およそ二つに分断された万事屋軍は魘魅を倒すべく走り出した。タイムリミットは上空に浮かぶ舟が火を噴くまで。いつ発射されるかわからない以上、一刻も早く目的を果たし未来に帰らねばならない。
真選組、桂一派は獅子喰いこと雪子を追うようにして着々と敵を斬り伏せていく。といっても先頭の彼女の殲滅範囲は広く、前方からの敵はやって来ないので右方左方に注意を払って進んだ。
やはり拾った刀を鮮やかに振るい、冷静に一刀両断する雪子は先程気が高ぶっていたと思えない。流れるような太刀さばきは柳生家を思わせるが、それほど華麗というよりは冷酷な印象を受ける。
「貴様! 獅子喰いともあろう者がなぜ天人に刃を向ける。仲間を殺しているのがわからんのか!」
「お前らを仲間と思ったことはない。それに私の進む道に立つお前らが悪いんじゃん? 殺してくださいって言ってるようなものでしょ」
攘夷志士も天人も差別なく殺していく姿は、全てを喰らう弱肉強食の王そのものだ。
「味方も敵も構わずってか……もはや攘夷志士と変わらんぞ!」
「だが、事実圧倒的に強い。……女でなけりゃ真選組に欲しいぐらいの気骨だな」
思わずそう呟いた土方の視界で、特攻隊長がスピードを上げて雪子に迫っていた。彼女の背後を狙う天人を袈裟斬りし、真選組随一と言われるセンスを見せつける。
桂の話から未来から来た援軍だと知っている雪子は沖田の横顔を見て、へぇと瞳を細めた。
「なんだ、私と同じ人殺しがいる」
一瞬で沖田の纏う空気を悟り、自分と同種だと判断する。黒い制服とその人相を覚えると雪子は口の端を吊り上げた。
「残念。こんな状況じゃなかったら今頃斬りかかってたのに。真選組だっけ? 覚えておくよ」
「天下の獅子喰いにそう言われるたァ光栄だ」
殺しという行為になんら躊躇を覚えない、異質な存在だと悟る。ようやく近づいた宇宙船からゾロゾロと湧き出てくる魘魅どもさえいなければ、斬り合い開始は必然だっただろう。近藤が恐る恐る口にした。
「あれが……魘魅」
「忌々しき過去の亡霊よ」
桂は球型の爆弾を手にしながら吐き捨てた。
理由はどうあれ魘魅の再来が銀時や雪子を殺した一因となった事実は変わらない。友の仇だと強く睨むその顔は壮絶な覚悟が色濃く滲んでいる。
魘魅兵が何事か詠唱すると呪符が妖しく光り始め、彼らへと襲いかかってきた。掠りでもすれば呪いを身に宿すことになる。雪子は乾いた唇をぺろりと舐めて、いかにして魘魅との距離を縮めるか考えようとした。
しかし桂の投げた爆弾、真選組が放った砲撃が呪符の効果を根こそぎ刈り尽くす。空中で灰と化した呪符に魘魅兵は動揺する。
「なぜやつらのような援軍が……」
「構わん。第二詠唱、開始ッ!!」
死の呪いを世界に放つなど、二度とさせやしない。印を結んで再び唱え出す魘魅どもに雪子達は走り出した。すると呪符の塊が壁を形成しその道を阻む。
「私の進む道を塞ぐなんて、誰が許可したんだ?」
ヅラ! 雪子は名前を呼ぶ。
絶対に横暴の餌食になると桂は確信したがそれよりも胸の内に広がる懐かしさを噛み締めていた。
「この壁壊せ」
「任せろ!」
桂は特大の時限爆弾を投げ込む。数字がゼロを刻んだ瞬間、肌を焦がすような熱が弾け飛んだ。あまりの強風に目を閉じかけた桂の視界に、雪子が高く高く跳躍するのが見えた。
爆風をバネに跳んだのだろう。白い肌がやや赤く変色していた。あまりの無茶苦茶さに呆れ果てたが、地上で緩慢な動きを見せた魘魅に気づく。バリアを作って爆発から逃れた者達らしい。
地上の敵は任された。桂一派と真選組は大量の爆発物を持っている。指揮官も死に絶えた雑兵など恐れるに足りない。
『行きましょう』と書かれたプラカードを掲げた白いバケモノ、エリザベスに頷きかけた桂は、ふと思い出した。
そういえば、肝心の銀時達はどうしているのだろうかと。
「あれ何アルか? 人……?」
宇宙船の舳先に乗り込んだ人影がちらりと見えた。すぐに爆煙で視界が覆われてしまったが間違いない。魘魅のボスがいると思われるそこに一体誰が……?
