お家に帰ろう   作:睡眠人間

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原作では2年後ショック、5年後ショックがありましたが、この作品でももちろん起きます。○年後ショックです。つまり幼馴染組が立派に成長し………え? 知ってた?





弟子達の邂逅
大喧嘩


ひっそりとした牢屋で松陽はくたびれた紙を繰る。

己と似た形をした字が連なり赤裸々に書き記された雪子の人生。意外とマメな彼女は日付まできっちりつけている。そのくせ内容が一文のみの時もあるから、どうでもいいことに大雑把なところは変わっていなかった。

 

ご一読ください、と紙の添えられた冊子を松陽は丁寧に読み込んでいる。

空白の期間を埋めるように、止められなかった後悔を受け止めるように、しっかりと。

 

新しい発見や経験に胸を踊らせ、未知なる世界を知り成長していった彼女がどんな道を歩むのか松陽は楽しみであった。

夜兎でなく人間として育てられ、しかし本能は厄介事を……血と戦いを欲した。

本人は周到に隠していたつもりだったろうが、些細な仕草の変化や気配の読み方に実は気づいていたのだ。それでも言及しなかったのは、彼女ならばと願っていた故。

結局は母親同様に鳥籠に自ら飛び込んだけれど。

 

ぱり、と乾いた音を立てて最後の頁を開いた。

小さく小さく記された言葉に目を留める。静謐な雰囲気があたりを漂った。

 

「やはり君は……」

 

松陽はゆっくり口を閉じた。

雪子が言わなかった言葉をどうして自分が言えるだろうか。全てに目を通し、彼女が何を思い何を感じたか表面的になぞった後、松陽は長く黙すると牢番の名前を呼ぶ。

 

「骸。君に聞きたいことがあります」

「なに?」

「雪子は、朧は今どこに?」

「……戦場に。なんでも攘夷四天王を殺せと上からお達しがあったみたい」

 

松陽は目を瞑った。

ああ、彼らは殺し合っているのか。お互いの護りたいものを護るために傷つけ合うなど、どれほど悲しいことだろう。

そんなことを教えたことは一度たりともなかった。自分を追って傷ついて、挙げ句の果てに弟子同士で戦わせてしまうなんて。

何もできない己の手のひらを固く握り締めて、松陽は顔を上げた。

まだできることはある。

 

まっさらな和綴じの冊子を開き、そこに込めるべき思いを巡らせる。

 

「君に頼みがあります。この本を私の弟子の誰でもいいから届けてもらいたい」

「……それはなんなの?」

「ただの教本ですよ。私は消えるつもりは毛頭ありませんが、万が一のことを想定して託すことにしました」

 

松陽は記す。己が何を思い何を感じたか。

与えられてばっかりだった自分にも弟子達に伝える何かがあると信じて書き続けた。

それぞれの魂に留まる何かを。

かくして、後の世に留魂録(りゅうこんろく)と呼ばれたこの世にただ一冊の教本ができる。

 

 

──────

 

 

数十名の奈落は戦場に足を踏み入れた。攘夷四天王を殺し反乱の灯火をかき消すべく、攘夷軍の中枢を目指し猛進する。天導衆はまだ戦地に姿を見せていないがそれも時間の問題と思われた。

現地の幕軍や天人軍には中央から派遣された武力組織と名乗り、しばらく戦場で攘夷志士どもを片付けていた。

 

当然、戦いに陶酔するのだと自覚した雪子もそこにいた。松陽の刀だったものは鞘に納められたまま、いくらでも転がっている死体から拝借した、刃毀れした刀を使い戦地を駆ける。

 

夜兎の脚力で舞うように蹴散らし、培った暗殺技術を余すことなく披露する。雪子が通った跡は獣が荒れ狂ったように酷たらしかった。

一刀で致命傷を与え、横切る刹那に命を狩る。流れるような動作で殺していく様は、なるほど死神と恐れられるわけである。

その一方で荒々しく四肢を振り上げて撲殺する時もあった。その時の雪子はまるで何かに取り憑かれたように別人に豹変し、敵が苦しもうが喚こうがぽっくり逝こうが半端な痛みに死を望もうが構わない。

