お家に帰ろう   作:睡眠人間

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お正月

ーーーッ、ーーーーーー‼︎

 

視界を埋め尽くす赤、赤、赤。焦点が合わず朧げにしか捉えられぬそれは、確かな悪意でもって襲いくる。私は受け入れ、否、食らいつくされるのをただ見ていた。声は出ない。苦しい。無性に駆け出したい気持ちになって、失った痛みに胸がぐちゃぐちゃになる。

 

ーーーーぁーー‼︎

 

耳を塞いで蹲った。そこに鼓膜を破らんとする音の暴力。誰かの慟哭にも怒号にも似ている。それでいて、心を踏み荒す声に、ぼろぼろと涙が溢れた。

 

食いしばった歯の隙間から声が絞り出される寸前。

ぱしゃんと弾けた。

 

 

「ッ、はっ……、は……はあ……」

 

意識が浮上する。心拍数が上がって、息苦しさに咳き込んだ。落ち着け、と何度も念じて変わらぬ天井、見慣れた部屋であることに安堵。呼吸を整える。

 

なんだ、さっきの。心臓を握り潰されたかのような恐怖。ぞわっと身体中に悪寒が走り、布団に潜り込みたい衝動に駆られる。ほとんど消え去ったけれど、未だに残り香が纏わりつく。目を閉じて深呼吸をすると、だんだん気にならなくなっていった。

 

「はぁー……嫌な夢見たわー」

 

軽い口調ですっぱり片付けてしまうと、起き上がる。冴えた頭はすんなりとやるべき事を導いた。

 

「……おせちっ」

 

大晦日まで大掃除を強制したので居間は整然としており、襖を開くと澄んだ空気が肌を撫でて、ぷるっと震える。しんしんと冷えた桶の水で手を洗い、料理を始めた。

 

今日はお正月なのである。

初夢に悪夢ーー記憶飛んでったけどーー見るとか最悪だよ。今年一年は厄年か? 自分に都合の良いものだけ拾う癖があるし、嫌なものは知らんぷりをする私からすれば、あんまし信じちゃいないが気持ちの問題だ。初詣とか信仰心ない人がやっても効果なさそうじゃん?

 

ま、それはそれ。これはこれか。

今日はご近所回って金もらっ……お年玉を頂戴し、少し遠くにある有名な神社へお参りしに行くのだ。あいつら起こして準備させないと。……ところで前のお願い事、叶うのかね? こうして結果だけを求める人がいるのもよくないんだろうなぁ。

 

おせちは最後の仕上げにかかる頃、松陽が起きてきた。

あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします。例年通りのやり取りをして、お互いくすりと微笑む。

 

「そうだ、先に渡しておきますね」

「おっ? え、マジか」

「次の旅行の計画を練っているんです。今、銀時達を連れて行こうか迷ってるんですけど」

「ありがとう松陽。でもあいつらは置いていこう」

 

お年玉をもらい、去年よりも額が増えていることに成長したんだなぁと喜びを感じる。もはや条件反射で隠しとこうと部屋に戻ろうとする私に。

 

「雪子、あとは私がしておきますから、着替えてらっしゃい」

「まさかあれに?」

「ええ。せっかくですし、ご近所に新年のご挨拶回りをするついでに着物を見てもらいましょう」

 

おおー、ついにあれを着る機会がやって来たかー。自室の箪笥から取り出した、淡い青に紅を散らした可憐な着物に袖を通す。白金の帯を締め、濃紺色した根付で飾れば、しゃんと背筋が伸びた。髪をくるりとねじり簪を刺し、真っ直ぐ鏡を見つめる。

そこには深窓の令嬢のように、清廉で儚げな少女がいた。普段の私は着物が地味だしちょっとボロいし、髪いじってないから粗野な印象を与える。だがどうだ今は。静謐な瞳がこちらを見据え、微かな吐息を零す。うん、どう見たってかわいくない? 自画自賛しちゃうレベルじゃない? 着飾っていれば綺麗じゃない?

