そんなわけで、ほのぼのーな話が思いつき次第続きを投稿していきます。
「ん、そろそろか」
ぷくぷくと泡を立てる鍋を掻き回すとひとすくいして味見する。今までにない出来を自画自賛してお椀によそい、みんなのいる居間へと運んだ。
机には所狭しと皿が並べられていた。形状や食欲を刺激する匂いなど違いはいくらでもあげられるが、そこに共通する項目が一つ。
銀時は夢の光景でも見てるのか、普段は生気のかけらもない目が、ご馳走を前にお座りして尻尾をフリフリする犬のように輝いている。
「お、おい……。ついに俺は幻覚を見ちまったみたいだぜ……」
「そうだよ。この光景は幻なんだ。醒ます為に外の空気でも吸いに行ってきたら?」
「戻ってきたら食い尽くされてるパターンだろそれ。俺ァ絶対騙されないね。意地でもここから動きませんから」
気を使ってやったというのになんて返事だ。焦がし醤油団子に伸ばされる手をバシンと叩き落とす。
まだ重要な人物が来ていない。私はあの人の為だけにこれだけの労力を自ら買って出た。
数日前から仕込みを開始。材料を揃え時には代用品も準備し、明け方から作り出して全てが終わったのは、時計の針が3時を指す頃。
自分でも効率的に進めたほうだと思うのだが、やはり苦戦する事もあり上手くはいかない。でも味の保証は完璧だ。
ここまでの手間は間違ってもこーんなバカにしてやったのではない。
そんな気持ちを込めて、目が全く笑っていないにっこり笑顔で周囲を威圧する。
「松陽が食べる前に手ェ出したらわかってるよな? さすればお前達に飯が与えられると思うなよ」
飯抜きどころではなく、殺すと受け取ってもらってもいい。本気の声に高杉は心外だと目つきを鋭くし、ヅラはふむと口元を触った。
「お前達だと? このバカはともかく、俺まで無作法だと疑われてんのかよ」
「いいや。雪子は俺と高杉にはその点では信頼してくれている。となればもう一人が原因だろうな」
「……なるほど。要するに連帯責任か」
物分りが良くて大変よろしい。
つまり銀時が何もしないように見張っとけっつー事。万が一そうなると二人とも完全な被害者だがどうだっていい。
私がやるぞと決めたらてこでも動かないのは、もううんざりするほどその身で体感している。だからこそ机上の平和は守られるはずだ。
一人だけ信頼がない上に、無作法など散々な言われようのバカは口をへの字に曲げる。
嫌味の一つでも絞り出そうとするが、甘味への侮辱はしたくないらしい。かといって
結局不貞腐れたように畳に寝転がると、銀時は襖が開かれるのを待つ。
「それにしても、ここまでよく頑張ったな」
種類豊富な甘味の品々にヅラは感心半分、呆れ半分の息を吐いた。ふふんと胸を張り声高らかに言ってやった。
「あったり前。松陽に甘味が食べたいって言われ、どれだけ努力してきたか……」
思い返せば長かった。
旅先でレシピを教えてもらい、いざ作ってみても違和感を消すのが難しい。その土地独自の味や風味が再現できないのだ。調味料や材料の違いでここまで変わってくるとは。
当然の壁に躓き家にある食料を掻き集めて再現しようと試みるも、まあ不可能だった。
さすがの私もないものをあるかのようにしろとか無理。だからいっそアレンジしたらどうだろうと考えた。
なるだけ原型をリスペクトしつつ新しい改良──魔改造ともいう──を加え試作品を食べてみる。そしたら意外といけたっていうね。
まあこれも……
「松陽への愛ゆえってやつ? カーッ、ファザコンもここまで極まれば哀れだな」
頬杖をつき銀時がつまらなさそうに続けた。
