お家に帰ろう   作:睡眠人間

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呼応

「蓬莱! これで一つ君のことがしれたね。よろしく、蓬莱」

 

 雪子の名前を知れて神威はご機嫌である。本当は雪子と呼ばれていることも、蓬莱という別名を知ったのが彼で四人目であることも、神威は知らず気楽にそう呼んだ。

 松陽、朧、神楽も蓬莱の名を知っているが、全員「雪子」と呼んでくるので、その名前で呼ばれるのは慣れない。

 変な感覚を無視して雪子は繋いだ手に力を込めた。それに気づいた神威がこてんと首を傾げて指摘する。

 

「さっきから手が震えてる」

「!」

「気丈に振る舞ってるけど緊張してる? ああ、照れているの?」

「チッ、エロガキが」

 

 神威は恋人繋ぎをする指先で雪子の手の甲をスルリと撫でる。その感触に鳥肌が立つようで、雪子は舌打ち紛れに悪態をついた。

 手が震えているのは、先の戦いで鳳仙の手のひらを貫いた時に肩までイカれた影響だ。そのせいで繊細なコントロールが効かなくなってしまったのだ。

 

「それを言うなら」

「!」

 

 今度は雪子が握り拳をずらし、神威の胸元へと手を伸ばした。奥の心臓を掴むように指先に力を込めればジワ……と血が滲む。ここで初めて神威が痛みを感じたように眉をひそめた。

 さっきの戦闘で雪子によって抉られた箇所だ。いくら回復能力の高い夜兎といえども、応急処置をして瞬時に完治することはない。そこをもう一度掴まれて疼くのは当然だった。

 同時に心臓が早鐘を打つ。ドクンドクンと神威の耳の後ろで大きく鳴る。そこに重ねるように雪子が唇を寄せて囁いた。

 

「すごくドキドキしてる。女と手を繋ぐのは初めてか? 遊んでやろうか」

「はっ、ババアが」

 

 神威がそう言った途端、目の前に物凄い速さの蹴りが飛んでくる。パッと手を離してバク転の要領で距離を取った。

 

「わっ」

 

 くるっと頭を上げた時に黒くて鋭い先が眼前に迫った。ブーツの先端だ。これは完全には避けられないなと判断し、神威は首を横に振る。シュッと耳を掠めて一直線に出血した。構わず顔の横に位置する雪子の足を掴む。

 

「えいっ」

「ング」

 

 軽い調子の掛け声で床に振り下ろせば、雪子は頭から床板に激突した。だが両手を頭の後ろに組んでガードしたので大したダメージではない。

 じゃあ投げてしまおう。そのまま今度は横に薙ぎ払った。雪子の体が襖を突き破り、派手に壊しつつ飛んでいく。けれど空中で体勢を整えてすぐにこちらに向かって跳躍してくる。

 一挙手一投足が見透かされているこの感じ。自分の思考回路の上を行かれ、即座に反応してやり返す成長速度。

 ああ、楽しい。やっぱり蓬莱と戦うのって最高だな。好戦的に瞳を光らせて神威も迎撃の構えをとった。

 

「な、なんなんだよアンタら……」

 

 化け物たちの殺し合いを物陰に隠れて見ていた晴太が、怯えた目をしていた。逃げ出そうにも巻き込まれそうで迂闊に動けなかったのだ。

 そこでようやく晴太の存在に気がついたように、神威に攻撃を防がれながらも雪子が目を向ける。

 

「ああ、お前晴太か。こんなところにいたの。お母さんには会えた?」

「! か、母ちゃんのこと何か知ってんのかよ」

「昔世話になってね。つっても覚えられてないだろうけど。お前はなんでここに? 神威と一緒にいてよく無事だったな」

「そ、その神威って奴に連れられたんだ……母ちゃんに会わせてくれるって」

「へえ」

 

 雪子が興味深そうに神威を見る。変わらず笑みがそこにあるだけだった。

 神楽や星海坊主の話から、雪子は何となくこの一家の事情を推測できる。母親を早くに亡くした神楽は、一人で星海坊主の帰りを待つだけの寂しい生活を送っていた。自分と神威は似ているらしいから、彼も幼くして家族を置いて血と戦いを欲したのだろうか。

