お家に帰ろう   作:睡眠人間

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魂を継ぐ者達

眩い光を放ち迫りくる刀を避ける。間隙を突いた追撃が朧の肉体を裂いた。じわじわと追い詰めている事実に銀時と桂は勝利を予感し、朧は自身の三度目の死を思う。

 

銀時と桂のコンビネーションはとても強力だった。首を狙って介入する天人を斬り伏せ、朧への攻撃を緩めることは一切しない。

傷口が痛みと熱を主張する。

けれどそんなことは些細なものだと言わんばかりに戦闘は加速していった。

 

「そこッ!!」

「任せろ!」

 

袈裟斬りした傷跡から、まだこんなに残っていたのかと驚くほど大量の鮮血が散った。

指先から体温を奪われる感覚に朧は身に覚えがある。ああ、そろそろこの肉体も終わる、と漠然とした恐怖を抱えて死を待った。

死は恐ろしい。

けれどその先に続く生がもっと恐ろしい。

いつからそんな感情を抱くようになったのだろう。

 

「吉田松陽の弟子達よ。貴様らが手にしていた平穏は永遠に還ってはこないだろう。その手に抱える虚しい残骸は変えられない。……だと言うのになぜ抗う」

 

思い出せ。かつて胸を抉った憎しみを。

自分がいない世界で幸福そうに笑う弟子達のことを。

そうでもしなければ、きっとこの刃は届かなくなってしまうだろうから。

 

「言ったはずだ。貴様らの師も姉弟子も二度と戻らないと。知っているはずだ。天が定めし運命からは逃れられぬと」

「ぅるせぇ……!!」

 

喉から絞り出した低音を震わせ銀時は円を描くように薙ぎ払う。朧は劣勢に追い込まれ、もはや攻撃を避ける動きすら思うようにいかない。

 

「貴様などすぐにでも斬り伏せてくれる。そうして雪子を迎えに行くまでよ」

「あやつがそれを望んでいないとしてもか」

「……貴様が何を知っていると言うのだ」

 

放たれたクナイを器用に弾き、桂は苛立たしげに顔を歪める。敵に幼馴染のことを知ったかぶりされるのは腹が立った。

しかし朧もまた数年雪子と行動を共にした仲だ。

彼らとは違った一面を知っている。

 

「あやつは嘆いていた。お前達がその手を血に染めたことを。そして期待していた。ずっと続く苦しみから解放されるのではないかと」

 

解放されたがっているのは、嘆いていたのは本当は誰だったのか。

その答えを知るのはきっとこの場に誰もいない。

 

「雪子は救われたいなど微塵も思っていないだろう。それでもお前達はあやつを救うと言うのか」

 

桂は何も言えなかった。

理由を考えることもしなかった。

彼にとって雪子は家族で、それだけで助ける理由となり得るのだから。

一方的だったのか? 自分達を護るためにたった一人で奈落に飛び込み、奮闘してきただろう雪子を救おうとするのは。

……いや、そんなことは、もう。

 

「関係ないさ。雪子が救われたくないというのなら、俺達は是が非でも救ってやらねばなるまい」

 

でないと彼女が報われないじゃないか。

たとえ本人が望まなくとも構わない。そもそも雪子が素直に助けてなんて言うはずがなかった。

 

「そこまでするのはあやつのためか。それとも師のためか」

「……さぁ。俺は俺の立てた武士道に沿って戦ってきた。それに従って征くまでだ」

 

恥ずかしいことに、自分はまるで雪子のことを知らなかったんじゃないかと桂は思った。自分達を振り回して楽しそうな彼女の心の奥を覗いたことはあまりない。

この戦いが終わって、雪子と会えたらたくさんのことを聞こう。そうすればもっと知れるはずだ。

 

決心する桂の隣で、知らねーのか? と口の端を上げて銀時は言う。

 

「侍っつーのはな、護りてェもんを護るためにゃいくらでも強くなれる生き物なんだぜ」

 

その答えに安心した。

彼らは紛れもなく松陽の弟子達だ。

彼の魂を継いだ者達なのだ。

 

「ハアア─────ッッ!!」

 

叫び声を上げ、朧は体を突き動かした。

もはやどうして動くのか不思議なぐらいにボロボロな体など捨ててしまえ。

錫杖はへし折られ、転がった刃物を振りかざし、毒針やクナイを飛ばして戦う。時には弟子達を狙う天人も殺す。どうせ雪子や自分が目障りだったのだろう。その分ならば殺しても構わない。

 

上空では烏が警告するように鳴いた。

どちらにせよ、自分も疑われ始めている。怪しい動きは止めて先生のために奈落に従うか。つまりは弟子の首を引き換えにして師を救う。果たして可能なのか。

 

