そして相変わらずのオチなし……すみません。
ついこの間まで柔らかい陽光だったというのに気づけば眩しい日差しがジリジリと肌を焦がすようだ。赤い傘があるからそんなことにはならないが。
ともかく、私と高杉は松下村塾を支える縁側に突き立った一本の柱を睨んでいた。
「おかしい……」
「おかしいな」
ピッタリ重なった台詞も今はどうだっていい。
現時点での問題と比べて些細なことだ。
「お前達、ずっと見ていても記録は変わらないと思うぞ」
「うるさいヅラ」
「黙れヅラ」
「ヅラじゃない桂だ! いい加減現実を見ろ!」
ヅラがびしっと指差した先は柱に引かれた四本の横棒。二本は横並びで、その少し下に一本、さらに下に一本だ。
「なんでついに銀時と並んだんだよ」
「なんで一向に差が縮まらないんだ」
またピッタリ重なった台詞。
顔を見合わせた。二回目はなんだかムカついたので今度はちゃんと言ってやる。ふっと鼻で笑った。
「晋助ちゃん、諦めたらどう? お前は一生私らに勝てないだろうよ」
「ほざけ。つか雪子だって止まり気味だろうが。俺はまったく違うがな」
「はぁ?」
「あぁ?」
バチバチと火花を散らす隣で、ヅラは呆れたため息をついた。
吉田家では定期的に身長を測るのが習慣となっている。かつては私一人だったのが、一人、また二人増えて現在は四人分の記録がある。
といっても引越しを繰り返したから、これまでの記録は消えちゃってるけど。
高さは私、銀時、ヅラ、高杉の順番。測り終わる度に、「え? なんで私よりも低いの? え?」などと小馬鹿にしてきた。
出会った当初よりも差は縮まったがそれでも私が優位……のはずだった、これまでは。
しかし目の前に立ちはだかる壁───実際は柱───は、残酷にも現実を告げている。
「もう一回だ。納得いかん」
「馬鹿を言え。先生が測ってくださったのに、やり直すつもりか。それに爪先立ちしたりして不正するだろう。いいじゃないか、今の時点で抜かれていないぞ」
「まだしてませーん。てか成長期って女子が早いから、この先ぐんぐん伸びる可能性がなきにしもあらずなんだよ。そんぐらいわかれヅラ」
「ヅラじゃない桂だ! それに雪子はまだ成長期来ていないんじゃないのか」
「やだ、今どの部位のこと言ったの? うわ最低、二度とこっち見ないで」
「なっ……な、ふ、ふざけるな! 誰も貴様のささやか過ぎる胸など見ておらんわ!」
ヅラは地中に埋まった。
誰がささやかだゴラ、あ? いや違うから。あれよ数年後には立派なことになってるから。
伸びしろすごいだけだから。
抜け出したヅラは、もう巻き込まれるのはごめんだと部屋に戻っていく。応急処置はしてあげない、
ふと視線を感じて振り返ると、高杉くんは私を見つめていた。
「……別にいいだろ、そのままで」
「は? 全然よくないじゃん。まず銀時と並んでるのありえないから」
言い切って顔をしかめたのは高杉も一緒だった。
お前は一生チビ助のままでいろ、私を越すなんざ絶対に許さねぇ。そんな気持ちを込めて綺麗な笑顔を貼り付けた。
「まぁどこぞのチビには越される気配ないしいっかぁ。ん、あれ? 高杉くんどこに行ったの? まったく見つからないわ、不思議」
「黙れ。いきなり言っても意味ねぇよ。さっきまで目が合ってただろうが」
非難する声は鼻歌で誤魔化した。
よしよし、自尊心は下を見て癒やそうね。
うわ最低だな私。
でもね、本当に越されたら嫌だ。
ただでさえ可愛げがないのに可愛い要素がなくなってしまう。あ、でも高杉のこと可愛いとは微塵も思えないな……。
「将来お前だけ小さい光景が目に浮かぶよ。同じ身長の人もいるけど自分だけ年上みたいな」
「やめろ。お前の予言は当たりそうなんだよ」
高杉はさらにしかめっ面をした。
騒ぎを聞きつけたのか優越感に浸っているので気分がいいのか知らないが、銀時は締まりのない顔に煽りを加えた、一言で言うとムカつく顔をして近づいてきた。
「あっるぇ〜? どおしたのかなー、二人の声がするのに雪子しか見えないなんておっかしいぞ〜」
ついに高杉の血管がブチ切れた。
「えっ、待ってなんで俺の時は速攻で攻撃してくんのてちょっとヤバいギブギブギブ!」
