字を追っていくと、見事に紅葉した葉っぱが邪魔をする。
縁側に座って読む本の紙面に、風に攫われひらひらと舞い落ちるそれを摘んだ。
「もう秋ですねぇ……」
「そうだねー」
湯呑みを持った松陽は、柔和な笑みのまま隣に腰掛ける。
授業もないというのに松下村塾に集まり、お喋りに興ずる子供達を見渡した。
「時が経つのは早いものです。あれほど小さかった子達が立派に成長しているんですから」
「なんかその言い方おっさんくさい」
「雪子?」
おっかしいな名前呼ばれただけなのに冷や汗かいちゃう……。
こほんと咳払いをすると、その圧力もなくなった。
「雪子もそうですよ。勿論あの子達も」
成長したと褒められるのは嬉しい
けどいくら松陽の言う事でもあれと一括りにされるのはなんか腹立つな。
「私は……まあ当然そうだろうけど? あいつらは退化してるの間違いじゃない」
「おや。素直じゃありませんね」
いやいや、自分に素直に生きるのは私の信念ですから。素直にっつーかやりたいことを貫くだけなんだけど。
「だってあのバカたち道場で稽古してるか、授業受けるかしかしてないよ。毎日同じことやっててさ、つまんなくないのかね」
「君は面白くないんですか?」
「うん。平和なのはいい事なんだろーけどねー」
刺激が欲しいんだよなー。
言葉にせずとも伝わったと思う。ホントにこの数ヶ月はなーんにもない生活を送っていた。
役人どもに動きはなし。老け顔のほっ……ほ、ほりかわ? ほりかわさんだっけ。堀川の連中もあれからちょっかいを出してこない。
だから安寧の日々が崩れる予兆もなし。ついでに外部からぽんとアクシデントが投げ込まれるわけがないのだ。
あるとしたら私が見つけてくる事なんだけど、それも望みは薄い。私の厄介事センサーが受信しないからだ。今命名したよ、厄介事センサー。素晴らしい名前だ。うん。
遥か遠くでは数年前に攘夷戦争が始まり、天人とかいう宇宙人と攘夷志士が戦なるものをやっているらしい、と風の噂で聞いた。
戦争がどんなもんか知らないが、なんだか面白そうな響きである。
脳内で戦争とはなんぞやと想像していると、まるで私の考えなんてお見通しだと言うように。
「……雪子。あんまりそれを、羨んではいけないよ」
一抹の憐憫を優しさで包んだような言い方。弾かれるように松陽を見た。
「私も君もようやく掴んだ居場所なんですよ。当たり前に続くと思ってはいけません」
紡ぐ言葉は幼子をあやすように温かで。
しかし表情を失くす松陽に初めて恐ろしさを感じた。
「知らないことは不幸でも、幸せなのだから」
明らかな矛盾。普段なら絶対に口にしないだろう類の発言に、厄介事センサーが警告を鳴らす。
「……ねぇ、松陽は、私の………」
その先は続かない。多分、言ってはいけない事だから。松陽の名付けた幸せを壊す事だから。意識的に言葉尻を弱くして、なんでもないと首を振る。
厄介事といっても松陽を悲しませるものは嫌だ。ならばと声色を明るくし、企み顔で言葉を捻じ曲げる。
「でもさ、ずっとこのままってのはなぁ」
「そんなに嫌ですか」
ふっと張り詰めた緊張が緩む。
松陽は苦笑いをすると、ふむと考え事をする。
「では……」
「あ、また学校通えとかはナシね」
「それは困りました。今度は松下村塾に来てはどうかと思ったんですが」
「えっ」
マジで? 昔、うるさいから嫌だって突っぱねたっきりお誘いされなかったから、もう無理だと思ってた。
塾での私の立ち位置は、道場で剣を学ぶガキどもからすると素手で銀時たちをねじ伏せる怪力女ってところか。ははは、笑えない。せめてご飯作ってくれる優しいお姉さんにして。
読み書きを教えてもらっている子供たちからは……なんだろ、遊んでくれない人付き合いの悪いやつ?
