「「「「...。」」」」
今現在、この羽沢家もとい羽沢珈琲店では4人の人物がテーブルに座り、沈黙を保っている。
沈黙と言っても体は動いている人物が2人。具体的には腕を上下させてるだけだが...。
さらに俺の目の前には異様な光景が広がっている。積み重なる皿のタワーが2つ。先程から止まることがない2人の腕。だが、両者の顔だけは違った。
1人は幸せそうにケーキを頬張り、もう1人は仏頂面をしながらケーキを頬張る。
そしてそれを見守るのが、俺とつぐ。
俺は顔を引きつらせ、つぐは苦笑い。
店の娘としては売上に貢献してくれている2人には感謝だが、皿が積み重なっていくにつれて隣の男、俺の顔色がどんどん悪くなっていく。
「なあ...美結?」
「何?」
不機嫌な妹に恐る恐る声をかける。それを聞いた妹は、フォークを動かしていた腕を止めて俺の方を向く。
妹の、美結の目には若干の恨みがこもっていた。
「悔しいのは分かるけどよ...しょうがねぇって」
「しょうがない?」
俺の言葉を聞いた美結の瞳が、怒りに震えていた。
それを見たつぐは店の奥へと戻った。ひまり(彼女もアフグロのメンバー)は相変わらずケーキを頬張っているが...。
「だったらなんで...なんで私を交代させたの!?」
耐え切れなくなった美結が、机を両手で叩いて立ち上がる。
こら、店の机を叩くんじゃありません。
奥の方で何かを落とした音がして、明らかにつぐがビックリしているのが分かる。
先程まではケーキに釘付けだったひまりも、美結の怒号で動きが止まる。
俺はそんなご立腹の美結を宥めるように、ゆっくりと喋る。
「あのままお前を出し続けても状況は変わらない。むしろもっと酷くなってたかもな」
「そんな事ない!私はまだ全然走れたもん!他の2年生だってまだ...」
「言っただろ?調子の悪いやつから変えてくって。試合で一番重要なのは、最後まで走れるかじゃない。最後までチームに貢献出来るかだ。いくら体力が有り余ってても、そいつがその試合で役に立たないんじゃ出しとく意味が無い」
「......。」
俺の言葉に俯いてしまう美結。ひとまず椅子に座り直したが、納得がいかないのか握っている拳にはまだ力が入っている。
昨日の試合、聖中のロングシュートによる先制点のせいで完全に均衡が崩れた。
予想外のプレーにディフェンス陣は困惑し、以降の連携はバラバラ。
ロングシュートを警戒するメンバーと、対聖中の定石を貫こうとするメンバー。
それでも3年のゴールキーパーが意地で追加点を阻止。少し体制を持ち直し、反撃に転じようとする。
しかし更なる問題が発生した。それはボランチ、司令塔が全く機能していなかったこと。
先程述べたディフェンス陣と同じように守備はまるでザル。試合を組み立てようにも、攻め手が決め切れずにすぐにボールを奪われてしまう。
「なあ美結、お前はボランチで何がしたいんだ。去年までのお前なら、あんなにボールを取れない事も、奪われる事も無かった。もしかしてお前、俺と同じ事をしようとしてないか?」
「...っ」
俺の言葉にピクッと反応する美結。どうやら図星らしく、美結からは怒りの雰囲気が無くなった。
「あの頃の俺のプレーはな、あの時のメンバーだったからこそ成り立ってたんだ。まあ、個性が強すぎて大変だったけどな。それを間近で見てきたお前が、同じ事をしようとするのは分かる。でも上手くいかないのは当たり前だ。さっきも言ったがメンバーが違いすぎる」
「...。」
「自分がお手本、みたいな事言っちゃう辺り雅人くんっぽ...ムグッ」
「ひまり、今重要なシーンだから。シリアスみたいなもんだから。モンブランやるから黙ってて」
空気を読まぬひまりの口に、先程まで俺が食べていたモンブランを突っ込む。
口に収まりきらない分がほっぺに付着し、ナプキンで拭き取りたくなる衝動に駆られるが、なんとか耐える。
「私、ボランチ向いてないのかなぁ」
「そんな事言ってないだろ?お前は自分のどんなプレーが、今のチームに必要なのかを考えろ」
「うん...」
納得したらしい美結は、食べかけのケーキを頬張る。
だが、まだ何か引っかかるのか表情は冴えない。
「ま、反省会はこんぐらいにしてそろそろ帰るぞ」
「2人とももう帰っちゃうの?」
「俺はバイトがあるからな。美結は確かオフだろ?この後どうするんだ?」
「家にいる...」
