ロニー=ファルコーネ 火星自治共和国枢密顧問官 大佐 宇宙戦闘母艦ヴィーザル艦長
ジーナ=グリンカ 曹長 ローガンダムのパイロット
ラモン=デ=ラ=ゴーヤ 中佐 宇宙戦闘母艦ヴィーザル副長
カタリナ=トスカネリ 中佐 ヴィーザル船務長
ハムザ=ビン 少佐 ヴィーザル情報長
スナイ 少佐 ヴィーザル機動大隊長
ナディア=レスコ 火星自治共和国主席 枢密顧問官
ハンス=ディードリヒ=フォン=ルーデンドルフ 火星自治共和国枢密顧問官 大将 地球連邦軍第七艦隊司令官 中将
ネト 元地球連邦軍第217師団司令官 中将 火星で軍事クーデターを敢行し、全火星治安維持対策委員会委員長となる。
チャン=ミンスク 元地球連邦軍第三総軍参謀長 中将 ネトの元で全火星治安維持対策委員会広報部長
インベル 地球連邦軍大尉 第1方面軍第55師団所属
ローラ=フェルミ 地球連邦軍統合参謀総長 元帥
エンテザーム 地球連邦軍統合参謀本部次長 中将
新たなる任務を帯びて
地球連邦軍第七艦隊第一分艦隊第三戦隊。一隻の宇宙戦艦と二隻の宇宙巡洋艦、五隻の駆逐艦を主力とした大小合わせて約二十隻の艦艇で構成されている。その第三戦隊は火星上空の定期哨戒を終え、母港であるダイモス要塞への帰港の途についていた。旗艦であるボスポラス級宇宙戦艦“ダーラン”には戦隊司令官セネル准将が乗艦している。50代前半の年齢の割に肌つやがよく、黒髪は短く刈られ、立派な口ひげを生やし、鋭い目つきをした偉丈夫である。冗談を言う性格ではないため、准将のいる艦橋はしんと静まり返っている。作戦参謀は各艦の砲雷長と定期連絡を取り、情報参謀は端末に映し出される各艦からの哨戒情報をチェックしている。あと六時間もすればダイモス要塞というところまでたどり着いたとき、それまでおとなしくしていた端末が、情報参謀に異常を知らせてきた。
「二時の方向に大型戦艦。我が艦隊の針路を横切る形で航行中。約40分後に衝突します」
「艦種、艦名は」
セネルは抑揚のない口調で情報参謀に尋ねた。司令官からプレッシャーをかけられた情報参謀は、すばやい手つきで端末を操る。ほどなくして、現れた大型戦艦の艦名が判明した。
「ヴィーザル級大型戦闘母艦。味方です」
「そうか…」
セネル准将はこうつぶやくと、席から立ち上がった。
「全艦、機関停止。前方の戦闘母艦が過ぎ去るのを待つ。艦長、ホログラムの準備を」
この命令に、艦橋はざわついた。この艦ではとても珍しいことだ。代表して艦長が司令官に尋ねた。
「向こうはたかが戦艦一隻です。こちらが道を譲るということは、何か理由があるのでしょうか」
艦長の声は緊張で震えていた。そんな艦長をセネル准将はギロッと睨みつけた。
「艦長。命令が聞こえなかったのか」
「はっ。申し訳ございません。早速準備に取り掛かります」
敬礼の手が震えている。身を翻した艦長は、部下へ矢継ぎ早に指示を繰り出した。二十分もしないうちにホログラムの準備が整い、旗艦前方にセネル准将の姿が映し出された。前方を航行する戦艦に向かってセネル准将は敬礼する。五分ほどその姿勢を保ったあと、相手の戦艦からもホログラムの映像が映し出された。相手の戦艦が映し出した映像は、シンプルながらも優美さがある兜の下に口元が露出されている仮面を被り、赤を基調とした軍服を身にまとった将校だった。その将校はセネル准将へ答礼すると、すぐにホログラムの映像を切った。相手の戦艦のホログラム映像が切られて三十秒後、セネルもホログラムを切るように命令し、映像が切れるとセネルは司令官席に座り込んだ。
「お疲れ様でした、閣下」
参謀長が紙コップを差し出す。紙コップの水をセネルは一気に飲み干すと、セネルはぼそりとつぶやいた。
「枢密顧問官閣下が長い旅路に出られるのだ。これくらいの礼儀は当然だろう」
司令官が何を言っているのか、参謀長には理解できなかった。
