腹の底に響く機械音。空気を押しのけて突き進む巨大な舟が遠くに見える。
反対側の上空にも屋形船を模した戦艦が現れた。一目でわかる。こちらが幕府と天人が総力をあげて製造された、たった一隻の舟だろう。
いずれ天空で始まる戦いを想像して身を震わせた雪子は、攘夷軍や天人軍と離れた丘の上で待機していた。幕軍はあの戦艦と彼女だけ。定々の狙いは攘夷軍と天人軍の戦力を削ぐことだろう。
しかし雪子はそれを阻止するためにここにいた。やつが気にくわないからという、超個人的な理由で。
昨日どんちゃん騒ぎだった攘夷四天王を有した部隊は、寺にて仲良く二日酔いで潰れている。
銀時達はあとで行くと吐きながら言った。
長谷川が代わりにと銀時の変装をしていたが、雪子は気に留めない。酒を明け渡した時点でやつの利用価値は雪子の中で無に等しい。
「あの女は来てる……よな」
風が吹いてすすきを揺らし、まとめられた髪を靡かせる。迅る鼓動が心地よい。雪子は目を閉じて開戦の幕が上がるを待つ。
──────
「んん……あれが獅子喰いとはねぇ。ただの綺麗なねーちゃんじゃねェか」
煙草を吸って白い煙を吐き出すと松平片栗虎はモニターに映る女の顔を見る。
瞼を閉じたその表情は祈りを届けているようですらあった。事実は単に駆け出してしまわないように自粛しているだけだけど。
「ハイカラだねェこの戦艦。おじさんもこういうの欲しいなァ」
「……まさか本当に許可が下りるとは。松平公、本当に良かったのでしょうか?」
「ああ、いいよいいよ〜。もしもの時は総責任者の長官のクビがとぶだけだから」
それは大丈夫ではないのでは、と言葉を飲み込んだ。次期警察庁長官と噂される松平に意見できるはずもない。役人は揃って口を噤んだのだ。彼らの昇進の道はまだある。
「上も
ま、今回は別の標的になるだろうが。
モニターは切り替わり、正面に浮かぶ紅い舟を映し出す。秘密裏に伝えられた情報によれば地球を滅ぼす天人が乗っているらしい。
ナノマシン。松平はすっかりシワのついた眉間をさらに寄せると、腐りきった政府の中枢を思い描く。
現将軍の定々が魘魅を先導したのだという。救いようもない悪党め、と悪態をついた。
駆り出された松平は半信半疑だったのだが、目の前の舟にそうも言っていられない。
「にしたってよォく知ってたな。警察上層部の俺にも伝わっちゃいねェ。こんなもんが世間に広まっちまえば現政府は終わりだった」
松平はまだ長い煙草の煙を消すと、無表情で戦場を見下ろす朧に視線を移す。江戸城内ですれ違うことはあったし、てっきり定々の護衛役と思っていたが。
「お前は何者だ。定々側じゃねェのか? 一橋派か……それとも」
ジャキ、と拳銃を突きつけた。
艦内に緊張が走る。松平が引き金を引けば死ぬというのに、朧は動くことすらしなかった。ぴくりとも表情を変えずに平然としている。
「それとも、
目的がわからなかった。
世界が滅ぶから。そんな正義感に突き動かされるようなタマか? いいや、違う。
松平はほぼ確信していた。たとえ相手を詳しく知らずとも直感がそう言っている。警察庁で積み重ねた経験が、松平に行動を起こさせたのだ。
「貴様の言う通りかもしれん。だが、今の私は貴様が想定するよりもずっと簡単な動機でここにいる」
「それは」
「気に入らないやつがいるからだ」
朧は気づかないうちに毒されている。
松平はにやりと口角を上げた。
拳銃を収めると朧の背中を叩く。なお、朧は無表情を崩して心底嫌そうな顔だった。
「いいねェあんちゃん、気に入ったぜィ」
「……射程圏内に入るぞ」
肩を組まれそうだったのでするりと躱して告げた。おお、と松平はズラリと並んだボタンの前に立つ。
「どれが発射ボタンだ?」
「ええと、コレですね。……あ、でもすぐに押すのはやめてくださいね。いくら敵といえども降伏を呼びかけたほうが被害は少なくて済みますから」
「お〜わかった」
電源を入れてマイクに話しかける。特徴的な渋い声が戦場を横断した。
──────
『あ〜〜テステス、マイクテストマイクテスト。……これ言う意味あんの?』
『松平公、マイク入ってます』
冷静な部下に指摘され、咳払いの音が響いた。
『え〜〜そこの戦艦に告ぐ。今すぐ降伏しなさ〜いでないとどタマぶち抜くゥ。五秒待ってやるからさっさと墜落するなりなんなりしろィ』
ざわついたのは地上で見上げる天人どもだ。なぜここに幕軍の舟が。いや、手を組んでいるはずだというのに天人の援軍に対して降伏勧告した?
