お家に帰ろう   作:睡眠人間

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子どもの夢は大胆かつぶっ飛んでいろ

ぽた、と墨が一滴落ちる。半紙に小さなシミができ考え込んでいた私は我に返った。

いかんいかん、ぼーっとしてた。筆を置くと体を伸ばして、あたたかな空気が揺蕩う教室を見渡す。

私と同じようにうんうんと頭を悩ませる子もいればささっと書き上げてラクガキを楽しむガキもいる。ほぼ間違いなく頭が空っぽなせいだろうな。

 

視界を()ぎった白に目を引かれた。ふよふよと飛んで柱にぶつかって落下した紙飛行機に、桃色の花びらがひらりと舞い落ちる。

 

「将来の夢……ゆめ、ねぇ」

 

文章、単語、絵。なんでもいいから未来への思いを書いてみよう。松陽が出した問題に私は大いに困っていた。

今のやりたいことは思い浮かぶ。だが未来のこととなると筆が止まってしまう。真剣に考えた結果を記したいからこそ。

 

うーん、世界旅行とかそんなん?

知らない文化や伝統に触れるのは楽しいし退屈しないから、それもいいかもしれないが……やっぱり書くには至らない。

 

こういう時はほかのやつらのものを見るに限る。

そんなわけで隣の席の銀時のほうへ顔を向けて、呆れた。文机(ふづくえ)に突っぷすようにして眠るフワフワ頭にも桜は気まぐれに花を咲かせるのか。

 

「ぐかー………、くかー………ぃでっ!」

「起きろバカ時。それとも永眠したいの? なんなら手伝ってあげるけど」

「バカヤローこれはアレだ、忍者のマネ的なアレだよ」

「どこにグースカ居眠りする忍者がいるんだ。つかすげぇ寝息だったよね。忍んでないよね」

 

紙飛行機は障子を破く可能性があるからダメだとヅラに宥められたから、今度は紙の手裏剣でニンジャごっこに興じる子どもたち。

いやそれも飛んでいって危ないと思う。わざわざ言ってあげないけど。

 

「で、書いた? 将来の夢」

「あー」

 

ヨダレのかかったよぼよぼの半紙を丸め、新しい紙を文鎮で押さえて銀時は何かを書く。さらさらっとあっという間に書き上げてしまい、ジャーンとやる気のない声で見せた。

 

「働かない」

「ハイ却下」

 

雑な字で銀時の願望がデカデカと書かれた半紙を取ると、私は横棒を引いた。

 

「ダメ人間になったらよくないでしょ。せっかく堕落した生活習慣を矯正してあげたんだからさ」

「おかげで今じゃ二度寝できねーんだよ。どうしてくれんだ」

「それが普通。松陽を見習えって。めっちゃ規則正しいからね」

「いやいや、正直言って松陽ジジイじゃね? 早朝に起きて散歩するわ、近所の老人会の温泉旅行参加するわ……最近俺達を見る目なんか優しいもの。孫が戯れているのを見守るおじいちゃんだもの」

 

そこで銀時は首をひねった。

 

「松陽って実は無職じゃ」

「松下村塾の講師だから。無職じゃないから」

 

お金をもらわずに貧しい子どもたちの先生となってるなんて、このご時世では立派なことだろう。

というか松陽は仕事と思っていないんじゃないだろうか。生き甲斐だと誇らしそうに言っていたのを思い出した。

 

「ほら次、将来やりたい仕事とか」

「んー」

 

放置しておくとこのバカ、どんだけダメになっていくか想像もつかない。

まずはこいつの夢をなんとなくでも思い描いていたほうがいいのでは、と自分を棚に上げた私は促す。

 

「だいたいオメーはあるのかよ」

「そりゃまぁ。この私が自堕落な生活を送るわけがないでしょ」

 

あるっちゃあるけど、書くのはちょっと。

銀時は後半の言葉に納得してくれたらしい。

 

「なんかバリバリ働きそうだもんな。んで家庭を蔑ろにして旦那に逃げられる」

「あー聞こえなーい。つか銀時が書く番だろーが」

 

銀時はぱぱっと筆を走らせ、ででんと目の前に突きつけた。

 

「無職」

「それ仕事じゃねェよ」

「んじゃ自宅警備員」

「家を護ってどうするの。つか仕事じゃないってば」

「はぁ? ならもう専業主夫しかないんだけど」

「どんだけ働きたくないんだ。諦めろ。お前をもらう物好きはいねェさ」

 

大きなばつ印をつけて返却する。

銀時は死んだ目をさらに腐敗させ、つまりはジト目を向けてきた。

 

