お家に帰ろう   作:睡眠人間

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初めての旅

旅への準備は整った。

菅笠を被り手甲と脚絆を装着して、草鞋を履いた松陽。普段の着物姿と異なり股引も着ている姿は新鮮だ。

かく言う私も似たような格好である。本来女性なら股引は着ないし服装も違ってくるのだが。

 

「くれぐれも気をつけて。戸締りには用心してください」

 

松下村塾の札を取り付けた木造の門、その下で言葉を交わす。

別に永遠のさよならとかそういうんじゃないから、そんな丁重な送り出しとかしなくていいんだけど、と思わずにはいられない。

 

「わかりました。先生も気をつけてくださいね。道中、何が起こるやもしれません」

「心配してくれてありがとう。大丈夫だよ。雪子も稽古に随分と励みましたし、二人とも簡単にやられるほどヤワではありませんから」

「そうだよ。ああ、でも襲ってきてくれたら返り討ちにしてやるのになぁ」

「雪子。少しは女子(おなご)らしく物静かにならんか」

「無理」

 

即答してやると呆れたように桂はため息を吐いた。私は自分の性格を気に入っているし変わるつもりはないからな。

 

「そっちこそ、抑止力(松陽)がいないからって勝手なことしないでよ。面白そうだし私がいる時にやってね」

「それはあのバカに言ってやれ」

 

銀時は今頃スヤスヤと夢の中だろう。

起きて私達が消えたことに驚くがいい。なんせ旅行すると言ったのは今朝なのだ。

 

「帰ってきたら俺と勝負しろ」

「そーだな、確か私が勝ってたっけ」

「いいや、32勝29敗で雪子が負けてる」

「なんでそこまで覚えてんの気持ち悪っ」

 

おっと、正直に言っただけなのに高杉くんに睨まれちまったぜ。んじゃとっとと出発してやろうか。

 

「三人でうまくやってくんだよ」

「では、いってきます」

 

振り向くと、高杉は頷き、桂はいってらっしゃいと微笑んでいた。

 

 

 

ほどほどに整備された道を歩き、時折見かけた野草が食べれるだの、この前あのバカが甘味作れと言っただの、たわい無い話をする。そうこうして進み続けること数日、目的地に辿り着いた。

 

「うわ、すごい。書物に書いてあった通りだ……」

 

石畳の道。軒を連ねる店屋。見たことがないぐらいたくさんの人々でごった返す参道。喧騒と歓声に包まれたそこは、私を大いに楽しませてくれる。キョロキョロと忙しなく視線を巡らす私に、松陽は手を差し伸べた。

 

「……もうそんな歳じゃないのに」

「あら。ちょっと前までは喜んで繋いでくれたのに」

 

誰もいないならむしろ歓迎するのだが、人前で堂々と甘えるのには抵抗がある年齢なのである。しかし悲しそうに手をぷらぷらさせるので、仕方なくぎゅっと掴んだ。

 

「迷子になられたら困るからね」

「ふふ。はいはい」

 

……なんだかものすごく子供扱いされている。むっと口を尖らせれば、ますます松陽の笑みは深くなった。

 

まずは神社でお参りを済ませる。

近所のおばあちゃんから参拝方法を学んでいたとはいえ、手順におかしな点は無かっただろうか。松陽に倣っていたし間違ってはいなかったはずだが、お願い事の内容が内容だ。

 

「松陽は何をお願いしたの?」

「みんながこれからも健やかに育ってくれますように、と」

 

雪子は……きっと面白い事が起きますようにでしょう?