内なる狂気が収まるまで、縦横無尽に暴れるだけ。そうなってしまっては誰も止めることはできず、攘夷志士は圧倒的な強者に無造作に踏み潰されるちっぽけな自分に絶望して死ぬほかに道はなかった。

 

そうして幕軍で最も人を殺した雪子。

初めの頃は女っ気のない戦場に若く綺麗な女が送られたと騒ぎ立てた官軍は、次第に底知れぬ強さに畏怖の念を寄せる。

美しい薔薇には棘があるように、戦場に咲く一輪の花は、たった一輪で地上のあらゆるものを呑み込む毒花だったのだ。

 

天人の中では雪子が夜兎でないかと噂が流れ、しかし誰も確認できなかった。直接話す機会はない。

時々暴走するも基本は一刀両断。

溢れる剛力も、一撃入れるたびにうっかり折れてしまわないよう抑えていた。

その上雪子は夜兎のシンボルに等しい番傘を持たず、ぶら下がったままの刀を大事そうに手入れをしている。刀とは侍の魂だと攘夷志士によって叩き込まれた天人が、正体を看破できなかったのも無理はない。

 

やがて攘夷軍で名を馳せた攘夷四天王のように雪子も別の名をその身に背負った。

攘夷戦争末期、彗星の如く現れた彼女のことは一部の人間が知っていた。それは攘夷戦争の生き残りだったり、幕府側で武力を保持する組織に所属する者だったり様々だが、その後広められた噂話で伝説化した。

 

その名も獅子喰(ししぐ)い。

 

攘夷志士どもを食い殺さんと猪突猛進する様から由来する、攘夷戦争にて活躍した英雄の名前である。

 

 

──────

 

 

世界が地鳴りのような音を立てる。

絶叫、悲鳴、砲弾や銃弾が発射される音、刃が交わり身を斬る音。そんなものが混ざり合って激しい地鳴りになっているみたいだ。

砂埃が舞い煙が立ち上る。鼻につく異臭はこびりついてしまったらしい。

そこかしこで誰かが死んでいく。その死骸を踏み越えた誰かもすぐに死ぬ。地獄が現世に顔を出したかのような恐ろしい光景である。

 

幕軍へさらなる混乱と恐怖をもたらす鬼。

白い容貌と鬼神の如き強さから白夜叉と恐れられる男、坂田銀時は奇襲を得意とし今回の戦でも買って出た。

誰よりも多くを斬り多くを護る銀時は部下の制止の声も張り切って走る。

先陣を切った銀時の目に映った人影。

遠目からで薄ぼんやりとしか見えなかったが、ほぼ彼の中では確信に変わっていた。

 

雪子がいる。

 

「邪魔だ、どけえぇぇぇ!!」

 

銀時が敵を薙ぎ払い、血風が巻き起こった。

 

一年近く姿を見せず帰ってきたと思ったら、一日過ごしてまた消えた。そして数年だ。

この時をどれほど待ちわびたことだろうか。

なんとしてでも会わねばならなかった。文に記された情報はほんの少しで、雪子が裏切ったわけでないと知っても理解できないことが多々あったのだ。

会って話をしなければ。約束を果たさねば。幼馴染の頰を引っ叩いて、怒って泣いて、笑う。そうして四人揃って恩師を迎えに行く為に。

 

銀時は雄叫びを上げて突っ走った。いよいよ幕軍に飛び込んでいく、その寸前。

視界を何かが過り、腕に一筋の赤い線が入る。

体勢を崩して転がると、銀時は上から降り注ぐ長針を躱した。

トスッ。軽い音はすぐそこでした。裾を地面に縫い付けた針を抜き、銀時は目前の男を睨んだ。

 

「テメェは……!」

「やつの元へは行かせぬぞ」

 

しゃらん、と響いた音は古い記憶を呼び起こす。

 

「一度も……一度たりとも忘れたことはねェ。お前が松陽と雪子を……!」

 

