お家に帰ろう   作:睡眠人間

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三人

銀時がうちに来てから早くも半年が経とうとしている。

銀時。

ある時心の中で呼ぶつもりがうっかり「銀」と声に出してしまい、それを聞いた松陽が銀時と名付けた。

本人はひっそり喜んでるので何も言えない。

でもちょっと悔しかった、かもしれない。だって時つけるだけだったし。

 

銀時の話は聞いた。

戦場で屍を喰らう鬼。本当は戦場跡で殺されたまま放置されていた死体から追い剥ぎして、なんとか凌いでいた子ども。

そりゃあったかい握り飯も知らないわけだ。

銀時は刃毀れした刀ーーそれも戦場跡地で拾ったものだろうーーで己の身を護り敵を斬っていたと思われる。

松陽は沈痛な面持ちで語った。

 

それ以外してこなかったんじゃないかって。

 

「酷な話ですよ。こんなに小さな子どもが人を斬って暮らしていただなんて」

「親いないのかな」

「どうでしょう。時々自分のことを話してはくれるんですけどね……」

 

松陽は布団でぐーすか眠る銀時の柔らかな頰を撫でる。

 

「記憶、ないのかな」

「……君のように?」

 

そう。私のように。

体は覚えてるけど、脳みそはすっからかんなの。

帰る場所も行く場所もわかんなくて、独りぼっちで寂しい時に松陽が来てくれた。見つけてくれた。

どれほど嬉しかったんだろう。

 

「この子の父親代わりみたいなもんだよ、松陽は」

「はは、そう思ってくれているなら嬉しいですよ。私も銀時のことを息子のように感じています」

 

勿論、雪子は娘みたいなものですよ。

付け加えられて、頭を撫でられると良い気持ちになった。

うむ。くるしゅうない。

 

竹刀を構えて何度も松陽に挑む銀時。

日に日に元気になってるっつーか……、あれ勢いつきすぎじゃね?

いいなぁ、松陽に剣を教えてもらえて。私もいい加減やっていいと思うんだけど。

 

「銀時のことはいいとして……雪子は、記憶を取り戻したいと思いますか」

「私? んー、どうだろ。思い出が嫌なものだったら欲しくないな。今のほうが幸せだからね」

「そうですか……」

「というかね、そろそろ私にも教えてよ、剣の扱い方」

「……雪子はどうするんですか? 何の為に剣を振るうのです」

「何の為に?」

 

はて、考えたこともなかった。

ただカッコいいよなって。

あとは、楽しそうだと思った。竹刀一本でチャンバラごっこ。うん、楽しそう。騒がしいのは嫌だけど。

でも銀時は違う。

松陽のように強くなりたいと、誰にも負けたくないと、一本芯を通してひたすら走っているようだった。

だったら私は……

 

「私の為だな。強くなれたら気持ちが良いだろうし、このままだと、なんか、置いてかれそうでやだ」

 

うん。そういうことだな。

ていうかなに、置いていかれそうなの? 誰に? 松陽に?

特に何も考えず話した内容を聞くと、松陽はお月様を見上げる。

 

「雪子は自分の為に、ですか。君にとってはそれもいいかもしれませんね」

「え、じゃあ教えてくれるの」

「はい。銀時に良い好敵手ができて意識も高まるでしょう?」

 

そっちか。

まあね、ついででもいいけどね? 銀時が優先されてるみたいで、つまらない気持ちになった。

念願の許可が下りたのになんだか楽しくない。

松陽がポツリと零した言葉が耳に残った。

 

「もし記憶を取り戻した時に君が大切なものを傷つけやしないか……私は心配しているんですよ」

「……大丈夫だよ」

 

すぐに言えなかったのは約束できなかったから。

時折私を苛むように頭が痛くなるのだ。でも記憶が戻る確証はないし、戻ったところで私が暴走する可能性だってわからない。

わからないんだったら、そんなの無に等しいじゃないか。

 

「明日、さっそく稽古を始めましょう。今日はもう寝なさい」

「うん」

 

銀時の側を立って部屋を出て行く松陽。

そのあとを追おうとすると、くいっと袖を引っ張られる感覚。

振り返れば目が覚めたらしい銀時が私を見ていた。

 

「お前、自分のことわかんねぇのか」

「結構前から起きてたのか……。うん、そうだね。松陽に会う前のこと覚えてないから」

「……家族はいねぇの」

「そうなんじゃない? 今は松陽が父親代わりみたいな感じ」

 

そうなんじゃないって、他人事のように答えた自分に苦笑してしまう。でもわからないから、やっぱりそう言うしかない。

 

「俺は?」

「え?」

「俺は」

「そうだな、銀時も家族だよ」

「そうか」

「うん」

 

言うと、ごろんと寝返りを打ってこちらを向かない体勢に。

てかいきなりなんなんこいつ。

 