「さっきから否定してばっかなの何なわけ? そこまで言うならてめーが考えてみろよ」

「私が? お前の将来を?」

 

ええー、まったく興味わかないから無理。

そもそも一緒に暮らして数年、銀時が一人でいるところがあまり想像つかない。それは当然、周りは遊ぶ子どもたちがいる中最前列でクソ真面目に筆を走らせる高杉も、教本をよく読んで未来へ思いを馳せるヅラもだ。

 

しかしごくごく普通のことだろう。

私達はいつか大人になって、松下村塾を卒業する日がやってくる。

 

「……雪子?」

「ああ、そうだな。お前の将来の仕事だっけ」

 

思考を中断し、銀時の未来を面白おかしく書いてやろう。意気揚々と筆を取り、ぴたりと止まった。

 

「驚いた。お前があくせく働いてる未来が思い浮かばない」

「だろ? やっぱ今の生活が性に合ってんだわ」

「なんだろ、一つの仕事にかかりきりってのが想像つかないんだよ。お前すぐ投げ出すし。……うーん何でも屋とか? 意外と器用だしイケるかもね」

「何でも屋ァ? やだねそんな貧乏くさい商売は」

「お前にぴったりじゃんか」

「あーあ、今ので俺の心は傷つきましたー。責任とれコノヤロー」

 

大きな欠伸をすると銀時は障子の開いた縁側の先を見つめる。顔は隠れて白くフワフワな髪が、陽光に溶けるようにじんわりと輪郭線を失くす。

 

「だいたいウチには優秀なのがいるわけだし、雪子も働くんだろ? やったな我が家は安泰だ。つーわけで俺は働かない」

「もっとパシってほしいって? わかった」

「なんにもわかっちゃいねーよ、アホ」

 

ビシッとチョップをかまされたので、庭に放り投げた。たくましい桜の幹に劣らぬ堂々とした頭の埋もれ方である。それも足先をバタバタさせるので打ち上げられた魚みたい。

 

「んじゃその状態で十分な」

 

ふんっと吐き捨てた。

 

「わー、久しぶりに見たー!」

「やっぱ雪子ねーちゃんの投げ方うめー」

 

関心ごとがコロコロ変わるガキどもが群れていく。その中で半紙を握って持つ小さな女の子がちょいちょいと袖を引っ張った。うん。あざとい。

さすがにずっと接していれば心と違って体は慣れてくる。しゃがんで目線を合わせると、どーした? と聞いてみた。

 

「わたしね、おしごと書いたの!」

「へぇ」

「パパとママは朝から晩まで畑でがんばってるの。だからわたしも手伝いたい! 大人になったら今日のことを伝えるんだ。この作文と一緒に!」

「そっか。そりゃ頑張りな」

 

少し悩んで、頭をするりとひと撫でする。たったそれだけでふにゃりと笑顔を浮かべた女の子はトタトタと自分の席に戻っていった。

……え? 何がしたかったの?

言うだけ言って満足した感じか?

 

疑問を持て余していると、バカガキどもが自己主張をしてきた。曰く自分は将来こうなりたいのだと。率直に言ってうざい。

ほいほい飛んでくる声の中に、松陽先生みたいになりたい、と言ったのは感心した。一体どこのいい子だろうと探したら、ほんとにいい子だ。ただし悪ガキという意味で。

 

「やはり師とは超えるべき存在であり、憧れの存在でもあると思うのだ。だから俺は先生のように強い侍になりたいぞ」

「ちょっともう、感心したんだけど。言ったのお前かよ……」

 

なに、だから髪ずっと長いままなわけ?

さらさらのストレートを結ったヅラが腕を組み、泰然としている。

 

「なんだ雪子。まだ書いておらんのか」

「だっていいやつが思いつかないんだもん」

「言葉にするから難しいのではないか? 好きなものでも書けばいい。自ずと答えは出てくるだろう」

「うーん、好きなもの、好きなものねぇ……」

 

はて、私の好きなものとは。

見かねたヅラは自分を例にしてきた。

半紙にびゃびゃびゃっと自由奔放に筆を踊らせれば出来上がったのは大きな丸一つと上部に位置する小さな丸四つ。それから黒線が何本も伸びたものがくるくると丸まっている。

 

「肉球、と……そば?」

「肉球に包まれながら蕎麦を食することが夢だ」

「さっきの立派な夢どこ行った」

 