銀時は敵意を剥き出しにして、血に濡れた刀を朧に向けた。腹の奥で蠢く激昂をかろうじて抑え、今にも飛びかかりそうな衝動に駆られる。

 

雪子に託された文に朧のことは記されていなかった。内容は松陽が不老不死であること、雪子が奈落に属していたことだった。

書いた当初、雪子は朧のことを裏切る気満々で、本来なら旅行記を渡す予定だったので文の重要性を軽視していたのだ。

よって銀時達は朧を未だに倒す相手だと認識していたままだった。

 

「朧つったよな。お前に会えて嬉しいぜ。まぁどっちかっつーと高杉のほうが探してたが……」

 

銀時は刀でトントンと軽い調子で肩を叩いた。

先ほどまでの怒りを無理やり押し込んだのだ。

激情を抱えたままでは勝てない相手だとわかっていたから。

 

「俺ァどっかの誰かさんみたく優しくねぇ。せいぜい死なないように気をつけるこった」

 

咆哮を上げ、銀時は駆ける。

あの日に叶わなかった光景を再現するように。

 

「天に吼える鬼よ。その咆哮、我が身でもって掻き消してくれよう」

 

両者は一気に距離を詰める。

白銀の閃光と黄金色の輝きが交わった。

 

 

──────

 

 

「しっ……獅子喰いだ! 魂持ってかれるぞ!!」

「あらひどい」

 

気をつけろと続く言葉は魂ごと消滅した。

鮮やかな切口からぷしゃっと血が飛び散る。勢いのまま周囲の人間の(はらわた)を斬り裂いた。

絶叫が地を震わせた。雪子はくるりくるりと踊るように戦場を走る。

 

「ひひっ」

 

腹の底に渦巻く狂気が喉の奥から漏れ出した。

いけないいけないと雪子は思う。

だが収まりきれない歓喜をどうすればいいのかわからない。夜兎の本能が今この時を拍手喝采しているのである。

 

極限の命のやり取りをする戦が愛おしい。

混乱と恐怖と血でいっぱいの、戦場が。

 

「いよいよ狂ってんなぁ」

 

理性は失っていない。呑み込まれてもいない。純粋に雪子の心がそう思っているのだ。

 

呼吸が荒い。

どくどくと早鐘を打つ心臓が気持ちいい。

なんたる全能感!

ああ、戦場(ここ)はまさに私のための居場所なのだ!

雪子は狂気的な思いを刃に乗せ肉を斬る。彼女が猛進してきた道のりはすべて赤く染まり、見るも無残な光景だった。

 

「これ以上行かせっ───」

 

刀を振りかぶった男の無防備な上体を斬る。返り血に汚れるも、雪子はまったく気にならなかった。

体を突き動かす衝動に身を任せる。けれど不思議。とっても満たされているのに心は空っぽみたいだ。喜んでいるのに悲しい。

相反する思いは、続々と襲い来る攘夷志士によってさらに膨れ上がっていった。

 

嬉々として先陣を切った雪子は、自由に動き回っているように見えてしっかり作戦を遂行していた。

おそらくもうそろそろだろう。刃を横に薙ぎ払い胴体を切断、開けた視界が少し眩しい。

 

暗雲が垂れ込めて、戦場を照らすのは遠くで発生する爆発だとか、きらりと反射する刀ぐらいだ。

濃厚な血の匂いに反応し、じわじわと雪子の思考が鈍りかける。そこへ断ち切るような鋭い叫び声が鼓膜を劈いた。

 

「鬼兵隊! 俺に続けええぇぇぇ!!」

 

鬼のように強い部隊、鬼兵隊が待ち構えている。

先頭で指揮する高杉と微笑んだ雪子は目が合った。

 

「───雪子ッ」

「高杉いぃぃ!!」

 

跳躍し、神速の刃がぶつかる。

鍔迫り合いになり至近距離から互いの顔を見る。

数年ぶりだった。

ただの普通の男の子だったのが見ないうちに攘夷志士にまで成長し、さらには若くして総督するまで力をつけた。それは雪子にだって言えることだが。

雪子の長い睫毛が瞬くと、ぺろりと舌なめずりをした。

 