いや、それも選択肢にはない。

雪子の言葉が、松陽との手紙のやり取りが、弟子達の覚悟が、朧を躊躇わせた。

 

「おおおおおおお!!!」

 

ついに肩口に刃がドッ、と払うように入る。左腕が切断され宙を舞った己の腕を朧は呆然と見送った。腕の損失、灼熱の痛みが傷口から全身に走り、朧は呻き声を上げる。

残り少ない血を流し尽くし生々しい赤の水溜りを作ると、そこに倒れ伏した。

 

「ぁ……あぁ、があッッ!」

 

先のなくなった二の腕を押さえて激痛に耐える。

大丈夫だ、どうせ死ぬ。全ては消え去り新たな肉体で蘇る。

いよいよ死は輪郭線を得てすぐそばに迫っていた。ぞっとするほどの深淵がこちらを覗いている。

死という安楽が、生という苦痛が待っている。

 

雲翳はとっくに崩れ、射し込んだ陽光が血と肉片で汚れた大地を照らしていた。

光を背負って銀時と桂は立つ。

朧は安心していた。自分が一番弟子であることを知られずに殺されることを。弟子達が悲しむことなく仇を排除できることを。

 

だというのに。もうすぐ仇を討てるというのにどうして浮かない顔をしているのだろう。

 

「朧。てめぇは……何者だ」

「……貴様の目に映るそれが、私だ」

 

左腕を失い、身体中傷だらけで刃物が突き刺さっている。戦いに敗れ、酷たらしく満身創痍で、もうじき死ぬ男に今更何を確認しているのだろう。

 

桂を制止し、銀時は静かな声で問うた。

 

「もう一度聞く。てめぇは敵か。それとも味方か」

「……何を言わせたい」

 

そんなものはっきりしているではないか。

苛立った低音はなおも続ける。

 

「情けでもかけているつもりか……。吉田松陽の行方はあやつが知っている。私を生かしておく価値などあるまい。───殺せ」

 

その目に希望も絶望もありはしなかった。にも関わらず、激痛に苛まれようとも屈しない魂の片鱗が見えた気がした。己の信念ともとれる何かを賭ける強い心が。

 

敵……なのだろう。

銀時や桂にとって朧とは倒すべき敵であり、憎んだ相手だ。けれど特に銀時の心に揺らぎが生み出されている。

 

───なんだ、こいつは。

 

戦いの最中に天人を殺したり。

数年前のあの日、銀時達を殺せという命令が下される前に燃やすように雪子に言ったり。

まるで自分達を庇っているようではないか?

先の言葉の交わし合いだって、必ず雪子を救わせるように誘導しているのかと勘違いしそうになる。

 

正気じゃないと思った。殺し合い、首を刎ねられかけた敵にそんなことを考えるなど普通じゃない。

精神が狂い始めているのではないか、と。

 

でも。

銀時の刀を持つ手が震えた。

 

自分達は敵を創り出すしか己の無力を噛み締めることを知らなかった。誰かを憎み恨まなければ、ここまでのし上がって来れなかった。

いいや、恨むことでそいつを通して無力な自分を嫌ったのかもしれない。

 

黒い感情で心の隙間を埋めて、糧にしなければ生きていられなかった。ちょうど拾われる前のあの頃のように。

 

荒唐無稽な作り話みたいだ。

しかし、しかし……銀時は己の頭がはじき出した、あまりに都合が悪く残酷な話に心が傾いていた。

 

自分達を護ってくれた?

雪子や松陽と同じように?

 

「バカだよな……」

 

乾いた笑みを浮かべ、銀時は頭を振った。

この男はもう手を下さずとも死に絶えるだろう。

浅くなっていく呼吸と、虚ろになっていく瞳がそう告げている。

 

恨んだ敵は死ぬ。

喜べばいい。彼らの願いの一部を達成したようなものなのだから。

ではなぜ喜べない。どうして心が苦しい。

気持ちがぐちゃぐちゃになるのだろう。

 

「銀時。俺がやろう」

 

何もできない銀時の代わりに、じわじわと蝕む死に終止符を打つべく桂は刃を振りかざす。楽にしてやろうと彼なりの誠意の現れだった。

憎んだ相手だったが、桂をして立派だと思わざるを得ない戦いっぷりに侍としての敬意を払うべきだと判断したのだ。

 

高杉と雪子の戦いはどうなっただろうか。

なんにせよ一刻も早くあちらに加勢しなければ。攘夷軍の撤回命令が下っている。今回の戦は負けだった。まもなく天人の大群が押し寄せてくるだろう。

 

そうなる前に、こいつを。

 

鈍く光る刀が振り下ろされる直前。

誰かが桂の腕を掴んだ。

 

「そこまでだ」

「高杉!?」

 