ふふんと優越感に浸っていると、後ろの襖が開かれる。

 

「少しいいか?」

「ノックもなしに女子部屋に入るのはどうかと思うよ? もし私が着替え中だったらどうすんだよ。見たいわけ?」

 

うわやだーと腕を抱えると、ヅラのほうが呆れた顔をしていた。

 

「襖にどうノックしろと言うのだ。猫にエサをやりたいのだが、台所から頂戴するぞ」

「はいはい、好きにしな」

 

一々報告すんのは偉いと思うけど、面倒じゃないのかねあいつは。踵を返すヅラのすぐ後。

 

「おい。そろそろ食べるぞ。先生がお呼びだ」

「へーい。すぐ行くって言っといて」

 

準備をバッチリ終えた高杉は、早くしろと行ってしまった。どれどれ、私も居間に向かうかな。腰を上げて、鏡の中の自分と目が合う。ぱちぱちと目を瞬かせ。

 

「何も言わないって酷くない?」

 

あいつらちったぁリアクションしろよ。それとも誰かわかんなかったの? おい。期待してたわけじゃないよ、ほんとに。うん、ほんとに。けどさ、雰囲気変わった? とか言ってもいいじゃん。いや雰囲気どころか色々変わってんだけど。こりゃあのバカもダメだな。絶対ェ無反応だ。断言できるわ。

 

そういやバカ起きたんかな。ちらっと部屋を覗くとやはり膨らみがある。いつもの調子で近づこうとして、自分の格好を見下ろした。

 

……まあ、今日ぐらいはね。

楚々とした動作を意識しーーイメージは通わせられてた学校のスパルタ教員ーーしずしず歩く。裾に気をつけて正座すると、優しく揺さぶった。

 

「起きろ」

 

しかし起きない。そもそも力で毎日起こしてんだから、こんな甘っちょろいやり方で目を覚ますわけがないんだ。よし、と拳を握ったところで、銀時が身じろぎする。

 

「あけましておめでとう」

「……おお」

「今年もよろしく」

「ああ……」

 

寝ぼけてるらしく、テキトーな返事だ。いつもそうだが。ふんっと息を吐いて退出しようとする。その背中に声を投げかけられた。

 

「おい、お前……」

「………!」

 

い、言うのか……? 魚が死んだような目してるからこそ、私の姿が違って見えるのかもしれん。少し、ほんとに少しだけわくわくしながら先を促すと、銀時は耳クソをほじくりゆたーっと口を開く。

 

「一体どちら様? こんなやついたっけ?」

「………」

「おねーさんね、いきなりいい女面しても無駄だよ? フラグだよ? パッと出てはい死ぬーみたいなァ。そんなの読者不満だらけだし展開急過ぎてついてけない……グボァ!!」

「何言いたいのかさっぱりだけど……ムカつく」

 

腹パンされて悶絶するバカはほっとく。なんだかもう、むしゃくしゃする。最悪だ。あれだ、消化不良だったところにさらにどろどろに甘い餡子胃袋に打ち込むようなもんだよ。消化不良になったことないけど。餡子とかウェルカムだけど。床が抜けない程度にドスドス進む。その音に気づき、私を見て松陽は言う。

 

「すごく綺麗になりましたね。やっぱり女の子は着飾ってみたいものでしょう」

 

最高だ。全てが浄化された気分になった。

おせちを集りに来た松下村塾のガキどもは、私の身なりに驚く。そりゃそうだ、今まで一回もこんな格好したことねぇし。

 

「わー、すごーい」

「雪子ねーちゃんきれーい」

「……誰? ボゴパァッ!」

「ふ、ふんっ。怪力女がオシャレしてるだけ……だッ!?」

 

失礼な口をきくヤローには鉄拳を食らわせる。それでもまぁ、嬉しかった。顔をそらしてモゴモゴお礼を言ってたら、なんか松陽の生暖かい視線がめっちゃ注がれた。恥ずかしい。

