今回は優しい話だと思います。
あれから攘夷軍の一部隊は山奥のひっそりとした寺にて休養を取っている。攘夷四天王の三人が大怪我を負い、たくさんの人間を失ったのだ。とても戦える状態ではなかった。
雪子と朧は幕府側で攘夷志士と共にいれるわけがなく、寺から離れた小屋にて安静にする。
とはいえ朧は一日で完治し、雪子もすぐに潰れた皮膚も元通りになった。
そこで事情はわからなかったが、堀田は気を利かせて銀時、高杉、桂を小屋へと押し込んだ。三人は意識を失ってから目を覚ましていない。
鳥の囀りが心地よく、雪子の意識は静かに浮上する。目覚めのいい朝だった。小屋に差し込む光は儚く辺りは薄暗い。まだ早朝らしい。
視線を巡らすと、手当てされた三人がぐっすり眠っている。その寝顔は安心感に満ちているようで思わず破顔した。
用済みになった包帯は赤く染まり痛んだ床板の隅っこで輪っかになっている。もうじき彼らに巻いた包帯も取り替える頃だろう。
人間は柔く押し潰れそうなほどに弱い生き物なのだ。けれどその魂は天人に引けを取らず、いやそれ以上に強い。
雪子はするりと頰を撫でて穏やかな体温を感じた。
「まだ目を覚まさないのか」
背後から声が投げかけられても驚かない。
うん、と返事する。
「もう行くの?」
「奈落に連絡を。それからお前の頼みを果たさねばならないからな。………本当にやるつもりなのか」
「当然。私、やられっぱなしって嫌いなんだ。あれだけ苦しめられたらやり返すし、ついでに世界を救おうが滅ぼそうがどうだっていいよ」
「……お前らしいな」
背後で笑い声が聞こえた気がした。ふ、と吐息のように小さなものだったが雪子は驚愕する。無表情がデフォのこいつ笑うの!? と。
朧が立て付けの悪い戸を引いたので、雪子は立ち上がるとペタペタ裸足で近づく。上がり框まで来ると壁にもたれかかった。
「……朧」
淡い光が朧を照らし、白髪の輪郭線が溶けているように見えた。腕を組んだ雪子は澄まし顔を浮かべ、一瞬苦悩の表情になるが一転して。
「いってらっしゃい。………ありがとね」
静かな微笑を湛えると朧は驚いたように固まっていた。やがて体の強張りが解けると、編笠を深く被り直してこちらを見ずにぼそっとこぼす。
「……ああ。いってくる」
少しずつ、少しずつ冷たかった彼らの世界は柔く優しくなっていく。
──────
一番初めに目を覚ましたのは桂だった。
「ここは……」
「おはよ、ぐっすりおねんねだったな」
ばっと長髪を靡かせて振り返ると、変わらずいる雪子の姿に桂は目を潤ませる。
「雪子………お前………」
そして超巨大な雷が落ちた。
溜まりに溜まった感情を本人にぶちまける機会を逃すはずがなく、雪子もまぁ聞いてあげるかぐらいの気持ちだったので長時間の説教が始まったのである。誤算は桂があまりに本気で、雪子がへらへらできなくなったことだ。
「何度心配させれば気が済むんだ! あの日は悪役になりきり消えるから本当に心臓に悪かったんだぞ。それに突然現れたと思ったら朧殿は味方だと知るし、というか雪子と高杉が戦っているのを見て俺がどれだけ胸を痛めたことか」
「うん……」
「返事はしっかりしろ、バカ者。先生を護るためだからとどれだけ無茶をする。傷を負って辛いのは傷を負った本人だけだと思うか? 否だ、大切に思う誰かも同じように痛いに決まっていよう」
「はい……」
「雪子のことだから全ては自分のためと言うのだろう。それでもお前が心配で無事を祈る者がいることを忘れるな、いいな?」
「はい……」
「あ、それからちゃんと後で銀時と高杉に謝っておけ。正直あいつらのほうが俺の比にならないぐらい心配に思っていた」
「わかりました……」
誰かが擁護してくれるわけもなく───というか銀時と高杉が起きていたら桂側についただろう───穏やかな寝息に腹が立つ。
というかこれほどの大音量を長時間聞かせられて起きないとは。そうやって関心が他所に行くのを見透かして、桂の説教が長引くものだからたまったもんじゃない。
「……私を正座させて敬語まで使わせられるの、ヅラか松陽ぐらいだよ」
「ほう、昔は喧嘩を止めることもできなかったというのに。お前が大人になってくれて嬉しいよ」
そりゃあんな顔されちゃあねぇ。という思いは胸の内に秘めた。
渋々、と雪子の顔にででんと書いてある。
頬を膨らませていじけた雪子に、桂は膝を突き合わせた。そしてすっと流れるように頭を下げた。
