お家に帰ろう   作:睡眠人間

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捏造とご都合主義が入り乱れてます、注意してください。




攘夷軍で最強と呼ばれるのは一体誰か。個人で差はあるだろうが攘夷志士達は口を揃えて言う。攘夷四天王だと。

では幕軍で最強と呼ばれるのは……間違いなく獅子喰いである。

ならば地球上で最強と言えば、戦争で名を馳せた弟子達は異口同音に唱える。己の師匠だと。

 

そんな彼らが目標を共にし武器を手に暴れ回るとすれば、それは誰も手がつけられない最強チームの出来上がりである。

まさにそんな事態が現実に起きていた。

 

「オラどけモブ共! 今の私は頗る機嫌がいい! 道を開けたら四分の三殺しで勘弁してやるよォ!」

 

ふはははは!! と凶悪な顔をして暴れ回る雪子が特に酷かった。数年に亘り奈落の駒となり命令に従ってきた彼女は、ようやく心身ともに解放されたのである。

吉田松陽という人質を取り戻した以上、雪子を止める存在はいない。否、ただ一人だけいた。

 

「雪子、ほどほどにしなさい。無闇な殺生は何も生みませんよ」

 

あの頃と何も変わらない穏やかな声は松陽の特異な体を裏付ける。

音もなく一刀で屠る松陽のその手には、かつて銀時に授けたはずのあの刀が握られていた。

師弟揃って約束を破ってしまった。けれど今は後悔する暇がない。汚してしまった手でも護れるものはある。それを信じて、この手で掴むまでだ。

 

おそらく雪子や朧の口から真実は伝えられている。ならば隠す必要はない。松陽は血に濡れた刃を一瞥し、襲いくる天人に構えをとる。

 

「私はいつか果てる身……。ですが弟子達にここまで救われたのなら、こんなところで終わるわけにはいきません」

 

蛮刀を振り回して迫る敵を斬り伏せると、血風が巻き起こる。一瞬だ。目に留まらぬ速さで振り抜かれた刃が肉体を裂き、刹那の間に魂を消滅させた。

 

「どいてくれますか。私の弟子達に指一本も触れさせませんよ」

 

ケタ違いな強さに銀時達は瞠目する。手が届かないほど強いとは思っていたが、ここまでか。これほど遠いのか。

相手にしなればならない天人が可哀想になるほどだ。やつらが味方であることに心底安堵する。

 

吉田松陽、雪子、そして……

 

「先生も、ですよ。貴方がいなくなっては皆が悲しみますから」

 

錫杖から仕込み刀を抜き、朧は師に近づく敵を殲滅していくと、雪子と一瞬の合図を交えて戦う。長いこと任務で組まされ続けた彼らの思考の読み合いは、より正確になっていた。

 

「アンタほんとに先生大好きねぇ」

「貴様に言われたくない。……いや、お慕いしているだけだ。その俗な言い方はよせ」

「はいはい、わかってますよー」

 

ニタニタする雪子にぴくりと眉を寄せる朧だったが、松陽の静かな問いかけに二人は黙る。

 

「君達は私を恨まないのですか」

「……どうして?」

「蓬麗を、君達の母親を殺したのは私です……君達の仇は、私です。許されることではありません。理由がどうあれ、それは───」

「じゃ、聞かせてもらうけど。罪滅ぼしのつもりで私を拾ったわけ?」

 

記憶もなく彷徨っていた自分を拾った理由はそれか。雪子は責めるでもなく、悲しむでもなく、凪いだ瞳で松陽を見つめる。

母親と瓜二つの顔立ちは年をとるごとにますます似ていた。思い出す、全てを憐れみ、慈しむようなあの微笑みを。

 

「違います。私はただ……護りたかった。蓬麗の代わりに、ではなく。私の意思で、君達にひとりぼっちでいさせたくなかった。それだけのはずでした」

 

蓬麗が牢に囚われていた頃、朧と彼女が本物の親子のように互いを思い合っていたことを。朧は仕事に私情を持ち込めば自分だけでなく蓬麗にまで罰が下されるとわかり、それを隠していたことを。当時の首領だった松陽はとっくに知っていた。

だから処刑の前日に尋ねた。娘と息子を連れて逃げ出したいのならば、全力で手助けすることを決めていた。

しかし蓬麗は二人の子どもが生きる道を選んだのだ。誰に縛られるでもなく、自由に、平和に暮らす道を。

 

