皆様に支えられてながらこの作品は成り立っているなとひしひしと感じます。
少しでも面白いと感じられる文章を書き上げたいです。
これからも頑張りますのでよろしくお願いします。
記憶の空白の部分を探ろうとすると決まって現れる頭の痛み。苛まれながらも思考を続ける。
こいつらは何故松陽の事を知っている。虚、とは松陽の別名だろうか。それに救うって何。まさか松下村塾に危険が迫っている?
だめだ、わからない。今は少しでも情報が欲しい。
「奈落……そう。お前達は奈落というのか」
雲隠れし真っ黒な視界。松明に灯る火だけが地上を照らす。落とした短刀は、誰のともしれぬ血溜まりに波紋を広げた。
「どうして罪のない人を殺したの? 私一人だけだったら攫うでも何でもできたろうに。無駄な時間だったな、ご苦労様」
「貴様は監視していた数時間の間にここの町人に恩を感じていたようだった。貴様のせいでこの者達は死んだのだ」
「……だから何? 犠牲になってくれてありがとうって言えばいいわけ」
正義感でもあるように見えるのか。残念だったな、その手には乗ってあげない。私の為に死なないでとかキャラじゃねーんだよ。むしろ私の為に死んでくれって言うからね。
監視っつーことはいつから私の存在が漏れていたんだろう。まさか旅先でばったり! って偶然が起きるはずねェし。
「師を護りたければついて来い。我々に恭順を示せ」
「嫌だと言ったら?」
「此処で貴様を始末し、吉田松陽を殺す」
簡潔に伝えると男は背を向けて歩いた。従うと信じて疑わないその歩調に周りの者共も遵従する。
おーい人の話聞けやコラ、行くなんて一言も言ってねェだろーが。
全然情報引き出せてないもの。こっちが人殺し集団について行く義理なんてないんだよ。
あれ、もしかして脅されてる? 関係ないのに死なせてしまったって責任感がないから、今度は松陽殺すぞって脅迫に切り替えた?
やれるもんならやってみろよ。言っとくけどあの人滅茶滅茶強いぞ。お前ら返り討ちだぞ。つーか返り討ちにあって死ね。
救う。護る。殺す。あの男は松陽をどうしたいんだ。せめて一貫しろよ。
動こうとする気配がないので、徒士組の格好をした別の男が錫杖で背中を押す。ちょ、地味に痛い。
「おい。歩け」
無言でゆっくりと足を運ぶ。それに合わせてしゃらんと金色の小環が鳴った。逃げ場がないように私を中心に据えて移動する。なんか連行されてるみたいでやだなぁ……真実だけども。
あの短刀は置いてかれたままで、刃物を一切持たない私。それでも警戒態勢は解かないし捕縛もされなかった。
縄で結んでも引きちぎるってのが予測されてる。やっぱりこいつら……奈落の連中は、私の正体を知っているのか。
しばらく草を踏み散らす足音が響いて、深い森に差し掛かる頃。
ふいに私は口を開いた。
「松陽を救うってどういう事」
足を止める。また杖でつつかれたけど、体を揺らしただけで抵抗の意を表す。
「松陽が無事ならそれでいい。だから教えて。これから何が起きるというの」
「貴様が知る必要はない」
「は?」
いっけね漏れちまったぜ……。
しおらしく尋ねてんのに答えないとかふざけんな。下手に出てるからって調子のりやがって。
そんな反抗的な思いが一瞬表に出たからといって、この戦力差で暴れるなんてバカな真似をしないと油断しきってる者共は、沈黙を貫く。
「そう。何も言わない、と……」
諦観めいたため息を吐くと気怠げに足を動かした。それに敵共はまた歩き出す。
奈落は私の正体を知っている。何故松陽が狙われているかはわからないし、どこに向かっているのか、何が目的かも黙りだ。
これ以上は情報を引き出せそうにないな。
なら従うフリをする必要はない。
突然私は近くに位置する松明を持つ男に体当たりした。
小柄とはいえ怪力を誇る肉体だ。体感としては大木がぶつかってきた感じだろうか。為す術もなく吹っ飛ばされる。
「火ィもーらいっ」
松明を片手に取り武器に手を伸ばす男に押し付けた。ジュウッと肉の焼ける音が生々しくして、苦痛の声が鼓膜に叩きつけられる。衣服に燃え移ると全身が炎に包まれ、地面をのたうち回った。火だるまの通った跡は焦土と化し、細々とした木を燃やす。
威嚇に怯む連中じゃないと思ったので、殺すつもりでいなければこちらが