感心を返せコラ。

しかしヅラの言う通りに絵に逃げてもいいんじゃなかろうか。松陽も絵に表してもいいと言っていたぐらいだし、やりたいことを表現してみよう。

あ、そういえばきちんと絵を描いたことないや。

まぁいっか。私は半紙に夢を描き出す。

 

「……なんだこれは」

「見てわかんない? まったくこれだからヅラは。好きなものに決まってんだろ」

「ヅラじゃない、桂だ。そしてこれは……呪いの絵?」

 

ひゅっと風を切って、ヅラは庭に叩き落とされた。銀時と同様にして埋まらなかったのは幸いだろう。光栄に思え。ペッ。

 

「どこが呪いの絵か言ってみろ、あ?」

「いやだって何なのかもわからないよアレ、円の中に点々があるぐらいしか読み取れないって」

「バッキャロー。人の顔ですー。髪の毛も長かったじゃん」

「えっあのタワシが!?」

 

ズッシャアァァ!! なんて豪快な音を立てて、ビチビチの打ち上げられた魚が二匹になった。

 

「はいこの状態で五分な」

 

ふわっと風がふくと私が描いた絵が舞い上がる。

 

「……なんだこれ」

「は? 見てわかんないの」

 

ひらりと落ちてきた紙を拾い高杉はまじまじと見た。さっきまで騒いでいたから、すんなりと答えはわかったらしい。

 

「ああ、先生か」

「そりゃそうだろ」

 

よかったな。陸に打ち上げられた魚が三匹にならなくて。それにしたってこれしきもわからない奴いて困るわー。

高杉は苦い顔になる。

ゴキッと音を鳴らしていた手の力を抜いて、ひょいと背中から覗き込んだ。

 

「高杉くんは何て書いた?」

「……テメェに見せるようなモンは書いちゃいねぇよ」

「えー、またまたぁ。色々あるでしょ? 試合、たしか私にも銀時にもヅラにも負けてたよね。まさかあいつらより強い侍になるとか、そんなありきたりじゃないだろ?」

 

ねぇ? と背中をぽすぽす叩けば、高杉のこめかみがヒクヒクし出した。図星かよあっさい奴だな。

ぐしゃぐしゃに丸めた半紙をゴミ箱に投げ捨て、真っ白となった夢を再構築する羽目になった高杉が、私の夢を問うてくる。

なので胸を張って言ってやった。

 

「書いてるわけないじゃん」

 

呆れたため息を吐かれる。

でもさ、なんとなく書くのが嫌だったんだと思う。

 

形に表した時、はっきりと自覚してしまうから。この暮らしは必ず終わりがやってきて、新しい生活が待っていることを。

その繰り返しが人生なんだろう。なんてことない、当たり前。私はたまらなくそれがやだ。

大人になりたくないわけでないし、子どもでいたいってわけでもない。面白事はこれからも探していくし厄介事だって起こしていく。やつらが巻き込まれ困ったことになろうが知ったこっちゃないんだ。

 

遅まきながら気づいた。

旅に出て松下村塾から離れて思い知った。

私はどうやら松下村塾(ここ)を出て行くことはできないらしい。あの時に育ちかけた自立心は、ふよふよと小さくなっている。

 

少し怖く思った。

大人になって働いて、誰かと寄り添う人生を歩むことが正しいのならば、このままの生活を望むことはいけないのだろうか。

終わることは知っていて、それでもできる限りは、と。手を伸ばした先はあっけなく吹き飛ばされそうなほどに不安定な未来だ。

 

黙りこくっていると後頭部にコツンと何かが当たる。落ちたそれは紙飛行機だった。振り返るとやべぇって顔したクソガキが目をそらす。ハイもう許してあげない。

 

大きく振りかぶりふと思って体の向きを変えた。

ひゃうふっと先の尖った紙飛行機は打ち上げられた魚の尻に吸い込まれていく。

苦痛に叫び声が上がる。

 

「次やったらお前もああなるからな?」

「ひぇっ」

 

本気で怖がるガキににこりと笑った。

しっかし紙飛行機ってあんなに矢のように鋭くなるものなんだね。知らなかった。

まったくもう、さっき考えてたこと、どっかに飛んでったじゃない。

私はそうすることで現状を肯定した。

 

にしてもよくあんなに埋まっていられるね。

さっさと上がればいいのに。

 

私は半紙を綺麗に折りたたみ紙飛行機を作った。

そっと滑るように飛んでった空っぽの夢は高く高く浮かんでいく。

いずれは堕ちてしまうだろうが、しばらくは宙を散歩するみたいに優雅に飛行していった。




とりあえず書きたいフラグは立てたので満足しています。
話がとっ散らかってるのはお許しください……
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