処刑執行日、雨の降り出しそうな曇天を仰ぎ、蓬麗は囁いた。

 

『やっと晴れたわ』

 

謎めいたその言葉は松陽の心にしこりを残す。

 

「けれどいつの日か、その想いは変わっていた。今はただ───」

 

晴れ渡った青空が眩しいほどに輝いている。心が洗われるような色は、地上の禍々しい赤には穢されぬ美しさを保っていた。

そのもとで、心を惹きつけてやまない者達が雄叫びをあげて戦っている。そんな彼らと離れるのだと、己が死ぬのだと悟った時。

 

「共に生きたい」

 

そう、願った。

初めての感覚、初めての感情に戸惑った松陽は、迷い子のように自信なさげにちらりとこちらを見てくる。そんな珍しい姿の松陽に、驚いて吐息をこぼす朧の隣で、雪子は笑った。

 

「そ。そんならいいや」

 

先頭で鬼神のごとき激戦を繰り広げる銀時達に追いつくと、桂の背中を狙う天人を斬り裂く。その勢いのままくるりと円を描き、三人を一気に両断する。

さぞ恐ろしい表情を浮かべているだろうと思ったが、別の意味で恐ろしい顔をしている雪子がくわっと叫んだ。

 

「ねぇ聞いた今の! 松陽が……松陽がね!」

「こら。広めようとするのはやめなさい」

「いいではありませんか、先生。たまには」

「朧。君まで……誰に影響されたんですか、そんな悪ノリ」

 

ともすれば呑気にも感じられる会話をしつつ着々と敵数を減らす彼ら。我慢できず銀時は話に割り込む。

 

「うるせええぇぇ! こんな死地でよく余裕ぶっていられるな!」

「ならテメェの墓場はここだな銀時。安心してくだばれ。俺が直々に葬式開いてやるよ」

「んだと高杉コラァ。くたばるのはお前だ」

「やめんか二人とも。ようやく全員揃ったというのに」

 

呆れた桂は乱れ出した息を整えながら敵勢を眺める。小部隊を殲滅しやや余裕ができたとはいえ、すぐに援軍がやって来るだろう。

 

「しかし不思議だ。これ以上ない絶命の危機だというのに、まるで負ける気がしない」

「当たり前でしょ。私達、松陽の弟子なんだから」

 

ふふんと誇り高く言った雪子に賛同しない者はいなかった。

 

 

「銀時さん達だ!」

「お前ら!」

 

奮闘する彼らに気づき、接近しようと天人軍を果敢に攻める攘夷軍。あと少しで合流できるといったところで、その存在が視界に入る。

ヒッと悲鳴が出かけ、慌てて飲み込むように口を手で塞ぐ。震えながら指差した。

 

「な、なんで……なんで獅子喰いがいるんですか………」

 

これまで何人もの仲間が犠牲になった。そいつに殺された。仇だ。それがどうして自分たちの将といる。味方のはずの天人軍を喰らうように蹴散らし、天敵であるはずの攘夷軍を助けている。

さらに横にいる男にも見覚えがある。毒針や発勁を利用して戦う幕軍でも上位の人間だ。

 

「きっ、危険です! そいつから離れてください!」

 

わけもわからない頭で、とにかくどうにかしようと口走ったその言葉を否定したのは、他でもない将達だった。

 

「刀を下ろせ。大丈夫だ、こいつが斬るつもりなら俺達はとっくに斬られてる」

「は、はあ……。説得力があるようでないような……て、ちょっと!」

 

とうとう合流しちまった。怯えの眼差しを向けられた雪子は、めんどくせとばかりに舌打ちをする。

 

「恨みあんならかかってこいよ。まとめて相手してやらァ」

「やめとけやめとけ。死ぬぞ」

 

俺が。と銀時は心の中で呟いた。たぶん血気盛んな連中の代表として銀時か高杉を相手にして、宣言通りに潰すだろう。

それができる力が雪子にはある。特に実際に刃と拳を交わした高杉は確信していた。

 

雪子はまだ力を抑えている。いいや、力は出しているが全力を出し尽くす相手がいないのかもしれない。夜兎という種族としての全力を出さず、侍として全力で戦っている。

彼女の拳や蹴りは重い。一撃で骨を砕き、肉片を撒き散らす。なのに力を加減しずっと刀を使うのだ。預かっていた松陽の刀を銀時に返してもなお。

 

あいつは斬れなかったんじゃない。斬らなかったんだ。

 