不要になった松明を投げ捨てた。時間が経てば森は火の海へと変貌を遂げるだろう。
奈落の者共が錫杖を構える。たった一人でもあれだけ苦戦したのにこの人数は……そう考えて背筋にぞくりとしたものが這う。しかし私が選択したのは逃亡だった。
「待て貴様!」
待てって言われて待つバカがいるものか。
とにかく走った。後ろから飛来する鋭い針。一瞬で何かに濡れているのが視認でき毒や麻痺物質だと推測する。避け、勢いに乗って跳ぶ。木の枝を掴みくるっと一回転、太めの枝に着地すると木から木へ跳ねるように移動する。
あ、なんか今の自分サルみたいだな……。緊張感のかけらもない事を思いながら、飛んでくる刀やら錫杖やら毒針やらを躱す。
少し気分が良くなっていく。だがそれ以上に不快な思いがあった。
私が望むのは愉しい楽しい戦いだ。拮抗する実力がせめぎ合うのも好ましいけれど、私が一方的に攻めるのもいい。
間違ってもあんな、奴らに屈する姿など演じたくはなかった。
とっくに大きな森に迷い込んでしまった。暗闇にも目が慣れてきて遠くに煙が立ち昇っているのが見える。
1秒たりとも足を止める暇はなく、とにかく気配を探り人のいない方へ進んだ。
町に潜り込めば連中が殺戮する間隙を縫って逃げれるかもしれない。しかし私のせいで死んだとあっては後味が悪い。
さっきのは不可抗力だったししょうがなかったと片付ける。でも今それをすれば私は……
真後ろに黒い塊が現れて咄嗟に蹴りをかます。まずい、追いつかれたか。
「チッ!」
じゃあとっくに包囲されている。空中はダメだ。身動きが取れない。舌打ちすると地に降り立つ。
同時に全方向から人の着地音が多数聞こえ、追い詰めるようにじわじわと私の方へと迫ってくる。
全員相手するなんて無理だ。一点突破しかない。
斬りかかってくる奈落、そのどこからか逃げ道を作り出すのみだ。
「邪魔なんだよ、どけやオラ!」
真横に飛び出ると膝蹴りを食らわせる。メキッと骨が曲がったみたいで、首から上がおかしな方向に伸びて叫び声を上げる。
すぐ隣の男が抜刀し切っ先が肌すれすれを通った。ほどかれつつある髪の毛は一房宙を舞う。
降り注ぐ毒針の雨を男を身代わりにして回避し、その大きな体で身を隠すと、連中は構わずその男をぶった斬る。
ぱっくり切断された肉体から噴き出した血。容赦ないその所業に、恐れが増幅しそうだった。
ともあれ穴は生み出した。塞がれつつある奈落の壁、ただ一つのヒビへと駆ける。
包囲網からひとまず抜け出せ、走りっぱなしの足が限界を迎えている事を認識した。
昼は攘夷浪士、夜は奈落と戦い今は追いかけっこ。捕まれば幕引きなんて最悪だ。クソくらえ。
あれだけあった体力は削がれ、精神的疲労は溜まりに溜まって視界が霞む。
斬られた傷跡は興奮しきっているからか痛みは遠のいていた。
ふらっと一瞬意識が飛び、強く地面を踏んづけて倒れそうになる肉体を支える。
連中の猛追はまだ終わってない。再び移動を開始する。
どうしても減速気味だが、最後の気力を振り絞って懸命に足を突き動かした。
「しつこい……っ!」
荒く呼吸を繰り返しながら悪態をつく。
野郎どもの指示を出す声、追いかける足音が止まない。炎が飛び移る速さは尋常じゃなく、いつしか闇を真っ赤に染め上げていた。
着実に距離は縮まっている。捕らえられるのも時間の問題だろう。
連中に再び膝を屈するなんて屈辱だ。さっきはフリだったから我慢したが、本当は泥水をすするよりおぞましかった。
というか二度目の茶番なんてあちらさんも乗ってくるとは思えん。
……やっぱり逃げるなんて性に合わない。
できるんなら百倍にしてお返ししてやりたい。
そんな衝動をぐっと抑えた。ここから逃げ出すのが先決だからだ。
悔しい事に、私一人では奈落に勝てないのも事実。なんとしてでも帰らねばなるまい。
後ろから濃密な殺気がひしひしと空気を伝播する。それを頼りに逆方向へ走っていると、目前から一際強い殺意の塊が矢の如く突進してきた。
慌てて一回転するように地面を転がるも間に合わず、右脚を掻っ切られ血が伝う。
「手間取らせるな。逃げても無意味だとわかっていたはずだ」
くそ、囲まれた。殺気を消すのもお手の物ってことか。
じゃあさっきまでのはわざとってわけね。はははナメてんじゃねぇよぶっ殺す。