「久しぶり。なぁに立派な色男になってんじゃない。随分と見ないうちに変わったもんだな」

「そっくりそのまま返してやらぁ。俺達を探してたらしいが……奈落の標的に選ばれたってか」

「そういうこと。つーわけで、お前達の首をもらいに来た!」

 

キィンと甲高い音を出して力で押し切る。

夜兎の雪子が上から潰すような圧力をかけた。硬い地面に亀裂が入り、支える脚と腕の筋肉が軋む。

このままでは文字通り叩き潰される。

悲鳴をあげる心臓は無視して高杉は唸った。

ギリギリのところで刃を流すと、勢い余って地面に突き刺さった雪子の刀が折れる。

 

「お? あらら、なくなっちゃった」

 

佩いた刀などまるで知らないというふうに、雪子は手をひらひらさせて飄々としている。

そこへ好機を待ち構えていた鬼兵隊の一人が雄叫びを上げて斬りかかった。高杉は待て!! と制止をかけるが遅かった。

ぐるん、と眼球が向く。

 

「そんなに死にたい?」

 

白く透き通るような腕が部下の体を貫通していた。突き出た腕は真っ赤に染まり、ぐちゃりと背筋の凍るような音を立てているのは臓物だろう。

あまりの光景に高杉は言葉を失った。

顔色から血の気が引き、握った拳が震えている。

その様子に気づいた雪子はなんてことない顔をして言った。

 

「部下が自分を助けようとしてあっけなく死んだのが悲しいの? それともこんなことを平気でやる私が怖い?」

 

彼女は獅子喰い。

反乱因子を根こそぎ狩り尽くす、攘夷志士の敵だ。

 

「ほら、この人苦しんでるよ。胴体貫かれてるのにまだ生きてる。さっさと楽にしてあげないの?」

 

浅く呼吸を繰り返すも、虫の息だった。

辛かろう、苦しかろう。よく耐えていると思う。

雪子は可哀想だと表情を貼り付けた。

周囲の鬼兵隊は息をするのも忘れたように呆然としていた。叫ぶことすら許さないと雪子の放つ冷気が雄弁に語っていたのだ。

 

「首をすぱーんって刎ねるんだよ。そうしたら地獄のような苦しみから解放される。残された側は悲しいのに、先に逝くなんてずるいと思わない?」

 

死にかけの攘夷志士の頭に、雪子は足を乗せた。

まるで明日の朝ごはんを考えるような気軽な感じだった。

そしてちょうど良い大きさの鞠を探すように頭部をゆっくり転がす。

 

「ま、お前らは今ここで死ぬんだけどな」

 

ぐちゅん、と肉の潰れる音がした。

悪夢は覚める気配がない。

 

 

──────

 

 

白夜叉と朧の戦いは熾烈を極めていた。

襲いかかる双方の援軍を殺しつつ迫る刃を避ける。

叫んで走り来る銀時が灼熱のようだったとするならば、静かに迎え撃つ朧は冷ややかな氷のようだ。

 

もう何度刃が交わったかわからない。

激しい金属音を轟かせ、すべてを壊した敵を殺すために銀時は没頭する。

何も知らないからこそ容赦なく凶器を振るう。それは朧が望んだことで、確かに雪子が先に出会わなくて正解だった。

もし会っていれば全てを伝えられ、銀時の剣は揺らいでいただろう。

だから、これでよかったのだ。

 

「うおあああああッ!!」

 

激突。躱して、斬って斬って斬って、蹴る。

銀時は朧の足を払い、体勢を崩した隙に腕を掻っ切る。それも致命傷を与えるには足りず、お返しとばかりに朧は仰け反った喉を貫かんとした。

それも錫杖を握る腕をひねり上げて防ぐ。

 

少しだけ銀時の胸に広がった疑惑。

───雪子の戦い方と似ている。

 

正確に言うなら、あの日の試合と通ずるものがあった。

 

「……どういうことだ」

 

銀時達の中で雪子はかつて奈落であり、裏切って松陽の元で暮らしていたことになっている。それが旅先で戻ってくるように言われ、そうせざるを得なかったと。

 

