった。その苦労を考えると、目の前が真っ暗になる。おっ、難しい表情をしたなと、ハムザは実験動物を見るような目で、トオルを眺めた。

「ちゃちゅちょは、閣下に対して、ぜひとも部下にして下さいと、土下座してお願いをしに来いと言っていますけど、どうするんですか」

「ちゃちゅちょって、チャン中将のことか」

「その返し、冴えていませんね。ひょっとして迷っておられるのですか。ちゃちゅちょの部下になるかどうかを」

「そんなことで悩むもんか。奴の部下になるなんて、まっぴらごめんだ」

 トオルは、大げさな身振りをしながら、はっきりと否定した。チャンの下には、不倶戴天の敵のインベルもいる。奴らの仲間になるなんぞ、身の毛がよだつ思いだ。敵と向き合って総毛立っている猫のようなトオルを見て、この人ホント面白いとハムザは思った。

「なら、話は簡単ではないですか。ネト中将の叛乱軍は、敵です」

「そうだ、敵だ。ハムザお前、私より冴えているな」

「そうですかぁ。イエスかノーかの、簡単な問題だと思いますよ」

 面白がって答えるハムザから視線をそらし、腕を組んでトオルは考え込んだ。事象が複雑に絡んできているから、解決に至るまでの道筋が見えてこない。しかも、何を以って解決したと判断すればよいのか。であれば、解決とはどういう状態になることを指すのか。それには、まずゴールを設定しないことには始まらない。ついさっきまでは、ネト中将かウィン大佐に保安司令官職を譲ることが、トオルにとってのゴールだった。だが、ネト中将はあんなことになってしまったし、ウィン大佐は一向に出てこないから、当初設定したゴールは諦めなければならない。では、何をゴールにすればよいか。連邦政府の一組織である火星総督府を、クーデターを以って解体した治安維持対策委員会は、連邦政府の敵ということになる。トオルは、間接的ながら連邦政府の承認を受けて臨時行政府の保安司令官になっている。ということは、トオルは、必然的に治安維持対策委員会の敵ということになる。近い将来、トオルは、連邦政府から治安維持対策委員会と対決するようにと言われることになるだろう。そして、トオルの本来の階級は中佐なので、連邦政府は保安司令官にふさわしい人物を火星に派遣してくるはずだ。となると、トオルが職を引き継ぐ相手は、その連邦政府の高官の誰かということになる。そして今の火星には、おそらく該当する人物はいない。もし該当する人物がいたならば、保安司令官には、トオルではなくその人物が任命されているはずだから。トオルのゴールは、新たな保安司令官が地球から火星にやって来るまで、ということになる。

「こりゃあ、何ヶ月かかるんだろうなぁ」

 月と違って地球と火星は別の軌道を違う周期で太陽の周りを回っているため、地球から火星に向かうには、想定以上の日数が掛かる。その間、保安司令官であるトオルには、治安維持対策委員会からネメシスを守る義務がある。総督府のあるウラノスには、火星最大規模のアキレウス駐屯基地があり、大規模な戦力が駐留している。その総督府を武力で解体したということは、治安維持対策委員会には、アキレウスに駐留する大戦力を撃破するだけの大戦力があるものと推測される。そんな巨大な戦力を前に、現有兵力で太刀打ちすることなどできるのだろうか…

「地球より通信が入ってきています」

 通信士の一人がトオルの思索を中断した。勝利を目前にした神経衰弱のカードを、突然シャッフルされて札の位置を分からなくされた気分になり、トオルは声を荒げた。

「地球といっても広いぞ。正確に報告せんか!」

「はっ。申し訳ありません」

「謝る暇があるなら早く言え」

 ちょっとトオルさん、言い過ぎなんじゃない。とハムザは思ったが、口に出さない。いくら饒舌のハムザでも、年齢も階級も上の人物が不機嫌になっているときには、余計な口をはさまないものだ。若いとはいえ、市警本部長をも従える連邦軍の少将に、たった一人で矢面に立たされた不運な通信兵は、声を震わせた。