ぬっと赤黒い闇から姿を現した白髪の男に向かって笑いかける。強がりに過ぎないのは自分が一番知っていた。
「そう? 何人か負傷させたし私にとっては有意だったけど」
「変わらない結果の過程に何の意味がある」
「……別のならこっちが聞きたいな。何故そこまでして私を追う」
答えなんてわかりきった質問。
声音にも諦めが滲む。
白髪の男は濁りきった目でこの体の忌々しき跡を射抜いた。
「その背中に刻まれた八咫烏。貴様が我々の一員であった事の証左だ」
ああ、やっぱり。一滴の絶望が心を揺るがす。
乾いた笑い声を小さく漏らすと、前から背中に手をやりぎゅっと着物を摘んだ。
松陽に拾われる前の記憶はなく、手がかりは背中に彫られた悪趣味な紋章だけ。
前の自分と今の自分は別物。思い出した所で今と関係がないと思ってた。
だから興味があってずっと探していた。刺青を入れる輩といえばと構わず攘夷浪士ばっかり狙って。
その結果、私は人殺し集団の──奈落の仲間であることを知った。
因果なものだ。現状の私は人殺しと同等なのだから。
『もし記憶を取り戻した時に君が大切なものを傷つけやしないか……私は心配しているんですよ』
『知らないことは不幸でも、幸せなのだから』
蘇る恩師の言葉。
その意味を少しわかった気がした。
「かつての同胞を片づけるには仰々しいお迎えだな。そんなに昔の私は働き者だったのか?」
にっと口角を上げる。光を失っちゃいない瞳で連中を捉えた。
この絶望的な状況で、と周囲がざわめくも無表情のままの白髪の男。しゃらんと錫杖を鳴らし、一歩前へと出る。
「我が名は朧。服従せぬ傀儡など必要ない。裏切り者を粛清してくれよう」
「そ。朧、アンタ女の子の背中にあるものよく知ってんだね。えっち」
斬りかかる奈落を冷静に見つめ反撃する。
私の拳は、蹴りは一撃が重く、吹っ飛ばされた拍子に持ち主を失くした刀も使う。
「私が従うなんてかわいい真似すると思う?」
演技はしても心から追従する事は絶対にない。そんな事するぐらいならあいつらに愛してるって言うほうがマシだ。
松陽は確実に私の過去の片鱗を知っているだろう。
ようやく掴んだ居場所とか、平穏が当たり前に続くとか、今思うと心当たりがある事ばっか言いやがって。問い詰めて吐かせてやる。
かつてない松陽への憤り。加えて頭を過るあいつらのバカな顔。
帰らなきゃいけない用事が出来た。
勝手な事してごめんなさいって謝る。
それからありがとうって言ってやるんだ。
ギリィと歯をくいしばると無音の気合を叫びながら飛びかかる。
いつのまにかお月様はまあるい顔を覗かせていた。
「ハァ……、ぅ、ああああああッ‼︎」
とっくに斬れ味の落ちた刀で敵の身を切り裂き、横から放たれる毒針を払いのける。
背後からずぶ、と体を貫かれて動きを止めた。
降りかかってくる幾つもの刃を凌ごうとするも捌ききれず肌を傷つける。赤い線が切り込まれるとそこから血が流れ出した。
「何、まだ動け……⁉︎」
強い思いを乗せた全力の刃が背後の敵を切断し、二本の腕を飛ばす。
距離をとって刺さった凶器を抜き地面に突き立てると、膝をついて僅かでも身を休ませる。
満身創痍だった。
全身は血に濡れ月明かりに照らされる。業火に焼かれるような痛みは容赦なく劈き、闇に落ちそうな意識が首の皮一枚繋がっている状態。
四肢は酷使され震えが止まらず、正常な呼吸がやっとできる。
それでも仕留めたのは……。
数少ない屍。痛みに呻く奈落の連中。
まだまだ足りない。道連れにすんならもっとだ。私の命はクソ野郎ども数人じゃ釣り合いとれねーんだよ。
「貴様は死神に嫌われているようだな」
死に物狂いの攻防に朧は纏う空気を一気に塗り替えた。
この場で誰よりも死神に近しい敵の参戦に私も最後の力を振り絞った。
痛い、痛い、痛い‼︎
あまりの激痛に悶える。刺さったままの仕込み刀や毒針が墓標のようだった。このまま死ぬんだったら強ち間違いじゃないけど。
現実逃避をするも髪を掴まれ地面に叩きつけられるとそんな暇も無くなった。
「ガッ!」
「二度も言わせるな。手間取らせるなと」
口内に鉄の味が広がる。げほげほと激しく咳き込んでいると、何度も何度も頭を打ち付けられた。
本格的に血が少なくなってふらぁと目眩を覚える。ずり、と見上げるように顔を向けた。