雪子と朧は知り合いのように振る舞った。

かつての仲間で覚えていたのか。それとも旅先で何かあったのか。いずれにせよ、やつが雪子の戦い方や気配に影響を及ぼしたのは間違いないだろう。

 

胸に黒い感情が滲んで、銀時は振り払うように荒々しく攻撃する。

 

「雪子はどこだ。松陽は無事なのか」

「…………」

「答えろ!!」

 

防御しながら朧は場違いな感想を抱いていた。

雪子も銀時も舞うように戦う。それが人の目を惹きつけて止まないのだろう、と。

 

朧は弟弟子の憎む目に苦しさを覚えなかった。

それが普通なのだ。自分は師を取り戻そうとして妹弟子を殺しかけ、さらに居場所を壊させた。

憎まれるのが当たり前だろうし、よっぽど楽だ。

しかし雪子は朧の心の内を見抜いた。だから自分の意思で奈落に舞い戻ったのである。

 

そうすることによって、朧にどれほど苦しみを味わわせるかを知った上で。

 

雨の中、雪子に結託を押し付けられようと朧は受け取らなかった。あの妹弟子は自分の意思で、あることに抗う。ならば己も魂を信じて貫くまで。

 

自分は兄弟子と呼ばれるような男ではない。

弟子達が咎を背負う必要はないと。

 

朧は自分の存在を敵として在るようにした。

そうすれば銀時が迷うことはないだろうと。

 

「貴様は知らないのか」

「っ、あぁ? 何をだよ」

「あの日、あやつと何を取引していたのか」

 

ぴくっと反応した銀時は忌々しげに眉をひそめた。

 

「松陽の首を交換条件に許してもらうってか? 

はっ、んなもん嘘だって知ってるさ。雪子は許しを乞うような女じゃねぇ。それに誰よりも松陽が大切だったのは───」

「ああ、そうだ。だから私と取引したのだ。吉田松陽を捕らえ生かしてほしいと。それならば、自分はどうなっても構わないと」

 

無論、そんな取引はなかった。

雪子がでっち上げたのを都合よく塗り替えただけ。しかしその言葉は銀時の心が揺らぐに足る。

 

「奈落の手は貴様らにまで伸びようとしていた。吉田松陽は処刑され、あやつは死ぬまで奴隷のように利用される未来を知っていた。それを捻じ曲げ、貴様らを生かしたのは雪子のおかげだろう」

 

つまり、雪子が手を赤く染めてしまった理由は自分達にあるのだと。

頭で理解しても、心が理解できない、したくない。

 

「己の罪深さを知れ。無知のまま戦い続ける鬼よ」

 

世界が一気に縮まった。

周囲を取り巻く地獄の景色は凄まじいことになっている。いたるところに人人人、天人天人天人。

種族は違えど肉片に変わり果てているのは一緒だ。

足元がぐらぐらした。ゴウッと轟く兵器の呻き。

絶命する瞬間の叫び。この手で屠った命の重み。

それら全てが銀時を非難するように喚く。

 

あの日。雪子は別人のように変わっていた。

あの日。松陽は穏やかに笑って去った。

 

自分達が無力だったからと嘆いた。

だから何も護れなかった。敬愛する師と大切な幼馴染が手の届かぬ場所へ行くのを、涙を堪えて見るしかできなかった。

 

───強く在らねば。

───もう誰も失いたくない。

 

自分達は師と幼馴染を取り戻すために戦ってきた。松下村塾のほかの弟子達も巻き込んで戦をし、何人もの弟子達が思いを託して逝った。

それらを背負い彼らは戦場に残った。

後戻りはできないと知っていたからだ。

 

悲劇は留まるところを知らない。

戦と同じだ。積み上がっていくほど止まらない。

 

「俺達はずっと、あいつの枷だったんだな」

 

深く沈んだ声で銀時は囁いた。

しかし研ぎ澄まされていく殺意は先ほどまでと段違いだ。もはや怒りは膨れ上がって、せき止める理性もすり減っている。

 