神楽は銀時に視線を向けて息を飲む。いつもヘラヘラしているような男の顔に焦燥が浮かんでいたからだ。もしかして心当たりでもあるのだろうか。
新八と目が合う。どちらからともなくコクリと顎を引いた。
「行ってきていいですよ、銀さん。ただしちゃんと帰ってくると約束してくれるなら」
「お前ら……」
「その代わり破ったら承知しないネ」
「破らねーよ。もう二度と」
幾重にも繋がった約束が掴み所のない銀時を確かなものにさせる。
二人は笑顔を浮かべて彼を見送った。
途中で真選組と出会い口喧嘩をし、近くに獅子喰いと桂がいると聞かされた銀時は周囲に目を凝らす。見つけた、あの鬱陶しい長髪と堅物そうな目。
「ヅラ!」
「その声……銀時か!」
銀時にとってはそれほど感慨深くもなかったのだが、桂にとっては実に十五年ぶりだ。瞳を潤ませたがすんでのところで涙は堪える。
「雪子には会ったか」
「ああ、昔と何一つ変わっちゃいなかった」
「そうだな。なら十五年後の雪子には?」
思わず黙る銀時に桂はそっと目を伏せた。
「銀時。今のお前と俺は別の人生を歩んできた。その上で言わせてもらう。あいつは生きている。それで充分じゃないか」
あの時にいたのが俺や高杉でも、きっとそうなっていたさ。続けられた言葉を深く胸に刻む。
「ヅラ。てめー何を言っていやがる。俺は約束を果たしただけさ。……取り戻しに行っただけだ」
秘めるように、しまい込むようにそう低くこぼした銀時は顔を上げた。
「あいつを救ってやれるのはお前だけだ。行ってこい」
「うん、それはわかるんだけど………これどうやって行けばいいの?」
聳り立つ巨大な壁を見上げた。勢いがあれば壁を走っていける気がするようなしないような。しかし地上を這う魘魅兵が邪魔しているし、何より銀時の心境的に難しい。こう……テンション上がってたらいけるのになぁとぼんやり考える。
「お前……それはアレだろ、なんかいい感じに飛んで行くんだろ」
「んーでも銀さん的にはさぁ、どうにも体がついていかない感じなんだよね」
「まだ一応二十代だろう? 絶対いけるってー若いもん。俺なんか三十超えたし正直体が辛いんだよね」
「俺だってこの時代のほうが若いよ。だって十代だよ? イケイケだよ?」
マイペースに引きつられ戦場にあるまじきゆったりとした会話をする。しばらくそうした話が続いたところで銀時はぽんと手を打った。
「よーしお前を踏み台にして飛ぶわ」
桂が口を開きかけ、すっと視線が横にずれる。瞠目し表情が凍りついていた。
銀時は振り向こうとして、肩に置かれた冷たい手と囁かれた声にびくりとする。
「なら、私が抱えてあげましょうか?」
雪子と。艶やかな笑みを浮かべた女をそう呼ぶと、さらに微笑みを深くする。血に染まった外套をまとい、ちらりと覗く見覚えのある刀を佩いていた。
心臓に触れられているような感覚に陥り、銀時は動けなかった。ここまで一切の気配を消してきたのだろう。まるで亡霊だ。
「やはりお前も来ていたのだな。昔から素直じゃないやつめ」
「私がどうしようと私の勝手でしょう」
病的なほど青白い手を離すと、ようやく銀時はぎこちない動きで雪子に向き直った。
「言いたくないけれど今のお前に託すしかないの。魘魅と戦って蠱毒を身に宿した体なら、あの呪符を食らっても平気なのよね?」
「ああ、そうか……耐性もあるのか」
「ええ。唯一この世界で蠱毒に対抗できる体。だったらそれを盾にしても大丈夫ってことよ」
「大変心苦しいがお前しかいないようだ、銀時」
トントンと話が進んでいくが銀時はうまく口を挟めない。さっきから煩いほど心臓がドクドク脈打っているからだ。
ああ、と掠れた声で返事をする。
「ヅラ、特大の爆弾あるわよね?」
「またか」
「は?」
桂は苦い顔をするが覚悟を決めたらしい。すると雪子は銀時の腹に腕を回して抱えた。もうこうなってしまえばどうすることもできない。どうにも格好のつかない情けない体勢となり、銀時はぷらんと手足の力を抜かす。
「お前、あの人を斬ったんですってね」
それは確かに銀時が背負った業で、雪子が死んだ未来の話だった。
「……申し訳ないと思っているわ。結局全てを背負わせてしまった」
「てめーも同じだろうが」
