皆分かるかな?
ある日、少女はグラウンドで走る少年を見ていた。
彼の他にも沢山の少年たちが走っていたが、彼女の眼には彼しか映っていなかった。
そう、魅せられていたのである。
縦横無尽にグラウンドを駆け回り、華麗な動きで相手を躱し、目にも止まらぬ速さでボールを蹴る、さらにそのボールは正確に仲間の元へと届く。
彼女はサッカーには疎かったが、彼が上手だという事だけは分かった。
さらに彼は自分だけで何とかしようとするのではなく、味方と思われる少年たちと一致団結している姿に、今度は心を奪われた。
この少年こそ、自分が追い求めてきた理想の人物ではないかと、そう思ったのだった。
「もしもし、つぐ?」
「あ、雅人君? 今ちょっといいかな?」
電話の主は羽沢つぐみだった。俺は中断していた洗い物を再開し、右耳と右肩でスマホを挟むと、そのまま通話を始めた。
リビングには姉さんと千聖さん、そして美優がいる。
俺が電話を始めると、見ていたテレビと話し声の音量を小さくしてくれた。
「さっき蘭ちゃんから京都旅行の話があってね?」
「もしかして、つぐが一緒に行ってくれるのか?」
「ううん、私はお店の手伝いがあるから行けないんだ、ごめんね」
電話越しに申し訳なさそうな声が聞こえてくる。
一つ有力な候補が消えてしまったことは残念だが、店の手伝いがあるなら仕方ない。
「謝らなくても大丈夫だよ。そっかぁ、つぐと一緒に行けたら楽しそうだったんだけどなぁ」
「それ、蘭ちゃんの前で言っちゃ駄目だからね?」
「え、どうして?」
「はぁ、何でもない......」
今度は呆れたようなため息が聞こえたが、俺はいまいち何の事だか理解できずにいた。
「後ね、巴ちゃんとひまりちゃんも厳しいんだって。流石に子供の日だからね。家族で何処か出掛けるかもしれないから、予定を開けときなさいって言われたんだって」
「あー、子供の日かぁ...完全に忘れてた」
確かに、5月5日と言えばこどもの日である。
しかもGW真っただ中。家族で遠出をしたりするのは普通の事だろう。だが、俺の家ではそうではない。
姉はアイドルとしての活動があるだろうし、妹は部活の大会。
しかも子供を3人育てている両親は、学費やら食費を稼ぐためにGWはおそらく仕事だろう。
なので、俺たちの両親は休みをずらして遠出なり家族サービスをするのだ。
「そこでなんだけど、雅人君ってイヴちゃんと面識あるでしょ?」
「まあ、知らない仲ではないけど、それがどうかした?」
「京都の話をイヴちゃんにしたらね、行きたいって言ってたの」
「それは嬉しいけど」
イヴさんは羽沢珈琲店でアルバイトをしているため、つぐと彼女には接点がある。
さらにイヴは日本の文化(主に武士道)に興味を持っているため、京都に行きたいというのも分からなくはない。
ただ......
「けど?」
「一緒に出掛ける仲かって言われるとなー...」
「もうっ、そんなこと言わないの!一緒に行ってくれる人いないんでしょ?」
「分かったよつぐ......明日イヴさんと連絡取ってみる」
決まったら教えてねとつぐに言われ、そのままじゃあねと言って電話を切った。
丁度洗い物も終わり手をタオルで拭くと、姉さんたちがいるリビングへと戻る。
「あれ?姉さん、美結はどうしたの?」
「お風呂に入るって」
「千聖さんはどうしますか?」
晩飯をご馳走になったわけだし、ついでに風呂でもどうだろうか?