「すまなかった。そしてありがとう。ずっと俺達を護ってくれて」
きょとんとした雪子が、いや……と口ごもった。桂はそれすらも心に優しく響いて穏やかに笑う。
彼女は重たい謝罪や感謝はあまり好まない。だから付け加えた。
「雪子はほんとにどっか行っちゃうんだから。勝手に心配しますからねもー」
「お母さんみたいだな」
ようやく雪子も困ったように笑った。
次いで意識が覚醒したのは高杉だった。
桂は寺へ赴き今後の方針について話すという。ぼかした橙色が降りる中、高杉は天井の木目を沈んだ瞳で見上げている。
「こんばんは、随分と長いお昼寝だったね」
声をかけると、勢いよく上半身を起こして雪子の姿を目に収める。掠れた声で名前を呼ぶと、なーにと間延びした返事があった。
「あ、説教はやめて。耳にタコができるくらい聞いたから」
「……ああ、ヅラがたくさんやってやると息巻いていたからな」
そして妙な沈黙が降りる。互いに傷つけあったのだから心配だが、傷つけた張本人が言うのはどういうものかと悩んでしまった。
雪子は背を向けていた。あれほど華奢な体のどこに怪力がと昔から思っていたが、種族からして違うとは。知らなかったとはいえ間抜けだ。お互い。
「………、……」
「は?」
「ごめんって言ったの! それだけ!」
ふ、と笑い声がした。まさかお前もかよ、と雪子は疲れた顔をする。謝るってやっぱり疲れる。
くくっと気障っぽい笑い方が気になって高杉のほうに体を向けた。
「俺も悪かったな」
「高杉が……あの高杉が謝った……」
「お前に言われたかねェよ」
「今だけだよ、謝るの。もう絶対言わねェ」
不貞腐れたように頬杖をつく。ふと思い出したように指差した。
「そういや、あの時言いかけたよね」
「……あの時」
『雪子。お前が物騒な天人だろうが、幕軍の英雄だろうが知ったこっちゃねぇよ。俺達にとって、お前は………』
「何て言おうとしたわけ」
びしっと突きつけられた指。
高杉は眉間にしわを寄せると大きなため息をつく。
正直死ぬ覚悟はあった。だからこそあそこまで本心をぶちまけられたし、生きて会えたこの今、全てを伝えなくよかったと死ぬほど思っている。そして今更言ってやるつもりはない。
「さぁな」
「はぁ? いいじゃん、言っちまえよ」
「言わねェ、絶対言わねェ」
ただ、どうでもよかったらここまで追ってこなかったということだ。
うりうりと肘で肩をつつく雪子は心底楽しそうに笑む。高杉は嫌そうな顔をした。
あの頃の彼らなりの空気が流れ始めている。
桂も高杉も攘夷軍の泊まる寺に向かい、古びた小屋に残されたのは雪子と銀時だった。
すっかり陽は落ちて闇が世界を染め上げている。
包帯変えるか、と雪子が身を乗り出すとふと思って銀時の頭に近づく。
そろりと白い手が置かれた先は白銀のふわふわの髪。感触を確かめるように撫でると子どもの時よりも少し硬くなってるなと気づく。髪を切って短髪にしてやったのは過去の話だ。
「すげェモフモフ、もうちょっと切ればいいのに」
丸いシルエットについつい緩んだ唇。
寝息を立てるその顔をじっと見つめると雪子は鼻をつまんだ。
「ふがぅ」
「ぷ、変な声」
「てめっ、………ッ、ぐ」
目を開いた銀時は痛みに呻く。唸るような低音に雪子は顔をしかめると上半身を起こさせる。包帯を外して傷口を見た。
だいぶ塞ぎかけだが薬を塗り込むことにすると、痛そうにするのでつい口元が歪んだ。
「痛い痛い痛い、お前わざと強くやってない?」
「気のせい気のせい」
剥き出しの広い背中に浮かぶいくつもの刀傷の痕。思わず目を伏せて、また顔を上げた。己の傷痕一つない真っ白な手が器用に包帯を巻く。
「で、お前なんで先に回復してんの? 俺よりも重傷だったよね」
「夜兎は傷の治りが尋常じゃないほど早いからね。あれくらい寝たら治る」
二人にしたように説明すると、ふーんとだらしない返事が来た。どうやら雪子が思っていた以上に気にしないでくれるらしい。
「この時代の敵っつったら天人だし幕軍には明かしてないの。まぁ天人どもにはバレたけど全滅しちゃったっぽいし」
「嘘だろ、あの軍勢が……」
「やったのは私じゃない。でも、あれは……」
頭に浮かぶのは外套を纏った女。
あれは幻だったのかと未だに疑ってしまう。
「あいつは? 姿が見えねェけど」
「朧のこと言ってんの? 江戸に行ってるよ」