雪子だって松下村塾が燃えた日に全てを背負って消えたのだ。おあいこだろうと銀時は思う。雪子は大人びた顔には不釣り合いなあどけない表情を浮かべる。
「嫌なとこばっかり似るんだから」
そして複雑そうに微笑んだ。されるがままの銀時は、地面に視線を落としてぽつりと問う。
「お前は……俺を恨んでねーのか」
「私を殺したこと? ……そうね。恨まれたほうがきっと楽でしょうね、お互い」
でも、と雪子は囁く。
「恨まないわよ。あの時の私がそうだったから」
え、と銀時が顔を上げかけ、かくんと体勢が低くなってしまい雪子の表情は見えなかった。
「舌噛まないようにね。それで死なれたらつまらないもの」
「ちょ、待っ……あああああああああ!!」
夜兎としてトップクラスの実力を誇る雪子の全速力に銀時はなりふり構わずひしっとしがみつく。目を瞑り視覚がなくなった世界で聞いたのは鼓膜を破く勢いの爆発音。それから強風に吹かれ空を舞い、重力に逆らう感覚。
雪子は飛翔しながら、腰にくくりつけたぎゅうぎゅうの麻袋がしっかりあることを確認した。
内臓が飛び出るんじゃないかと真剣に思う銀時は、やがてそろりと目を開く。空を飛んでいた。赤い宇宙船の甲板が近づいてくる。
「死んだら殺すから」
とんっと背中を押されると、銀時は雄叫びをあげて木刀を振りかざす。凄まじい衝撃が大穴を開け銀時は艦内に転がり込む。
───殺気。
すぐさま飛び退けると、禍々しい呪符が突き刺さるように宙を滑る。上部にまだ火の粉は降り注いでいないのだろう。ホコリが漂い辺りは薄暗く、銀時が突き破った甲板の底は太陽光が透き通っていた。
そんな中、二人が激しい戦闘を繰り広げている。突然の侵入者には目もくれず真剣と錫杖を交わらせた。
その一方に巻かれた包帯には梵字のような紋様が浮かび、銀時の脳裏に五年後の己の末路が過る。軋むような唸りを上げて割って入った銀時を非難したのは雪子だった。
「ちょっと! どこのどいつか知らないけど勝手に……!」
よく知った顔立ちに途中で言葉を飲み込む。先程は桂に会っていたからまさかとは思っていたのだが。
「よー、さっきぶりだな」
「はぁ? 未来の銀時に会うのは初めてだと思………その格好って」
いや。いやいや。さすがにない。いくら格好が似ているからといって卑猥なフォルムをしたあの男と違うだろう。きっと服装が似た別人なのだと判断する。確かに珍しい銀髪だったけれども。死んだというか腐った目をしていたけれども。
雪子は即座に切り替えて魘魅のボスに意識をのめり込ませた。一度掠りさえすれば寄生される。それだけは阻止せねばならない。近接戦闘が得意な雪子にとって不利な条件だが、それがどうしたと言わんばかりに強引な戦い方をしていた。そこにそいつが来てしまっては集中が乱れる。
「帰ってくんないかな、未来に」
「悪いが忘れ物を取り戻しに来たんだよ」
「……この時代のは私は持ってない。お前に返したからね」
だろうな、と銀時は頷く。
未来の雪子が帯刀していた刀は間違いなく松陽のそれであった。しかしこの時代の雪子はとうに刃毀れしたものを腰に携えている。
しかし彼が取り戻したいのはそれではなかった。
「とりあえず今は敵さんに集中しとくか。いやー悪いね待ってもらっちゃって」
飄々とした態度を崩すことなく銀時は魘魅のボスを見据えた。魘魅もまた銀時の姿を見て確信する。
「その白い容貌……貴様が白夜叉か。そして隣の女は獅子喰い。天敵であるはずの貴様らが何故……」
「私らは敵同士でもあるし、味方同士でもある。今は敵が一緒だから一時的に協力してるのさ」
「そういうこった。未来と過去の俺達を敵に回してタダで済むと思うなよ」
二人は背中を合わせるようにして刃を魘魅に向ける。するとどうしたことか、魘魅は不気味な笑い声を上げた。
「星を破壊する我に立ち向かうはたった二人か。笑わせてくれる!」
マントを広げ無数の呪符が襲いかかって来る。硬直したのは同時だった。まずい、あの量は捌き切れない───! 雪子は咄嗟に銀時を庇うようにして刀を構えるが、強い力で引き寄せられた。
視界いっぱいに広がる白い着物と覚えのある体温。攻撃が過ぎて土埃と爆煙が立ち昇ると雪子は銀時を引きずるようにして魘魅から距離をとる。指先が凍ったように震えていた。