といった意味の質問を投げる。
「そうね......でも、あんまり遅くなるのは良くないわ」
「雅人が送ってくよ?」
「それはそれで不安ね」
「おい」
千聖さんのまさかの発言に、思わず彼女が年上ということを忘れてツッコんでしまう。
「大丈夫ですよ。俺は未発達の体には興味ないので」
「へぇ...誰が幼児体型なのかしら?」
思わず出てしまった言葉にハッと我に返る。気づいた時には遅く、目の前には阿修羅が誕生していた。
千聖さんの傍にいた姉さんは、自分の身を守るために一人で机の下に隠れている。
「あー...ほら、美結!美結の事ですよ!!あいつ全く胸とか尻とか育たなくて、それでも筋肉は付くもんですから、もう男と大差無......」
必死に弁明をしようと、全く無関係な妹を話に出して何とかしようとするが、俺の声が大きいのか、それともリビングのドアが開いていたからなのか、奥の方からドタドタと足音と共に殺気が近づいてくるのがはっきりと伝わってくる。
「クソ兄貴いぃぃぃ!!!」
すると、リビングのドアから美結が飛び込んできた。
おそらく風呂から出て体を拭いている最中に俺の声が聞こえたのだろう。千聖さんの前だというのに、バスタオル一枚で俺に飛び掛かり、そのまま俺を床に倒すと、どこで覚えたのか腕ひしぎ十字固めをかまされるのだった。
「くっそぉ美優のやつ、少しは加減しろよなぁ」
暗い夜道を歩く中で、美優によって痛めつけられた右腕をさすりながらぶつぶつと愚痴を零す。
「自業自得よ」
そんな俺に同情してくれるわけでもなく冷たく突き放してくる千聖さん。やはり、さっきの言い訳だけでは足りなかったのだろう。
「あ...千聖さん、少し相談に乗ってもらってもいいですか?」
「えぇ、構わないわよ」
俺の純粋な「相談に乗ってほしい」という気持ちを感じ取ったのか、いつもの優しい千聖さんが現れた。
と言っても話す内容を纏めていなかった俺は、少し考えてからゆっくりと話し始めた。
「イヴさんと京都に行くことになるかもしれないんです」
「イヴちゃんと?珍しい組み合わせね」
「そうなんです。普段イヴさんとはあまり話さないですし、少し不安なんですよね。唯一の救いは京都旅行が日帰りって事ですけど」
普段は人間関係で滅多に弱気なことを言わない俺に、千聖さんが少し驚いたような顔をする。
「何が不安なの?」
「その......女の子と2人で出掛けるのって、実は初めてなんですよ。あっ、姉さんや美結は除いてですけどね?」
恋人ができたことがないのでこれは当然なのかもしれないが、実際の所今まで女子と2人っきりで作業をしたり、歩いたりしたことがない。
しかも中学の頃に自分の周りに来てくれた女子はいつも複数人だったために適当に接していたが、2人っきりとなるとそうはいかないのだ。
つまりは、女子との接し方が分からない、ということである。
「千聖さんやアフグロの皆みたいに、普段から俺を友達だと思って接してくれている人とは全然大丈夫なんですけど......」
「成程ね、でも以外だわ。雅人って結構女の子からの人気があったのでしょう?なのに、彼女の1人も作っていなかったなんてね」
「あのときは......サッカーが俺にとっての生き甲斐みたいなものでしたから」
「今は違うの?とは聞かないことにするわ。雅人、今は'自分に出来ること'を精一杯やりなさい」
そんな千聖さんの言葉に「ありがとうございます」、と小さく返すと、話が脱線している事に気付いてすぐに戻した。
「貴方が心配するようなことは無いわよ。イヴちゃんだって芸能人ですもの。会話のリード位は出来るわ」
「俺がコミュ障みたいな言い方やめてください。経験が無いだけなんです」
「大して変わらないわよ。でも確かに、いきなり2人で遠出、というのは無理があるわね......」
右手を顎に当てて考える仕草を見せる千聖さん。こんな動作でさえ見入ってしまうものだから、流石は女優である。
「そうね......私の方でも何か考えてみるわ」
「いいんですか、千聖さん?」
「えぇ。でも、貴方も距離を縮める努力はするのよ?」
「それは勿論!ただ、隣のクラスというのが難点ですけど......」
いつになく弱気な俺に、「しっかりしなさい」と千聖さんが喝を入れてくれる。
その後世間話をしながら歩いていると、いつの間にか千聖さんの家の前へと着いていた。
「今日は夕食やお風呂まで頂いたにも関わらず、送ってくれてありがとうね、雅人」
「いえ、このくらいはさせて下さい。いつも姉さんがお世話になってるお礼です。あと、是非また来てください。あの姉妹がとても喜びますので」
「あら、雅人は喜んでくれないの?」
社交辞令を述べたつもりだったのだが鋭い所を突かれてしまい、一瞬言葉に詰まる。
さらに千聖さんは体を少しかがめて俺の顔を覗き込むようにしてくる。そんな彼女の顔は、まるで弟を弄ぶお姉さんの様だった。
「か、からかわないでください!」
「冗談よ。それじゃあ雅人、今日は本当にありがとう。おやすみなさい」
「おやすみなさい......」
笑顔でそう別れを告げてくる千聖さんに、俺は少しだけムスッとした顔で返すのだった。
「何も思い付かない......」
次の日の夕方、自室の机に向き合ってひたすらイヴさんと距離を縮める方法を考えているのだが、一向に良い案が思い付かない。
普段から2人で会話をしないという事がこうも障害になるのかと思い知らされた。具体的に言うと、学校で話すのが一番やりやすいかと思ったのだが、イヴさんは隣のクラス。
