「そっちは子供の方に回れ!」
「私達は侵入者の方に当たる!」
襖の向こうで百華達が慌ただしく走り抜けていく。さっきも下の方から爆発音が聞こえてきたし、どこかで侵入者が大暴れしているようだ。
それってあの女の人かな。いや別れてからまだ時間はそんなに経っていない。別の集団……例えば妹を連れていた男達だろうか。
神威はそんなことを考えながら、欄干に腰掛けて景色を眺めていた。
「侵入者? たいした騒ぎだね」
「アンタらが起こしてくれた騒ぎよりマシだろう」
「なんだよ。まだ怒ってんの。過ぎた事は忘れないと長生きできないよ」
「そりゃ迂闊に手を出さなかったから生き延びたけどよ」
阿伏兎と云業が疲れた顔をしている。
神威、そして不審な女が鳳仙にケンカを売ったせいで滅茶苦茶になってしまった。
もともと彼らは春雨の代表として鳳仙と取引する役目があった。事前に調べて晴太を誘拐し、かけ引きも準備していたのに、神威が暴走したせいで計画はパーだった。
「かけ引きなんか必要ないよ。吉原がほしいなら鳳仙の旦那を殺してココを春雨のモノにしてしまえばいいんだ」
「アホか。あの化け物ジジイにそう簡単に勝てるかよ」
「勝つさ。でも、それよりもあの人と戦いたいなぁ。早く来てくれないかなぁ」
「鳳仙の首をとりに来た暗殺者か」
変装していたあの夜兎の姿を阿伏兎も思い出す。神威もあの女も鳳仙が狙いだったが、先の戦闘を経て互いを標的に切り替えたようだ。
神威は鳳仙への関心を完全に無くしているし、きっと女もそうだろう。けれど素性の知れぬ存在だ。幕府中央暗部からの刺客であれば、興味よりも仕事を優先し、再び鳳仙を殺そうとしてくるかもしれない。
そうなれば困るのはこちらだ。当初の目的は鳳仙存命のまま平和的に取引をし、両者に利のある条約を結びたいのだから。
「このままいけば春雨と夜王、幕府とで戦争になる。そうなれば
「その時は
「……で、その後あなた様は海賊王にでもなられるんですか」
「それもいいかもね。上にいけばそれだけ強い奴にも出会える」
「ハイハイ志の高い立派な団長をもって
阿伏兎と云業が部屋から出て行くそぶりを見せると、神威が「どこいくんだよ二人とも」と声をかけた。二人が振り返って口を開く。
「このまま鳳仙の旦那に貸しつくったまんま終われねェよ。それにあの女がまた来るかもしれねー」
「来るとしたら俺のところにだよ」
「今度は迎えを待つお姫様気分ですか。我々下々の者は団長様の尻ぬぐい、いや……海賊王への道を切り拓きにいくとしまさァ」
不始末をつけるために駆り出される哀れな部下達を、神威は笑顔で手を振って見送った。
「頑張ってね〜。……さて、まだかなぁ、早く来ないかなぁ」
そして手すりに肘をついて待ち焦がれるのである。
自分を殺しに来る暗殺者兼運命の相手を。
「どけコルァァァ!! てめーらみてーのに構ってる暇はねーんだよ!!」
月詠と別れた万事屋の三人は、百華を荒々しく薙ぎ倒しながら突き進んでいく。春雨に連れ去られた晴太を取り戻し母親と引き合わせ、この吉原に太陽を取り戻すと誓ったのだ。
相手は夜兎。それも王の座に君臨した格上の実力者。敵う相手かどうかもわからない。
けれどそれは諦める理由にはならない。己が定めたルールに従ってまっすぐ突き進むだけだ。
「急いで夜王の元へ! きっとそこに晴太くんがいるはずです!」
走りながら新八が叫んだ次の瞬間、神楽はものすごい勢いで近づいてくる強者の気配を察知した。咄嗟に番傘でガードする。
しかし予想を上回るパワーで吹き飛ばされ、襖を何重にも破りながら後退した。