「バカじゃねぇのお前!」
「うるせェ! 俺はとっくに蠱毒に感染してんだよ。食らうなら俺だけで足りるだろ!」
頭の奥で火花がパチッと弾けた気がした。
銀時の頰まで侵食した呪符の文字に、雪子は心臓がひんやりとしているのがわかる。庇われたおかげで自分は無事だった。未来の人間だから過去に影響されないのかもしれない。それでも恐ろしかった。
「んなこと言うなよ。ほんとに死んじゃうのかと思った……」
掠れた声は銀時に届かなかっただろう。
やめてくれ、とは言えなかった。
嫌なとこ似てんなぁとつくづく思う。
雪子は冷静であるように自身に言い聞かせると、本来の表情を見せる。
「つまりあれだな? ああいった攻撃はお前を身代わりにすればいいってこと?」
「うわすぐに利用するつもりだよこいつ」
「しないよ。心臓が保たない」
ぽかんとした銀時を置いて雪子は魘魅の元へ向かう。すぐに呪符を放つ様子はない。ただ死へ自ら赴く女を興味深げに見るだけである。
「獅子喰い……貴様のその禍々しき手は何者も救えはせぬ。愛する者も憎む者も、すべてを喰らい貪り尽くす。それが貴様の運命だ」
魘魅は確信していた。白夜叉はこの手で葬った。あれほどの呪符を一身に食らったならば一瞬で呪いが肉体を腐らせるはず。
しかし事実は異なる。十年に及ぶまで蠱毒を飼っていた銀時の肉体は耐性がついており、魘魅が想像していた半分も負傷していない。並外れた身体能力がそうさせたのだ。
とはいえ蠱毒に感染したことに変わりはない。それも大量摂取だ。時間の問題もある。一刻も早く魘魅を殺さねば。
雪子は赤く染まった刃を振り上げて魘魅に迫った。
「白夜叉の仇は取らせてもらう」
白い頬に憤怒を滾らせ……たように見えるだろうか。増すばかりの殺意と威力に魘魅の錫杖はミシリと悲鳴をあげる。
「お前、私の運命がどうとか言ってくれたな。くそみてェなご助言をどーも」
「貴様ァ! その手を離せ!」
錫杖を乱暴に折ると頭部を鷲掴みにした雪子は、ぞわりとした悪寒に身を震わせた。呪符に限りはないのか。至近距離でそのおぞましい光を浴びて顔をしかめる。
「私の運命は私が決める。てめーに決められる筋合いはない」
ふっと頭上を曇らせた影がひとつ。
燃えるような赤い瞳が最後に映って。
「失せろ、亡霊」
二本の刀が魘魅を貫いた。
残ったすべての力を使って暴れ尽くし、断末魔を響かせると魘魅は活動停止した───かに思われた。
「何っ!?」
魘魅は失った光を再び宿らせ、無数の呪符を世界に放つ。それは黒い霧へと姿を変えていく。生命そのものを奪う死の霧となって広がっていった。
ひゅん、と赤い光りの尾を引く小さな球体が三つ合戦を繰り広げる地上に飛び出した。それとは別の魘魅本体にある赤い球体。
コアが複数───銀時と雪子は考える間もなくそれを魘魅ごと断ち切っていた。同時に他のコアも破壊しなければならなかったが、魘魅がいよいよ物言わぬ抜け殻となったということは、そういうことだろう。
遅い、と辛口の判定をした雪子は呪符の文字が綺麗に消え去った銀時に笑いかける。
「終わった……のか」
「だろうね、まぁ終わってないっちゃ終わってないんだけど」
「え?」
雪子は上空を指差した。
黒い霧も晴れてすっきりとした青い天蓋に浮かぶ戦艦がある。
「いつ発射されるかわかんないよ。まだ魘魅倒したって気づいてないだろうし」
「マジかよ! 早く伝えねェと!」
飛び出そうとする銀時は、一度雪子に視線を向けた。しかし手のひらをししっと追い払うようにしているのでむっとする。
「さっさと未来に帰りな」
「へーへー、わかりましたよ。ったく」
地上で未来の仲間達が集まっているのが見えた。そこへ走り出した背中を静かに見つめると、雪子は独りごちる。
「気配は消してても匂いがする。二度目はないよ」
そして甲板に出た。日差しを遮るための編笠を被り直すと雪子は振り返る。そこには自分と同じ顔をした女が立っていた。
地上に出た三つのコアをぶった斬ったのはもちろんあの人達です。坂本がいないので必然的に過去の銀時もそっちになりました。
いずれ1周目や2周目の話も書けたらいいなぁとは思っています。果てしなく蛇足でバッドエンドになりますが……。