シグ粒子シールドの発達と熱核クロームエンジンの開発によって、宇宙空間内での航行速度が飛躍的に向上したが、それでも火星から木星までの旅路は長い。大した妨害も受けずに火星圏を離脱した宇宙戦闘母艦ヴィーザルは、のんびりした旅程の中にいた。通常航行は航海長と操舵手が交代で対応しており、ときおり副長が艦橋の監督をしに行ってくれているので、艦長のロニー大佐の仕事は、艦内の見回りや自室にこもっての事務仕事が中心で、人と会って話し込むことは少なかった。
そんな中、ロニーは思いもよらない人物から面会を求められた。機動大隊長のスナイ少佐だった。
「艦長にお願いがあります」
スナイの表情は硬かった。ヴィーザルの艦長になる前のロニーのことを、スナイは全く知らない。仮面を被った中央とのパイプが太い謎の実力者というイメージがあるので、スナイはこれまで急用でもない限りロニーと話すことはほとんどなかった。緊張の糸を隠せないスナイの姿を見て、あんたのほうが私よりも年上なんだけどな、と仮面の下で思いながら、ロニーは落ち着いた声を出した。
「珍しいな。何があったんだ」
「お叱りを覚悟の上で申し上げます」
スナイは一呼吸置き、覚悟を決めて仮面越しのロニーの目を見た。
「実機での戦闘訓練の実施を、何とかご許可願いたいのです」
木星への航行が長期に亘るため、ロニーは最大速度で航行する強行スケジュールを組んでいた。シグ粒子シールドを展開して最大速度を維持しているフネから、モビルスーツを射出することは不可能である。さらに、部品の摩耗やエネルギーの消耗を極力抑えたかったこともあって、ロニーは実機訓練を許可してこなかった。もっぱらシミュレーターでの訓練ばかりなので、パイロットたちは不安になっているという。
「出港してから数週間、こんなに長く実機に乗らなかったことはありません。実践の勘が鈍るという言葉もありますので、何とかご考慮願えませんでしょうか」
スナイの表情は真剣そのものだ。シミュレーターの精度は格段に向上しているので、ほぼ実践に近い訓練をすることができるというものの、仮想空間であることには変わりはない。実機訓練への飢えが限界にきていることは明らかだった。
「分かった。実機訓練に関する計画書を作成、提出せよ」
「ありがとうございます。早速関係者と協議して提出致します」
なめらかな動作でロニーに敬礼すると、スナイは足早に艦長室から退出した。
実機訓練は、スナイがロニーに願い出た三日後に実現した。搭載されているモビルスーツが参加するだけでなく、ヴィーザルの主砲や機銃座も含める大がかりな訓練になった。砲弾は使わず、ビームやメガ粒子砲の代わりに特殊なレーザー光線を用いる。部隊を三つに分け、一つが審判をする。審判を順番にするので、実機訓練は三回行うことになる。この訓練に、艦長のロニー大佐が自身専用のモビルスーツ“ユウギリ”で参加するのか、パイロットたちの間で話題になったが、艦長は艦橋で督戦することが決まり、“ユウギリ”のお披露目は当分先になったことが、パイロットたちを落胆させた。
「お嬢ちゃん、お手柔らかに頼むよ」
一番隊の指揮官になったスナイ少佐が、モビルスーツデッキで“ユウギリ”をボーっと見つめるジーナの肩を叩いた。スナイは、愛機“マリウス=ゼータ”の基本色と同じスカイブルーを基調としたノーマルスーツを着用しており、ヘルメットには三つの流星が描かれている。赤と黒を基調としたノーマルスーツに身を包んでいる三番隊に配属されたジーナは、スナイに笑顔を向けた。
「ご冗談を。私が本気を出しても、少佐に敵うかどうか分かりません」
「他のパイロットたちは、久しぶりの実記訓練に緊張しているようだが、君は違うみたいだね。自然体が一番。ロニー大佐にいいところを見せてやれ」
「はい、少佐」
スナイが愛機“マリウス=ゼータ”に向かうのを、ジーナは敬礼をして見送った。
他のパイロットたちも、続々と自機に乗り込んで行く。ジーナもヘルメットのバイザーを下げ、愛機“ローガンダム”に向かう。コクピットハッチには、整備士のパベル曹長がいた。