 

()()()()に会いたくなったの?」

 

 わざと強調して言えば神威の笑顔が薄らいだ。だがその口から言葉がこぼれ落ちるより先に晴太が吠える。

 

「お、お前も母ちゃん狙ってんのか!? 絶対に手ェ出すなよ! 許さないからな!」

「私に楯突くか。その度胸に免じて教えてやるよ」

 

 廊下の先を指差して続ける。

 

「この先、突き当たりを二回左に行きな。裏口に繋がってて、そこからハシゴが伸びてる。百華に追われない日輪への一番安全なルートだ」

「はあ!? 信じられるわけないだろ!」

「行けばわかるよ。死体しか転がってないから」

 

 つまり百華に追われないというのは、雪子が殺したから追っ手が来ないということだ。

 ぞくり、と背筋に冷たい悪寒が走る。晴太はぎゅっと目を瞑る。怖い。コイツも神威ってのと同じ、楽しんで人を殺す外道なんだ。こんなの信用できない。でも、でも……と考え込む。

 やがて晴太は目を開くと、覚悟を決めた顔つきで走り出した。向かう先は雪子が指し示さなかった方。晴太は雪子のことを信じなかった。

 

「あーあ、ハズレ引かせちゃった」

「だって嘘臭いもん。俺でも信じないね」

「ほっといたら百華に見つかって殺されんぞ」

「じゃあ追いかけて護る?」

「まさか。それよりももっと楽しいことがしたい」

「つくづく君とは気が合うよ」

 

 神威は小さくなっていく晴太の背中を見つめている。

 その横顔から何か読み取れそうだったが、それより前に神威が雪子に向き直った。にっこりとした笑顔が張りついて、瞳の奥は隠されてしまう。

 

「これで君と二人きりだね」

「いや、囲まれてる」

 

 神威はトントンと軽くその場で跳び、準備運動を済ませると体を揺らして構えをとる。雪子も隠し持っていたクナイを手に持ち、周囲に素早く視線を巡らせた。

 ここは廊下。二人を挟むように豪奢な襖が立ち並んでいる。戦闘体勢に入った彼らが口を閉じると、しばし無音の時間が流れた。足音も物音も一切しない。

 しかし雪子の指摘は正しかった。襖一枚を挟んだ部屋に、武器を構える百華が大勢待ち構えているのだ。

 女たちの額に汗が滲む。濃厚な死の予感に、今にも武器を握る手が震え出しそうだった。だが逃げることは許されない。反逆行為にみなされ、周りの女たちに処分されてしまうから。

 

「……っ」

 

 百華らが囲む檻の中にいるのは猛獣だ。人を食い殺す化け物だ。平和のために駆除しなければならない。例えどんな犠牲を払おうとも。

 腹を括る。女たちは目を合わせてそっと頷く。ザッ、と勢いよく襖が開いた。

 

「放てええぇぇ!!」

「二人きりで合ってるよ。全員殺しちゃうからね」

 

 百華の号令の隙間で神威が穏やかに宣言した。

 二人の視界いっぱいには無数のクナイが飛んでくる。彼らの武器は素手とクナイのみ。視界を埋め尽くさんばかりの数は捌ききれまい。

 そんな予想を嘲笑うかのように、夜兎の二人は軽々と回避する。

 神威は跳躍して天井の柱を掴むと、力尽くで引きちぎった。それを盾にしてクナイから身を守りつつ、目についた女たちを殺していく。

 雪子は手に持った得物で第一陣を弾き飛ばし、隙を見て手近な百華を引きずり込んだ。女の体を肉の壁にして攻撃の嵐を受け止めさせる。

 

「っやめ、やめろ!」

「もう遅い」

「人のケンカに割り込んだんだ。死ぬ覚悟はあんだろ?」

 