「はい。統合参謀本部からです」

「統合参謀本部?誰だ」

「統合参謀本部次長、エンテザーム中将閣下です」

「ほう。次長自ら…」

 トオルは右手で顎を撫でながらつぶやいた。文民統制の地球連邦軍の軍政は、軍機省が所轄する。軍機省の構成員はほぼ全員が文官で、内閣を構成する軍機省トップの軍機長官も文民である。もちろん軍人もいるのだが、軍機省に異動となった場合、一旦軍籍を離れて着任するのが習わしとなっている。従って、現役軍人の最高位は、軍令を司る統合参謀本部のトップ、統合参謀総長である。その下に第一から第三総軍の総司令官と宇宙艦隊司令長官が来る。そのため、統合参謀本部のナンバー2とはいえども、軍全体での次長の席次は低く、次長に就任する軍人の階級は、高くても大将で、たいていは中将である。中将とはいえども、統合参謀本部内では、ナンバー2であることに変わりはない。そのナンバー2自らが、辺境の片田舎のへっぽこ司令官に連絡を寄越してくるのは、異例中の異例であった。

「どうします。居留守を決め込んで無視しますか?」

 トオルの声色が明らかに変わったので、ラモンが何気なく尋ねた。トオルはラモンを見上げて意地の悪い笑顔を作った。

「嫌いな授業をエスケープできるのは、ジーナみたいな若い学生の特権さ。そういや私にもそんな夢の時代があったもんさ。そんな時代は遥か彼方、過去の話。あぁ懐かしき青春時代よ」

「私から見れば、閣下も青春を謳歌する年ですよ」

「そうさ。本来なら、今頃家で、ジーナと晩飯の相談でもしているはずなんだ。あぁ誰なんだ、私をこんな場所に閉じ込めたのは…」

「他ならぬ、閣下ご自身です」

「……」

 自分から落とし穴にはまり込んで、トオルはふくれっ面を作った。子供じみた所作をするトオルにおかしくなって、ラモンは思わず笑い出した。

「では、エスケープの特権を持たない大人の閣下は、いかがなさるのです」

「どうするも何も、選択肢なんかないではないか」

 トオルがあさっての方を向いてしまったので、ラモンが通信士に命令を発した。

「保安司令官閣下がご対応なされる。回線を開け」

「はっ」

 ラモンが場を和らげたので、通信士の声に張りが戻った。しばらくすると、正面のメインスクリーンに、きれいに整えられた口ひげと凛々しい眉毛が印象的な、浅黒い肌の初老の軍人が現れた。タカ派で知られるエンテザーム次長であった。エンテザームは圧迫感のある低い声を紡ぎだした。

「ネメシス臨時行政府とやらの保安司令官は誰だ。ウィン大佐か?」

「…」

 トオルは黙ったまま答えない。沈黙が数秒続いたため、たまりかねたラモンが代わりに前へ出た。

「まことに失礼ながら、分をわきまえず小官がお答え申し上げます。保安遊撃隊のデ=ラ=ゴーヤ大尉であります。ウィン大佐はこの場におられません。保安司令官閣下は、他の方がお勤めになられております」

「だとすれば誰だ。バルドックか」

「バルドック参謀長は、病のため床に伏せっておられます」

「なら誰だ。保安司令官なんぞを勤められる軍人なんか、おらんではないか」

「…小官です閣下」

 気まずくなって答えに窮したラモンに代わり、トオルが重い口を開いた。内務省を通じて軍機省、そして統合参謀本部にも、トオルが少将の位と保安司令官の職を得ていることは伝わっているはずだ。それなのに、明らかにトオルを軽んじている態度を取るエンテザームに、トオルは好意的でいられなかった。好意的でないエンテザームは、トオルの怒りに油を注ぐ態度を取った。

