「引っ越しィ?」
「ええ。此処には長く住みましたが、今度は少し都会の方へ近づこうと思います」
「いいねそれ。今までずっと田舎だったしさ。都会ってどんなとこ?」
「場所は見つかっているんです。見に行きますか?」
というわけで今日は遠出する。
はりきって五段弁当作っちゃった。春だし桜も綺麗だろうから、ついでに花見もする予定。わくわくするね!
全員編笠を被っているので、側からみれば奇妙な3人組に見えるだろう。
だんだんすれ違う人が多くなり変な目で見られたけど気にしない。
そしてトコトコ歩くこと数時間。それらしい建物を発見した。
「へー、結構デカイね。掃除大変そう」
「がんばれよ雪子。テメェの仕事だからな」
「お前に手伝わせるから問題ないね。うわ、中広い」
銀時がうへぇという顔になった。
安心しな。どこに行ってもこき使ってやんよ。
「気に入りましたか?」
「うん。いい所じゃない? ねえ銀時」
「そーだな」
桜の木の下でお弁当を平らげ、午後の麗らかな春の陽気を感じていると、松陽が話を切り出した。
「ところで、雪子と銀時に紹介したいものがあるんですが」
「なんだよ」
「塾、通いませんか」
「ごめん急にお腹痛くなってきたから帰るね私」
「俺もなんか腹イテーわ。雪子、弁当になんか仕込んだろ」
「待ちなさい。話は最後まで聞くものです」
そう逞しくもない腕のどこに力があるのか。とんでもない怪力で座らされた。
松陽はこほんと咳払いする。
「近くに名門と呼ばれる教え処があります。直接目にしたことはないですが、銀時なら入門できると思うんですけど」
「いやだ。俺は松下村塾の生徒だからな。別んところに行きたくねェ」
「そうですか」
断られると知った上で聞いたらしい。すんなり退くと今度は私に視線を向けた。
「雪子。近くにお嬢様の通う学校があります。通いなさい」
「なんで私は強制なんだよ。それに、花嫁修行ならもうやったし」
「もう舞やお琴は忘れているでしょう。今度は違いますよ。その学校、なんでも超スパルタで有名らしいので雪子の性格やふと出る口調の荒さを直してくれると思いますから」
「ええー、そんなに問題あんの?」
おっかしいな……結構抑えてるつもりなんだけど。
てか松陽と比べたら礼儀正しさ皆無なの、仕方のないことじゃない?
「身体を鍛えるようになってから、口より先に手が出てますし。いいじゃないですか、もう一回」
「そうしろそうしろ。マジでいっぺん矯正されて来い」
「あ?」
「そこ直せっつってんの」
ゴキリと鳴らした拳の力を抜く。
くそ、否定できない空気に。
しかし私にも譲れないものがあるのだ。何より面倒なんだもん。生活スキル身についたしさぁ、もういいじゃん。
「最終的には君の判断に任せます。もし通わないと決めたら、うちの授業を受けてもらいますから」
なんですと? ただでさえうるさいのは嫌いなのに、ガチャガチャ騒がしいあの空間にいろと?
「ほぼ寝ているとはいえ、銀時でさえ受けているんですよ?」
「よ、読み書き計算できるし……」
「何も学校で学ぶのは勉学だけではありません。他者との協和や規則を知ることは大切です」
「ええ……」
そしてまた、私は松陽に言い負かされて通う羽目になったのだった。
ちくしょう、こうなったら引っ越しまでの期間伸ばしてやる。
新しい松下村塾となる場所は都会っぽい所だった。
近くには講武館とかいう名門がありそこにボンボンどもが通ってるとか。銀時はそこに行ってたかもしれないのだ。回避しやがってこの野郎。
そして私の通う予定であるお嬢様学校など。うん。都会だ。
武士のお屋敷が並んでいたりして、松陽以外の侍を見るのは初めてだったけど……なーんかガッカリした。腐ってやがる。
けど役人の目も届くし、治安はまずまずと言っていいんじゃね?