いつもなら「自主練する!」と元気よく返すのだが、流石に今日はそういう気分ではないらしい。
普段から美結はハードワーク気味なので、丁度いい休息だと思えばいいだろう。
「つぐ、会計頼む」
美結との口論が始まって以降、奥に消えてしまったつぐを呼ぶ。
するとすぐに「はーい」という明るい声と共につぐがひょっこりと現れる。
俺から伝票を受け取ると、レジに一つ一つ打ち込んでいく。
その間に財布を取り出してお金を準備するのだが...。
「えーと、全部で5600円...です」
「は?え?5600!?」
俺はつぐの持っていた伝票をひったくり、注文を確認する。
モンブラン(俺)
コーヒー(俺)
ショートケーキ(美結)
チョコレートケーキ(美結)
チーズケーキ(美結)
ガトーショコラ(美結)
シフォンケーキ(美結)
苺のタルト(美結)
プリン×3(美結)
紅茶(美結)
俺はつぐにそっと伝票を返し...。
「美結、帰ったら半分返せ。流石に食いすぎだ」
「はーい...」
「「半分払ってあげるんだ...」」
ひまりとつぐに呆れ顔をされたが、元々奢る約束をしていたため致し方ないだろう。
「くっそー!美結が2500円持ってったせいで今月の小遣いが...」
「雅人は本当に美結ちゃんに甘いよねぇ」
「それこの前誰かに言われた気がします...」
ここは俺のバイト先であるコンビニのスタッフルーム。バイト終わりに財布の中を見てぐったりする俺と、そんな俺を見て呆れたような(つい数分前にも誰かに向けられたのと同じ)顔をする茶髪の女子。
彼女の名前は'今井 リサ'。高校2年生で、'Roselia'というバンドグループに所属している。
また、俺がこのバイトを始める前、中学3年生の時にこのコンビニにはよく買いに来ており、リサさんとはその時に話すようになった。
「もしかして...雅人ってシスコン?」
「そこまでは行かないですけど、甘やかしてる自覚はあります」
「あ、そう言えば燐子から伝言。「誠君が雅人くんとまたサッカーしたがってる」、だってさ」
「誠さんに「LINEで出直して来い」って伝えるように燐子さんに伝えてください」
燐子さんの本名は'白金 燐子'。こちらもリサさんと同じくRoseliaのメンバーで高校2年生。
そして誠さんの本名は'海瀬 誠'。高校2年生で、こちらは俺の中学の時の部活の先輩である。
余談だが、全く余談だが、燐子さんと誠さんは中学生の頃から男女のお付き合いをしているだとか...。
「燐子さんは僕のLINEを知らないのでしょうがないですけど、誠さんは知ってるはずなんですよ。部活のLINEとかもあった訳ですし。それとも何ですか!彼女のいない僕へのあてつけですか!?」
部活の先輩からの挑発?に無性に腹が立ち、何の関係もないリサさんに八つ当たり気味に返す。
「そんな事アタシに言われてもなぁ...。彼女欲しいなら3年の時に作っちゃえば良かったのに。ま、あの頃が雅人のピークだったと思うけどね~?」
「あの頃は恋愛よりもサッカーでしたし...って、ちょっと待ってください!リサさん最後のどういう意味ですか!?」
「いや、そのままの意味だけど?」
つまり、今の俺には彼女が出来ない、用は魅力が無いということである。
その言葉を聞いた途端、過去(3年生の時)の記憶が蘇る。
朝練の為に美結と学校へ向かう途中、女バレや女バス、女テニの子たち(主に同級生と1つ下の子)に声を掛けられ、美結を含めた4、5人で向かった事。
このとき、1年生の女子とは何故か余り一緒になる事は無かった...。
さらには試合が終わる度に女子からメールが届き、得点を決めた次の日の学校では、廊下ですれ違う度に女子達からおめでとうと言われ(主に2年生から)、教室ではクラスメイトの女子数人に囲まれていた。
このとき、何故か1年生の女子とは余りすれ違わなかった...。
最後にバレンタイン。手渡しで渡してくる子もいれば、机の中に入れておく子、更には家に直接届けてくれる子もいた。
このとき、何故か1年生の女子からのチョコは一つも無かった...。
「またサッカーやれとは言わないけどさ、熱中出来る何かを見つけないと、後々後悔するよ?」
リサさんからアドバイスされるが、これについては薄々感じていた事だ。
中学の部活を引退してから、やりたい事が見つからない日々が続いている。
サッカーの自主練でもすればいい話だが、この頃にはすでに、俺の中にサッカーという選択肢は既に消えていた。