そんな動揺など御構い無しに低音は大地に轟く。
『じゃカウント始めまーす。はいい〜〜ち』
ポチっ。
キュウウウウウとエネルギーが凝縮されていくのがわかって、ビリビリと肌を刺激する。
『え……あの、松平公。まだ1の段階なんですけど』
『知らねェなァ。男は1さえ覚えときゃ生きていけるのよ』
『ちょっと誰か止めろおおぉぉぉ! シャレにならんぞ!!』
そうこうしている間にエネルギー補填は終了し、発射段階に移行した。はちきれんばかりに膨らんだ破壊の源が滾り、ぶちまけられる瞬間を待っている。
後の世に松平が破壊神と恐れられるのもこれが原点だ。松っちゃん砲───そう呼ばれることになる、全てを焼き尽くす暴力を解き放つ。
『堕ちろ』
世界が白く灼けた。
視覚を奪い取られ、鼓膜に叩きつけられる音の理不尽に耐える。全身を強張らせてのしかかってくる空気に圧迫されながら、懐かしい匂いを嗅いだ。
帰ってきた。
それだけが彼の胸に募る虚しい寂寥だった。
「銀時様」
機械じみた───いや、頭部が機械の無機物が名前を呼ぶ。呼応して男は顔を向けた。表情に浮かぶのは焦りと微笑み。相反する思いを綯交ぜにして、苦しそうに笑う。
「ああ、わかってるさ。この時代の俺を殺せばいいんだろ」
「……私は未来を救うために源外様に完成品として作られました。それ故にどんな犠牲を払ったとしても未来を護らねばなりません」
数分前に眼下に広がっていた夕陽に染まる荒廃した街。未来の自分を殺す影。瞼に浮かぶ、大切な者たちの悲しげな笑顔。
ひとつひとつを思い返して、そっと胸の奥に滲んだ暖かな気持ちを忘れることはないだろう。自分は、不甲斐ない俺は、全てを失ったあの日から泣きたくなるぐらいたくさんのものを得た。
空っぽだった俺に命をくれた。
生きる理由をくれた。
あいつらを護れるんなら。
「最後に会いたかったな……あいつらに」
黒縁のフィルムはあまりに薄っぺらい。けれど確かな勇気をくれた。前進する力が湧いてくる。
銀時は顔を上げると時間泥棒に差し出した。
「これ、預かっといてくれるか。あいつらに渡しておいてくれ」
「申し訳ありませんが、それはアナタがお持ちになられてください」
「ちぇ、最期ぐらい頼みを聞いてくれよ」
しょうがねェ、と懐にしまう。
腰にぶら下がった木刀を構えて、動き出した遠くの軍勢を見渡した。
空に浮かぶ二隻の舟が睨み合うように対峙している。その中に白い背中を見つけた。標的を定め、そこまで全力疾走する。
途中に襲いかかる天人を容赦なく殺し猛進した。白い着流しは血に染まり、白夜叉だと騒ぎ立てられても足は止めなかった。
そしてようやく天人どもの包囲網を抜け出した。開けた視界、先頭を行く自分。銀時は高く跳躍すると過去の自分に向かって木刀を振りかざした。
「あああああああッッ!!」
突如真横から出現した気配に木刀の軌道を変える。ジャリイィィン!! と相手の刀が震え、金属音を響かせた。同時に銀時の腕に多大な負荷と痺れが走る。一時的に使い物にならなくなった右腕を引かせて、左腕で対抗した。
敵と拳がぶつかり合う。皮が引き摺れて血が滲む。この感覚は知っている。夜兎と戦った時の───
そこで銀時は敵の顔をしっかりと見た。
白い肌は血の気があって、嬉々とした笑みを浮かべている。十年前に見たっきりのあの頃の姿がそこにあった。
思わず、泣きそうになった。
自分が失わせた笑顔だった。
「雪子」
銀時は名前を呼んだ。
返事は強烈な回し蹴りだった。
「いっってええぇぇぇぇ!!!」
モロに入ってあまりの激痛にのたうちまわる。
腹を抑えて転げ回る男に冷たい視線を浴びせると、雪子は振り返って尻餅をついている白夜叉───ではなく長谷川に声をかけた。
「死ぬのはお前の自由だけど、白夜叉として死なれちゃ困る。つか何その装備?」
「ああ、助けてくれてありがとう。これは俺の相棒だから」
みかんと書かれたダンボールを誇らしく撫でると、長谷川は白いカツラを取った。
「ところであの男何? 奇妙な格好をしているし、それに……」
そこで言葉を切り、銀時を一瞥する。
汚物を見るような目だった。
「卑猥なフォルムきもい」
雪子は己の目に映る、地面を転げ回る破廉恥なフォルムをした男を気味悪く思う。
なにあれ顎あるの? 髪型なんなの? ハナクソみたいなホクロあるし。え、無理。
雪子が生理的に無理だと結論を下していると、ようやく痛みの引いてきた銀時は額につけられたハナク……装置の存在を思い出した。いけね、つけっぱのまんま過去まで来ちゃった。
なぜここにコイツらが! 未来はどうなったんだ!