「誰だ、貴様は」

 この一言にカチンときたトオルは、エンテザームに引きつった笑顔を作った。

「お初にお目にかかります。ネメシス臨時行政府保安隊を預かります、タカハシ=トオル少将であります」

 実は、トオルが統合参謀本部勤務だった頃に、エンテザームとは何回か会っているのだが、白々しくこう答えた。だが、当のエンテザームは、全く気にも留めなかった。

「タカハシ少将?知らんな。そういえば第217師団司令部の名簿に、タカハシ中佐というのが掲載されていたが、それがお前か?」

「しばらく前までは、そうでした」

「フン。火星では、中佐風情でも簡単に少将閣下になれるのか。地球では考えられんな」

「お褒めに預かり、光栄です」

 トオルの怒りのボルテージは、急上昇中である。それでも、表情は平静を取り繕った。トオルがどう思っているかなど、全く歯牙にもかけないエンテザームは、蔑んだ視線をトオルに送った。

「まぁ、火星の常識なんてどうでもいい。それよりも、統合参謀本部の命令を伝える。ネメシス保安司令官は、火星キュクロプス駐屯基地を制圧、確保すべし」

「キュクロプス…ですか」

 キュクロプス=シティは、ネメシスから見て火星の反対側にある。そのキュクロプス=シティにある駐屯基地の規模は、ウラノスのアキレウス駐屯基地に匹敵する。統合参謀本部は、ここを制圧して、艦隊の拠点にしようとの腹積もりなのだろう。だが、ここネメシスからキュクロプス=シティまでには、何個もシティをはさんでおり、とてもすぐに軍を派遣できるような場所ではない。

「お言葉ですが。小官の任務は、ネメシスの治安を安定させ、永続的なものとすることであります。そんな遠方に大事な戦力を差し出し、ネメシスを手薄にするようなご命令は、小官の立場上、お受けすることはできません」

「何だと…」

 現場の軍人にとって、地球連邦軍の軍令を司る統合参謀本部の命令は絶対である。一旦定まった統合参謀本部の命令は、たとえ総軍総司令官の上級大将であっても、拒絶することはできない。拒絶は即ち、叛乱を意味する。

「貴様。自分が言っている意味が分かっているのか」

 エンテザームの発する重低音に、通信センターは凍りついた。市警の幹部を含めセンターにいる全ての者が、一斉に自らの司令官を見つめた。自らの死刑執行書を読み上げられたにもかかわらず、当の司令官は、涼しげな表情をしていた。

「お分かり頂いていないのは、閣下のほうです。小官は、非常事態対処法に基づき職権を担っております。小官に指示命令を発することができるのは、ひとえに臨時行政長官閣下ただ一人であります。軍機省及び統合参謀本部は、臨時行政長官閣下に対して最大限の協力をする必要がありますが、臨時行政長官閣下を指揮命令できるのは、内務長官閣下及び連邦政府首相閣下のみです。従って、統合参謀本部が、直接、臨時行政府に対して軍令を発することはできません。閣下のなされていることは、越権行為であります。それでも、命令を押し付けてこられるのであれば、当方としましても、相応の対応をさせていただくことになりますが、如何」

「………」

 エンテザームは、トオルを睨みつけながら黙り込んだ。カタリナは、トオルが何故ブルーム市長にこだわったのか、このときようやく理解した。火星の内情も分からない無神経な統合参謀本部の介入を、トオルは極力避けたかったのだ。歯牙にもかけていなかった一介の中佐ごときに、言葉を封じられたエンテザームは、うなり声を上げた。