壮絶な憤怒を爆発させて鬼は吼えた。

 

「おおおおおお───!!!」

「はあああああ───!!!」

 

朧も雄叫びを上げる。

激突し、世界を揺り動かす衝撃音を響かせた。

 

ビュッと放たれたクナイを噛み砕いた鬼は、暴虐的な速度で振り上げた刀を薙ぎ払う。

確かな感触がして朧の胴体から血が散った。

ふらついた体を斬り心臓を抉る勢いで刀を刺す。

やったか、と銀時の力が一瞬抜けた隙に朧は素手で刀身を掴んだ。血が垂れるのも構わず引き抜く。

銀時が距離を取ると同時に朧は硝煙に姿を消した。

 

「待てッ!!」

 

視界は巻き上がった煙で遮られている。

どこから飛び出してくるかも分からず、銀時は警戒を強めた。

 

───来る。

察知し、飛んできた毒針を躱すと後ろで何かが刺さる音がした。振り返れば銀時を狙っていたらしい天人の肩に、朧が放った針が刺さっている。偶然にしたって正確だ。

 

そして銀時は気づく。

強風が通り過ぎ硝煙が消え去ると、あたりは天人に包囲されていた。

 

「白夜叉だ、本物だァ」

 

異形の天人が背筋の震え上がるような声で言うと、一斉に襲いかかった。その数、数十。

普段ならば死ぬかもしれない、と漠然とした思いを抱えるがこの時はそんな余裕などなかった。

 

腕をひねり刃先の軌道を変える、敵を周囲の敵に蹴りつける、天人を踏み台にして高く跳ぶと、着地狩りを狙う天人の脳天を貫いた。攻撃をかがんで回避し奪った長刀で斬り伏せる。

武器を捨てては拾い、四肢を駆使して戦う様は鬼そのもの。手負いだろうがなんだろうが圧倒的な強さでねじ伏せた。

 

あれほどいた天人はみるみる頭数を減らし、残る一人を倒した時。意識が遠のいたその一瞬をついて飛び出した毒針が、銀時の身体に突き刺さった。

 

「ぅぐ……!?」

 

続く数本も的中し、すとんと身体は地に伏せる。

力が入らない、武器を握れない。

口や鼻からぼたぼたと大量の血が流れ、血に浸っているような感覚を覚えた。

動け、動け、動け、動け……動け動け動け!

 

内側で暴れ狂う獣も檻からは抜け出せない。

言うことを聞かない身体を震わせて、銀時は世界の地鳴りを聞いた。

 

上空では手のひらで転がされる哀れな彼らを、烏が嘲笑うように旋回する。

 

朧は銀時を見下ろした。

その手にはぬるりと赤くなった刀が握られている。

ああ、首を刎ねられるのか。銀時は朦朧としてきた思考の中で思う。

 

嫌だ、嫌だ。

まだ約束を果たしていない。

ここで死ねるか───!

 

「…………ぁ……」

 

しかし口から漏れたのは、今にも息絶えそうなか細い声だった。

微かに動く指先が地面を掻いただけ。

 

「さらばだ……白夜叉」

 

松陽の弟子達は護りたいもののために傷つけ合う。

まるでそれは運命(さだめ)であったかのように、彼らを永遠に苦しめる。

 

暗雲が流されて束の間に光芒が差し込んだ。

光を受けた刀身が鈍く輝き、銀時の首元めがけて振り下ろされた。

 

──────キィン!!

 

何者かが突如現れ、赤と白銀が衝突する。

硬質な音を響かせて折れた刀はくるくると宙を舞った。朧は咄嗟に距離を取ると敵影を視認する。

 

「そこまでにしてもらおうか」

 

悠然と構える芯の通った立ち姿。

長髪を靡かせ、狂乱の貴公子は静かな怒りを込めた双眸で朧をひたと捉えた。







桂「ずっとスタンバッてました」

さすがに本編に入れたら怒られそうなので後書きに入れておきます。雰囲気台無しですね^_^

本編がシリアス過ぎて前書き後書きでふざけるしかない……すみません……
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