火星の情勢は、めまぐるしく動いていた。ネト将軍によるクーデター発生から十日もしないうちにネメシス=シティのブルーム市長が非常事態対処法を発動。自ら臨時行政長官に就任。その元で保安司令官となったタカハシ少将が、連邦軍統合参謀本部から第三総軍総司令官代理大将に任じられて事態収拾に乗り出し始め、前代未聞の叙任式を敢行しようとしたその三日前、クーデター軍が放った暗殺者の手によってタカハシ大将が暗殺されてしまう。唯一の橋頭堡であったタカハシ大将を失った連邦政府は打つ手がなくなり、やむを得ず方針を転換する。自ら混乱収拾に乗り出すことを諦め、火星の有力者たちが立ち上げた火星自治共和国を承認し、共和国の手によってクーデターを鎮圧することにしたのだ。火星自治共和国の建国が宣言されると同時に、連邦議会は火星自治共和国の成立を承認。共和国が成立するや否や、主席であるナディア=レスコ枢密顧問官がクーデター軍に宣戦を布告。一気に内戦状態に突入した。クーデター軍は二個師団を投入してネメシス=シティを占拠。臨時行政府は解体された。だがその後、クーデター軍は籠城戦の構えを見せたまま動こうとしない。一方の共和国軍は、連邦政府の後ろ盾を得たことによって、態度を決めかねていた各所の方面軍や師団の司令官たちが次々に合流してきた。増大している軍事勢力の再編に追われているため、共和国軍も動けない。内戦状態に入ったとはいえ、クーデター軍の勢力圏の外縁部で小競り合いが散発的に発生しているだけで、大きな戦いもなく数ヶ月が過ぎていた。
そんな中、第七艦隊の母港ダイモス要塞から、一隻の戦艦が出港した。白を基調とした風格のある船体。前部に三本のモビルスーツ発着カタパルトと二基の主砲、船体の中央にそびえる存在感が際立つ艦橋、後部には左右に独立した熱核パルス推進エンジンを備え、そのエンジンに挟まれた形で一基の主砲、そしてその下にモビルスーツ発着カタパルトが並んで二本設置されている。全長はゆうに600mを超える巨大なこの戦艦は、ヴィーザル級一番艦“ヴィーザル”。第七艦隊司令官ルーデンドルフ中将の乗艦となる予定だったが、急遽別の人物が乗艦することになった。
ヴィーザルの艦橋は旗艦用として作られているので、司令官と参謀たちが着席する艦隊司令部エリアと、艦長とスタッフが着席する操艦エリアの二つがある。今回の任務は僚艦を連れて行かない単独行動ということもあって司令部エリアは閉鎖されており、人がいるのは操艦エリアだけである。その操艦エリアの艦長席に座っているのは、奇妙な人物だった。シンプルながらも優美さがある兜の下に口元が露出されている仮面を被り、赤を基調とした軍服を身にまとっている。顔を隠しているのは、修復不可能な傷を負っているためという噂があるが、真相を知っている人物は副長のラモン中佐以下数名だけとのこと。モビルスーツの操縦の腕前も申し分ないようで、自身専用のモビルスーツが運び込まれている。この艦長の名はロニー=ファルコーネ大佐。ロニーは、ホログラムによるセネル准将への挨拶を終えて、一息ついたところだった。
「お疲れ様です、大佐。コーヒーでもお持ちしましょうか」
こう声をかけたのは、エメラルドグリーンの瞳をきらきらと輝かせ、艶やかなダークブラウンの髪をきれいに切りそろえた華奢な体躯の女性士官だった。赤色を基調にしたブレザータイプのジャケットに紺色のネクタイを身につけ、純白のスパッツにセミロングのブーツを履いたまだ十代半ばのこの女性士官は、世話係のようにロニー大佐に付き従っているが、実はモビルスーツのパイロットである。彼女が搭乗するモビルスーツは“ローガンダム”。なお、ヴィーザルにはロニー大佐の“ユウギリ”も含め、三十機のモビルスーツが搭載されている。
女性士官に声をかけられたロニーは、一つため息をついて立ち上がった。
「部屋で頂こう。航海長、この場を任せる」
「はっ」
航海長は立ち上がって、立ち去るロニーと女性士官に敬礼をした。
宇宙戦闘母艦ヴィーザルの艦長室は三番目に豪華な作りになっている。一番は司令官室、二番は参謀長室。三番目とはいえ、応接セットを備えた広々とした執務室に、広く落ち着く寝室。トイレや浴室だけでなく簡易キッチンまで備えられており、一流ホテルとまではいかなくても、地方都市にあるホテルのスウィートルームくらいの豪華さだ。その艦長室には、すでに先客がいた。三人掛けソファには二人の男性士官が座っている。一人は、くすんだ金髪を短く刈り上げ、老年に差し掛かりそうな容貌ながらも、がっちりとした体型をしている。もう一人は、服の上からでも分かる引き締まった体形に短く刈り込んだ黒髪と浅黒い肌、目立たないが、うっすらとヒゲを生やしている若い士官だ。一人掛けソファーに座っているのは、これもまた服の上からでも分かる凹凸の落差が激しい上半身と、すらりと長い脚がまるでモデルのような体形をしていながら一転、顔を見ると、大きな黒縁メガネがとても印象的で、くすんだ豊かな金髪と俯いた姿勢に表情が隠され、雰囲気からして暗そうな文系の女学生に見える女性士官である。三人はロニー大佐の入室に気付くや否や立ち上がって敬礼を施した。ロニーに付き従っていたダークブラウンの髪の女性士官は簡易キッチンへと向かい、ロニーはデスクに座ると兜と仮面を脱いで机の上に置いた。