「この、ジャミトフ=ハイマンの亡霊が…」

「ジャミトフ?」

 エンテザームがつぶやいた人名を、トオルは知らない。現在トオルが使っている手法は、はるか昔に、ある人物の手で使われたことがあった。人類の半数を死に追いやった未曾有の大戦争である一年戦争が終結したあとも、各地でジオンの残党による反乱が頻発した。その中でも最大規模であるデラーズ紛争は、軍の再編が進まない連邦軍を圧倒し、一年戦争の悪夢が再び起こる気配を作り出した。連邦軍統合参謀本部の遅々とした対応に業を煮やした、当時の第五方面軍憲兵隊司令官は、すばやい身のこなしで地球の内務省に乗り込み、非常事態対処法に基づく独自の治安維持対策部隊の創設を行った。組織の名は、ジオン武装国家主義者に関する全組織横断型機動部隊、Total Integrative Task force on Armament Nationalist of Zion.その頭文字をとってTITANZ「ティターンズ」を創設したのが、ジャミトフ=ハイマンであった。ティターンズは、全組織横断型を名乗る通り、連邦軍からだけでなく連邦政府の各省庁、治安警察、更には民間からも優秀な人材を引き抜いて組織されたエリート部隊である。デラーズ紛争が終結したあとも、ジオン残党の掃討が完了していないという名目でティターンズは存続し続け軍機省にも統合参謀本部にも服さず組織の膨張を続けた。次第に、後ろ盾であった内務省のコントロールも受け付けなくなり、かつての宇宙開発省に成り代わって地球連邦政府を支配する寸前にまでなったが、連邦議会の宇宙開発省=軍機省閥の首領であるジョン=バウアー上院議員が影で組織した反地球連邦政府組織、Anti-Earth Union Government Organization.その頭文字をとってAEUGO「エゥーゴ」の反抗にあい、グリプス戦役で大敗北してティターンズは消滅した。ティターンズの敗北によって内務省の発言力が低下し、それに伴い一年戦争で没落した宇宙開発省が再び台頭してくる。また、内務省と誼が深かったビスト財団も、内務省の発言力の低下をきっかけにラプラス紛争の扉を開くのだが、それはまた別の話である。結果、ティターンズの暴走を教訓に、非常事態対処法の構成要件を、一つ、現地の治安が治安警察の手に余るほど乱れていること、一つ、治安警察とともに治安維持に努める義務のある駐留軍が、任務を実行できない状況下に置かれていること、をもとに、統治機構を預かる文民の行政執行官だけが非常事態を宣言できる、というところまで範囲を絞り込んだ。結果、グリプス戦役が終結してから現在に至るまで、ブルーム市長即ちトオル以外に非常事態対処法を執行したものは、一人もいない。というのも、治安警察の手に余るほど治安が乱れ、駐留する連邦軍が機能しない状態になっていたら、文民の行政執行官が非常事態を宣言しても、治安を回復させる実働部隊がいないので、叛乱軍を抑えることができない。ザンスカール帝国の成立を、非常事態対処法では対処できなかった。また逆に、治安を回復させる実働部隊を非常事態を宣言する行政執行官が保持していたとすれば、非常事態を宣言する前に、治安警察なり連邦軍なりが叛乱を制圧してしまっている。したがって、グリプス戦役以降、非常事態対処法は、存在すれども利用されない死文となっており、誰の目にも留まらなくなっていた。本来であれば、トオルに対する命令通知は、佐官の作戦課長くらいから発せられるところである。それを、わざわざ統合参謀本部次長に行わせたのは、トオルが非常事態対処法を発動させたことに、統合参謀本部がいかに慌て、そして重く受け止めたか、それを示す証拠とも言える。だからトオルは、統合参謀本部に対して、遠慮する必要を全く感じていなかった。

「…アキレウス駐屯基地を叛乱軍に抑えられている今、キュクロプス基地の確保は、連邦軍にとって大事なことかもしれません」

「……」

 中佐ごときに遣り込められたことに怒り心頭のエンテザームは、黙り込んだままだ。今はトオルが、エンテザームのことを歯牙にかけていなかった。

「…戦艦一隻、巡洋艦二隻、軽空母一隻、そして三個連隊、そして第三総軍総司令官の権限があれば、キュクロプス基地の攻略は可能でしょう。これらを臨時行政府の指揮下に送ってもらえるのであれば、行政長官閣下に、統合参謀本部のご意向を伝えることができると考えますが…」

「なっ、何だと!!」

 こいつ、言うに事欠いて何てことを言うんだ。エンテザームは声を荒げた。トオルの言う兵力は、五個師団以上の兵力である。こんなものを、統合参謀本部の息のかからないところになんか送れるはずがないではないか。思い切り断ろうとしたエンテザームは、トオルに機先を制されてしまった。