溢れてくる疑問は次第に怒りとなって銀時を奮い立たせた。ツカツカと長谷川に歩み寄って言い募る。
「てめえぇぇ何してくれてんだ! なんで銀さんがマダオになってんだよ!」
「いや今のお前珍さんだからな。それに銀さんはマダオだろ」
「んなことわぁってらァ! て、違くて、この時代の銀さんはまだイケてたよ! つかそもそもなんでおめーがここにいるんだ!」
胸倉を掴んでぐらぐらさせると、長谷川は一気に顔色を悪くした。
「うぷ。あんまり揺らさないで……昨日あんなことがあってからおじさんすっかり嬉しくなっちゃって、さらに飲んだおえええええ」
「ぎゃー! 吐いた! この人ほんとに最悪だよ!」
これ以上長谷川に聞いてもどうにもならない。
銀時は質問の対象を変えるべく、雪子の方を見た。彼女はかなり距離をとって立っている。
「え、なんでこんなに離れてんの?」
「胸に手を当てて考えてみたら?」
冷たく言い放つ雪子は考えた。
もしかしてそういう外形の天人なのだろうか。しかし人間である長谷川が普通に接していることから違うとわかる。というか銀さん? マダオ? なかなか親しいようだが知り合いだろうか……
そんな考えを巡らせる雪子の姿をまじまじと見て、銀時はようやく事態の異常性を理解していた。
そう、おかしいのだ。彼にとって十年前、攘夷戦争で魘魅と戦った時に雪子はいない。さらに現在自分の代わりに長谷川がいた。
「何があってどうなったんだよ……」
「いやー悪いな。おめーに会いに酒持って来たらすごいことに……お前マジで感謝しろよ! 友人代表のスピーチは俺に任せろよ!」
「は? わけがわかんねーんだけど。つかそういうのいいから」
「だーかーらー、攘夷志士のアジトに酒持ってったら俺も交えて宴会騒ぎでよ? てめーら見事に二日酔いで潰れてるから、せめて俺が闘ってやろうとしたわけだ」
「ちょ、ちょっと待って。……え? 酔い潰れてる? 待って、つまりそれは………」
俺ここに来ないの!?
ひょっとして、ひょっとして……!
その時、上空であの声がした。
『あ〜〜テステス、マイクテストマイクテスト。……これ言う意味あんの?』
かくして世界は白く灼けた。
何が起きたのか正確に把握することは難しかった。
幕軍の戦艦から放たれた光の一線が魘魅どもの宇宙船を貫き、爆発。もはや災害レベルの威力だった。
どうにか珍宝が見えたのは、そこから宇宙船が炎を撒き散らして墜落していたところだった。
それからは爆風に吹き飛ばされて転がり回り、天人兵に囲まれて。
「白夜叉だ! 討ち取れええぇぇぇ!!」
そして再び爆発が辺りを包んだ。土埃と爆煙が漂い珍宝は長谷川がそばにいながらも、消えた雪子の姿を探して視線を巡らせる。
二人の人影が見えた。
「どうしたんですか、銀さん」
「何ぼけっとしてるアルか!」
木刀と番傘を突きつけて二人は元気に笑う。風は爆煙を掻っさらい、明瞭になる視界で互いの顔をしっかり見て。そして。
「えっキモ」
「神楽ちゃん、言っちゃダメだよそういうこと!」
「しょうがないヨ。なんでお前チン○のままアルか」
「うるせええぇぇ俺が一番後悔してんだよ!」
珍宝……いや、銀時は装置をピンッと指で弾いた。
するとフワフワの天然パーマの銀髪、ちゃんとある顎、締まりのない顔がメガネのレンズに反射して映し出された。
「たっくてめーら……未来からわざわざやってくるとはねー、そんなに寂しかったの?」
「違うアル。銀ちゃんが寂しいだろうと思って、みんなを集めて来てやっただけヨ」
「よくそんなことしようと思ったな。俺は絶対無理だわ」
「未来も過去も救ってくれたバカに言われたくないですよ、まったく」
取り出した三位一体のフィルムは水滴に濡れた。
拭って、確かな笑顔を浮かべる。
「僕達は万事屋だ。三人と一匹で、万事屋なんです」
「もう誰一人として欠けさせないネ」
「ああ。そうだな」
もう消えないで。
そんな言葉にされなかった想いを背負い、銀時は胸を張る。すると背後から声が投げかけられた。
未来からやってきた仲間達の想いも力に変えて、彼らは走り出す。目指すは魘魅。過去の銀時達を守る為。
過去と現在と未来が屈折し、道を交わらせた。
人物名が、主人公名がすごく卑猥……。
時系列は原作のものと異なります。たぶん次話ぐらいで解説入れられたらいいなと思っております。