「誰なんその子は」
いつものように子どもたちが帰って洗濯物をたたみ終わり、食事の準備をしていたら、松陽が子どもを連れて帰ってきた。
汚れているけど髪は銀色っぽい。そしてものすごい天パ。赤い目をしていて珍しい。つまるところこの少年が噂に聞く、屍を喰らう鬼。
にしたってすっごい死臭……思わず鼻をつまんでしまったが、松陽がなにも堪えていないので私も我慢することにした。
……ところで松陽の後ろに隠れているのはなぜ?
「誰なんその子は」
「拾ってきました」
「返してらっしゃい。うちにもう一人養う経済力はありません」
「この子もうちの生徒です。それだったら問題ないでしょう?」
冗談である。二人とも質素なので数人増えても大丈夫だ。あ、でも私の食費多いわ。まあそこらへんはご近所さんから頂いているので大丈夫。
わかりきってるくせに真面目に返答した松陽は箪笥をごそごそし出す。
「まずはこの子を洗ってあげなくちゃいけないね。雪子、手伝ってください。できれば着物も貸してもらいたいんですけど」
「うん。いいよ。あれ、その子名前は?」
「聞いても教えてくれませんでした。口を開かないので、もしかしたら言葉を知らないのかもしれません」
「そっか」
松陽が帯刀してたはずの刀を持つのは気になったけど、怯えるように端っこに移動し私を睨むその子。
拾ったってことはこれから一緒に暮らすんだよね。
名前ないと不便。
えーと、私が拾われた日は雪が降ってたから雪子。
「よし。お前の名前は夕暮れ太郎だ」
「よし、じゃありません。なんていうネーミングセンスをしてるんですか」
「えー、それなら夕暮れ男」
「さらに酷くなってません?」
全くセンスを理解できない男である。
だったら雪子もどうにかなんなかったんですかね。好きだけどさ。
ちらりとその子を見ると、こいつ大丈夫なの? とでも言いたげな視線は松陽と私の間を行ったり来たりしていた。
「子ども、そんなに好きじゃないんだよね……」
でもそうは言ってられない。
私はこいつを風呂に入れるという任務ができたのだ。つーか洗わないとこのこびりついた臭いは取れないでしょうし。男だろうと知ったこっちゃない。こちとら松下村塾に通うガキどもを一年近く相手しているのだから。
「ほら、お風呂行くよ」
しかしこいつは手強かった。
松陽の刀を握りしめて威嚇してくる。
私めっちゃ警戒されてますやん。
「いきなりは無理でしたか。仕方ありません。雪子、晩御飯を一人分増やしてくれますか?」
「はーい」
おかずをちゃっちゃと作っていると、そのうちお風呂場からバタバタ暴れたり松陽の宥める声がしたりあいつの言葉にならない叫びが聞こえてきた。
……果たして大丈夫なのか?
数十分後、やけに疲れた顔した松陽と小綺麗な身なりになった子が出てきた。
ふむ、随分清潔になったじゃないの。あと私の着物ぴったりな。
楽なのがいいから男物とか持ってたけど、まさか役に立つとは。
「なんであんなに騒がしかったの?」
「どうやら水に慣れてなかったみたいでね。それに汚れがこびりついてて中々落ちなくて」
頑固汚れにしか聞こえない。
どんだけ汚れて……外で暮らしてたのかな、とそいつを見ればまた刀を握りしめている。
「松陽、あの刀はどうした」
「あげちゃいました。彼は自分を護る為だけでしか刀をふるっていません。ですから、そんなものは捨てちゃいなさいと」
「で、やっちゃったと」
ずるい、私は竹刀にすら触れていないというのに。
視線を鋭くした私の向かい側に松陽は食卓についた。
「お腹が空いているでしょう、一緒に食べませんか」
優しい声で自分の隣をポンポンすると、そいつはおずおずと松陽の隣に座る。刀はまだ手放さない。
あんまり見てると逃げられそうだったので、そいつを見るのもほどほどにして手を合わせた。
「いただきます」
「いただきます」
「……?」
そいつ……ああもう名前ないとすごく不便。銀色の頭だし銀と呼んどこう。
銀は食事を始めた松陽を不思議そうな顔で観察する。
まるで箸の使い方がわからない、とでも言うように。
マジか言葉も箸の持ち方も温かいご飯も知らんのかこいつは。
「ああ、お箸はですね……」
と松陽がレクチャーすると銀は片手は刀を握りもう片手で危ない持ち方をして、ご飯の盛られた器に箸をぶっ刺した。
もう一回言おう、ぶっ刺した。
んで見様見真似で掬おうとするけれど、ポロポロとこぼれていくお米。
「松陽、そいつの飯ちょうだい」
「食べたらダメですからね」
「食べないよ」
きちんと洗った手で銀の白米を握る。
松陽がなるほどという顔になった。
あの様子だとおかずに手が出せそうになかったから具材として入れておこう。
仕上げに海苔を巻きつけて、銀の前に皿ごと出す。
「ほれ。おにぎり。これなら箸使わなくても食べられるでしょ」
なんでじりっと威嚇するのかなぁ。
毒とか入ってないし。なんなら毒味してあげようか?
とか思っていると横から手が。
「また腕を上げましたね、雪子」
「松陽が食べてどうすんの……」
「まあまあ、いいではありませんか。どうしました? 君が食べないのなら私が食べちゃいますよ」
自分の飯がなくなると察知した銀は恐る恐る手を伸ばす。
ホカホカの白米を口に入れてゆっくり咀嚼し飲み込む。
松陽の刀を手放すと、両手を使って食べていく銀の瞳に涙が浮かぶ。
「なに、そんなにおいしかった?」
笑いながら聞いてみると初めて銀と目が合った。すぐに逸らされてしまったけれど。
松陽は穏やかな微笑みで食事を再開。私もそれに倣う。
「これからは君のお家は此処です。誰も斬らなくていい。誰にも怯えなくていい。君が君で入れる場所。此処がそうであるといいね」
返事はずぴっと鼻をすする音だった。