振り向けば全身に傷を負った高杉が、呼吸を整えながらそこにいた。どうしてここに、いや雪子との戦いはどうなったのか。質問が繰り出される前に高杉は朧のそばに立つ。

 

「……そんだけやられたんなら充分だろ」

 

そしてあろうことか左腕のない朧に肩を貸しゆっくり歩き出したではないか。銀時と桂は驚愕しつつ思わず眺めてしまう。

 

「は!? 何やって……つかオメーが一番殺したくてウズウズしてるとか言ってたやつじゃ」

「事情が変わった」

「どういうことだ。雪子と何があった?」

「そのバカのせいで俺達は恨む相手を変えざるを得なくなっちまったのさ」

 

高杉は長く語ろうとはしない。

しかしその眼光はギラギラと鋭く、悪い方向に進んでいるわけではなさそうだった。それは、つまり。

銀時は高杉の背中を強く叩いた。

 

「でかした高杉!」

「ってぇな! ……とりあえずあいつは死んじゃいねェ。つかんなこと言うぐらいなら感謝しろよ、一生崇めろ」

「あぁ!?」

「……で、お前は何をしようとしている?」

 

口論に発展しそうな空気を察知し桂が呆れたように尋ねると、答える前に耳元で弱々しく声がした。

 

「本当に、あいつは救いようもない……。俺を救ってどうなる……全てを壊した俺を」

「知らねーよ。知りたきゃ本人に聞くこった」

 

まったく世話の焼ける兄弟子だ。

その言葉に銀時と桂は目を見開いた。

 

先に我に返ったのは銀時のほうだった。

 

「……あとで全部ゲロしろよ」

「それは雪子に言ってやれ。ヅラ、どうする。雪子は天人軍を抑えるために一人で戦っている。だが俺達の部隊の撤退も優先しなきゃならねぇ」

「決まっていよう。あちらなら大丈夫さ、堀田もいる」

「かえって不安が増したんだが?」

 

好戦的な笑みを浮かべて高杉は戦場を見渡す。

遠くで撤退の合図となる硝煙が立ち上っていた。

 

「俺を抱えて戦うと言うのか……。とんだ弟弟子達だ……」

「はっ、俺から言わせりゃ随分と自分勝手な兄弟子ばっかで困るぜ」

 

たしかにその時の彼らは正気でなかったのだろう。冷静であれば、あんな敵の渦に飛び込むような真似はしなかったろうし、味方を助けるべく撤退したはずだった。

 

だが異常だと知っていながらも異論を唱える者はいない。彼らは一瞬足を止めた。

天人軍が攘夷軍の殿(しんがり)を殺そうと躍起になっている。今回の戦は攘夷軍の敗北だった。たとえ彼ら個人の戦いに勝利していたとしても失った命の数、犠牲となった友はあまりに多い。

 

それでも三人は毅然とした瞳でもって戦場を見据える。

 

「姿が見えねェと思ったらこんなところにいやがったのか! 侍どもの頭を殺せえぇぇぇ!!」

 

滾る興奮を収める方法など見つからない様子の天人どもが、刃をかざして我先にと迫ってきた。

 

「こりゃあ散り散りなるわけにいかねェな」

「背中は任せたぞ」

 

銀時と桂が朧を支える高杉を護るように構え、走り出す。一定の距離を保って牽制しつつ雪子の元へ急いだ。

彼らは強い。しかし手負いでこれだけの人数を相手できるほど頑丈にできてはいなかった。

見る見るうちに傷を増やしていく弟子達に、朧はついに死にかけの声を張り上げた。

 

「俺のことはいい、捨て置け!」

 

だがそんな言葉は聞こえないと三人は獣のように縦横無尽に刃を振るう。そんな凶悪な武士(もののふ)どもに幾千もの悪意が襲いかかる。容赦なく攻め立てる。

 

やめてくれ、と朧は嘆いた。

 

己はもう充分救われた。ならば今度は。

刹那、鼓膜を震わす轟音が連続して鳴った。

 

「おいおい、ありゃヤベェぞ!」

 

焦った銀時の声に、弾けるように天を仰いだ。

黒い球体───数多の砲弾が飛んでくる。直撃すれば肉体ごと木っ端微塵になることは避けられないだろう。

さらに着弾予想地点は正確で、全速力で走らねば死ぬ。

彼らは戦慄し、その一瞬が守りを疎かにした。死への予感が体を硬直させる。

 

「白夜叉の首、貰い受ける!」

 

そして、獅子のような容貌をした天人が銀時に向かって刃を突き立て。

ずしゃ、と肉を貫いた。朧は自身を貫通する刀に目もくれず、暴れる三人を無理やり押し出した。傷つけてばかりだった発勁は彼らを遠ざけてくれる。

 

