松下村塾の門前に立つ私は、そろそろと落ち着きなく足を動かす。一昨日から時間が空きさえすれば、こうして松陽の、ついでにあいつらの帰りを待っているのだ。
ちなみに銀時はめんどうだからって断った。今日に至っては朝に返事もしなかったし、イラッとした私は知らんぷりを決めることにした。
手を擦り合わせて寒さに耐える。勢いは収まったものの未だ雪は止まず、耳がじんじんと痛い。
今日も帰ってこないのかな。もしかして、何か良からぬ事に巻き込まれているのでは……そう考えては否定する。
松陽がいるんだから身を危険にさらすことはないだろう。つーかそんな事起きてたら私が許さん。だって面白そうじゃない。
睨むようにして道の先を眺めていると、夕闇が濃くなっていく頃、やがてぽつんと小さな人影が現れた。遠目でもわかる。
「松陽ー! ……とヅラと、高すっ……」
ぶんぶん振っていた手は、中途半端に下げてしまう。あれ、高杉おぶられてない? 気のせい?
真相を明らかにすべく走ると、気づいた松陽が困ったような笑みをする。
「雪子、ただいま」
「お帰りなさい。どしたのそいつ」
松陽に背負われた高杉を指して言うが、本人からは何のアクションも起きない。死んだ? 死んだんかな。死んでんじゃない?
代わりに大きな荷物を抱えるヅラが答えた。
「おそらく風邪だな。加えて発熱している。完治してからでも構わないと言うのに、断固として今すぐ帰ると言って聞かんのだ」
素っ気ない声音だけど、その顔には心配がありありと浮かんでいる。
察するに、旅行中に熱を出した高杉は予定通りに帰る事を望んだ。松陽とヅラは旅先で治したほうが良いと判断するも、結局二人が押される形で数日遅れのご帰還か。
「……バカだねまったく。松陽、ちょっとしゃがんで」
「はい?」
「いーから」
不思議そうに首を傾げ、言った通りに膝を曲げる。ちょうどいい高さになると、帯を掴んで移動させて高杉を背負った。一応年の近い男の子を抱えているはずだが、大した重みを感じない。
結構荒っぽい動作にも関わらず目を覚まさないな。相当つらいのかも。慎重に背負い直し、歩く。
「ありがとう雪子。やっぱり君は優しいね」
「病人には流石に」
やだなーそれくらいの気遣いはありますって。
明後日の方向を見ながら頷く。松陽に半分荷物を持ってもらい、身軽になったヅラがとてとてと横に並んだ。
「銀時はどうした?」
「知らないよあんなの」
「喧嘩でもしたのか?」
「してない」
端的な返答に、二人は顔を見合わせる。
言ってやろうかね、あのぶきっちょさを! 一緒の出迎えを拒否された私の気持ちを! 生活面においては器用なくせにこういう時は素直じゃないんだから。
思い返してぷりぷりしてきた私は、高杉を寝かせてから乱暴に襖を開く。
「銀時、みんなが帰ってきたよ。だから引きこもってないで出てこ……」
畳をミミズみてェに這いずる銀時がすぐそこにいて、語気が弱くなる。視線を下に固定し、何してんの? と問いかけて、やめた。布団から覗いた肌が赤く、乱れた呼吸と、おでこから伝わる熱気がこれでもかと主張してくる。
「けほけほっ、雪子ぉー……」
「ん?」
「俺熱あるわ……ごほっ」
「だろうねぇ」
朝からこんなだったんか。なんで気づかなかったんだろう。一滴ほど後悔して、銀時をかつぐ。ひょいとあっさり背負われるが抵抗はない。
「どこ連れて行くんだこのヤロー……けほっ」
「実はねー、もう一人いんだよねー」
連れて行かれた一室では、既に高杉が寝かされていた。銀時が嫌そうな顔するのは予測済み。だから一室にまとめようってなったんだよね。あとは感染したくないってのもあるけど。
「じゃ、これから風邪治るまで寝とけよ」
「お粥を、たまご粥を……ごほ、たくあんもつけてくれェ」
「はいはい」
襖を閉めると、苦しそうな息遣いや激しい咳が漏れてくる。高杉のは旅行先でもらったとして、銀時のは私が原因だろう。ええ、自覚はしますとも。反省はしないけど。
