変わらない過去
時は無情にも平等に過ぎていく。
あの日泣くだけだった少年達は今や勇ましい攘夷志士へと変貌を遂げる。
残された道は彼女のおかげで少なからず平凡なものもあったのだが、協調など知らぬ存ぜぬの彼らでさえ満場一致で目標は定まったのだ。
すなわち連れられた師匠と幼馴染を取り戻す事。
いいや、少し語弊があるだろう。
正確には連れられた人間ではない先生の正体を直接聞くため、そして自ら裏切り者の皮を被った幼馴染を叩っ斬るためだ。
松下村塾が焼かれた日。
それは彼らの日常が崩壊した日であり、彼女が孤独を選んだ日であり、彼が念願を果たした日であり、先生が先生であることに揺らぎが生じた日である。
それまで噛み合わさっていた歯車が瓦解し、袂を分かった弟子達はそれから数年、道を交える事は無かった。
先程も述べた通り松下村塾の弟子達は二人を救う為に戦場を生きる。
世間では天人への敵意がふくれ、血気盛んな若者達は戦争に参加するのもまた世の風潮だった。
彼らもその身を投じる事となる。
自分を追うなと言った師を裏切り、取り戻しに来いと約束させた幼馴染の言葉通りに。
するとめきめきと頭角を現していった彼ら。更にひとりの若者も合流した四人を合わせ、人間は畏怖と尊敬を込めて、天人は恐怖と敵意を込めて攘夷四天王と呼んだ。
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何度も読み直されたそれはたくさんの皺がつき色褪せ汚れている。それでも手放さないのは最後に託されたものだったからだ。
「おまんら、ようそれを読んどるが何故じゃ? ひょっとするとコレか?」
「だったらどんなにいいことかねぇ……。残念ながら違げーや」
黒いモジャモジャのほう、声は大きくデリカシーがないと言われる坂本辰馬がコレ、と指の形で表しながら聞く。
すると白いモジャモジャのほう、気怠げな顔をする坂田銀時がこれまた気怠げに言葉を返した。
つい先日まで幕府側と白刃を交わし再起不能まで追いやったところだ。しかしそれは攘夷軍も同じで、こちらも再起働するまで暫く時間はかかると見込まれていた。
「ヅラも高杉もおんなじことを言いよる。一体誰じゃき、その文の差出人は」
「……ただの喧嘩相手だよ。俺達ゃそいつをぶん殴りに行くって決めてんだ」
「てんでバラバラなおまんらがか? それはそいつが可哀想じゃの」
「はっ、アイツなら笑顔で返り討ちにしてくるさ」
今なら負ける気しねェけど、と付け加えた銀時は胡乱な目をする。
「なんで腹抱えて笑ってんの?」
「アハハハハハ! そうかァ、おまんらが力を合わせるのならそれもできる、頑張るぜよ」
「別に合わせる気ないけどね。……つーかオメーはどうすんの?」
目線は坂本の手元へ向かう。
包帯の巻かれたその腕は先の戦で負傷したのだ。いいや、全身の至る所に怪我をしている。それも幕府の負傷兵を護らんとした時に。
「ん、ああ、この腕か。治療するに決まっとる。ちぃと前線から外れるがわしがいなくともおまんらは大丈夫じゃろ」
「おー大丈夫に決まってらぁ。さっさと行ってこいよ、そして帰ってくんな」
「相変わらずヒドイ男じゃのう金時」
「人の名前間違えるヤツに言われたかねェよ!」
腹から笑い声を上げる坂本は、そうかそうかと楽しそうに頷いた。呑気な様子に先日の敵影が薄くなっていく。
銀時はどうしてそんなに能天気なのか、とため息を吐いた。しかしそれがこの男の根っこに近しいものであるような気がして、咎める気になれない。
「しばし離れる。わしが帰ってくるまで待っておけ」
「……あー、辰馬」
「何じゃ?」
「おめーは宇宙へ行くと言っていたな。鬱陶しいぐらい」
「鬱陶しいは余計だが、それがどげんした」
銀時は何とも言いあぐねて首筋をぽりぽりと掻く。
澄み渡るような青空が広がり、青い天蓋の外には無限の星々が輝いているのだろう。そんな空を仰ぐと不思議と心が落ち着いた。
「お前はやっぱ、そういうやつだよ」
坂本はきょとんとした顔になり笑い声を上げた。やがて剣士のいのちを無くした腕を掲げ、変わらない笑顔を浮かべて去って行く。
その後ろ姿を見届けて銀時は立ち上がる。
坂本は違う。
頭で理解していても重なって見えた。
前々から少しずつだが戦場を去る若者が増えていた。その前も名前は出てこないが存在感の薄い侍が消えている。
戦い、血に濡れその手で掴んだ勝利は仲間を留めるには足りない。善戦もこの先厳しくなっていくだろう。桂はそう認識しており、銀時もそうであろうと苦々しく思っていた。
先の戦だって恐ろしい強さの天人が参戦していた。これからはどんどん激しくなり、敗戦一色となるかもしれない。それが続くのであれば道の先に横たわるのは天人の死骸でも仲間の屍でもなく、己の骨になるだろう。