「離れたら元気なくなるし、一緒に居たら俺達にとっちゃ悪魔みてェだし。重い女は嫌われるもんだよ」
「え。重い……かもしんないけど。でも、まだ大丈夫の範疇だよね」
「いいや、範囲外だな」
「まあ、甘えてる証拠だろう」
なるほど、甘えか。それなら自覚はある。
的確に把握してるだなんてやっぱりヅラは違うわぁ。
ところで余計な事を言ったお前達ギルティ。笑顔を見せると二人してぞぞっと背筋を震わせた。
そこで救世主がようやく登場し場の空気が柔らかくなっていく。
「みんな早いですね。私が最後でしたか」
お待たせしましたと優しい笑顔の松陽は、たくさんの品々に目を丸くする。
「今朝から一生懸命何かを作っていると思ったら、こういうことでしたか。よく頑張りましたね、雪子」
全く同じ台詞だったが、受け取る私からすればそれ以外どうでも良くなるぐらい、嬉しい気持ちになる。いやーこの一言が欲しかったのよ、数ヶ月の努力が実を結んだわ。
簪で止められた髪型を崩さないよう、丁寧に頭を撫でられて有頂天になる。
ふへへへへと顔の締まりが弛みかけるが、数人の視線に気づいてはっとして咳払いをした。危ない、情けない顔を見られるとこだった。
嫌なんだよね。油断したところを見せんの。
「じゃ、食べよっか」
促し、五人で手を合わせて甘味づくしの食事が始まった。
私はまだ箸に手をつけない。味は完璧……なはず。けど本人が来て自信が揺らいだ。
反応を知りたかったので静かに見守る。
松陽は選り取り見取りの皿の中から、あんこ餅を選んだ。
塩を入れたことによって深みのある甘みが生じ、あんこが控えめな味のする餅にかかっている。ヅラが美味いぞと言ってくれたやつ。
ぱくっと口に入れるとよく噛み、無言で飲み込む。表情があまり変わらなくて、かなり不安になったのも束の間。
「とても美味しいよ」
穏やかな微笑みを向けられて、ほっと一息ついた。
うん、ほんとに良かった。よく頑張った私。
これで自分も食べる気になったから、好きなものを取ろうとする。沢山あるうちからどれにしようかなーと悩んでいると、さっきから頻繁に手を伸ばしているバカがいた。視界が忙しなくてうっとおしい。
文句を言うべくその顔を見た。
ぱああっと顔に花を咲かせて、手当たり次第にかきこみ、舌鼓を打つ。初めて見た、幸福をこれでもかと詰め込んだ甘ったるい表情。八つ橋を頬張ってふにゃりと笑い、ぜんざいを飲み干して満足そうに頰を染める。
中途半端に開いた口から漏れたのは、文句でもなんでもなく。
「……それ、あんこと一緒に食べると更に美味しいよ」
「お、マジで? さんきゅ」
食べる事に忙しい銀時は、滅多に、マジで稀にしか言わない本気の礼をあっさり口にすると、特にこちらに視線を寄越さず食う作業を続行。
お礼を言う時ぐらい相手の目を見なさいとか、躾をつけるのがいつもだけど……。
ま、今日ぐらいはね。作ったものを美味しそうに平らげてくれるんなら冥利に尽きるってもんだ。
少しずつ食べた後、団子の串を小皿に置いてお茶を啜る。
もう食べませんって意思表示に気づいて高杉は口を開いた。
「どうした?」
「別に。今回は我慢するってだけ。次はこの8割が私の分ね」
「……正気か? お前が食べないなんて、どうかしている」
「晋助ちゃん、これなんかゲロゲロに甘いよ。すっごくオススメしたいなぁ」
砂糖たっぷりの蜜がかかった白玉を箸で挟み高杉に差し出す。口元を狙ってやると物凄く嫌そうな顔をして避けた。
これはあれかな。あーんされるのが嫌だったのか、使いかけの箸が嫌だったのか、ゲロ甘の菓子が嫌だったのか。
……全部が当てはまるな。
「食わねーんなら俺にくれよ」