 

賑やかな朝を迎え、自分家じゃないくせに居座るガキどもが帰る前に、松陽は提案する。

 

「年初めですし、写真撮りませんか」

 

道具はあった。松下村塾生の保護者の一人にお願いし、みんなで門前に並ぶ。めんどくせぇと呟く銀時の手は、ちゃっかり松陽の刀が握られていた。身嗜みを整え出遅れた私が見たところ、松陽の隣は高杉とヅラで埋まっている。しかし大人しく端っこに立つ私じゃない。

 

「どいてくれない? 松陽の隣(そこ)は私の場所だ」

「先着だぞ。それにいつまでも隣にいれると思うな。予行練習だろう」

「なんの」

「反抗期の」

 

ヅラは真面目な顔してちょっとわかんない事を言い出すから困る。私、反抗期に入らなさそうなんだよなぁ。ぶっちゃけ昔も今も思いは変わってないからだ。いやもうほんとに何言ってんだか。

 

案外いけなかった事に舌打ちし、もう一人に目を向ける。

 

「邪魔」

「ヅラの時と態度違い過ぎんだろーが」

「そう変わっちゃいねェよ。細けーこといいからのけや」

「断る。オメーの為になんで俺が動かにゃならねェ」

 

当然だが高杉も断固として拒否した。ジロリと睨み合い、均衡状態に入った。松陽が困り笑顔になり、くああっと銀時が欠伸をする。

 

パシャリ。

鳴ったシャッター音の方へ二人揃って顔を向ける。撮影係の保護者の人がヒッと首をすくませた。

 

「すみません。もう一枚撮っていただけますか? こいつと向かい合った写真とか微塵も欲しくないので。見たくないので」

「言い方が気にくわねえーが概ね同意だ。おい、その写真あとで粉々に破り捨てておけよ」

「は、はい……」

「まあまあ二人とも、落ち着いてください。雪子、こちらに来なさい」

 

優しい声に誘われるまま近づくと、松陽はやや屈んで言う。

 

「今の姿を残しておきたいんです。誰の隣だとかこだわる必要はないんですよ」

「えー。でもさぁ……」

「雪子?」

「はぁー……わかったよ、端っこに行けばいーんでしょ」

 

移動する私の肩を何かが叩く。振り向けば、銀時が自分の隣をくいっと指差した。

 

「しょうがねーな。ここなら空いてるぞ」

「銀時……」

「記念に残るんだ。んな不貞腐れた顔しちゃ台無しだぜ」

「いや天パ菌移るからいい」

 

ふいっと素通りしようとすると、グリグリ刀で押される。

 

「うつんねーよ! いやうつしたろか!?」

「やめてよほんとにやめろ、私も天パになんだろ! ぐにゃぐにゃ天然パーマはお里にお帰り!」

「天パを悪者扱いすんな! 天パだってなぁ! 毎日必死こいて暮らしてんだよ!」

「何の話だ!」

 

騒げば、またパシャリと鳴った。だからさ保護者さん。何を基準にして撮ってんの。その後はピシッとして写真を撮ってもらった。大変残念ながら私は高杉と銀時の間に収まったけれど、最後にはみんな笑顔だった。

 

 

神社は初詣に来る参拝客でごった返す。なんかさ、旅出た時はこういうのもキラキラして見えたんだけど、今見るとそうでもない。むしろ煩わしくまである。

 

私達の順番になって、お賽銭を入れると松陽がカランカランと鈴を鳴らした。二礼二拍手し、目を瞑る。うーん、何をお願いしますかね。ちらっと薄目を開ければ、松陽が静かな顔でお祈りしているのが目に入る。ヅラも高杉も似たような表情だったが、銀時はむむっと眉根を寄せてた。神様よ甘いもんをたらふく食べさせてくださいとかそんなだろう。口角が上がってしまい、私は慌ててきゅっと唇を横一文字に結ぶ。