「いいぞー高杉」
「これ死ぬってマジ首しまってる!」
わちゃわちゃしてんなぁ。
私も参加すべきかな。どうしよっかな。
ウキウキしつつ動向を見守ると、やがて怒りが収まったらしい高杉は銀時を解放する。
「もーストレス溜まりまくって髪の毛くるくるになってるよ、可哀想な銀時」
「これ元からだから、つか雪子の立場がコロコロ変わるのなんなの?」
「だってチビ助と協定結んだわけじゃないし。私ゃ誰の味方でもないさ、面白そうなやつと組む」
うへぇとなった銀時の隣で、高杉はひくりと片眉を上げた。何かを言おうとして、けれど何も出てこなかったらしく口を閉じると、馬鹿らしいと部屋に戻っていく。たぶんヅラにひっそり聞きそう……何をとか言わないが。
同じ目線にある死んだ魚の目。
私は昔を思い出してくっ、と表情を作った。
「ちょっと前までは私よりも小さくて悔しそうにしてたのに。それで優越感に浸っていたというのに……!」
「ばーかいつまでも自分が大きいと思うなよ。ていうかお前は変わらねぇもんな、特に───」
ひゅっと風が吹いて、銀時の首すれすれを白い腕が伸びていた。ちっ、惜しい。あとちょっと。
「───っぶねぇ!」
「避けてんじゃねぇよ」
「これ避けなかったら俺死んでるから!」
「今生きてるでしょ?」
ならいいだろ?
しかし出会った当初はあんなに小さかったのに……幼い頃の体格差というか、バランスよく食べていた私のほうが健康的だったのは当たり前だろう。
そう思うと、ここまで成長したことはなんだか良いことなんじゃないだろうか。
「あの頃はかわいかったなぁ。おにぎり大好きだったし、ヒョコヒョコ後ろをついて来たし……まぁめちゃくちゃ威嚇されたけど」
「記憶の捏造やめてくんない? 絶対そんなことやってないって」
「いやいや、お前が覚えてないだけだよ。特にあの日はすごかった。とんでもないこと言い出すし」
あれからしばらく私から離れなかったじゃん。
確信して言うも、銀時はそれでも知らないの一点張りだ。
「ほら、手ェ引っ張って帰った日のこと」
松陽に拾われて間もない頃の話だ。
捨てられた子どもというよりも、野獣のような童だった。今は立派にぐーたらしてるし、当時はこうなると全く予想していなかった。
銀時は嫌そうな顔をすると、つーかと前置きして矛先を変える。
「雪子だって昔のほうが可愛げがあったぜ。普通に優しかったし? 素直に礼も言えたし? ぶっちゃけ姉っぽいなって思ってた。ボスと舎弟みたいだったけど」
「……ほー?」
「でもいつからかすげぇ性格変わったし。だめだめ、お前なんか姉と呼べる代物じゃねーわ」
「……ほう」
「なに? 内なる獣が目覚めちゃった系?」
「それは高杉くんの専売特許だよ、きっと」
そんなこと思ってたんだ。姉でなくなったのなら、今の銀時の中で私はどういう位置付けなのだろう。気になるような、聞きたいような。
だがまぁ、大きなくくりとしては変わっていないようだったので、私は二つ並びの横線を見て、また一つ予言をした。
──────
「ヅラ、お前の髪貸してくれ」
襖を開くなりそう言った私に、ヅラは教本を読む手を止めるとぷりぷり怒った。
「だからヅラじゃないと言っているだろう! 全くどいつもこいつもヅラヅラ言いおって……」
「カツラなんでしょ? わかってるって」
くるくる指先で簪を回す。
にやっと笑って艶やかなストレートに狙いを定める目をすれば、身の危険を感じたのか後退りする。
そんな顔されたら是が非でもしたくなってくる。
まぁまぁよいではないか。よいではないか。と下衆の台詞が浮かんだ。
「なぁに、ただ髪の毛アレンジして遊ぶだけだよ。お前の将来のハゲに貢献したいわけじゃないから安心しな」
「どこに安心する要素があるんだ。うわ、待て、やめろっ」
無理やり連行し鏡台の前に座らせる。私はその後ろに回って膝立ちをすると、木製の櫛を取って髪を梳くことから始めた。
梳く前からさらっさらなのムカつくんですけど。
女として負けた気がする。
するすると黒髪の一本一本が滑らかで、やがてムカつきが素直な賞賛へと変わった。
なかなかないよ? 私が本心から褒めるの。