「あくまでも訓練だから、右ビームサーベルの出力は極限まで下げられている。ただ光っているだけだと思えばいい。ライフルもただのレーザー光線だから、破壊力はない。万が一実戦になったとしても全く役に立たないから気をつけるのだぞ」
「他の兵器は?」
「左ビームサーベルは実戦状態のままだ。他の兵器はコントロールパネルにあるスイッチを入れさえすれば使える。だが、絶対に使うなよ。ロニー大佐からの伝言だ。“使ったら火星へ強制送還だ”とさ」
「えーっ。それはいやだ」
「なら、いい子にして、言いつけを守るんだな」
「はーい」
ジーナのいい返事を聞いたパベルは、笑顔でコクピットハッチから離れた。その様子を確認したジーナはコクピットに乗り込み、ハッチを閉じる。閉じると同時に360度スクリーンが周囲を映し出した。せわしく動き回る整備兵たち。スピーカーからは、誘導員の指令が次々と流れてくる。その指令に従って、ジェグナがカタパルトへと運び出されていく。その様子をじっと注視していると、誘導員の指令が流れた。
「グリンカ曹長。三番カタパルトへ誘導する。準備はいいか」
「はい。問題ありません。誘導お願いします」
モビルスーツハンガーからカタパルトまでは、自動で移動させられる。一分もしないうちに、ローガンダムはカタパルトまで運び出された。カタパルトに出ると、もうそこは宇宙空間だ。遠く離れた太陽の光が頼りなく降り注いでいる。モビルスーツで宇宙空間に出るのは、もう二回目。少しは慣れた。一呼吸置いて、ジーナは前を見据えた。
「ジーナ=グリンカ。ローガンダム。行きます」
カウントダウンランプが順に発光して、一番下のランプが赤く光る。それと同時にローガンダムは射出された。すでに半数以上が射出されており、ジーナは三番隊の隊長の元へと向かった。
実機訓練の総指揮は、副長であるラモン中佐が執ることになった。その元で、戦術長のグラハム中佐が防御側のモビルスーツ部隊とヴィーザルの砲雷を指揮して、攻撃側のモビルスーツ部隊を迎え撃つ。その様子を艦長であるロニー大佐が観覧した。
「練度が高いな」
攻撃側の一番隊と防御側の二番隊の動きを見て、ロニーは感嘆した。「我々は大事にされている」と言ったハムザの意見は正しいのかもしれない。クーデター軍との決戦を前にして、ルーデンドルフたち共和国軍の首脳は優秀な人材を手元に置いておきたかったはずだ。それなのに、スナイを始めとした優秀なパイロットを回してくれたということは、ロニーに対する好意としか考えられないのではないだろうか。
攻撃側と防御側のモビルスーツの数は同数で、しかも防御側にはヴィーザルの砲塔や機銃座がある。航海長のルスタム少佐の操艦もすばらしく、防御側のほうが優勢だと思われたが、指揮官のスナイの指揮がよく、また自身の“マリウス=ゼータ”の攻撃力の凄まじさもあって、攻撃側のほうが優勢だった。訓練は一時間半に及んで終了した。ロニーは情報長のハムザ少佐に命じて、スナイの“マリウス=ゼータ”と回線を開いた。
「スナイ少佐。ご苦労だった。貴官の指揮には感心した」
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
「一時間の休憩を挟んで、次は防御側だ。三番隊の攻撃をしのいで見せて欲しい」
「“ローガンダム”のいる三番隊ですか。手を焼きそうです」
「貴官の“マリウス=ゼータ”と“ローガンダム”が、うちの二枚看板だ。期待しているよ」
「ご期待に沿えるよう、全力を尽くします」
スナイはロニーに敬礼をすると、回線を切った。