「江戸? どうしてまた」
「うーん、仕事かな」
巻き終えて背中をぺしと叩くと、大袈裟に痛がる銀時。
白で覆われたその奥にある戦いの痕跡を無意識に撫でて、雪子は静かに口にした。
「え? なんて」
「何も言ってねーし」
「あ、そう。……てかやめてくんない、それ」
雪子は背中に当てた手を止めて首を傾げた。
とく、とくと心地よいリズムを刻んでいるぬくい体温が心を温めてくれる。
「やーい思春期〜〜」
「あーうぜぇ。いつまでもガキのままだと思ってんじゃねぇよ」
すっかり身長も追い越されてしまい、体つきも格段に違っている。雪子と高杉は見た感じ背丈がほとんど変わっていなかったのは個人的な喜びだ。
広い背中と逞しい腕、華奢な肩幅と細い四肢。照らすのは蝋燭の灯りで、吉原のあの光景を思い出してしまった。
けれど意識するのは気恥ずかしいので雪子はバシンと強く背中を叩いた。
──────
「魘魅がそろそろ地球にやって来る?」
「そ。ちょっくら殺さない?」
朝ごはんどうする? ぐらいのテンションで聞かれて三人は顔を見合わせる。どうやら雪子の根っこを矯正させることは不可能らしい。
「どこでそんな情報が……我々にも襲来時期は朧げにしか知らんというのに」
「骸ちゃん……私の教え子がね、持ってきてくれたの」
広げられた紙に記されたのは魘魅と呼ばれる天人の情報。それもかなり詳しく、諜報部隊が目眩を起こすほどだ。
「定々のクソ野郎が戦争を終結させるために遣わした闇の傭兵部隊、魘魅。やつらの正体は蠱毒……ううん、ナノマシンという極小のカラクリの入れ物。そのナノマシンってのは生き物に寄生して進化し、その生物にのみ対抗できないウイルスを生成する死の呪いってわけ」
「それも爆発的な感染力か。世界中に広まると全員仲良くお陀仏ってこと?」
「なるほど。故に星崩しの異名があるのだな」
こくりと頷いて話を続ける。
「この世界の場合、大半は人間でしょうから人間に寄生するんじゃない? あ、私死なないじゃんお前ら死ぬじゃん」
「それなら、どうしてお前はそいつらを倒そうと思うんだ」
スルーした高杉に問われて、雪子はああと平素の表情を浮かべる。この情報を例の本と共に届けてくれた骸は内容を知らないだろう。これはある意味謀反に等しい。なぜなら。
「世界がどうなろうと知ったこっちゃねェよ。でも定々の望み通りの結果になるのは嫌だし、魘魅のせいで誰かさんが死んだら困るでしょ。せっかく朧が公開処刑の提案しに行ってくれているのに」
仕事って、つまり俺達の首をどうするか決めに行ってんの? こわ。と銀時は寒気を感じて腕をさする。
「ま、理由はどうでもいいよ。それより攘夷軍はどうする?」
「戦おう。それしか道はあるまい」
桂は即答した。
攘夷四天王でもリーダー格の桂の意向は軍全体の指針となる。銀時も高杉も異論はないようだ。
話によれば危険度は段違いだ。雪子が行くというのに自分達が安全なところで避難するわけにはいかない。それに相手が天人とあれば攘夷対象だろう。
「しかし大丈夫だろうか。蠱毒とやらは爆弾や重火器が弱点。けれど一度身を切られ、体内に侵入されれば一発で終わりだぞ」
桂の声音が不安に揺れている。
無論戦で怪我を負うなど日常茶飯事だが擦り傷や軽い刺し傷が多い。医療発達が乏しい時代では腹を貫かれたりどこかの臓器に傷でもつけば、一時的にせよ離脱しなければならない。たとえば手の治療にあたっている坂本などがそうだ。
無傷が勝利条件である以上、厳しい戦いになることは想像に難くなかった。けれどその心配を吹き飛ばしたのは雪子だった。
「大丈夫だろ、私がいるし」
「そこは俺達がいるとでも言うべきでは?」
「違うな、お前らいてもいなくてもいいもの」
かちんときた銀時と高杉と口喧嘩を繰り広げながら、雪子はひっそりと考えていた。
そうだ、私がいる。自己犠牲なんてくだらないと思っていたけど、もしもの時は。
───
今まで絶対に思わなかっただろう考えに自嘲的な笑みを浮かべた。きっと今だけだと分析する。
懐かしくて、手放したくなくて、きっともう離れたくなくて。そんな思いが滲んで笑ってばかりだ。
たぶん時間が経てば収まるのだろう。それまでは優しくしてやってもいいか、と雪子は一人でうんうんと頷く。
「まぁ一番いいのは敵さんが墜落死してくれることなんだけどね」
「はぁ? どういうことだ」