からかうような目から顔をそらす。なんでわかったんですかね。

 

その後はご飯処へ。好きな味だったので店主に作り方を教えてもらい、日記手帳に書き記す。やけにすんなり教えてくれたなーと思うと。

 

「親子で旅行ですかい? 娘さん、お料理できるんすねェ」

「ええ。自慢の子です」

「ははは。お嬢ちゃん、おじちゃんのレシピをしっかり役立てるんだよ」

 

……なんだかものすごく子供扱い以下略。

親子と間違われたり、松陽の発言はとても嬉しかったけど、年の差以外私達に親子らしさはない気がする。髪も松陽みたいに色素が薄いわけでもないし、穏やかな所作とは無縁だ。大人しくないと自覚しているしな。

 

江戸とかいう地に近づいたとはいえ、まだまだ距離はあるので天人に出逢うことはない。その代わりに凄いものを見てしまった。

空を大きな鉄の塊が飛んでいった事。松陽が言うには、あれに天人が乗って攘夷戦争に参戦しているのだと。原理も全くわからなかったが、とんでもないことはわかった。うん。いつか乗ってみたいと思うけど果たして何年後になることやら。

松下村塾(小さな世界)を知り尽くしたところで、この世は未知で溢れているのである。それを体感しただけでも、旅に出た甲斐はあったというものだろう。

 

「あっ、松陽! 次あそこ! 早く!」

「お店は逃げませんから、走らず行きましょう?」

 

心が躍るまま、私は観光を楽しむことにした。

活気ある街はどこもかしこも騒がしい。グイグイ松陽の手を引いて、手当たり次第店に入っては気に入るもの探す。とはいえ必要な物、不要な物の分別はつく。本当に欲しいのか、買って後悔しないか……などと自分に問いかけて漸く買った。まあ食料関連は即決だったな。

 

「雪子、少しいいですか」

「なにー?」

 

ちょいちょいと手招きする松陽に着いて行った先は、呉服屋であった。広めの屋敷、色とりどりの織物が飾られるなか職人さんがせっせと働いている。視界に入るどれもが上物だ。松陽の予定通り着物を新調するんかねと思っていると。

 

「すみません。この子用に着物を購入したいのですが」

 

え? 何それ初耳。なんで急に。嬉しいけど何故。もしかしてこん前言ってたの聞かれてた? 嘘やろ。めっちゃ恥ずかしいやんけ……。

キャラじゃないと分かりきってるからこそ、かわいい女の子発言は聞かれたくなかった。言葉にできぬ思いを込めて松陽の手をぎゅうううっと握る。

 

「手を握り潰そうとするのはよしてください。君だとシャレになりません」

「……説明してくれる?」

「お年頃なので可愛らしいものに興味があると思って。雪子は全く欲しがらないし着物の話題にも食いついてきませんでしたから、自信はなかったんですけどね」

 

その反応だとアタリですか。

松陽の微笑みに、手の力を抜いた。

旅に出たいと言い出した時のあれはそういうことだったのか。てっきり松陽の分だと思っていたんだけど。

 

「……別に興味ねぇし。どーせ淑やかさもない怪力女に似合わないだろーし」

「そんなことないですよ。怪力女にも取り柄ぐらいあります」

「慰めてるの? それとも貶してるの?」

 

こほんと咳払い。

 

「ともかく、一枚ぐらいは立派なものがあってもいいでしょう? 日頃の感謝を込めて贈らせてくれますか」

「……うん。そこまで言うなら」

 

俯くけれど、松陽には赤く染まった頰が髪の隙間から覗いて見えただろう。恥ずかしいが、これだけは言うべきだ。

 

「ありがと……」

 

ちっさな声で今にも消え入りそうだったが、松陽は優しい表情で頷いた。

 

まずは着物と帯を決めてから小物も揃えてしまおうと松陽が提案した。目移りしてしまうほどずらりと並べられた着物から、好みの色や柄を選ぶ。子供用なので金赤とか撫子色とか菜の花色とか、目を引く鮮やかなものが多い。街ですれ違った少女らもそうだったなと思い返した。

 

見つけたのは、白群(びゃくぐん)色の着物。彩度の高い桜の花が散りばめられ、金色の細線が引かれた真っ白な帯によく合う。

 

「似合いますよ、雪子」

「ほんと?」

 

ありがとうございましたと見送られ、ホクホク顔で店を後にする。贈り物だからと私には持たせてくれなかった。膨らみのある包装を見つめ、んふふと笑う。

 