襖を番傘で貫き、その奥にいた神楽を正確に突き飛ばした男……阿伏兎は傘を一振りして煙を断ち切る。
「こいつは驚いた。誰かと思えば、おたくらあのガキを連れ回してた連中じゃねーか。生きていたとは、いやはや恐れいったね。団長がきいたら喜びそうな連中だ」
番傘を担ぎ、上から見下ろす。余裕のある顔つきだった。
「地球産にも少しは骨のある奴がいたってね」
「ちっ! いよいよお出ましか……」
表情に緊張が走る銀時が呟く。こちらにも夜兎がいるとはいえ、神楽と阿伏兎を同じステージで語るにはあまりに実力差がある。三人がかりでも勝てるかわからない相手だ。
「一人はもう殺ったとして、それでも一人足らねーな。これじゃあジジイに借りが返せな……」
「オイ寝ボケてんじゃねーぞ」
のらりくらりと話す阿伏兎に、急接近する小柄な影。遠い距離を一瞬で詰めた神楽が、阿伏兎を思いきり番傘で殴った。
ドンガラシャ! と派手な音を立てて数部屋先まで吹っ飛ばす。自分より体格の優れた男にやり返した神楽が、ペッと唾を吐き捨てて言った。
「誰が地球産アルか。こんな田舎者達と一緒にすんなヨ。こちとら根っからのシティー派ネ」
「神楽ちゃん!!」
無事だったんだ! と新八が駆け寄る。しかし煙の中で相手もむくりと体を起こし、こちらに向かって平然と歩いて来る。
「まいったねこりゃ。もしやとは思ったが、その傘。その肌。ようやく三つ巴戦を避けたと思ったらこの様だ。勘弁してくれよ。俺ァ共食いは趣味じゃねーんだ」
トン、と担いだ番傘で肩を軽く叩き阿伏兎が続ける。
「これも夜兎の血の宿命かね。絶滅まで戦い続ける呪われた種族の。……さっきも地球産の暗殺者ってのが乗り込んできてな? 海賊だろうが暗殺者だろうが、本能には抗えないもんさ」
「! その暗殺者ってのは、女か?」
「なんだい。オメーさんたちの知り合いかい? 夜王の首が狙いだっつってたのに、団長と意気投合しちまったみてーでな。この小さい箱庭を破壊尽くさんばかりに暴れてたよ」
雪子だ。絶対に雪子だ。あの女も吉原に来ている。万事屋三人の心が一つになる。
彼らが月詠と共に広間で大暴れしていた頃、雪子も鳳仙と神威を相手に大はしゃぎしていたらしい。雪子の性質をよく知る三人は、彼女が強者との殺し合いを楽しんでいただろうと想像する。
そして兄の性格もわかる神楽は、雪子と神威の気が合うことも何となく予想していた。
二人とも夜兎の本能に忠実で、強さを求めて戦場を渡り歩く獣だから。
「てこたぁ、あまり時間は残されてねーな」
「ええ。絶対にメチャクチャになりますよ、ここ」
銀時と新八が目を合わせる。雪子は鳳仙暗殺を目論みやって来たのであれば、甚大な被害が出る。そうなる前に会わなくては。
「銀ちゃん。ここは私に任せるアル。いくヨロシ」
「行ってください銀さん。神楽ちゃんは僕が護ります」
神楽に並ぶように新八が前に歩み出た。神楽は新八が足手まといになると胸ぐらを掴んで揺さぶるが、新八も譲らない。自分は絶対にここに残るのだと言い合っている。
その様子に銀時が頭をポリポリ掻いて、言った。
「オメーら待ち合わせ場所はわかってんだろーなオイ」
「……次会う時は」
「陽の下で」
「上等だ」
二人の返事に銀時は優しい声を落とし、前へ進むことを選択する。単身で夜王を倒すためだ。早くしなければ雪子に先を越される。
神楽と新八を信頼している銀時の胸に、残る二人を心配する気持ちはどこにもない。コイツらなら大丈夫だと信じ、走り出した。
「……人生ってなァ重要な選択肢の連続なんて言うがね。こんだけハッキリババひいた奴は初めて見たねェ」
阿伏兎が銀時の方を見てから、二人に視線を戻す。