しかもモデルでありパスパレのメンバーでもある彼女の人気は高い。同じクラスの男子でさえ気安く話し掛けるのは躊躇われるだろう。変に緊張して彼女の第一印象を悪くしたくないのだ。そんな現状で隣のクラスの男子が、しかもイヴさんのクラスメイトからしてみれば「誰だコイツ」、という認識の人物が彼女と2人きりで会話をすると言うことは、下手すれば変な噂を広められてしまう。
姉さんの、'丸山 彩'の弟なのに、と思う時がしばしばあるが、実際に俺が何かをしたというわけでもないので仕方がない。
そんな事を思っていると、ベッドの上に置いてあるスマホから着信音が聞こえてくる。
「はい、もしもし」
疲れ切っていた俺は、名前を確認する前に画面を素早く操作して電話に出る。
すると、聞きなれた男の声が聞こえてきた。
「もしもし? 今......暇かい?」
「えーっと、もしかして明音さん?」
電話の主は俺の一つ年上の'不知火 明音(あきと)'さん。俺と同じ学校に通っており、実はこの年にしてパスパレのマネージャーを務めているのだ。
彼との出会いは、俺がいつもの通りにレッスン終わりに姉さんを迎えに来た時に、パスパレのメンバーと一緒にいるのを見て少し話を聞いたのだ。
その時に連絡先を交換しており、その日以降度々向こうから電話がかかってくることがあるのだ。
「声を聴けば分かるだろう? 俺と雅人の仲じゃないか」
「すみません。さっきまで考え事してたので、疲れちゃってるみたいです......」
「そうか。雅人が良いなら相談に乗るよ?あと、敬語いらない」
「分かりま......分かったよ、明音。折角で悪いんだけど、今度の放課後とかでどうかな? 今日はもう疲れちゃったから、早めに家事を済ませて寝たいんだ」
そう俺が伝えると、明音さんは「分かったよ、無理はしないでね。おやすみ」と言って電話を切った。
手に持っていたスマホをマナーモードにしてから机の上に置き、今日の夕飯はどうしようかと考えながら、寝落ちしてしまった。
その後、夜になって美結に「お腹空いた!!」と騒がれながら叩き起された......。
そして休みが明け、明音さんと約束した放課後となった。
俺は教室で少し時間を潰していると、明音さんから電話がきた。
教室に来てと言われたので、荷物を持ってそのまま教室を出ようとドアを開けて廊下に出た時だった。
「きゃっ!」
「おっと!」
突如、真横から女の子が迫ってくるのが見えた俺は、ぶつからないようにと反対の方向に避けようとする。
しかし、その子は相当急いでいたらしく、急に止まったせいでバランスを崩してしまう。
それを見た俺は、彼女が倒れないように素早く横に回り、彼女の背中に腕を回して体を支える。
彼女が倒れる事は避けたものの、しっかりと体を密着させてしまっているせいで別の罪悪感が生まれたが、すぐさまその思考を打ち消して、彼女に声を掛けた。
「あの、大丈夫ですか? すみません、急に飛び出してしまっ......イヴさん!?」
「す、すみません私こそ......マサトさん? た、助けて下さって、ありがとうございます!」
俺の腕に抱えられているイヴさんは、目を輝かせながら俺の事を見ていた。
こんなにも純粋にお礼を言ってくれてるのに、体柔らかいなーとか、流石モデルさんだなーとか思ってた自分をぶん殴りたくなってしまった。
「あの......助けて頂いて申し訳ないのですが、私急いでるので、今度お礼をさせて頂きますね!」
「あの、お礼なんてそんな......行っちゃった」
急いでいたらしいイヴさんは、俺の腕から離れるとそのまま走って何処かへと行ってしまった。
「イヴさん、柔らかかった......それに、いい匂い......」
「距離を縮めろとは言ったけど、身体的な事はNGよ?」
「ち、千聖さん!? これは、その......」
「冗談よ。貴方が中々来ないから、様子を見に来たの」
まさか見られていたとは......。千聖さんは口では冗談だと言っているが、先程からニヤニヤと見てくるのが非常に腹ただしい。
だが、今の事を姉さんや美結に伝えられても困るので、ここはグッと我慢をすることにした。
「久しぶりですね、雅人」
「久しぶり......ではないですね、毎日すれ違ったりするじゃないですか」
「雅人、敬語は要りませんよ」
「久しぶり......明音」
明音のクラスの教室で、俺と明音と千聖さん、そして何故かイヴさんの4人が集まっていた。
「雅人、君の言いたい事はよく分かります。なぜ若宮さんがここに居るか、ですよね? 実はこの前、白鷺さんに雅人が何かを悩んでいる、というのを伝えたら、話してくれたんだ」
「ごめんなさい雅人、勝手に喋ってしまって......」
少し申し訳なさそうな顔をする千聖さんに、「大丈夫ですよ」と声を掛ける。
すると、今度はイヴさんが俺に近付いてきた。
「マサトさん、私もチサトさんから話を聞きました!その......確かに、私では不安かもしれません。なので、京都旅行の前に出来る限りマサトさんと親睦を深めたいんです!」
3人からの視線が俺に突き刺さる。イヴさんと距離を縮めておきたいのは俺も同じなので、特に断る理由は無い。
「分かりましたけど、具体的にどうするんですか?」
俺が明音にそう聞くと、彼は得意げにこう言った。
「それは......Wデートですよ!」
まさか、こうもあっさりと人生初のWデートを経験する事になるとは......。
本当は時間を合わせる筈だったんですけど、少し遅れてしまいました、ごめんなさい......
私は前衛を担当しています!
後編は、「友達は完璧少女とほんわか少女」のアルトさんが書いていますので、是非読んで下さい!
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