「非常事態対処法には、非常事態を宣言した行政執行官に対して、軍は最大限の協力をする義務があると記されています。閣下は、法を蔑ろにされるおつもりですか」

「ぐぬぅ」

 もはやエンテザームに、返す言葉はなかった。そのとき、モニターに映るエンテザームの背後に、もう一人、軍人らしき姿が現れた。顔は見えないが、女性のようだ。

「エンテザームさん。その辺でいいでしょう。私が替わります」

「か、閣下」

 エンテザームは、慌てて立ち上がった。そして彼は、その軍人に席を譲った。統合参謀本部内で次長のエンテザームが閣下と呼ぶ相手は、たった一人しかいなかった。

「お初にお目にかかりますね。あなたがタカハシ少将ですか」

「はっ」

 エンテザームを相手にしている時は、終始司令官席に座ったままだったトオルも、この女性に対しては、起立して敬礼を施した。統合参謀総長ローラ=フェルミ元帥。現在の地球連邦軍で、ただ一人の元帥である。統合参謀総長就任と同時に、元帥への昇進を連邦議会で承認されて、今年で三年目である。彼女は、軍に配属されてから、軍機省、統合参謀本部、そして現場を、ほぼ同じ期間過ごしてきた。将官に昇進してからは、一貫して現場の司令官を歴任。統合参謀総長の前は、第二総軍総司令官だった。58歳。砲術畑を歩んできただけあって、現場で磨き上げた独特の迫力がある。年齢を感じさせない引き締まった表情と姿勢。淡いカールのかかったブロンドの髪は、豊かで長い。これでいて二児の母というから、驚きを禁じ得ない。そのフェルミ元帥は、微笑みながらトオルに語りかけた。

「タカハシさん。次長の非礼に関しては、私がお詫びします。タカハシさんには、同じ連邦政府の構成員として、今回の叛乱に対しては、我々と共同歩調を取って下さるものだと、期待しております」

「は。微力を尽くしたいと思っているのですが…」

 やられた。トオルはそう思った。このように釘を刺されたら、トオルとしては、無理難題でも吹っかけられない限り、統合参謀本部の提案を拒絶できない。トオルは頭の回転速度を最大限に高めた。このままでは話の主導権をフェルミ元帥に握られて自分の立場を挽回できなくなる。しかも、すぐに受け答えできなければフェルミ元帥が話を進めてしまう。即答でどう答えるのが最上か?ここが最大の山場だった。

「……小官の現在の階級は、非常事態対処法に基いて少将となっております。今のままでは、キュクロプスに至るまでに従える必要のある他の師団長に、指揮命令を与えることができません。第三総軍総司令官上級大将でなければ不可能だと考えます」

「……」

 画面上のフェルミ元帥だけでなく、通信センターも静まり返っている。一呼吸おいてトオルは続けた。

「第三総軍総司令官の任に相応しい方が、キュクロプス奪還の任に就くことが最上の策です。総司令官のお人柄と作戦指揮が素晴らしければ、喜んで従う所存であります」

「……」

 うやうやしく頭を下げるトオルに対し、フェルミ元帥は苦々しい視線を放った。しばらく間が流れ、フェルミ元帥は重々しく口を開いた。

「……もし貴官を総司令官代理に任じたら、我々の要望を聞いて下さいますか?」

 この言葉を聞いた通信センターに詰める人々は皆、目を大きく見開いてトオルを見つめた。当のトオルは頭を少しだけ上げ、上目遣いでフェルミ元帥を伺った。

「可能な限りではございますが、ご期待に沿えるよう全力を尽くします」

「分かりました。貴官を上級大将以上の階級に就けるためには、参議官会議の決定と連邦議会の承認が必要なので、私の権限では第三総軍総司令官代理大将が精一杯です。あと、次長へ出されたご要望についても、統合参謀本部としても前向きに検討したいと考えております。ですから、貴官にも、我々の申し出に対して前向きに検討して頂きたいのですが」

「かしこまりました。正式に辞令が下りましたら、速やかに行動へと移ります。あと、重ね重ね要望ばかりで申し訳ないのですが」

「何でしょう」

「キュクロプス駐屯基地制圧作戦の目的と、叛乱鎮圧に向けて動員する戦力について、ご教授頂くことは出来ないでしょうか?」

「……」

 トオルが尋ねたことは、連邦軍の作戦の根幹にあたる部分なので、たとえ現場の将官といえども、決して知らされることはない。万一、敵側に洩れたりすれば、作戦が失敗する可能性が飛躍的に高まるからだ。この問いに対するフェルミ元帥の対応は、あなたが知るべきことではないと慇懃無礼に返答を断るか、統合参謀本部の指示に黙って従えばよいのだと高圧的に返答を断るか、無理やり違う話題にすり替えて返答を断るか。いずれにせよ、返答を断る以外には考えられないと思っていた。ところが、