思いのほか丁寧な動作に強張っていた肩の力を抜くと、ヅラは突然の行動の理由を聞いた。
「お前の髪見てたら、なんとなく」
「自分のですればいいじゃないのか?」
「たまには人ので遊びたいの」
めちゃめちゃ触り心地いいなぁ腹立つ。
ひとまず下の方で一つにまとめ三つ編みをしていく。きちっと綺麗に編まれた髪。うーん、違うな。
解いて今度は二つ結び、しかも高い位置でしてやる。鏡に映るヅラの顔が微妙なものになった。
あーでもないこーでもないと、うだうだする。
ピンとくるものがないなぁ。
お団子にした丸っこい髪をくしゃくしゃしていると、ヅラがため息を吐いた。
「雪子。貸すとは言ったが、本当に何がしたいんだ?」
「んー……これも違うよなぁ」
「話を聞け」
「オメーに言われたかねーよ」
一番近いのはこいつしかいないから練習台にしてみたけれど、なんか違う。丁寧に梳いていつものように高い位置で一つに結い上げると、名残惜しくも手触りのいい髪から手を離した。
ようやく解放されてぐったりしている様子。お疲れ様っす。
「ま、やりたいことやれたしいいよ。なんかお礼してあげよっか」
「そうか? じゃあ蕎麦を作ってほしい」
「そば?」
首を傾げると、ヅラはうむと腕を組んで頷く。
「以前先生から美味しかったと聞いてな。興味がある。雪子の手作りで頼む」
「それは手打ちって意味? それともそば粉を挽くところから?」
さすがに麺を作るのは初めてだが……まぁやってみるだけやってみましょう。しかし大道具が必要そうだ。こうなったら。
「じゃ、近所のばあちゃんに話つけておくから作ろうよ」
そういうわけで言ってみたら、まさか蕎麦の実を収穫する所から始めるとは思っていなかった。
文句を言いつつ銀時も高杉も手伝い───そばは食べてみたかったらしい───ヅラは嬉しそうだった。
粉挽きは松陽が担当し、みんなでこねこねすると、私が包丁で切っていく。
そうして出来上がったそばはつるつるしていて美味しかった。
その後しばしばヅラにそばを作るように言われるとは、この時はまったく思ってもみなかった。
「はい、できたよ」
そうしてお椀に入ったコシのあるそばに目を輝かせたのはヅラだ。意気揚々と食べようとするので、手を出して制止する。箸を持った銀時と高杉もなんだ? と顔を向けてきた。
「この中に一つだけ普通とは違ったものが入ってます。それ当たった人は一週間掃除当番な」
「……普通と違うというのは?」
「さぁ? 旅先で手に入れたブツだったり、激辛わさびだったり、デロデロに甘い菓子とか? あ、つゆもめんつゆじゃなくて麦茶かもね」
ざぁっと三人の顔に色々な表情が浮かんだ。
そばは食べたい。しかし何が入っているのか……そもそもブツってなに? 俺達何を食べさせられようとしているの?
そんな声が聞こえてきそうだ。
私がそばしか作らなかった以上、昼ごはんはこれしかない。
そもそも一週間掃除当番とは、こいつらにとっては当たれば地獄外れれば天国みたいなものなのだ。
その分必死になる。
「あっ、はいわかった! 俺これ! 普通っぽい!」
「本当か? 泡立っているようにも見えるが」
「わからなくなってきたぞ。ただそばが食べたいだけなのに……」
「つーか銀時、お前が今囲っているそばは俺が狙っていたやつだ、代われ」
「だめでーす、早いもん勝ちでーす」
「ふむ? 甘い菓子が入っているやも知れんぞ。あの怪しげなお椀にしたらどうだ」
「そばと甘味とか地獄? 調整されてるならまだしも、テキトーにぶっこんだだけじゃないの? いやなんだけど」
「宇治銀時丼なんてもんを食うお前が言うか」
三つのお椀を前にひたすら頭を悩ませる三人だった。縁側でつるると気持ちのいい音を立ててそばを啜る松陽が、同じくずぞぞっと麺を啜る私に聞いてきた。
「ちなみにどれがハズレなんですか?」
「全部一緒だよ? ただ薬味に一工夫しただけで味同じだし」
だいぶ見た目が変わっただけで中身一緒。
それだけであーだこーだと口論するあいつらが面白くって、つい。茶目っ気たっぷりに笑うと、松陽はしみじみと言った。
「雪子って、いつも楽しそうですよね……」
「それ褒めてんの?」