「利害の一致か相違でこいつは味方にも敵にもなる。気が変わらねェ内に大人しくしておけ」

「そーだそーだ。今はザコ相手にしてる暇ねーんだよ」

 

高杉にふざけて同意した雪子は、あれなんで私の気持ちわかるんだ? と冷静になった。

不安の渦の根源がそんな軽い気持ちでいる中、白夜叉と鬼兵隊総督、さらにリーダー格の狂乱の貴公子までもが逆らうべきでないと指示するため、攘夷軍は従う意思を示す。ほんの少しの不穏なさざめきがありながら。

 

ともかく合流できたし……作戦を練り直す弟子達に、立派に成長しましたねと感動していた松陽は、ふと胸の内に巣食うナニカが蠢いている気がした。

 

そう、それは。

 

「………先生?」

 

松陽の険しい表情に気づき、朧は案ずるように声をかけた。ゆるりと顔を向けたその時には焦燥の色が消え去っている。

 

「大丈夫。大丈夫ですよ、私は」

 

まるで自分に言い聞かせるように松陽は酷く柔らかく微笑んだ。

 

 

「よし、行くぞおおぉぉぉ!!」

 

野太い声を上げて進軍する攘夷軍の士気は高く、勢いに呑まれそうな天人軍。衝突する激流にその身をさらし、かつ目を奪われるような戦果をあげるのは雪子だった。

 

───ねぇ松陽。私達、揃ったんだよ。立場も性格もバラバラで交わることのない道を歩んできた私達は、たくさんの時間と犠牲と痛みを超えて、やっとここまで辿り着いたんだ。

 

無情な世界に足掻き続けた、その終わりはこんなにも幸せだ。雪子の視界に映る温かな現実はこれまでの抗いを報いるようだった。

 

───みんないるよ。世界も、背丈も思いも、変わってしまったものは多いけれど。

 

───それでも。

 

「いける。このままいけば……」

 

味方に合流しさらに心の余裕が生まれた彼らは希望を胸に抱く。何より頼れる仲間が増えたのだ。しかもその内の一人は絶対的な強さを誇る地球上最強の生き物である。

 

「あそこだ! あれさえ潰せば我ら天人の勝利! 残りカスの攘夷志士など恐れるに足らん。いざ進め!!」

 

だから数多の敵に囲まれようと、仲間が倒れていっても、大地を踏みしめ刀を握り、侍達は前だけを見て突っ走る。

 

───その瞬間が来るまでは。

 

 

「ぅ………」

「松陽!!」

 

地面に突き刺した刀を支えに膝をついた松陽は、苦しげに顔を歪め心臓を掴むように自身の胸元に手を当てていた。汗が浮き出て、ぎりと堪えるように歯を噛みしめる。尋常じゃない様子に雪子はすぐさま彼のもとへ走った。

 

「何が起きたの! しっかりして、松陽」

「……ッ、いえ、ただ」

 

強く強く堪えるあまり震え出す身体。そして、一瞬見せた暗くて冷たい目と放たれた殺気が雄弁に物語っている。か細い声で聞いた。

 

「虚、か……?」

 

嘘だろ、まだ大丈夫なんじゃないの。伝播したように震えた雪子の期待は呆気なく折れる。

 

「今……とてつもない力で、目覚めようとしています。……眠っていたはずなのに。まだ時間はあったはずなのに……」

 

久しぶりに刀を扱うこと、戦場に立ったこと、それらが原因と思われるが何故今なんだ。みんなで帰ろう。そう手を取り合ったばかりだというのに。松陽は怒りを覚えた。

平和な日々を壊さぬよう、ときおり覚醒の兆しを見せた虚を押し込めてきた。今回もそうすればいい。悲鳴と大軍が迫る足音、それから散る鮮血と倒れ逝く人間の姿を遮断して、松陽は深呼吸をする。

 

「……もう、大丈夫ですよ。心配をかけました」

「まだ休んでいたほうがいいんじゃ、だって、顔色悪いし、本調子じゃないでしょ。他にも、」

「雪子。落ち着いて。私も君も、……戦わなければならない。この窮地を打破するために。だからやるべきことはわかりますね?」

 

ぐっと雪子は言葉を呑む。無理やり腹の底に戻して溢れる感情をどうにか堪えた。弾けてしまいそうだったから。あまりに松陽の微笑みが、いつものような安心を与えるものでなく、消えてしまいそうな儚いものだったから。

 