「全然慣れない。仮面は気持ち悪いし兜は重い。肩が凝って仕方がない」
「でも、仮面をしていないと正体がバレて殺し屋が来ますよ」
ぼやくロニーに笑いながら答えたのは、三人掛けソファに座っている年長の男性士官だった。隣に座る若い士官が大きく頷いた。
「ラモン副長のおっしゃる通りです。せっかくジーナたちが考えたファッションなんだから、文句を言ったら罰が当たりますよ」
「そうは言うけどハムザ、確かに見た目は私に不相応なくらいに格好いい。それは認める。だが、身につける人のことを少しは考慮して欲しかったよ」
「トオルさーん。無償品はリコールの対象外でーす。我慢してくださーい」
簡易キッチンから抗議の声が響いた。女性士官からトオルと呼ばれたロニーはふくれっ面になった。
「兜や仮面をつけなくていい君たちはいいよな。何で私だけがこんな目に遭わないといけないんだ」
「そりゃ、いい目に遭えば悪い目にも遭いますよ。地球連邦軍大将になるという軍人なら誰もが憧れる経験をしたのですから、大きな反動が来ても仕方がないですな」
「部下が千人程度しかいない大将だったけどね」
ロニーことトオルはラモンにおどけてみせた。そこに一人掛けソファに座っている女性士官が横槍を入れた。
「でもまぁ、命があってよかったじゃないですか。クーデター派のウィン大佐が閣下の暗殺計画を企てていたという情報をナディアさんたちが掴んでいなかったら、危なかったですよ」
「カタリナ中佐の言うとおりだ」
トオルはしみじみとつぶやいた。ウィン大佐の第1185連隊は、ネト将軍のクーデター軍から逃げ出してきたものだとトオルは思っていたのだが、実際はクーデター軍が放った先遣隊だった。だとすれば、トオルの呼びかけをずっと黙殺してきたことも分かる。すぐにネメシス駐留基地に入城できなかったのは、第217師団参謀長のバルドック大佐がウィン大佐の入城を拒絶したからだろう。クーデター決行前に武力衝突を起こすことができないので、やむを得ずジーナが通っていた高校に陣を構えたというのが実情のようだった。作戦指揮能力の低いバルドックなら、時間さえ経てば勝手に自滅してくれると思っていたところ、トオルが非常事態対処法を発動させて臨時行政府を設立してしまったものだから、ウィン大佐は思いもよらぬ事態に慌ててしまったらしい。どうすればいいか考えを巡らしているうちに、トオルが第三総軍総司令官代理大将に昇進して事態解決に乗り出すという情報を掴み、ならばトオルの手で火星に点在する連邦軍が糾合されてしまう前に、事の中心にいるトオルを亡き者にしようと動き始めた。その情報をいち早く掴んだのが、ナディアたちが束ねるアリップだった。ちょうど、トオルの存在をどうやってこの世から消滅させるべきか悩んでいたところだったので、この暗殺計画をアリップは利用することにしたのだ。暗殺に関する情報収集にアリップは全力を注ぎ、暗殺計画が決行される日時は分単位、暗殺に使う武器の種類は年式に至るまでの詳細な計画を入手。暗殺決行場所には、事前に防犯カメラを設置してトオルが間違いなく殺されてしまったことを証明できるようにし、すぐに救命処置ができるように人員を配置して、暗殺実行に臨んだ。結果、トオルは暗殺されてこの世の人でなくなったことになり、救命措置で生き返ったトオルはジーナがデザインした兜と仮面を被って、ロニー=ファルコーネを名乗ることになったというわけだ。
「まぁ、アリップは私を使って最も困難なミッションを完遂させようとしているのだから、おあいこだろ」
「木星の第九艦隊をこちら側に取り込む…。確か木星はバリバリの連邦政府派でしたよね」