「安心しなよ。私も松陽も過去に何やってたところで、お前をどっかにやろうなんて毛ほども思っちゃいないから」

「そんな心配してねぇ」

「照れちゃってまー。でもそっかー、信頼してくれてるんだね。ありがとー」

「してねぇし。口閉じとけ外見詐欺師」

「誰が外見詐欺師だよ」

「お前しかいねぇだろ。大人しそうなのにめんどくせぇ性格しやがって」

「それ言うなら松陽もじゃない?」

 

あの人が恐ろしいほどの剣の使い手だとは誰も思うまい。

ぱっと見は優男って感じで、村の奥様方はコロっと騙されているし。

銀時もその結論に至り、揃ってめんどくせぇと言い換えた。

もう用は済んだだろうし立ち上がり襖を開ける。

 

「そうそう、聞いてたと思うけど明日から私も剣教えてもらうから」

 

よろしくね、と囁くと銀時は布団から取り出した手を軽く振って、目を閉じた。

 

 

ーーー

 

 

俺には家族……とでも呼べるやつがいる。

つうかさっき向こうがそう思ってたって聞いたばかりだけど。

 

もし俺に父親がいたらこの人みたいなんだろうなって人。

つっても松陽は教え子たちの師匠だし、剣においては越えるべき壁でもある気がする。

雪子に見抜かれてたのは癪だが、確かに松陽のことを父親のように思っている。

じゃあ雪子は……というと首を傾げざるを得ない。

 

最も近しいのは姉だろうか。

授業をサボっていたら引き連れるどころか雑用にこき使ってくる姉。二度寝しようとしたら布団を剥ぎ取ってくる姉。

吉田家の家事炊事掃除洗濯、それから家計に至るまで殆どの権力を握る姉。

なんかしっくり来た気がするけど、俺が弟になってしまう事実を受け入れたくない。

 

でも、松陽も雪子も俺の家族だ。

松陽に出会うまで俺は大人にだって負けたことはなかった。

雪子に出会うまで手を引っ張られて家に帰ることはなかった。

 

あいつらを悲しませることはないようにしたい。

それが、自分がちっぽけだと気づいた俺の望みだ。

 

ーーあの教え処には刀を持った白髪の童がいる。

 

近所の誰かが噂しているのを聞いた。

俺を斬ろうとする奴らの中には、奇異な見た目が気に入らないから、なんて理由もあった。そのぐらい変な容姿だ。

あいつらの迷惑になるぐらいなら、と此処を出て行こうとした日もあった。

けれど此処が俺の帰る家だと言ってくれたから、結局離れることはできやしない。

……それに、どっかにやるつもりはないって言われたし。

 

だったらずっと此処にいてやる。

あいつらに手を出してくる敵から、守ってやる。

 

強くなるしかない。

そしていつか松陽に……

 

決意した俺は瞼を閉じる。

翌日、二度寝しようとしたらやっぱり叩き起こされた。

 

 

ーーー

 

 

次の日。

二度寝しようとする銀時を無理やり起こし朝の仕事を終えると、剣道着に着替えて道場に足を踏み入れた。

 

「それじゃあ始めましょうか。まずは私と銀時を見てくださいね」

 

で、暫く観察してたんだけど。

 

「銀時よっわ。お前全然勝ててないじゃん」

「うるせー! 野次飛ばすんなら見んなよ!」

「いやほら、黙ってたって面白くないでしょ。少しでも場を盛り上げようとだな……」

「んな盛り上げいらねーよ!」

 

なにを、貴重な黄色い声じゃない。まあんなもん出した覚えはないが。

開始数十分でボロボロの銀時。対して汚れ一つついちゃいない松陽。圧倒的な強さなのはわかったけど……

 

「剣を教えてとはいったけどさぁ。なーんかテキトウだよね」

「そう見えますか?」

「うん。銀時がザコだから余計に」

「おい」

「なら雪子もやってみましょう」

 

ぎゃーぎゃー騒ぐ銀時は置いといて、私はついに竹刀を持って松陽と対峙する。

にこりと目が笑っているけど全く気が緩んでおらず、むしろ張り詰めているのをヒシヒシと感じた。

ごめん銀時ザコとか言って。これ無理だわ、勝てる気しないわ。

対抗して私も作り笑いしとく。

えーと、銀時は正面から突っ込んでコテンパンにやられてたよな。なら私は……わかんないから真似しとこ。

 

そして呆気なくやられた。

 

「ぷっ。俺以上にザコだったなー、どうだよ大口叩いて惨敗する気分は」

「んー、ほどほど。否定できないや」

「言い返さねーのかよ。つまんねぇ」

「大人だからねぇ」

 

鼻で笑った天パ野郎の頭に拳骨をお見舞いしてから、行儀が悪いと思いつつも松陽にビシッと竹刀を突きつけた。

 

「松陽!」

「何ですか?」

「どうしたらそんなに強くなれますか!」

「実行なき者に成功なし。口を動かす暇があるなら手を動かしましょう」

「ですよねー」

 