しかし参ったな。旅行は帰ってきてからが大変だというのに、下僕が全滅するとは思わなかった。洗濯とか衣服の補修ほか色々、後片付けがあるからね。居間へ向かうと、荷ほどきをする松陽が申し訳なさそうに言った。
「雪子、頼みがあります」
「え、何」
「あの二人の看病を任せます」
うん、そう来るとわかってたよ。わかった、と了承する私は自分で言うのはあれだけど珍しい。松陽には理由なんてまるっきりお見通しのようだ。
「どうせ雪合戦でひたすら雪を投げつけたとか、そんなでしょう」
「うーんどうでしょうねー」
松陽相手にすぐ認めるのは憚られたので言葉を濁し、立ち上がる。まあ任されたので、頑張りますかね。まずは桶に水入れて運ぶか。
やる気を出すその後ろで、松陽とヅラはこそっと耳打ちし合う。
「あれ、いつあげるつもりですか」
「高杉次第ですかね。それまでやつの荷物には手をつけないでおきましょう」
ーーー
「あ、あのー、やめたほうがいいんじゃないですかねェ……」
「は? なんで?」
せっかく熱々のお粥をあーんしてあげようと思ったのに。作り笑顔を引っ込めると、れんげを器に戻す。とろりと黄色のお粥が湯気を昇らせ、添えられた手作りのたくあんが熱くなっていった。
「だってよォ、オメーの目が完全に遊んでる目だしさァ……げほっ」
「気のせいだよ気のせい」
そうだよ、器ごと顔面にぶつけようなんて考えてないから。ほんとに。
気のせいなわけあるかァ! と咳まじりに叫ばれる。おお、その声量でも高杉起きないのね。
隣の銀時は割と元気なんだけど、高杉は昨日からずっと寝っぱなしだ。
流石に大丈夫かな、とぬるくなった額の布を水で冷やす。きゅっと絞って、広げた布を顔全体にかけてやる。あ、これ不謹慎だからやめとこ。
すぐにおでこにだけ冷やすようにすると、高杉の寝顔が穏やかになった気がした。いや、勘違いでした。微塵も変わってない。
「そういえばね、近所のおばあちゃんが風邪に効くからってネギをくれたんだよ。あとで首に巻くか尻の穴にぶち込むかなんかしとくね」
「ケツにそんなもん入らないから! こほっ、出口だから!」
銀時にも同じ事をする。白いふわふわの前髪をのかし、つるんとしたおでこに手を当てた。うん、熱いね。さっき水に浸したから自分の手は冷たかった。
「はぁー……冷てェ……」
「冷たいのがいいならここに水があるけど」
「かけんな。手で十分だぜ。ゲホッ」
するりと指を離す。その言い方むかつくんですけど。
一晩経って少し楽になったようで、上体を起こしてお粥を食べ始める。一口をはふっと頬張る姿をなんとなく眺めていると、じりっと細められた瞳が此方を向く。
「そんなに熱烈に見られたら食いにくいんですけどォ」
「じゃあもっと見つめる」
即答してやると、口元をもにょもにょさせて、銀時は何か言いたげにする。なんや。言いたい事あるならさっさ言わんかい。
けれど、その先は口にされない。もぞりと隣の毛布が動き、ようやく高杉が目を覚ました。
「………、ここどこだ」
「やーね、寝ぼけてんの? ウチだよ」
そうか、と力なく呟く。やだ鼻声の高杉笑えるんだけど。これは高杉くんじゃなくて晋助ちゃんって呼んであげたい。
「晋ちゃんは疲れてたのかな? だから帰ってくる時はおんぶされて寝てたんだよね。子どもかな?」
「うるせェな、晋ちゃんじゃねェよ」
続くガキじゃない、と否定する声は銀時の笑い声で潰された。
「ぎゃははは、ゲホッ、晋ちゃんだってよ、ゴホッ、ダッセェェェ!!」
「晋ちゃんじゃねェっつってんだろーが!」
寝続けた高杉は銀時よりも軽症で、声を張り上げも平気そうにする。しかし風邪は風邪、体力をバカな事に使った二人は、ぜーはーぜーはー呼吸を繰り返し、大人しくなる。
「どうしたの……お前らが静かなんて、熱があるとしか……」