休憩のため、次々とモビルスーツが収容されていく様子を、気楽に皆が眺めている中、ハムザと部下の情報科員だけがモニターをじっと見ていた。火星軌道とアステロイドベルトの中間宙域の何もないところだから、誰もいない安全な場所のはず。だから、ロニーも実機訓練の許可を出した。でも、だからといって100%安全であると言い切ることはできない。ハムザは、二人の部下とともに周囲の索敵を続けていた。画面や音波探知機を用いた索敵は、単調な作業なのでつまらない作業だ。元来飽きっぽい性質のハムザは、敵でも来たらいいのにと不埒なことを考えて始めていた。すると、画面の一部分に光点がいくつか現れた。タッチパネルを操作して、異常の正体を探るべく分析に取り掛かる。光点から発する熱量や物質を分析した結果、分かったことは…
「緊急事態発生。10時の方向、俯角プラス30度、距離およそ500キロにモビルスーツらしき未確認物体発見。数およそ10。まっすぐこちらに向かっている模様。推定接触時間は約40分後」
「何だと」
叫んだのはラモン副長だった。艦長席に座っているロニーは、静かに受話器を手に取って全艦放送を行った。
「モビルスーツの収容作業は、二番カタパルト以外を用いてそのまま続行。着艦したモビルスーツから順に実戦モードへの換装を進めよ。砲塔と機銃座も同じく換装を進め、済んだところから第一種臨戦態勢」
受話器を置くと警報が鳴り響いた。ロニーは艦長席から飛び降りると、艦橋の出口へと向かった。その背中にラモンが声をかける。
「大佐。どちらへ」
「呼んでもいない悪徳セールスを追い返しにいく。ラモン中佐、ここを任せる」
「大佐!」
ラモンの制止を振り切ってロニーは艦橋から出て行った。今、外にいるモビルスーツは実弾を装備していないので、戦闘が発生したら著しく不利だ。ここは、実弾を装備したまま待機状態の“ユウギリ”に任せるしか方法がない。ラモンはロニーを制止することを諦め、戦闘指揮を執ることにした。
「ハムザ、未確認物体から通信は?」
「ありません。こちらから何か呼びかけますか」
「そうだな。所属と飛行目的を聞いてみてくれ」
「了解」
ハムザとのやりとりを終えたと確信したルスタム航海長が声を上げた。
「副長。針路はいかが致しましょうか」
「“ヴィーザル”はこのまま停止。モビルスーツの収容作業が先だ。いつでも発進できるよう機関はアイドリング状態を維持」
こう指示したのち、ラモンは受話器を手に取ってモビルスーツ整備班にダイヤルした。
「これから大佐が出撃なされる。各員直ちに“ユウギリ”の出撃準備に着手」
指示を終えてラモンは受話器を置く。置いたと同時に呼び出し音が鳴り響いた。第一主砲からだ。メガ粒子砲への換装が完了したという報告が入る。
「メガ粒子砲は拡散型に切り替え。指示があるまで待機」
第一主砲への指示を終えると、ハムザが報告を上げてきた。
「こちらからの呼びかけに対し、先方からの連絡なし」
「連中の動きは」
「依然、速度を保ったまま、こちらに向かってきています」
「停止命令を送れ。止まらなければ敵と見做すと」
「了解」
カタリナも、船務長として艦内に指示を飛ばしている。艦橋は一気に緊張状態に包まれていった。
ロニーが、ジーナと同じ赤と黒を基調としたノーマルスーツに身を包んでモビルスーツデッキに姿を現したとき、既にモビルスーツ“ユウギリ”の発進準備は整っていた。整備長のリャン少佐がロニーを待っていた。
「万全の態勢を整えております。ご武運を」
「ありがとう、少佐。帰還したモビルスーツの換装は、焦らず着実に行うよう各員に厳命するように」
「了解致しました」
リャン少佐の返答に頷いたロニーはヘルメットのバイザーを下ろし、愛機“ユウギリ”へと向かった。“ユウギリ”は、旧ジオンのドムタイプとガンダムを融合させたような形状をしており、夕焼けを思わせる赤を基調とした塗装、ランドセルやスカート、足など各所にバーニアを配していて、推進力に関しては他のモビルスーツを寄せ付けない。武装はビームライフルとビームサーベルの標準装備のほか、バズーカもある。今回は、全ての武装を携えての出撃だった。ロニーはコクピットに座りハッチを閉め、360度スクリーンを稼動させる。すぐにスクリーンの一部に誘導員の顔が映し出された。
「二番カタパルトからの射出になります。発進準備に入ってよろしいでしょうか」
「構わん。すぐに進めてくれ」
「了解しました」