「……分かりました。10分以内に暗号文でそちらに送ります。ご検討の参考にして下さい」

「分かりました。ご配慮に深く感謝致します」

トオルは再び頭を下げた。

「事態は急を要しています。我々としましては、タカハシさんの要望に対し、明後日にでも結論を出したいと思います。ですので、それまでに臨時行政府のご結論を頂けますか」

「かしこまりました。それでは明後日に、こちらから連絡をお入れします」

「良いご返事が頂けると期待しています。では」

 律動的できれいな所作で敬礼を施したフェルミ元帥の姿が、モニターから消えた。

 フェルミ元帥の姿が完全に消えたのを確認すると、トオルは司令官席にどっと座り込んだ。

「まったく。こんなに緊張したのは初めてだ…」

「しかし、とんでもない要求をされたものですな。大将の階級と情報。聞いているこっちの方がヒヤヒヤしましたよ」

 よほど緊張したのか、ラモンの声はやや擦れていた。当のトオルは疲れきった顔に皮肉の混じった笑顔を作った。

「これだけ無茶な要求を出しても受け入れるということは、統合参謀本部も相当追い込まれているな。なんなら、知りうる限りの情報をよこせと、ねだっても良かったかな」

「ちょっと聞きたいのですが、閣下はこうなることを予想していたのですか?」

 驚きの声を上げたのはカタリナだった。統合参謀総長と対等で話をすることすら自分にはできないと思うのに、それだけでなく先を読むなんて常人にはできないことだと思ったのだが…

「もしそうだったら私は数世紀に一人の大天才かもしれないが、残念ながら違うよ。何か要求を突き付けないと元帥の言いなりになってしまうから、出任せを言っただけさ。無茶を言ったことでこの場からの退場を命じられたとしたら、お世話になりましたと言ってサヨナラするだけのことさ」

「うっわ~、俺たちのことを見捨てるつもりだったんだ。ひどいな~」

 ハムザから非難の声が上がったが、トオルは全く意に介さない。

「さっさと帰って、会社の仕事に備えないといけないんだぞ。すでに何日も無断欠勤してしまったんだから、どれだけ給料を減らされると思っているんだ。君たちと違って会社員の給料は…」

「もうすぐ大将閣下になられる方が、何を言っておられるのか…。もう、私の方から退職することを伝えておりますよ」

「ラモン大尉、何を勝手なことを」

「閣下に仕事を紹介したのは私ですけど」

「……」

 さっきまで統合参謀総長と言い合いをしていた人物とは思えないふくれっ面をしたトオルを見て、ジーナは安心した。フェルミと交渉していたトオルは何だか遠い世界にいる人のように感じて、得も言われぬ孤独感に襲われてしまったのだ。やっぱりトオルさんはトオルさんだ。そんなジーナの思いに全く気付いていないトオルは、カタリナに視線を向けた。

「ところで大尉、今の総長と次長との話を聞いて、何か感じたことなかったかい?」

「えっ」

 突然妙なことをトオルに振られて、カタリナは動揺した。カタリナには、トオルがここまで疲れ果てることが分からなかった。ただ、エンテザームに対してトオルは余裕を持って話をしていたが、フェルミに対しては、口調に緊張感があったことだけは、カタリナにも分かった。相手の階級が違うから?いや、そんなことは関係ないはずだ。中佐の立場から見れば、中将も元帥も雲の上の存在ということにおいて変わりがないと、カタリナは思う。

「べつに、エンテザーム閣下が、閣下の説得に失敗したから、フェルミ閣下がお替りになられたのでしょう。部下の不始末を上司がフォローすることなど、ありふれた話だと思うのですが」