 女たちの必死な仕掛けなど歯牙にも掛けない様子だった。百華の頭数を減らしていきながら、神威と雪子は互いへの攻撃を開始していく。

 雪子は床に落ちた大量のクナイを滑り拾い、正確に相手の急所へ投擲する。しかし神威に防がれてしまい、天から大量の暗器が降ってきて悲鳴を上げるのは百華の方だった。

 死体もクナイも投げるし常に何かが飛んでいく愉快な現場である。ぼて、と目の前に塊が落ちたと思ったらそれは仲間の手とか頭とか臓物だし。

 戦意喪失して逃げ出す背中を踏みつけて、奴らはこの場を荒らし尽くす。

 

「あ……ぁ……」

 

 女の心を折ったのは、仲間を虐殺されていることへの恐怖でも、今から確実に訪れる自分の死でもない。

 神威と雪子の目には互いしか映っていない。力を振り絞り任務に身を捧げる百華たちなど、目にも入っていない。彼女らの決死の足掻きは背景に過ぎなかった。

 目にも留まらない存在だから、殺すことへの躊躇もハードルもなかった。

 じゃあ、私たちは何の為に戦っている。意味もなく殺されるために生きてきたんじゃ、

 

「ガッ」

 

 ド、と女の体が震える。同時にごぼりと血を吐いて恐る恐る下を見れば、自分の腹から血塗れの人間の手が生えていた。腹を腕で貫かれたのだ。

 ずる、と腕を抜かれて力なく赤い水面に倒れ伏せる。激痛に苛まれながらおぼろげに女が見たのは、

 

「あははははは」

 

 四肢を真っ赤に染めた雪子がケラケラ笑っている光景だった。神威との戦いを通して嗜虐心を引き出されていたのである。

 今の彼女の頭にあるのは悪意とか加害性とか殺意とかそんなものばかりで、ブレーキも壊れてしまっていた。

 今まで鳳仙や星海坊主といった最強と目される男と対面してもこんなことにはならなかった。飼い慣らしたはずの本能に呑まれていく。それほど運命の相手との邂逅は衝撃的で鮮烈だった。

 

「はははははは」

 

 それは神威も同じだった。軽やかに跳ねて女たちを殺していく。今までと変わらない行為なのに、雪子がこの場にいることで彼もまた己の本能を剥き出しにさせられていた。

 頭から血を被ったような陰惨な姿となって、夜兎の魂に惹かれるまま暴れていく。凶暴で狂気的で破壊衝動に支配されていく。

 二匹の原初の獣になり、血に従い血を誇って殺し合う。

 

「やっぱり夜兎ってのはこうじゃなくちゃ!」

「だよなぁ神威───来いッ!」

 

 雪子が床板を踏み砕き、跳躍する。天井を破壊して上階に辿り着くと、混乱する人間たちを踊り殺しながら目につくものを破壊していった。神威もそれに続く。

 突然乱入してきた怪物たちに、遊屋はなす術もなく侵略されていった。電気系統がやられたようで、フロア全体の電気がバチッと消える。宵闇が辺り一面を包み込んだと思えば、痛みに絶叫する女たちの悲鳴が暗がりを切り裂いた。バチッ、バチッと散る火花だけが灯りだ。そんな中で、二人の瞳孔の軌跡が光るようだった。

 

「……!」

 

 神威の蹴りを受け止めた雪子は、その重さに驚いた。神威の戦い方は身軽さを活かしたスピードタイプのはず。鳳仙ほどの硬さや重厚感はなかった。

 だが今の一撃はそれにかなり近かった。戦いの中で成長している。若いというのはそれだけ伸び代があるということ。夜兎としての成長ピークを通り過ぎた雪子にとって、これは忌むべきことか? ───否。

 

「いいね。ハンデが足りないと思ってた」

「っ?」

 

 暗がりで僅かに光ったのは小さな針だ。毒か麻痺? 何にせよ受けるのは得策じゃない。神威はそう判断して投擲された物体を暗闇で躱す。

 しかし腹に相手の掌が触れた。しまった、ブラフか! と気づいてももう遅い。

 

「ぉご、」

「お前の目は視え過ぎる。反応できる身体能力も時には弱点だ」

 

 腹の内側だけを打ち抜くような奇妙な衝撃が突き抜ける。神威がたまらず吐血すると、体勢を崩し口元に手をやった。

 その隙に雪子が容赦なく蹴りを撃ち込む。何発かは防がれたが肉を抉った感触があった。このまま押し切ってやる! と雪子が勢いに乗ろうとすると、

 

「ギャッ」

「じゃあ何も見えなくしてあげる。俺以外目に入らないように」

 

 神威がバッと何かを振り撒いた。途端に雪子の視界が潰され、短く悲鳴を上げる。目に何か入った。液体、恐らく血だ。口から出血した血液を手のひらに溜めて目潰ししてきやがった!