子ども二人にたかってくるほどガキどもが発情してなければ。
「おい、そこの者共。何をしている」
「散歩してるだけだ。なにせ初めての土地だからね」
「なるほど、だから見ない顔だ。装いを見たところ貴様ら庶民であろう。下々の分際で刀を持つでない!」
「あーこれな。刀っつーかお守りみてーなもんだから。見逃してくれよ」
「いやどう見ても刀だろ。お守りって神聖み微塵も感じないけど。むしろ禍々しいだろ」
「気のせいだって。てかなに、オタクら木刀持ってんじゃん。流行りなの? 今時田舎の子どもでも本物の刀持ってるのに?」
「ちょっと銀時言っちゃダメだよ。パパに泣きついて買ってもらったんだろうし、木刀も立派なおもちゃ、いや刀だよ。可哀想でしょツッコんだらさ」
「貴様らァ! それ以上愚弄するでない!」
「あーあーキレちゃったよ、どうすんのこれ」
「知らね。つか早すぎだろ。そんなんだから頭ハゲてんだよ」
プルプルしていたかと思えば木刀を構えてこっちに向かってくる。沸点低っ。
編笠を深く被り直して、武器もない己の両手を広げた。
「私刀持ってないし。どうすんの嫁入り前の顔傷つけられたら」
「大丈夫だろ。あってもなくてもオメェをもらう物好きいねェから」
「なにを」
むかっとしたので、銀時の頭を踏み台にして跳ぶ。
その勢いのまま野郎をぶん殴る。木刀を避けて、腕を掴み引き込んで蹴りを鳩尾に喰らわせる。
「人の頭踏んづけやがって! 松陽の言った通り淑やかさをもっと身につけろ!」
「んなもんとっくの昔に捨てたっつーの」
銀時は斬れ味抜群の刀を鞘から抜かず、ただの棒として扱っていた。お前それ、一応松陽の刀だろーが。いいんかよ。もうひのきの棒使っちまえよ。
そうこうするうちに野郎どもはザコの捨て台詞を吐いて逃げた。
「覚えてろよ!」
「ああ、近々こっちに越してくるからよろしくね。挨拶代わりになるかわかんないけど……」
落っこちてた木刀を野郎の後頭部目掛けて投げると見事的中。
ゴッて音したわ。痛そう。
「お前、スッゲェ老け顔してるよ。将来もっと禿げることになるだろうねってアドバイスしとく」
「最後まで容赦ねェな」
「そう? 普通じゃない?」
さて、そろそろ松陽の元に帰ろうか。
アイツらのせいで遠いとこまで来ちゃったじゃないか。まあ周りを見ながら戦ってたし帰り方はわかるけれど。
真っ白でフワフワした頭を見る。……コイツならいけそう。
「お前帰り道わかる?」
「残念だったな。俺は目前の敵に集中するタイプなんだ」
「お。奇遇だな、私も。どーしよっかー。迷子になっちゃったね」
生気の無い目で私を一瞥すると、銀時は刀を握る手に力を込めた。
「どうしようもねェよ。とりあえず人を探して……」
「あ。あそこから煙出てる。あっち行こう」
指差したのは、私たちのいる山よりもさらに奥深くから立ち上る煙。どう見ても普通の人がいるとは到底考えられない。
だというのに笑顔で言ったのは、良からぬことを考えているからである。
銀時はわざとらしくため息を吐いた後、渋々ついてきてくれた。
「ここ絶対変なヤツしかいねェだろ。戻るんなら今のうちだぜ」
「え? なに銀時、まさかビビってんの?」
「ビビってねェよ! ただアレだよ、オメーがやらかすと思って忠告してやってんだよ」
「はいはい、そういうことにしといてあげる」
銀時がむすっと眉間の寄せたが、私にとっちゃどうでもいいので息を殺して木陰から様子を窺う。
まあボロボロの、蜘蛛の巣がそこかしこに張ってるようなお化け屋敷然とした建物である。気味が悪いから銀時が嫌がるのも無理はない。
「いかにも悪党がいそうな感じだな。よし、乗り込も……じゃなくて道を聞こうか」
「んでそんなに楽しそうなんだオメーは!」
「実際楽しいよ。もし悪い人がいたらさ、戦えるじゃん」
私の目的はそれである。
稽古をするのは松陽と銀時とだけ。竹刀での勝負ならともかく殴り合い蹴り合いなら私が強い。
あ、松陽は別な。あれは無理だわ。
んで二人と稽古漬けの日々を送って気づいたことがある。
このままでは二人への対応力が高くなろうとも、多くの経験を積めないのでは……と。
何度も戦っていると何となくわかってくる。
次はこうしてくるだろうなとか、コイツはこれが得意だから、というふうに。
だんだん予測バトルみたいになってて、求める稽古とは少し違う気がして首をひねるばかりだ。
だから私は別の相手と戦おうと決めた。
先の木刀持った坊ちゃんとの喧嘩もその一環。相手にならんかったけど。
松陽の目が届く範囲だと危険な真似はできないし。
そんなわけで今日は、松陽に散歩に行くと嘘ついてまで、銀時を巻き込んでまで敵を探したのだった。
……戦闘好きなのは認めよう。楽しいと実感してるしね。
「うっわー。おっかない大人がウロウロしてる」
「隠したいもんでもあんのか?」
「それにあれ……武装してるよね。こんな山奥で何から守ってるんだろ」
怪しさプンプンのボロ屋敷。銀時は銀時で覚悟が決まったらしく、目にも生気が宿り、ニヤリと笑う。
「怪しいねェ。こりゃいっちょ調べるしかあるめェよ」
「だな。じゃあ銀時は正面から行って。そのうちに私は裏口から……」
「待て、囮になれっつーのかよ?」
「そうは言ってない。生存率を上げる為だよ。お前裏口から入ったとしてどう行けばいいのかわかる? わかんないでしょ?」
「それはおめェも一緒だろーが。ったく、気にくわねェ」
ぶつくさ文句を言いながら引き受けた銀時は、しゃがみ込んで土を着物や肌につけていく。
なるほど、そうして道に迷ったことに真実味を持たせるのか。
こういうとこには知恵が回るんだよなぁ……。
銀時に倣って私も身体を汚れさせると、いかにも山を流離ってました感のある子どもに。
松陽が見たら言葉を失いそうな光景だ。いや、あの人ならにこにこ笑ってお説教してくるか。
「雪子、コレ預かってろ」
「お前が大事にしてたモンじゃん。いいわけ?」
銀時は差し出した手を握りしめて、神妙な顔して続ける。
「目の前に現れたガキがそんなもん持ってたら余計に怪しいし、かと言ってそこら辺に置いとくわけにもいかねェ。お前に預けるしかねェんだよ」
最もな理由だ。でも、あれほど手放さなかった宝物を私に渡すなんてねぇ。
「明日は隕石降ってくるかもね」
「その前に、松陽にバレたら拳骨の嵐だぜ」
互いに勝気な笑顔を浮かべると、私は刀を受け取った。
健闘を祈る代わりに銀時の頭にポンと手を置くと、背中をバシッと叩かれた。少し焦った。気づかれてなけりゃいいんだけど。
話が長くなりそうだったので二つに分けることにしました。