「いやさ、前々から気にくわなかったんだよ。天人が宇宙船乗ってるの。地上に引きずり下ろし
血気盛んな発言に銀時は恐る恐る聞いた。
「……それ、実現する手立てあるの?」
「うん。朧に頼んでる。貸してちょーだいって言ってこいって。政府が天人と協力して作り上げた兵器の一つにちょうどいいのがあるの。性能を試すいい機会だし許可は下りると思って」
破壊力抜群のビーム型大砲を搭載した軍艦。
雪子が歌うように言葉を継いだ。
恐ろしいことを平気で言い放つ雪子に変に感心して、朧がパシリに使われていると知って親近感が湧いた三人。
「ちなみに誰に言えって?」
「さすがに定々に言ったら計画潰れるからね。警察庁次期長官と噂される松平片栗虎っておっさんに。今の長官は定々と繋がってて腐ってるけど、あのおっさんは違うみたいだし」
しょーちゃんこと茂々の民を想う気持ちに賛同するぐらいだ。事情を話せばわかってくれるだろう。
問題は朧の人相が怪しくて疑われることだが、そこはあの教本が役立ってくれると信じよう。
雪子の笑顔に言葉を失った。
ようやく呟いたのは、お前らの知人関係どうなってるのという、呆れた銀時だ。
そして時は経ち、そろそろ動き出すべき時がやってきた。攘夷軍は復活しており戦の時を待っている。まさか近くの忘れ去られたようなぼろ小屋に、天敵の獅子喰いがいると知らずに。
この小屋で過ごす最後の一日になりそうだな、と雪子は密かに持ってこられた昼食のおむすびを食う。
一応堀田と会話はしたが正直な感想は、なんでお前いんの? だった。尋ねてみても返事はなくただ赤い顔して俯かれますます眉根を寄せた雪子だったが、その隣で銀時と高杉は同情と共感の顔でしきりに頷いていた。よくわからない。
食事を終えてすることもなくぼーっとして数刻、夕暮れが迫ってきた。その時だ、気配を読み取ることに長けた雪子が反応したのは。
「奇妙な気配……誰だろ」
小屋を離れて森の中を歩いた。まったく強そうでないし雑魚以下といったほうが正しいか。
そこに混じる不思議な感じに気づかなければ雪子は逃していただろう。
暇だしいいか、とずんずん進む。やがて視界に入る人影は男のもの。くたびれたようなダメ男臭がプンプンする。サングラスをかけ、大量の木箱を前にして愚痴を言っていた。
「こんだけの酒持ってけとか扱い酷くない? そんなことするぐらいならここで俺が飲み干したいわ! あ、ほんとにやっちゃおうかな。へへ、ちょっとぐらいなら大丈夫だよな」
雪子はもう一度思った。誰こいつ? と。
服装は軽装で刀の扱いにも慣れていなさそうだ。
攘夷志士の志願者かと思ったが様子がおかしい。
そうこうする間にも男は木箱を開けて酒瓶を取り出した。その銘柄を一目見て、雪子は躍り出る。
「おい」
「へ?」
がさりと茂った草から飛び出た女に男は驚いた。
こんな山奥になぜ、というのと若い美人だったからである。
「お前何者なの?」
「え、ええと、アレだよそう陣中見舞い! ほらこの酒が証拠!」
「酒……」
狼狽えて必死に言葉を重ねる男から視線を外し、雪子は酒が詰まった大量の木箱を見つめた。
怪しい者だが敵ではないようだ。なんかダメダメ臭がするし。酒も新品のようだし、本当のことかもしれない───と理由を並ばせたが本心は一つだった。
「あのォ、お嬢ちゃんは一体誰かなぁなんて」
「教える義理はないね。それよりも提案があるんだけど」
男の疑問を一蹴する。
「ここの酒の中で上質なものを数本差し出せ。そしたらこの木箱もテメェも攘夷志士のアジトまで持ってってやる」
で、名前は? と横暴な態度を貫く雪子に男は長谷川泰三と名乗った。ひょいひょいと重たい木箱を持ち上げて歩く背中を追いかけて、長谷川は思う。
ひとまず銀さん達のところへまでは行けそうだけどこの別嬪さん誰? 銀さん達の知り合い? 俺大丈夫?
長谷川は不安を抱きながらも、もうすぐ懐かしいアホ面を拝めるのだと期待を膨らませた。
まさか劇場版ネタをここでぶち込むことになろうとは……
この時点で原作よりも10年と少し前の話になります。当時松平のとっつぁんがどのくらいの階級にいたかはわかりませんが、原作開始より4年ほど前の頃には傑物と名高い佐々木が側近についていたようだったので、それなりに高かったと思っています。
じゃあ次期長官でいっか。となりました。
色々なご都合展開には目を瞑ってくださると嬉しいです。