長い目で見るしかあるまい。

中段の構えをとって、叫ぶ。

 

「んじゃ、もう一本!」

 

 

ーーー

 

 

「松陽はもうちょっと手加減してもいいよねー」

「お前が俺に手加減しろよ」

「十分してるってーの。それにしてもちょうどいいパシリがいてよかったわー」

「隠すことなくパシリっつったな雪子!」

 

痛む身体の節々を無視して、銀時と田舎道を歩いていた。

そろそろ野菜が切れるので松下村塾の生徒のご家庭にもらいに行くのである。ついでにお米とかもらいたかったから銀時を連れてきてよかったー。男の子って便利。

でもね銀時、なんでお前刀持ってんの? 護衛と勘違いしてない? すれ違った人とかぎょって目ェ開いてんじゃん。

銀時は私に殴られた頰を撫で摩る。

 

「いつも米だろーが野菜だろーが運ばせるためにそこら辺の男捕まえてこき使ってんじゃん。なんなの急に」

「その言い方悪意感じるんだけど。なんとなくだよ」

 

そうだ、銀時連れてこうと思って連れてきたまでである。理由なんかない。私は思ったらその通りに行動する質なんでね。

 

「雪子ちゃん。松陽先生のおつかい? 幼いのに偉いわねぇ」

「ありがとうございます。もし宜しければ、お米を頂けないかなーと」

「いいわよ全然! あら、銀時君もなの? 二人とも頑張ってね」

「あ、ああ……」

 

にっこり作り笑顔で愛想を振りまき、いくつかの民家をまわって食料をゲット。銀時は顔引き攣ってたけどね。

本日のミッションも終えたので松下村塾に帰る。

 

「あー重いなー。あまりの重さにフラフラしてきたなー」

「俺に米持たせといて何言ってんだ! 自分は軽い物ばっか持ちやがってよ!」

 

私より背の低い銀時は袋いっぱいに詰めた米を背負っている。まあいいじゃない。これも特訓だと思って頑張りたまえ。

でもフラフラするのはほんとのこと。なんでだろ、こんなに外にずっといることが少なかったからかな。

いつもは松陽に手伝ってもらうか、その辺の銀時より成長した少年たちに運んでもらうから、ちょくちょく外出することはあっても何時間も出ることはなかった気がする。

あれ、今思うと私相当引きこもってるよね。

 

「……もっと米軽かったらお前のも持てた」

「あともっと頼もしかったら、ね。ありがと銀時。大丈夫だよ」

 

眩しい夕日を遮るように松陽が歩いてきたから。

ひょいっと銀時の背負う米を抱えると、私が持ってた野菜に手を伸ばそうとする。

 

「いい。自分で持つ」

「おや」

「てめっ、さっきはああ言ってたくせに」

 

躱すとジト目の銀時に野菜の半分を投げる。

 

「こうしたいから」

 

松陽の空いた手を握って、横に並ぶ。

もう片手は米を抱えてるので銀時の繋ぐ手はない。つーかコイツ刀持ってるしね。

残念だったねーと笑ってやれば、ファザコンと罵られた。うっせ。

 

 

ーーー

 

 

「雪子は剣の扱いに向いていないかもしれませんね」

 

私が松陽に教えてもらい始めてから数週間、突然そんなことを言われた。床にへばりついてた私は顔を上げて続きを促す。

 

「身体を守ろうとするあまり攻撃が疎かになっています。逆に銀時と戦う時はボッコボコにしているのに」

「だって銀時だしなぁ」

「なんでだよ。しかもお前、竹刀持ってるくせしてほとんど使ってねぇよな。ほとんど肉弾戦だよな」

「だって銀時だしなぁ」

「そこ俺関係ねぇだろ!」

 

松陽が相手だと傷つけちゃいけないと思うから、どうしても剣先が鈍る。銀時はいつものノリで、つい。

無理して刀を使う必要はないのでは? と聞いてきたけど……うーん。

 

「強くなりてーなら刀捨てちまったほうが早いんじゃね?」

「えー。でも刀カッコいいしさ」

「カッコよさが大事なのか」

「大事。だって気持ちいいじゃん」

 

よいしょと立ち上がって竹刀を掴む。

自分でもどうしてそこまで刀にこだわるのかはわかんないけど。

 

「では、どちらも使ってはどうでしょう」

「刀も拳も?」

「ええ。雪子自身も君の刀も、全てが強さになればいい」

 

そうか、一方を絞って殺すぐらいなら両方活かせる道を選べばいいんだ。じゃあそういう方向性でよろしく、先生。

両手を塞ぐ中段の構えはやめにする。

片足を一歩前へ。腰を低くし後ろにやった手で竹刀を握った。

 

「……で、ここからどう動けばいいんだろ」

「お前もうやめちまえば?」

 

鼻をほじった銀時が、アホくさと呟いた。

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