「あちらさん、ハズレだ。夜王相手に一人……この世に一片の肉片すら残るまいよ。お前さん達が正解。助かったねぇ。二人仲良く
ゾッとするような黒い目玉がこちらを見ている。口元は笑っているのに、ダダ漏れの殺意のせいで恐怖を釣り上げるばかりだった。
覚悟を決めた神楽と新八がそれぞれ武器を構え、負けじと力強く言い返す。
「ハズレはお前アル」
「その粗末なモン、
「侵入者どもを捜せ!」
「生きてここから逃すな!」
こちらでも百華が侵入者を探している。同時多発的に侵入者が現れたので手が足りていないのが現状だった。
屋敷入り口の広間では百華の頭である月詠がまさかの謀反。そこから逃げ延びた怪しい二人組は、鳳仙の商談相手である春雨の一人が相手している。さらに晴太の依頼の請負人であるこの騒ぎの中心人物が、単独で鳳仙を狙っているとのこと。
これだけでも前代未聞だと言うのに、さっきは鳳仙や団長と互角にやり合う暗殺者までも登場していた。そしてさらなる問題の種がここに。
「急ぎましょう。日輪太夫は恐らくこの屋敷の上に……」
二つ並んだ樽の中に、近藤と桂が潜んでいた。近藤は似合わない遊女の女装を、桂はチンドン屋の変装をして度のきついベンゾー眼鏡をかけている。
二人は互いの正体に気づいていない。あろうことか「う、運命の相手……??」とときめいていた。
屋敷に幽閉される前、追われていた近藤を桂が助けたのがきっかけだ。その時既に変装していた近藤は、逃げる最中のドキドキ(物理)により「な、何この胸の高鳴り……!」と思い込んでいたのである。
そして度が強すぎるベンゾー眼鏡をかけている桂は、ぼやけた視界に浮かぶ朧げな遊女のことを、少年時代にお世話になった憧れの人と勘違いをした。
よって「どこかでお会いしたような……もしかしてこれが運命……?」となっていたのである。
『なぜお前のような子供がこんなところに?』
『お偉いさんの財布でもスッたでありんすか?』
『……もう、そんな悪さはしねぇよ。オイラはただ、母ちゃんに会いたいだけだ……』
捕まって二人きりの牢屋に晴太が放り込まれた時、桂と近藤は彼の話を聞いて大泣きした。
母親を想う子の気持ちの、なんと健気なことか。遊女に変装したせいで女の気持ちに寄っていた近藤なんか、鼻水まで垂らしている。
母親に会いたいと切実な願いを叫び、小さな体で牢の扉に突進する晴太の懸命さに胸を打たれ、二人は晴太のもとに母親である日輪を連れて来ることを約束した。
だから騒ぎに乗じて脱走し、日輪を目指している。
「ゴリラさん……もしここを無事で出られたら……そのときは……」
「殿方……」
戦前を思い出すような、胸を締めつけるあの感覚。ここで二人が離れ離れになるような、そんな予感に自然と口が閉じてしまう。
樽の蓋を持ち上げて目を合わせるというなかなか奇妙な光景はすぐに終わった。
「いたぞ! あそこだ!」
「見つかった。早く行きましょう!」
「はい!」
百華に見つかり、二人は樽から飛び出して廊下を駆け抜けた。後ろからも百華の足音が複数聞こえてくる。
追い込まれるように誘導された先にはエレベーターだけがあった。行き止まりではないが、この階に着くまで時間がかかるようだ。このままでは二人とも捕まってしまう。
「殿方! お早く!」
近藤がエレベーターのボタンを連打し、振り返る。しかし桂は廊下の先で立ち止まっていた。一人で百華を迎え討つつもりだと近藤にはすぐにわかる。
あの背中の頼もしさと、手を伸ばさずにはいられない衝動。まただ。この気持ちは一体───。
「先に行ってください! ここは私が食い止めます!」