きっと今も意識下では虚と生死をかけて戦っている。それでも正気でいられるのは、ひとえに松陽が生きる限り抗っているからだ。

信じて戦うしかない。雪子ができることは願うだけ。

 

「……うん、わかってる」

「ありがとう」

 

くしゃりとした表情を浮かべたが、即座に好戦的な笑みに切り替えた雪子は頷いて前線に向かう。

こんな時でもとりつくろうか、と松陽は悲しげな眼差しでその背中を見送った。

 

 

「てめぇいきなり消えてんじゃねェよ! 何かあったのか!」

「何でもねーよ、勝手に消えて悪かったね」

 

銀時に言い返し、敵の死体に突き刺さっていた刃を掴む。ずぶ、と濁った音がして抜く。刃こぼれしているがどうだっていい。折れても代わりはいくらでもある。

びゅ、と風を斬り迷いをねじ伏せて駆けた。

 

───あれを渡してしまおうか。

 

喚く天人を殺し、舞うように跳躍すればアルタナの結晶石が響き合って美しい音が鳴る。神秘的で残酷な惑星の結晶は雪子の手の中に。

 

───終わらせてあげられる。何百年もの苦しみから解放してあげられる。

 

心ここにあらずといった戦い方ながら、気配へ神経を尖らせていく。いつのまにか背後の敵にも対応できるようになっていた。

 

───ようやく会わせてあげられたのに。

 

何度も葛藤し答えは出た。それでも揺らぐ。本当にそれでいいのかと心を痛めつける。じゃあどうしろってんだ。思い通りにならない現実に苛立つ。けれど完全に心が折れたりなんかはしない。信じるんだ。立て直した雪子の耳に悲痛な叫びが届いた。

 

「先生!!!」

 

ばっと視線を巡らせてその光景が目に入った。背後から貫かれた刀がぬらりと血に濡れ、赤い。赤い。虚に気を取られた瞬間にやられたのか。赤い。大丈夫なはず。不死身なんだから。……赤い。

気が遠くなる。地面がぐらぐらする。目の前が真っ暗になる。ずしゃ、と。激痛と共に耳障りな音がした。聞き飽きた、肉を断つ音。見下ろせば無骨な刃が腹から突き出している。

 

「雪子おおぉぉ!!」

「ぃっ……てぇなコノヤロー」

 

ここまでの深手は久しぶりに食らった。正気を剥がされながら、ぶしゅっと腹に刺さったままの刃を掴む。振り向けば想像していた異形の顔はなく、まだ若そうな人間の怯えがそこにあった。

 

「し、獅子喰いめ! 仲間の仇は俺がとってやったぞ……!」

「あぁ?」

 

地を這う低音と絡めとるような冷気に、青年はひっと座り込んだ。彼だけに注がれる膨大な殺意は並の者ならば耐えられまい。やがて泡を吹いて倒れると、袴の股ぐら部分が濡れる。

 

情けない。全く情けない。ずくずくと熱を主張する腹部を押さえ、雪子は周囲と距離を取ろうとする。少年の痴態、いや勇姿に触発されたか知らないが、数人の攘夷志士が雪子に刃を向けていた。

 

「やめろ、お前達!」

「総督ッ!!」

 

一人が吼えた。もう後戻りできないと悟った顔は恐怖と絶望でぐちゃぐちゃだった。

 

「アンタは悔しくないんですか! 俺達の仲間はこいつが殺したんだ! 鬼兵隊はこいつが壊滅させたんだ! なのに、今更協力なんて変な話ですよ!」

「てめぇ、天人軍とつながってんだろ! 味方のふりをして俺達を囲み、内部から壊すつもりなんだ!」

「はぁ? んなめんどくせーことするぐらいなら正面きって潰すに決まってるわ!」

「あっ、暴れるな! 大人しくしろ!」

 

正気を失い、それでも仲間のために仇を討とうとする部下達の強さは、将である彼らを苦しめる。

雪子は確かに部下達を殺した。自分達にも刃を向けた。高杉に至っては部隊のほとんどをやられている。

しかし彼らは知っている。そうでもしなければ松陽を護れなかった。殺せたはずなのに、殺さなかった。迷いか決意かはわからない。だが事実は変わることはない。

 

どうすればいい。必死に考えた。

獅子喰いへの敵意は朧につながる。やがて二人は追いやられ、攘夷軍と天人軍に囲まれながら戦いを再開する羽目になる。

なんてことだ。恐れていた状況が……指先が凍ったように動かない桂は、もっと絶望へ叩き落される未来を防げなかった。

 