奈落を何人か殺し、また何人かは死なない程度に痛めつけた。反抗的なのは充分わかってるはず。にも関わらず……
「私を殺さないのはなんでだ? 始末するとか好きに言ってくれたけど。そーゆー命令でも下ってんのかよ」
ほぼ確信した声音で血塗れの顔に余裕を灯す。
迎えに来たって言ってたし生け捕りかなって考えてたけど、ここまできて殺さないって事はそういう事でしょ。それなら一応勝機はある。
朧は答えない代わりに刀を二本プレゼントした。
ただし一本ずつ私の手を地面に縫い付ける十字架として。
「ぐっ、うううぅぅ……!」
手のひらを貫通する痛みに耐えるべく、唇を噛む。唸るような声に朧は呟きをこぼした。
「そうしていると獣のようだ。……夜兎族であるから嘘でもないのだろうが」
や、と……? 何を言っている。
この男には奈落の一員である事も把握されているから、私の知らない私を知っていても不思議じゃない、か……。
はは、だいぶ精神もやられてら。
でももう疲れてきた。これでも頑張ったんだよ。何時間戦いっぱ走りっぱだと思ってんだよ。戦い好きでもこんな精神ガリガリ削るのはゴメンだ。
頭を踏んづけられて屈辱に顔を歪める。けどぶん殴るには手は刀刺さってるし、身体中重くてどこも動かない。
死んだように眠りたかった。眠ってしまいたかった。起きても希望は転がっちゃくれないし、どうにもならない現実に匙を投げたと言ってもいい。
あ、なんかもう……無理、かも。
目を閉じかけた私の耳に奈落共の会話が届く。この者の始末をどうつけるとかそんな話だ。
あーはいはいお好きにして。
投げやりな気持ちでいっばいだったが、気になる発言に意識が覚醒し出す。
「朧様。松下村塾への襲撃はどうなさいますか」
松下村塾……? 奈落はあいつらに手ェ出そうとしてんのか。それなら……松陽に倒されて死ね‼︎
直情的な殺意を人任せにする。数分先の自分の命も危ういが松陽の危機となればへばっちゃいられない。聴覚に全神経を注いだ。
「……そうだな。貴様に選ばせるとしよう」
朧は踏んづけた先、私の髪を掴んで引き寄せた。
ふぅー、と荒い呼吸で舐めつける視線と、憎悪を孕んだ瞳が交錯する。
そして残酷に言いつける。
「己が師、吉田松陽か。それとも同門の仲間達か。救いたいほうを選べ」
どくっ、どくっと心臓は動く。指先は凍ったように冷たいし、気を抜けば一瞬で遠のく世界。
朧の言葉を反芻してもなお身体中の痛みは消えてくれない。現実は酷く無慈悲なもので、嫌だと突っぱねても目前に現れては心を引き裂いた。
どうしてこんな事になった。
どこからこの道は決まっていた。
私は散々足掻いてきたじゃないか。
結末がこんなだなんて、あんまりだ。
「選ばないのなら両方消すまでだ。それとも今ここで死ぬか」
首を絞める手に力が込もる。
苦しい、生きたい、帰りたい。
ああなんか走馬灯が見えてきたんだけど。
銀時と高杉がバカな事で喧嘩して、私もそれに加わっておちょくるの。んでヅラが疲れた顔して宥め松陽が笑って見守る。そんな、泣きたいくらい温かな居場所。
私はそこに帰りたかった。
もう一度あいつらに会えるならなんだってするよ。
家事を押し付けたりなんてしないし、優しくするから。意地悪もしない。
あいつらが、松陽が無事ならそれでよかった。
私がどうなったとしても。
その刹那、私の意識を何者かが刈り取った。
プツリ───と神経が遮断されたように自分の意思が身体に繋がらない。
「がっ……ぅ、つっ、ああぁ……!」
手に刃が刺さったままなどお構いなしにその身体は震える。
やがてブチィッ! と肉を千切り両腕が自由に、いやただの肉片に代わる。
朧は異変を察知し離れようと試みるが、鋭い蹴りが奴をぶっ飛ばすのが速かった。
周囲の奈落共が襲いかかってくるよりも、ずっと先をゆく攻撃。
吹っ飛ばされた軌道は一直線でその間の木々はぶち破られた。荒々しく豪快な力についに連中の殺意が淀む。
「その血に眠る
朧は直撃した腹から血が噴き出すのを感情のない瞳で見下ろした。徐々に出血量を減らしていく身体を無理やり立たせ、睨む。
そこには軽々しく命を摘み取ってゆく少女がいた。
あれほど歯が立たなかった奈落相手にたった一人で圧倒するその姿は、まるで。
血に濡れ、恍惚とした笑顔さえ浮かべる狂った獣であった。