どれにしたって印象最悪だ。正直んなこと知ったこっちゃねェと切り捨てたい。でも松下村塾に正式に通うとなれば、イメージアップを図りたいところ。
だけど、ね……
松陽に個別で教えてもらえてるしいっかーと断ったのに、これからよろしくね! と掌返しするのは虫のいい話だ。つーか私の矜持に関わるといいますか、言い出しづらいといいますか。
口をもにょもにょさせていると、何を思ったか松陽は尋ねた。
「では、雪子はどうしたいんですか? 前は読書がしたいと言っていましたが」
「お、聞いちゃうそれ? でっかいこと言っちゃうよ?」
「言っちゃってください。私にできることなら叶えてみせますから」
試す口ぶりに自信に満ちた態度で松陽は言い返す。
ほほう、ならば叶えてもらおうじゃないか。
「じゃあ、旅に出たい」
「旅……ですか?」
予想外だったらしく、目をパチクリさせた。
「最初は近くのとこでいいの。慣れたら長期間、いずれは
漠然とした未来で、私が確かにやりたい事。それが旅だった。
いつだったかこの辺りに滞在した旅人さんの話を聞いたのがきっかけだ。書物の世界に広がる光景をこの目で見るって、とても素晴らしい事なんじゃないかと感じ、あ、面白そうなんて感想を抱いたのが始まりだ。
「きっと私を退屈させないでくれると期待してるんだ」
知らないことはたくさんあるのだと思う。見聞を広めれば、もっと面白くなるんだろう。その為にはやはり様々な場所に行ってみることが重要でして。
そんな理由でどうですかね? と隣に座る松陽に聞いてみる。
成長したとはいえ、一般的には成人したとは言えない年齢だ。タイミングが早かっただろうかと、ちょっぴり心配した。
しかし松陽は平然とした表情で。
「いいですよ、好きにして構いません」
「だよねー……え? ほんとに、いいの? マジで?」
「ええ」
松陽はすっかり冷めてしまったお茶を飲み、秋空を仰ぐ。
「ただ、君を一人で送り出すにはまだ早い。まずは私と一緒に行きましょうか」
「うん。……うん!」
やっほーいめっちゃ嬉しいんですけど!
にやける顔を隠そうともせず松陽のほうへもたれかかる。勢い余って太腿に頭が乗る姿勢となったが、何も言われないしいいや。
「あのね、行ってみたいところがあってさ……」
そうしてポンポン情報を出していく。
松陽は時折私の頭を撫でて、丁寧な相槌を打ち話を聞いてくれる。見たいもの、食べたいもの、次いで買いたいものを羅列すると、思い出したように口を開いた。
「あ、そうでした。私も欲しいものがあるんです」
「へえ、どんなの?」
「着物です。鮮やかな色合いのものを探してみようかと。帯も新調するつもりでしてね」
「ふぅん。なんか珍しい……というか意外だ」
松陽は質素な生活を基盤にするから新しいものを買う事はあまりない。それに派手な色合いは好まないんじゃなかったか。私と同じように落ち着いた色味の着物を着ているし。
「……数年共に暮らして、新たな発見があるとは」
「なに?」
「いえ、なんでもないですよ」
誤魔化すような笑顔に引っかかったが、追及しようとする私に先んじて松陽は人差し指を立てた。これは今から教えや提案をしますよ、という事を意味する。
自然と私は体勢を戻した。
「旅に出るんでしたら下準備が大切です。持ち物は後日揃えましょう。そして、雪子は女の子なんだから変な輩に絡まれても対処できるように、もっと強くならないとね」
「松陽が護ってくれるんじゃないの?」
「君は大人しく護られるタイプですか?」
よくわかってんじゃん。
冗談をあっさり看破されたが、なんだか楽しい気持ちだ。旅という未知の世界が待っているからだろう。
「んふふふ……」
自分でもキモいなーと思うけどつい表情が緩み出す。
その時は気づかなかったが、側から見ていた銀時が気持ち悪かったって後から言ってた。まさか見られてたとは……うおお恥ずかしい。
冷静になったところで。
銀時。オメー、しばくからな。