 怯んだ雪子の顔面目掛けて神威が拳を振るう。凄まじい速度だ。直撃すれば壁ごと吹き飛ぶだろう。確信した神威が強気な笑みを浮かべた。だが、それもすぐに終わる。

 

「!」

「ああ……お前だけを見るよ」

 

 目は潰されたが気配は読み取れる。加えて性格も思考も似ている二人が戦いの呼吸を合わせていった結果、次の一手も読めるようになっていた。

 パシ、とジャストで雪子は神威の拳を受け止めてみせた。誤算だったのは、咄嗟の行動だったので鳳仙にやられた腕を使ってしまいさらなるダメージが蓄積したこと。この瞬間に完全にイカれてしまったこと。

 グッ、と握る手に力を込める。コントロールできなくなってしまい、めき、と骨の軋む音がした。

 

「はは。やっぱり蓬莱はすごいや。地球の暗殺者ってみんなこうなの? それとも君が特別なだけ?」

「特別に決まってんだろ。この世に生まれたみんなが等しくオンリーワンじゃい!!」

 

 そこからの激突の様子は筆舌に尽くし難い。苛烈を極めた二人の戦闘は屋敷を破壊し、軒の一角から飛び出して戦場を瓦屋根の上へと変えていった。

 真っ暗闇だった室内と違って、屋外のそこは提灯のおかげで赤く照らされている。だが神威によって目潰しを食らった雪子の視界はまだ完全には回復しておらず、気配と直感を頼りに神威を相手していた。

 針もクナイも瓦も破片も使えるものは何でも使って対処する雪子とは対照的に、神威はその身一つで相手を踏み砕こうとしている。視覚ゼロの状態で攻撃を捌く相手の実力には驚かされるし、だからこそ超えたいと思う。ボルテージを上げていく。狂気的な笑みが滲む。

 そしてついにはもつれ合うように地面に転がっていた。

 

「うおおおッ」

「ぐうううう」

 

 ぶしゅ、と血が噴き出す。雪子が神威の腕にクナイを突き刺し、神威も雪子の肩を指で刺していた。互いの頬にまた新たな血が付着する。二人とも夥しい量の血を浴びていて、夜兎の有様をまざまざと体現するようだった。

 血と戦いに明け暮れる日々。互いを傷つけなければ気が済まない暴力的な気性。絶滅寸前の希少種であるのも納得のいく種族である。

 

「蓬莱。俺は君といつまでも戦っていたい。俺と一緒に宇宙に行こうよ。こんなところにずっといたら鳳仙の旦那のように干からびてしまう。そんなのもったいないよ」

「こちとら地球産なんだよ。どこにいようと私の生き様は変わらねぇ」

「だったらなおさら第七師団においで。どれだけつまらない仕事だろうと、蓬莱がいるだけで世界が違って見える」

「そんなのお前だけの都合だろ。私がそっちにつく理由はない」

「都合とか理由とか、そんなのどうでもいいけどなぁ」

 

 雪子を押し倒し、その腹に馬乗りになった神威は顔をぐっと近づける。それぞれ攻撃を受け止める腕が震えていた。疲労感が蓄積している。心はまだまだやれるのに。

 だから今神威が紡ぐ言葉はどこまでも嘘偽りない。彼の言葉は全て雪子の胸に響くし、逆もまた然りだ。雪子が渋るのは建前であり、本音が別の所にあるのを神威は見抜いていた。

 

「君のことが大好きになったんだ。だから俺と一緒に行こう」








神威があらゆる意味で強くてスピード感が凄まじいことになってます。
幼馴染たちが20年かけてまだ伝えられていないことを出逢ったその日に言ってます。とんでもないです。
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