木星は、ヘリウムⅢを筆頭とする資源産出拠点として大昔から栄えている。だが、太陽から遠く離れていることもあってスペースコロニー建設の計画は一度として出されたことはなく、資源採掘のみに特化された工業コロニー群が木星の周回軌道上に設置されたのと、衛星“エウロパ”に第九艦隊の母港が設置されただけだ。そのため木星圏の居住人口は極めて少ない。地球から遠く離れていることもあって、木星圏に関する情報は謎に包まれている。木星にはニュータイプによる理想郷があるとか、その理想郷は神の力を持った王が統治しているとか、その王国がエイリアンの侵略を防いでいるとか、まるで絵本の世界のような噂話が流れている。そんな木星圏だが、確かな情報が一つだけある。それは、常に連邦政府側に組しているということだ。ジオン=ズム=ダイクンがムンゾ自治共和国を統治していた時代は、自治共和国が連邦政府の構成員だったので木星圏は協力した。だが、ザビ家が連邦政府と敵対すると、木星圏はジオン公国への資源供給を極端に縮小させた。結果、資源が枯渇してしまい、やむを得ずジオン公国は地球に資源を求めるべく大軍を地球上に降下させる。本来であれば軍を糾合させて連邦の中枢を目指すべきなのに、オデッサを始め世界各所にジオン公国が軍を分散させてしまったのは、木星圏からの資源を期待できなくなったことが理由に挙げられる。一年戦争が終結して以降、様々な事件が発生するが、木星圏が連邦政府の敵対勢力に力を貸したことは一度たりともない。宇宙開発省のトップにチャンドラ=ラオが就任すると、木星圏は連邦政府との結びつきをいっそう強めたという。そんな木星圏を、万一の事態に備えて火星自治共和国側に引っ張り込みたい。というのが、ナディアたちの意向だった。地球連邦政府と自治共和国政府が敵対関係になった場合、木星圏から資源供給が遮断されると、政府の存続自体が危うくなる。それだけでなく、地球本星からの軍と木星からの軍に挟撃されると、戦線の維持は不可能になる。だから、最低でも木星圏が地球側にも火星側にも付かず中立を保つこと、できれば火星自治共和国側に付けることが大事だった。そのための火星自治共和国政府の特使として、トオルが選ばれたというわけだ。大役を任されたのだが、トオルは全く喜んでいない。
「バリバリの連邦政府派の木星圏を、火星側に引っ張り込めればラッキー。中立を確約させれただけでも御の字。十中八九失敗するから、失敗の責任を大事な幹部に負わせるわけにはいかない。だからといって半端な人物を派遣するわけにはいかない。そこへ丁度いい奴が現れたから、そいつにやらせてみようというところだろう。だから、アリップの連中に引け目を感じる必要はない。木星圏の説得に失敗したら、お払い箱なんだから」
「まぁ、いいじゃないですか。過去ずっと連邦政府側だったから、今も連邦政府側であるという確たる情報はないのでしょ」
ハムザがこんな楽観論を言ってくれるのが、トオルにはありがたかった。アリップ側に組すると決めるまでは自分が事態を主導してきたのに、組することになってからはずっと他人の決めたことに従ってばかりだったから、不安になっていたのだ。
一方、ハムザとすれば、ナディアたちはトオルに対して最大限の協力をしてくれていると思っている。約束通りトオルには、枢密顧問官と大佐の地位、そして戦闘母艦“ヴィーザル”と専用のモビルスーツを提供したし、トオルの取り巻きは全てヴィーザルの乗組員にするだけでなく、トオルが与えた地位をそのまま保証してくれた。ラモンはヴィーザルの副長中佐、カタリナは船務長中佐、ハムザは情報長少佐、ジーナはローガンダムの操縦士曹長となった。モビルスーツを始めとした武装も、ヴィーザルに搭載できる最大限を与えられた。そして何よりも、
「そろそろ発動されるウラノス=シティ侵攻計画からも外してもらえたのだから、我々は大事にされていると思いますよ」
とハムザが言うように、火星自治共和国軍はいよいよクーデター軍との全面決戦に臨もうとしていた。ダイモスに一個戦隊だけを残し、第七、第八艦隊の総力と旧第三総軍の残存兵力でウラノス=シティを完全に包囲して殲滅する計画だ。その計画から戦闘母艦ヴィーザルは外され、一刻も早く木星に行くことを命じられたのだ。
「それだけ大事な任務の全権を閣下に与えたのですから、そんなに卑屈にならなくてもいいのではありませんか」
「だから、もう閣下ではないって」
トオルの表情は穏やかだ。受身に回ってばかりだとダメだ。木星圏を味方に引き込むという使命は与えられたが、具体的な方法までは命令されていない。それくらいは自分の好きにさせてもらおうとトオルは腹を決めた。
「背後を気にしないで済むというのは、ありがたいことだ。先は長い。どうせ、することなんてないだろうから、木星までの旅を気楽に楽しむとしようか」
トオルがこのように締めくくろうとしたとき、艦内に警報が鳴り響いた。