そんな俺を心配してか、美結は毎日俺を練習に誘っていた。
あの時せめて顔ぐらいは出すべきだったのだろうか。後輩達の面倒を見ていれば、少しは変わったのだろうか。
だが今更そんな事を考えてもしょうがない。取り敢えずは、今やりたい事を見つけるべきだ。
「リサさんって、何だか姐さんみたいですね」
「姐さん言うな。彩ちゃんはそういう事言わないの?」
「姉さんには、俺の事よりも姉さん自身の事を一番に気にして欲しいので...。まあ、たまに美結経由で色々怒られるんですけどね」
苦笑いしながら返す俺に、「そっか」と返したリサさん。
そのまま荷物を纏めて帰ろうとしたリサさんのポケットから「ピコン」と音がが鳴る。慣れた手つきでスマホを取り出して確認すると、すぐにポケットしまう。
少し考えた素振りを見せた後、俺の方を向き、ニッコリと微笑んだ。
「雅人 、今からショッピングに行こっか!」
「はぁ...」
「ちょっと雅人?折角デートに誘ってあげたのに、その溜息は何なのさ」
「リサさん。目的はショッピングでしたよね?」
「そうだよ?」
何を当たり前のことを、といった顔をするリサさん。
今俺達は近くのショッピングモールに来ている。が、今いるフロアに物を売っているお店は無い。
もう一度言うが、ここはショッピングモールである。
「ですよね。それを踏まえて聞きますけど、何で俺はキックターゲットの列に並ばされてるんですか?」
そう、俺は今ショッピングモールで開催されているサッカーイベント(キックターゲット)の待機列にいる。
最初は人が多すぎて何の列か分からずに並んでいたのだが、列が進むにつれて、ショッピングモールでは本来絶対に聞くことの無いであろう音が聞こえてきたのだ。
その音は俺にとっては随分と聞きなれた音で、嫌な予感がしたので脱出を試みようとしたものの、「折角並んだんだからさ」と言われて無理やり留まらされた。
「ほら、久しぶりに雅人がボール蹴るところが見たいなーって」
「だからってこんな人目の多い所でやらせなくても...」
大勢の前で恥をかくかもしれないと考えただけで、気がどんどん落ちていく。
しかも経験者だから尚外せない。それにもし知り合いがいたりなんかしてみろ、絶対にからかわれ---
「あ、今井と雅人だ...久しぶり」
ほら見ろ、前の方からおもっきし聞いた事のある声が聞こえてきたよ。
この覇気が無くゆったりとした口調。この場においては無視しておきたい存在だが、お連れさんがいるのでそういうわけにも行かない。
俺は先程声がした方ではなく、その隣に居る黒髪長髪の女子に体を向けた。
「お久しぶりです白金さん」
「え、雅人...無視?」
「お、燐子に誠じゃーん!今日はどうしたの?」
「誠くんと...ショッピングの帰りに寄ってみたんです。イベントにも参加したので...もう帰ろうという時にお2人を見つけました」
白金さんが言う通り、彼女と誠さんの手にはそれぞれ紙袋が握られていた。
すると、誠さんが何やら1枚の紙を取り出して、俺とリサさんに見せてきた。
「全部...当てたよ」
「え!?誠凄いじゃん!」
「もっと...褒めていい」
「現役選手が何言ってんですか」
誠さんのキックターゲットの結果に対して素直に賞賛を送るリサさんと、覚めた顔で返答する俺。
「今の雅人なら...半分いけたら良い方だと思う」
「へぇ...そうっすか」
先輩からの挑発的な言葉を受け、顔が引きつる俺。
燐子さんが言い過ぎだと注意するが、本人は全く気にしてない様子だった。
「じゃあ、時間だから。燐子...行くよ」
「あ...うん」
そのまま去っていく2人を見ながらも、なお俺の顔は引きつっており、体がワナワナと震えている。
「ほうほう。ここまで言われちゃ、黙ってられないよね雅人?」
「勿論です。あの惚気野郎を一泡吹かせてやりますよ」
「あら、それは楽しみね」
「雅人サンがボールを蹴る所、初めて見ます!」
意気込んでいるところに、不意に新しい声が聞こえてくる。
声がした方を向くと、そこにはパスパレメンバーの千聖さんとイヴさんがいた。
今回初めてリサと燐子、さらに誠(オリジナル)が登場しました!
何か気になることがあったらまたお願いします!
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