 

えと、願い事願い事……

面白い事ってーのは前にも願ったし。じゃあ、そうだな……

 

この生活が、ずっとじゃなくてもいいから、続きますように。

 

 

ついでだからおみくじを引いた。せーので紙を開く。

 

「おやおや、凶ですか……」

「先生、落ち込まないでください。俺の中吉と代えます?」

「ふっ、くだらねェ。たかが紙切れ一枚で一年左右されちゃたまんねェよ」

「プクク。高杉くんよォ。末吉とか中途半端なの引いてどんま〜い。まっ、俺は大吉だけど?」

 

喜び嘆く男ども。その隣で私はくしゃりと紙を握りつぶした。

 

「で、雪子は?」

「もちろん大吉でしたけど? この私が悪いの引くわけないじゃん?」

「いや怪し過ぎるだろ。ちょっと手の中見せろや」

「わー、わー! やめてっ、どこ触ってんだよ変態!」

「手だよ!!」

 

力では私に敵わない。ぐぬぬと二人がかりで掌を開こうとするバカどもを宥めるように、松陽はポンと頭に手を置く。

 

「まあまあ、嫌がっているのに無理やりは良くありませんよ」

「そーだよ。用もすんだしさっさと帰ろ」

「雪子、急に不機嫌になったな」

 

そう言うヅラに一瞥くれてやると、私は先を歩く。途中で落とした大凶は、踏まれて読めなくなっただろう。私は自分に都合の悪いものは見ないフリをする主義だ。だけど、刻まれたあの字は脳から消えてくれないかもしれない。

 

「……ほんと、紙切れに振り回されたくないよ」

 

 

その後、ご近所回りを終えた帰り道。満足そうにむふーっと笑うのは銀時だ。

 

「うっはガッポリ稼いだぜ……。子供って最高だな。もうずっとガキでいいや」

 

ご挨拶ついでにいただいたお年玉は、多くの人にもらったからそれなりの量だ。あの様子だと一気に使い果たすだろうがな。

 

「大切に使うんですよ」

「その通りだ。銀時、お前はなぜ学ばない」

「先に言っておくが俺もヅラもテメェには一銭たりとも貨さねーぞ」

「へーへー、わかってますって」

 

ひくっと高杉の眉が動く。また口喧嘩が始まるのか……とげんなりするヅラだったが、私はいつ参戦してやろうかとほくそ笑む。これだよこれ、団欒とか安心すっけどつまらんし。

 

ふと私の格好を見て、松陽は勧める。

 

「雪子、そろそろ編笠を新しくしましょうか」

「んー、大丈夫。まだ被れるよ」

 

触ってみるとザラザラを通り越してボロボロな手触りだ。それもそのはず、外出時には必ず装着してるからな。だが使えないってほどじゃない。

 

「じゃあこれ壊れたらでいーよ。そんなに気にしてないし」

「おや。せっかく綺麗な髪飾りと着物なのに。これで可愛らしい柄の傘でもあれば完璧じゃないですか?」

「松陽が言うのそれ? つか、ほんとにいいから」

 

どーせ松陽の他には無粋なバカしかいないし。そんな言葉が浮かんだけれど、けちょんけちょんにしてやった。あれ、前も似たような事があったような。うーんと首を捻る私の背後で、高杉とヅラが顔を見合わせていた。

 

 

 




これでもかってぐらいフラグ立ててやりましたよ!!(すっきり)

今更ですが作者は江戸時代の文化とか全く知りません。この時代、カメラがどうなっていたかわかりませんが、銀魂ならいけるって信じてる。某EDにも松下村塾時代の写真あったし、大丈夫大丈夫。

天人のおかげで少しは文明が発達しているってイメージです。

彼らが一緒にいたって記録を残して欲しかったので。

多分それぞれの教本に写真は挟まれますから、いずれ銀さんの分はラーメンこぼして捨てられる……かもしれません。
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