攘夷四天王と呼ばれ、白夜叉と恐れられた自分ですら感じているのだ。どうして部下や同胞の士気が下がらないと思うのだろう。
銀時は表情を歪める。
死と隣り合わせが当たり前だった。
師に拾われてからは人を斬ることを禁じた。屍を食らう鬼と恐れられた自分から変わろうと思ったからだ。そして現在は、白い鬼と恐れられている。まったく変わっちゃいないと銀時は自嘲した。
松陽に拾われてからは平穏な日々だったと認める。
たしかに慌ただしくバカしかいない阿呆な毎日だったが、楽しかったものはしょうがない。まったく口にしてやる気はないけれど。
「おい、銀時」
あの毎日を共有していた幼馴染から声をかけられ、銀時はゆるりと振り返る。そこには予想と違わず鬼兵隊総督、高杉晋助が立っていた。
「あいつは行ったよ」
「そうか」
端的に言うと静かに相槌を打つ。
珍しく口論に発展しそうにない空気を察知する。高杉は遠くに目をやって、少しして銀時が手にしている文に目を留めた。
「また読んでんのか」
「お前だってそうじゃん、とりあえず渡しとくわ」
どんと乱暴な動作で高杉に渡す。
「そろそろヅラも遠征から戻ってくる頃だっけ?」
「……そうだな。そうしたら作戦会議を開く。銀時、おめーもいい加減最後まで参加しろ。途中から抜けるわすっぽかすわ、軍の士気に関わるんだぞ」
「へーへー、わかってますって。どこぞのチビ総督は細かくていけねェや」
「誰がチビだ。ふざけたこと抜かしてんじゃねェ」
薄々感づいてはいた。
高杉もまた、銀時や桂と同じ結論を出している。
それでもなお戦う道を選ぶのだ。
未だ消えた恩師と幼馴染の行方は知らない。
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一方、その恩師と幼馴染は奈落に囚われの身となっていた。
それもまた表現が少し違う。
幼馴染のほうは本格的に奈落の一員となって殺戮まみれの日々を過ごしていた。
そして元頭で不死者の松陽は幽閉される。今後一生陽の光も見れないような地下深くの牢屋だ。
しかし孤独は感じなかった。
なぜなら弟子が暇さえあれば会いに来るからである。たくさんの紙と墨が差し入れられ、なるべく先生のやりたいことをさせてあげたいらしい。
我が身などどうでもいいとばかりの所業である。
不思議なのは、どうやらそういったことが一人の仕業でないと思われるからだ。たとえば、決められた回数しか出されない食事の回数が明らかに他の牢人よりも多い。
出される量はそう多くもないから胃袋的にちょうどいいのだが。
少し思うところがあって、松陽はもらった半紙にありがとうと記しておぼんに置いてみた。
「まさかね……」
すると翌日に返事があったものだから口元に笑みが浮かぶのも仕方がない。
「どうして笑っているの」
牢番が静かに問う。
彼女が口を開くことは初めてだったので松陽は少し驚いた。
「あなたのこと、色々聞いたわ。だからどんな恐ろしい人が来ると思ったら、普通の人でガッカリしたの」
「普通とは……初めて言われましたね」
「不死者で奈落の元首領。これだけ揃っていれば異常者だと思うのが当たり前でしょう。優しくて良い先生。それがあなた。でも本当のあなたはそうじゃない」
「さあ、どうですかね。少なくとも私は君が想像するような人間ではないよ」
幼いながらに賢い子だ、と松陽は感心する。ゆえに惜しいとも思ってしまった。
「やはり奈落は何も変わりませんか。君のような子も連れ去られ、暗殺者として育てられる」
「……もう何も思わない。無駄なのよ、なにもかも」
「そんな悲しい事を言わないでください。君は、君達は足掻く事ができるのだから」
松陽は筆を取り、岩石が剥き出しの壁にさらさらと書いた。
「いいですか。人は生まれた境遇、生まれ持った才能や容姿などは変えられません。しかし苦しみ続けるのか、立ち向かって抗い続けるかは選ぶことができる。……君の教育係だってそうです」
「……あの人は抗っているのか、受け入れているのか、それとも楽しんでいるのかわからない」
「ええ。実は私もなんです。あの子が何を思い、何を感じているのか。しることは怖いけれど、しらないといけないんです。だからわかり合いたい。しっていたい。人間とはそういう生き物だ」
牢番の女の子は、壁に記された文字を食い入るように見つめる。その様子に気づき松陽は微笑んだ。
「どうでしょう。私を先生にしてくれませんか」
少女は考え込んだ後にこくりと頷く。
松陽はさらに表情を柔くして、授業を始めた。
松陽先生と骸の話→次話→坂本、銀時の話
という時系列になります。
順番を変えるべきかと思ったのですが、話の都合でこうなりました。
質問コーナーのやつも自分なりに書いてみました。