団子をくちゃくちゃさせながら銀時が小皿を寄越してくる。食い意地張ってんなぁコイツと普段の自分を棚上げにしながら、白玉を置いた。
「ついでにオメーのぜんざいもらうぞ」
「おーおー好きにしな」
「銀時、気をつけてくださいね」
「わかってますって」
お椀は銀時から遠くにあるので松陽が忠告をするも軽く流される。袖が引っかかりそうで危ねぇな……。なんかこぼしそうなんだけど。
そんな予感は的中する。
「あ。やべっ」
べちゃっ。
お椀は倒され中身のぜんざいがぶちまけられた。その倒れた方向も抜群に悪く私の着物を汚す。即座にヅラと高杉は席を立ち、ご愁傷様と祈りを捧げていった。
「さらばだ銀時。貴様の事は忘れないぞ」
「骨ぐらいは拾ってやらァ」
「ちょ、ちょっと待ってええええ! お願い、300円あげるから‼︎」
松陽は布巾を渡し、にこにこと食事を止める事はない。それに希望を持つ銀時だったが、松陽のあれは一切干渉しませんって笑顔だからね。好きにしていいですよって事だから。
受け取って拭きながら考える。
そうだな、殴る蹴るだといつもと変わらないし。つーか食卓で暴れたくない。ではどうするか……。
ああくそ、この普段着もう着れないじゃん。あんこの匂いが染み込み、洗濯してもシミが取れないだろう。
ぜんざいの跡を見つめているとアイデアが浮かんできた。
これならイケる……。
「よし、決めた」
びくっと肩を震わせた銀時など眼中に入れず、台所に向かった。
あんことかぜんざいを作るのに余った小豆。これを使ってやろう。
んで、何か別の具材はどこ。
ルンルン楽しい気分で鼻歌を歌う。
温めながら鍋を搔きまわす私は、例えるならば山奥で包丁を研ぐ山姥と言ったところか。でも包丁を研ぐなんて日常的にやってるな。まあいいか。
勝手口からひょっこり顔を出して様子を見るヅラ。
「何を作っているんだ?」
「嫌がらせの丼ものかな」
「ほう、趣向を変えたのか」
「そうそう。あいつの好きな食材で遊んでやろうと思って」
大きめのお茶碗にホカホカの白米を盛り、その上に甘〜い小豆をこんもり乗っける。とろりと小豆が垂れて米の輝きを覆っていった。
うええ、自分で作っといてアレだけどこれは結構あかんやつ……。
ヅラも口元を抑えて汚物を見るような目をしていた。
「甘味好きの銀時には地獄だろうな」
「でしょでしょ。さすが私。冴えてるよねー」
大好きな甘いものをこんなゴミに変身させたのだ。
意気揚々と銀時の目の前にどんっと置く。
「……これは」
「名付けて宇治銀時丼」
松陽がうわっ……と見た事のない表情になっているのが面白い。
戻ってきた高杉も似たような顔をするからゲラゲラ笑った。はぁーと目尻に溜まった涙を掬う。
「ほらほら。猫のエサを食べてごらんよ。気に入ったんならいつでも作ってあげる」
非常に愉快な心地になってきて、高笑いをする。
銀時は丼をじぃっと見つめ、微動だにしない。
ねぇねぇいまどんな気持ち? 教えてよ銀時ィ! うへへへくっそ楽しいなぁ。
「……雪子、雪子。あれを見ろ」
愉悦に浸っていると肩を叩かれ、ヅラの指差す先を見て愕然とする。
なんと宇治銀時丼をぺろりと食べてしまっていたのだ。米粒一粒残さずに。
けぷっと小さなげっぷをすると丼鉢を突き出してくる。ほっぺに小豆の粒をつけたまま、にやりと口の端を上げた。
「言質は取ったぜ。いつでも作ってくれるんだよな?」
じゃ、早速おかわり頼まァ。
元の死んだ魚の目になった銀時が言うと、私は悔しげに了承するしかなかった。
ほんとに悔しい。この借りは絶対にいつか返してやる。
こうして宇治銀時丼が誕生したのであった……。