「今! 絶賛熱でてんだろーが!」
「あ、そうだったねー。銀ちゃんがあまりに元気そうだからさー」
「オメーの目は節穴ですかァァ? それに銀ちゃんって何だよ、わけわかんな──」
ひゅう、と一筋の風が吹いた。私の手刀が銀時の首筋を正確に捉え、白目向いて気絶させたのである。これ外したら相当痛いらしいね。練習台になってくれたほっ……ほし、ほりうち、ほりかわ? 堀川さん達がその身を持ってして実演してくれました。まあ後ろからやりまくっただけなんだけど。
「そうだ、聞きたかったんだけどさ。熱出た時、今すぐ帰りたいって駄々こねたらしいね? 晋ちゃんはそんなに恋しかったのかな?」
にやりと口角を上げて、煽るような表情で横になる高杉を見下ろす。
「そーゆーことは、本人の口から是が非でも聞かせてもらわないとね」
トドメに作り笑顔で口にする。高杉は嫌そうに眉をひそめると、舌打ちした。
「駄々こねてねェよ。ただ、金の問題だろうが」
「え? ……お金?」
「ああ。俺のせいで何日も旅籠屋に泊まるわけにもいかねェ。それに自然治癒に任せりゃいい」
うん……うん? 素直に言ってはくれないよね、とはわかってたけど、全然違うしひっかかりを覚える理由に首をひねる。
なんかさ、熱もある事だし、こう……早く会いたかったとかさ、そういう理由かなーっとニヤニヤしてた私の純情を返して。あれ、高杉がそんな事思ってたかもって想像してみると、案外そうでもないな。むしろ鳥肌が立つほど恐ろしい。
ああ、そう……と引き攣った顔で返事をする。
やりたい事なくなったし、長居したくないから部屋を出よう。
「雪子。あれ渡されたか」
「何それ」
「俺の荷物入れに刺さっているはずだ。勝手にとっていい」
「ゴミじゃないよね?」
「いや、ゴミだな。俺達にとっては」
「じゃあいらねェ」
寝返りを打って、布団を頭から被ってしまった高杉。え、ほんとにゴミなの? いらないんだけど。上から投げつけてやろうか。
居間に放置されていたやつの荷物入れに、確かに紙でぐるぐる巻きされた棒状のゴミが差し込まれていた。あんまり注視してなかったから気づかなかった。
ゴミ処理させようとしてんのあいつ? この私に? ストレートにむかつくな。そんな思いを込めて抜くと、その拍子にびりっと紙と袋が裂け、隙間から赤が覗く。どうやら二重に包まれているらしい。ん? と乱雑に扱っていた手を止めて、慎重に紙──いや包装を解き、袋から取り出す。
通りかかったヅラが近づいてくると、得意げにこれを選んだ経緯を話した。
「贈り物でも渡してやろうと思ってな。高杉と相談してこれにしたんだ。花柄が良いと聞いたとはいえ、一本に絞り込むのは大変だったんだぞ」
それは花柄を模した傘だった。白や桃が花弁を形作り、下地の紅を大胆に、華やかに彩る。持ち手をつつと撫でれば滑らかな感触が掌に馴染んだ。ぱっと一輪の花が咲くように、美しく可愛らしい傘。
しばらく無言で傘をさしたり柄を見つめたりし、満足してから閉じる。ずしっと重みがあるのは、きっとそれだけ嬉しかったんだと思う。
「……雪子?」
何も言わないのが不安を掻き立てたようで、さっきの自信はなんだったのってぐらい、沈んだ声だった。
「まさか、気に入らなかったのか? 数時間かけて選び抜いたのだが、俺達にはこれが限界だったんだ。周りが
「ヅラ。……ありがとう」
心の底から嬉しかった。傘もだけど、その為に考えてくれたのがもっと温かな気持ちにさせる。
照れもあったがまずは感謝を告げる。年相応の微笑みで気に入ったと伝えると、ヅラもほっと安心した笑顔を見せた。
初めて───の出し方を知りました。
ところで漫画にある手刀でトンッてするやつ、現実じゃ難しいそうですね。でもまあ小説内だしリアルじゃなくていっか、と使いました。
これで着物、簪、傘が揃ったね!
でも肝心のヤローからは何一つもらっちゃいないよ。どうするんだろうね!