「………は、雪子、朧……」

「なんだコイツ……!」

 

天人は死を察知することなく、真っ二つに切断された。押さえられていたものがあふれ、暴発するように拡がった死の気配に、誰もが呼吸を止める。

この気配は。この感覚は。心臓が痛いぐらい跳ねて雪子と朧は堪らず叫んだ。

 

「だめだよ、松陽!」

「先生、お気を確かに!」

 

松陽の目が開き、ぴしりと気配は閉ざされる。刀を抜くとすぐに修復が始まった。しゅううと蒸気をあげていくその様は人知を超えている。

 

「テメェらやっちまえ! 起き上がれねーようにしろ!」

 

ふらついた身体を無理に立たせ、松陽は危なげに刀を振り回す。なんとか意識は保っているが、限界が近づいているのは明白だった。

繰り返す負傷と修復。やつらは気づく。自分が手を出してはならない存在に、禁忌に触れているのだと。生命の理から外れたナニカ。天人軍も攘夷軍も本能的にその生き物を拒絶した。

 

「待ってろ、すぐそっちに!」

「銀時さんまで敵になるんですか! そんなに俺達を見捨てたいですか!」

「違う! ただ俺達ァ───」

 

言えるわけが、ない。信じてくれるわけがない。銀時は苦しげに唇を噛み、天人を荒々しく倒していく。桂も高杉も言葉を噤み、目の前の敵を排除することだけに没頭した。

それでも増え続ける敵の数。仲間達が倒れ、散り散りになっていく。味方の暴走、敵の増援。その場にいる誰もが極限状態にあって、強い者だけが残される。

 

「どこまで君は私の邪魔をする……!」

 

頭が割れるように痛い。裂かれそうな激痛が身体中を巡り、気を抜けばすぐに闇に意識を引きずられる。厳しい状況でも戦いを続けるのは、体に染み付いた習慣、殺すという行為に躊躇がないからだった。

 

「はッ……ぁぁああああッッ!!」

 

もうこの手は汚れてしまったけれど、護らなくてはならないから。

 

───朧、雪子、銀時、晋助、小太郎。君達はこんなに大きくなった。不死者というバケモノの私を、それでも救おうと手を伸ばしてくれた。

 

ならば傷だらけの手を掴み、救われるのが私の役目だ。死ぬことはないが、私が消えることは絶対に許されない。もう私を置いていけと言ってはならない。彼らの努力を、苦しみを踏みにじることと同じだから。

 

───それに、弟子達にずっと護られるなんて(先生)の立つ瀬がないでしょう。

 

まだ歩みを止めるな。走り続けろ。名を呼んで近づこうと足掻く弟子達に、松陽はそう願った。

 

「ハーーッ、ハーーッ」

 

余裕はとうに奪われた。いつまでも縮まらない距離に、減らない敵影に、雪子の思考回路が鈍っていく。どれだけ死骸を積み上げて、血を流しても終わらない。時間なんて意識するだけ無駄だろう。

呼吸を整えながら、何度も冷静になれと念じる。しかしこれまでにない力に吸い込まれつつある。夜兎の本能に呑まれそうだった。大切な人の負傷、湧き出る敵、鼻にこびりつく鉄の匂い、なんだっていい。戦場という種族の居場所に立ち、これ以上ないほど愉しそうな……全力を出し尽くせる舞台に、正直……

 

───本能に従い、殺戮したい。そんな誘惑に駆られる。

 

本能を飼い慣らし夜兎の出しうる最大限の力を引き出すとはいえ、種や本能そのものには敵わない。抗うと決めたから、雪子はあの一度以来本能に反抗した。止められる者はいないし、過剰な力は身を滅ぼす。

 

───でも、今がそうなんじゃないの。

 

腸ぶちまけて、手足を斬り落とされようと、戦うべき時だ。私がやらなきゃいけない。私がやれば救えるものがある。

 

───なら!

 

獣の唸り声を上げ、次第に呼吸は荒くなっていく。待っていたとばかりに意識が絡めとられていく。体の自由を奪われる。心が歓喜で塗り替えられる。ああ、この感覚は一生好きになれないな。雪子は漠然としてきた頭で思った。

 

「貴様ッ……まさか!」

「あぁ、朧……あとのことよろしく」

 

微笑んで、瞼を閉じる。

再び猛獣が解き放たれた。

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