誘導員の顔がスクリーンから消えると同時に、ユウギリがカタパルトに向かって運び出された。二番カタパルトは、前部中央のカタパルトだ。両脇の一番と三番のカタパルトには、訓練を終えたジェグナが次々と着艦してきている。
「訓練を終えたモビルスーツは、スナイの指示に従って再出撃にかかれ。ロニー=ファルコーネ、ユウギリ、出る」
ロニーを乗せた“ユウギリ”は、星々の海へと飛び立った。ハムザが発見した光点群のあるほうへ機体を向ける。しばらくすると背後から一機のモビルスーツが“ユウギリ”に近づいてきた。そのモビルスーツは“ユウギリ”に接触すると、そのパイロットが“ユウギリ”に通信アクセスをしてきた。映し出されたのは、よく顔を知っている女性パイロットだった。
「トオルさん。私もお供しますね」
「こら、その名前を呼ぶんじゃない」
このように戦闘母艦ヴィーザル艦長のロニー大佐にたしなめられても、女性パイロットはどこ吹く風といわんばかりに平然としていた。
「接触通信だから、他から傍受されることはありませんよ。だいたい、10機を相手にするのに誰も連れて行かないなんて、自殺行為ですよ」
「戦いに行くなんて誰も言っていないぞ」
「バズーカまで持っているのに戦わないなんて言っても、信憑性ゼロですよ」
「ジーナ、言うことがハムザに似てきたな。少し前まで、おしとやかな女の子だったのに」
「おしとやかなんて言ってくれるの、トオルさんだけですよ。うれしいな」
「うそをつけ。学校では猫の皮を被りまくっているくせに」
「いやだわ。私生活を覗き見するなんて、お下品だわぁ」
「そんなことするわけないだろ。学校の先生から聞いたんだ」
「なぁんだ。そうだったんだ。安心した」
「まったく、人を何だと思って…」
無駄話をしているうちに、ジーナの顔の隣に光点の解析結果がコクピットの360度全面スクリーンに映し出された。10個の光点のうちの三つは、全長100メートル強の軽巡洋艦クラスの艦船の動力源、あと七つがモビルスーツのものだった。モビルスーツの機種の解析結果もすぐに出たのだが、その結果にロニーは唖然とした。
「リックドム?なんじゃそりゃ」
数世紀前の骨董品だ。ローガンダムやユウギリといった最新鋭機とは、性能が比べ物にならない。軽巡洋艦プラスリックドム7機なんて、ローガンダム1機だけでも、ものの数分で片付けられるだろう。これだったら援軍を呼ぶまでもない。バズーカなんて必要なかったなとロニーは思った。
「ジーナ、連中を生け捕りにしたい。できるか?」
「了解です、大佐」
ローガンダムとユウギリは加速した。リックドムのパイロットからすると、とても信じられないスピードだろう。急接近する2機に向かって、リックドム7機は一斉にビームライフルを撃ち込んだ。ジグザグ飛行をする2機にビームはかすりもしない。先頭を走るローガンダムが左ビームサーベルを抜くと、リックドム1機の両足を両断して飛び去る。そのまま後続のユウギリが、ビームサーベルでふらつくリックドムの両腕を切断し、身動きできなくする。一瞬の出来事に他の6機は、接近戦に持ち込めばいいのか、続けてライフルによる射撃を続ければいいか戸惑った。この戸惑いの一瞬が命取りだった。ローガンダムが左旋回して別のリックドムの面前で急停止すると、三つの斬撃で両腕と腰を切断。ユウギリもまた別のリックドムの頭から右腕にかけてビームサーベルで切断。返す刀で腰を切断して戦闘不能にする。そして振り向きざまに別のリックドムに指からトリモチを射出して身動きできなくした。あっという間に僚機4機が戦闘不能にされてしまったので、観念したのか残りの3機は、ロニーたちに対して降伏のサインを送った。
「降伏したければ、そっちにいる軽巡洋艦ともども完全に動力を停止せよ。1分以内に動力を停止させなければ、速やかに撃滅する」
ロニーの命令は直ちに実行され、ロニーたちを襲おうとした集団は全て降伏した。遠く“ヴィーザル”の方角から、援軍の光点がこっちに向かってきているのを、ロニーとジーナは確認した。