「ラモン大尉はどう思う?」

 話がカタリナに向いており、自分に矛先が向くとは思ってもいなかったので、珍しくラモンは動揺した。少し考え事をしたが、気の利いた答えが全く思い浮かばない。

「私もカタリナ大尉に同調します。特に変わったことは…」

「いいや、あるね。これは」

 トオルは断言した。ラモン、カタリナ、ハムザ、ジーナの視線が、トオルに集中した。

「カタリナ大尉。一旦仕事を部下に任せたら、自分も一緒になってその仕事をするかい?」

「そうですね。一緒にするのであれば、任せたりはしないでしょうね」

「エンテザームが論破されそうになる一歩手前のグッドタイミングで、フェルミ元帥は現れたよね。ということは、元帥はずっとエンテザームのそばに居たことになる。一緒に居たということは、つまり元帥は、エンテザームに交渉を任せてはいなかった」

「つまり、あの交渉は、元帥の筋書きだったということですか」

「そうだろうね。私がエンテザームに押さえつけられる程度であれば、大した脅威にはならない。まっ、元帥にテストされたわけだ、私は」

「何だか気分が悪いですね」

 普段であればトオルをからかってくるハムザが、神妙な顔をしてフェルミ元帥を非難した。これを見てトオルは、意外に思った。

「いや、特に非難すべきことではない。私が元帥の知り合いなら非礼にもなるだろうが、七つも階級が下の私のことなど、元帥は知るはずがない。相手の人となりを知るために、交渉にトラップを仕掛けるのは、常套手段と言っていいくらいだ」

「元帥の採点結果を、閣下はどう考えておいでですか」

 ラモンは、司令官席の傍の手すりに寄りかかった。ラモンの問いに深い意味はなかったが、トオルは腕組みをして考え込んだ。

「うーん。エンテザームを黙らせたことで可は取ったな。でも、階級と情報をねだったから、かなり警戒されてしまったので、落第かもね」

「落第してよかったんですか?」

「永久に元帥の講座を卒業できないよりはマシだよ。元帥の派閥に入って本部勤務なんて冗談じゃない」

「なるほど。まあ、戦艦一隻、巡洋艦二隻、軽空母一隻、そして三個連隊の戦力、そして大将の位。十分な収穫と考えるべきでしょうね」

「収穫?他にもあるさ」

「えっ。他に何があるのですか」

 ラモンがトオルの期待通りに驚いてくれるので、トオルは嬉しくなった。

「とりあえずは二つだな。一つは、今は少将とはいえ元は一介の中佐風情に、総長と次長が応対したこと。つまり、火星に連邦中枢とコンタクトを取れる勢力が、私たちの他にいないということだ。他にいたならば、課長クラスが私に偉そうに命令を下してきただろうね。お前が従わなくても、他をあたるから結構だ、従わなかったら反逆罪だ!くらいは言うかも知れんね。それともう一つ。とんでもない戦力を要求したにもかかわらず、拒絶することなく検討すると言ったのは、思いの外、治安維持対策委員会に同調する勢力が多いのかもしれない。治安維持対策委員会の本拠となっているウラノス=シティから遠く離れたキュクロプス=シティに、橋頭堡を築こうといているのも、その証左かも」

「それが本当なら、とんでもないことですな」

「そうだな。まあ、やるだけのことやるしかない。下駄は先方に預けた。動くのは、預けたものが返ってきた時さ。とりあえず二日ある。それまでに、小うるさいハエを叩き潰す方法と穴に潜り込んだままの穴熊を引きずり出す方法を考えねば」

 元帥がこちらの要求を呑む可能性は高い。ならば、キュクロプス攻略作戦を実行するための下準備が必要だ。ネメシスにちょっかいを掛け続ける、ヘルメス=シティに駐在するカイヨー少将の第77旅団を壊滅させて、後顧の憂いを絶つ。そして、未だ帰順してこないウィン大佐の第1185連隊を、味方につける。これで、とりあえず当面の目標ができた。あとは、作戦を確実なものにして実行するだけだ。

 火星に突然やってきた混迷は、火星に一つの時代の終わりを告げた。そしてこれが巨大な津波となって人類社会全体を飲み込むきっかけになることなど、誰も想像することができなかった。


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