「待っ───」

 

弟弟子のうち、誰かがそうこぼして手を伸ばし爆煙の奥に消えた。大丈夫、彼らは生きている。

憎いほどに晴れやかな空から無数の黒雨が降ってくる。朧は肉体が跡形もなく飛び散ることを確信して瞼を閉じた。

もうこの体は動くことが叶わないようだった。最後に咄嗟に行動できたのは奇跡なんじゃないかと、朧は真剣に思う。

 

───とくと見ました、先生。自慢の弟弟子達を。

 

ぎこちなく微笑みを堪えて、死を受け入れる。

しかし朧が聞いたのは爆発音でなかった。

 

「ぅ……おおおおおおおおッッ!!!」

 

雄々しい叫び声を上げる。どこから手にしたのか、とても頑丈そうな武器を両手に持つと下から掬い上げるように打ち返そうと鬩ぎ合う。

黄金のエネルギーを纏う砲弾がついに打ち上げられ、空の彼方へと飛んでいった。

 

……なんと無茶苦茶な。

言葉にすらならない呟きをして朧は地面に倒れかかり、不意に温かい体温を感じた。

 

「お前死ぬの?」

「…………死ぬところだった」

 

どく、と心臓が本来の役割を思い出したように動く。不死の血が増幅し全身に行き渡り、力が湧いてくる。さすがに切断された左腕は回復しなかったが先程まで剥き出しだった肉面は滑らかな皮膚で覆われていた。

 

「……貴様、高杉をけしかけただろう」

「うん。知らなかった? 私お前が大嫌いなの、だから兄弟子だってバラしてやったよ」

 

にこりと心底嬉しそうに笑うと、雪子は朧を支える腕を離した。

 

「アンタに死なれちゃ困るからな。けど私は動けそうになかったし、あいつに任せるしかなかったの。……勘違いしないでほしいんだけど、もしアンタが死んだら松陽が悲しむでしょ」

「……そう、だな」

 

だから命を拾ってやっただけだと言うのだ。

お互いに状態を一瞥して確認する。似たような有様だった。数えきれない傷跡から血が流れ、一応は止まっているだけで。気を抜けば意識が飛んでしまいそうだ。

 

未だに抜刀されていない刀を納めた鞘が雪子の腰にぶら下がっていた。それとは別の、拾った刃を構えて雪子と背中を合わせる。

 

「そうだ、提案があんだけど」

「なんだ」

「公開処刑ってどうかなって。アンタのほうから言っといてくんない?」

 

一瞬何を言われたのか理解できなかったが、やがて朧は静かに頷いた。それを見届けて雪子は問う。

 

「で、あいつらはどこなわけ」

「おそらく間も無く───」

 

言い終える前に、爆煙を切り裂くようにして現れた白に雪子は反応した。跳躍して刃を交わし、眉を吊り上げる。

まさか戻ってきた途端にいると予想しておらず、銀時は瞳がこぼれ落ちるほどに目をかっ開いた。直後、桂と高杉も登場して視線が交錯する。

 

「雪っ───」

「すぅっ……….ぶっっあああぁぁぁか!!!」

 

誰かが名前を呼ぼうとし、それよりも大音量で罵られた。発生源は銀時。唾を飛ばす勢いで雪子に詰め寄った。

 

「高杉が大丈夫とか言ってたから無事かと思ったのに……んだその傷は! なんで撤退してねーんだアホか!」

 

もっと色々な言葉をかけるはずだった。

怒りとか心配とか、数年に積もった言葉のどれから口にしてやろうと意気込んでいたというのに。血に濡れた姿を見ると掻き消されてしまった。

 

実際にこうして再会して、開口一番が「バカ」は彼らしいのかもしれない。けれど彼女にとってはそうではない。

案の定はぁ? と不機嫌そうになる。

 

「そりゃこっちのセリフだっつーの。お前らの負けでしょ? だったらさっさと逃げればいいじゃん、この負け犬」

「生憎その逃げ場とやらは塞がれてしまったがな」

 

桂が割り込むようにして言う。

天人にとって見れば、どうして幕軍と攘夷軍のトップに君臨する彼らが共にいるかなんてどうだってよかった。

一気に邪魔者を消すチャンスとしか捉えない。

ゾロゾロと囲うようにして軍勢が押し寄せてくる。

 

「もう遅いけど言っていい? 戦から離脱する気ィない?」

『嫌だ』

 

揃った返事に雪子はますます笑みを深くした。

 

「上等。もしお前達が生き延びてたらそっちに行くよ。世界の命運を握る面白そうな戦いが待ってるからな」

 

募る言葉も思いも、この時は必要なかった。

ただ仲間を護る剣があればいい。

 

背中を合わせた五人は駆け出した。

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