「着る機会がないのが残念だねー」

「作ればいいじゃないですか」

「下手に出して汚したくないからさ」

「では、いつかでいいので着てくださいよ」

 

楽しい気持ちで一日中あちこち歩き回り、夕方になった頃に旅籠に着いた。

食事やお風呂を済ませ、案内された部屋で購入した物品を整理する。

 

ひと段落ついたところで旅行記の続きを書く。

 

松陽が着物を買ってくれた。正直、すごく嬉しかった。もったいなくて着れないぐらい、とても綺麗で美しい。あいつらにも見せてやろうか。いやざっくり流されるに決まってる。やっぱりやめとこう。あとなんか、照れるし。

 

とか。

 

私はくれたお金で主に書物を買った。あとは日持ちする食料とか香辛料。買い食いしまくって残りわずかで、なるほど銀時が小遣いをパッと使い果たしてしまうわけである。まあ増やしてあげる予定はないけどね。

 

とか。

 

甘味屋さんに行った時、味を気に入った松陽にウチでも食べたいって言われた。優しい女将さんに教えてもらった材料は後で集めるとして、あの味をどう再現するかが難しい。練習したいからあいつらに食わせるか……。

 

そこで筆先が止まった。

 

「んん? いやいや、は?」

 

なんで文末にあいつらが出てくんの。え、気持ち悪いんだけど。

考え込むうちに文字がふやけ黒が広がっていく。

ええい、もうどうでもいいわ。すぐに筆を置いて、畳に転がった。その動作を感じ取ると、行灯に照らされ淡く光る後ろ髪が揺れた。

 

「書き終わりましたか?」

「途中までね。続きはまた今度でいいや」

 

松陽はおちょこに注がれた酒を飲みつつ、闇に浮かぶ月を眺めていた。

そういえば松下村塾に通う女の子の愚痴でおとーさんが限度を考えずに飲むから大変なんて話があった。

しかし松陽は酒豪なようで酔っ払うどころか顔色ひとつ変えはしない。それは旅行先でも同じだった。

 

「今頃、銀時達は何をしていますかね」

「いつも変わんないんじゃない?」

 

しっかりした口調で問われたことに、眉を下げて笑った。

食料はある。もちろん私がいない間に食べきれず腐らないよう量は減らしてあるよ。で、最近台所に立ち始めた高杉はともかく銀時と桂の調理技術はそこそこ。私がいなくとも栄養バランスの良い料理はできるだろう。

あいつらは食後にだらだらするとか三味線弾くとか野良猫をモフりにいくとか、好き勝手やっている。だから私はそう言ったんだけど。

 

「意外と三人仲良くやってるかもしれませんよ」

 

ぽっかり穴が空いたような夜空を見上げ、松陽はゆるりと口元に弧を描く。

 

 

それから多くの美しい光景を見て回り、初めて体験する事もたくさんあった。残念ながら攘夷浪士と会わなかったが私の世界を広げてくれた良い旅行だ。

 

ずっしり重くなった荷物ーーといっても私には羽が生えたように感じるーーを背負い、一から話をしてやろうとワクワクしながら懐かしの我が家に帰る。松下村塾の門をくぐり玄関へ。ガララと戸を開き、息を吸ったところで。

 

「え……」

 

廊下に物が散乱し、襖は倒れ障子の紙は破られている。一瞬入る家を間違えたのかと思った。しかし玄関に並べられた履物には見覚えがあるし、何より松陽の強張った顔が正しいのだと証明している。

 

いやに静かだった。足を踏み出す音が大きく響き、拍動が(かしま)しい。何があったんだろうか、誰がこんな事を……。

 

震える指で、居間への戸を開いた。そこも凄惨な状況だ。鼻につく匂いがする。衣類はばら撒かれ足の踏み場もなく、壁に掛けられた飾り物は落下し割れている。枕の綿毛が飛び、白が床に散っていた。その中で、別の、白いフワフワな、

 