「そんな! 置いていくわけには!」
エレベーターがようやく到着し、格子扉が開く。
「さあ早く!」
「くっ……」
桂に急かされ、後悔に胸を押しつぶされそうになりながら近藤はエレベーターに身を滑り込ませる。これが今生の別れになるやもしれぬ。そう思うと居ても立っても居られず、近藤は振り返り、格子に縋りついた。
「あの! お名前だけでも……!」
「……名乗るほどの者ではありません」
少しだけ顔をこちらに見せて、桂がそう言った。すぐに厳しい表情になって、刀を鞘から抜く。鋭い切先を相手に向けた。
「なんだ。侵入者っつーからあの女かと思えばハズレかよ。阿伏兎の方はどうだったろうな」
番傘の先をツー……と床に滑らせながら、云業が首を鳴らす。その背後には悲惨な姿になった百華たちが転がっていた。近藤と桂がやりとりしている間に云業が殺してしまったのだ。
滲み出る圧。殺気。この男強い。出立ちからして恐らく天人だ。
「殿方ああああああ!!」
エレベーターが上昇し、近藤の悲痛な叫びはやがて聞こえなくなる。
これで正体を隠す必要はない。そう判断した桂はベンゾー眼鏡を外す。刀を握り直し、低く叫んだ。
「俺は桂小太郎。この国を食い尽さんとする天人よ、この刀で成敗いたす───そこになおれェェェ!!」
「なんだぁ? あっちこっちで騒がしくなりやがって」
屋敷内に潜入して廊下を走る雪子の格好は、先程とは別物になっている。さっきは男装していたが、今の姿は女丸出しだった。
その辺に転がっていた百華の女の服を剥ぎ、百華に扮していた。足元もブーツだし普段の格好とも近い。こっちの方がしっくりくるから丁度いい。
カツカツと軽快にヒールの音を響かせてひたすら走っている。目的は決まっていた。
暗殺任務のターゲットである鳳仙、ではない。気配を辿れば頭に思い描く通りの人物がいるはずだ。
己の読みを頼りに廊下を突き進み、突き当たりを曲がる。
「ありっ?」
「おっ?」
そこにはやはり神威がいた。目が合った瞬間すぐに互いに拳を振り抜く。神速の拳と拳がぶつかり合って、ビュッと辺り一面に風が吹いた。
「ひ!」
神威に見つかり、母親のもとまで連れられていた晴太が腰を抜かした。
人殺しのお兄さんに「ついておいでよ」と誘われて、逃げられず仕方なく従っていたら別の女が殴りかかってきたのだ。怖すぎる。
百華の格好をしてはいるが、神威と対等に戦える時点で恐らく別の組織の人間が変装しているのだろうと推察した。
「よっ神威! 会いたかった」
「わあ! こんなに早く会えるなんて嬉しいや」
両者共にグググと拳に力を込めるが、動かない。力比べでは決着はつかないらしい。
ならば、と同時にもう一方の腕を伸ばせば、同じ考えの相手に指を掴まれて、そのまま繋がれる。恋人繋ぎだ。
片方の手で握り拳をぶつけ合い、もう片方は指を絡ませて繋いでおり、チグハグな取っ組み合いをする二人は顔を至近距離に寄せ合った。
「女の格好をしてるね。そっちが素なのかな」
「まーな。生憎正体がバレるのは面倒なもんで」
「ふぅん。そっか。俺は知らないのに君だけ名前を知ってるのは不公平だよ。名前は? なんていうの?」
笑顔の神威に見つめられて、少し考えた雪子はニッと口角を上げる。といっても百華の格好をしているので、口元の黒いインナーがわずかに動くだけだったが。
「───私は
そして夜兎の母親に名付けられ、松陽と朧と神楽しか知らないもう一つの名を選んだのだった。
雪子の登場を察知した万事屋や真選組が「やったあ! これで強い味方が増えたぞ」とはならず「めんどくさいのが出てきたな……」てなるのがツボです。