刹那、浮かんだ最悪の想像に心臓が凍りつき、駆け寄る。ぐたりと伏せる銀時の肩を抱き寄せた。

 

「銀時! しっかりして、何があったの! どうしてっ、起きてよ、お願い……」

 

視界が潤む、声が揺らぐ、鼻の奥がツンとなる。泣き出す一歩手前の私は、真っ赤な瞳に映った顔を見て酷ェ面だと思っ………

 

「あ、おかえりー」

「えっ、た、ただいま……?」

「あれ、何この体勢。久しぶりだからって距離近くない? そんなに寂しかった?」

「はっ……はああああ!?」

 

銀時は欠伸をして起き上がる。ちょっと待って、混乱してるんだが。涙腺が引っ込んだ私は、次第に周囲を見回す冷静さを取り戻した。よく見れば高杉も桂も倒れていて、ぐったりと……いやぐっすり眠っている。

 

とりあえず無事なようで安堵した。力が抜けてぺたんと座り込む。なんだ、私の早とちりか。そう納得しかけ、いやいやと首を振る。生意気な銀時の態度から、外部から手を出されたわけではないのだろう。つまり内側ーーすなわち銀時、高杉、桂の三人がこの攘夷浪士に荒らされたような空間を作ったのだ。ふつふつと怒りが湧き上がってくるが、もう拳を握る気も失せた。

 

「銀時。私達が旅行に出た間に何があったんですか」

「普通だよ。飯食って稽古して寝ての繰り返し」

「それがどうしてこんな状態になるんです……」

 

松陽の声には呆れが滲み出ている。銀時はぽりぽり首筋を掻いて、死んだ目を閉じた。

 

「いつだっけな。誰が将になるとか石頭がどうとか言ってたのが、いつのまにかガチ枕投げに変わって、部屋ちらかっても片付けんのメンドくさいしこのままでも無問題だから放置してた」

「バカなの? ねぇバカなの?」

「うるせーな。生きてたんだからいいだろうが」

「お前はそうかもしれないけど。高杉と桂はしっかりしてるよね、なのに……」

 

待て、確かに二人はしっかり者だ。しかしそれは銀時(バカ)が関わらない時であって。松陽もいないんじゃ暴走するんじゃ……。桂がストッパーになってくれるかと思ってたんだが、あれもポンコツみたいなもんだし。高杉は論外な。

 

察するに、洗濯物も畳まずにーーずっと同じものを着てたわけではないだろう。さすがに。しかしこの臭いは……やだもう何も考えたくないーー生活は一応送れたようだが、評価する以前の話だ。昼夜逆転し、部屋も片さず、そこらへんに雑魚寝、室内で暴れ、それでいてこの余裕っぷり……ほう。

 

「ねぇ銀時、今すぐそこのバカどもを起こして部屋を片付けるのと、死ぬのとどっちがいい」

「おいおい、何言っ……」

 

振り返った銀時の顔から血の気が引いていく。おかしいな。私はとっても笑顔なだけなんだけど。どうする? とにっこり笑えば、前者を選んだ銀時。起きろ殺されるぞおおお!! なんて全力で高杉と桂を叩く。部屋はあいつらがどうにかするとして、早急に取り掛からねばならないのは食事だ。時間かかるしな。

 

「松陽、ご飯作るの手伝ってくれる?」

「もちろん」

 

クタクタだってのになんで料理しないといけないんだっつーの。大きいため息を吐くと、不意に松陽は笑った。

 

「どーした?」

「雪子はやっぱり、今のほうが生き生きしていますね」

「そりゃあのバカどもをしごけるんだよ。楽しいに決まってる」

「……そうですか」

 

違う……とでも言いたげな松陽に、私は首を傾げた。その後数日がかりで松下村塾を元通りにしたバカの一人は、私の笑顔がトラウマになったらしい。ほらね、可愛い笑顔なんて浮かべたらこのザマだよ、まったく。




松陽と雪子が旅行中、三人で道場稽古し、桂のことをヅラと呼ぶようになります。雪子も面白がってヅラ呼びし始めることでしょう。
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