今回も捏造と自己解釈とキャラ崩壊が多く含まれ以下略
かっと視界が開けた。赤と黒に支配された残虐な痕が陽光に照らされている。思い出したように始まる呼吸、噎せて息を吸うと濃密な血の匂いがした。
終わった、と。天人も攘夷志士も奈落も潰され、斬り刻まれた地獄を見渡した感想がそれだった。呆然としていた雪子は、我に返って瞠目する。あいつらが見つからない。松陽の姿がない。どうして、どうして……
その時、左脚に奇妙な感覚を覚えて視線を下げた。
「ひっ」
己の脚を貫いた刀を執念深く掴む腕を、雪子は慌てて刀ごと放り投げた。血を撒き散らしながら肉塊に埋もれたそれが目に焼きついて離れず、恐怖が全身に巡らされていく。
「松陽………、朧……」
誰か返事をして。
「銀時、高杉ィ……ヅラ………」
死屍累々。ただ一人が立つ戦場に雪子の溶け消えそうな声して、次第に嗚咽が混じっていく。片足を引きずりながらゆっくりと歩き探した。腹だけではない。全身の裂傷から血を流し、どうして動けるか不思議なほどだった。
やがて視界で何かがもぞりと動き、死体の山から這い出てきたのは朧だった。血に濡れながらも、泣き出す寸前の潤んだ目をしっかりと見つめている。
「朧………、私、もしかして」
「今は何も考えるな。奴らを探すぞ」
「………うん」
鼻をすすり、目元を乱暴に拭うと雪子は深呼吸をする。気配に集中、集中、集中──……ぐるぐる回った不明瞭な意識の奥。強制的に従わせられる屈辱と自由のきかない体。この手が斬ったもの、叫び。ぐるぐる、ぐるぐる。
考えるな。もう一度集中しろ。
……いる。
銀時、高杉、桂を救出し最後の一人を全員で探す。呻き声上げて苦しんでいる様子に胸を痛めた雪子は、そっと背中を撫でるようにして声をかけた。
「松陽……そんなにつらいの」
「だ、いじょうぶ。だから、悲しげな顔を、しないで……」
「嘘ついてんじゃねェよ……。大丈夫なわけねーだろ。松陽、お前のそれは何だ」
銀時が苛立った声音で問う。歯を食いしばり答えない松陽の代わりに、口を開いたのは朧だった。
「先生の器に巣食う本当の敵、虚。先生は虚を止めるために生まれた存在だが、今まさに目覚めようとしている」
「……そいつが目を覚ましたら、どうなるってんだ」
「吉田松陽は死ぬ」
高杉が無言で朧の胸ぐらを掴み、怒りの双眸で睨みつけた。
「晋助、朧を離しなさい。……本当の、ことです」
「……先生は、それでいいのかよ………」
力なく手が離れ高杉が口を閉ざしたっきり、重たい沈黙が流れる。時折松陽の苦痛に耐える声がする度に希望を潰されてしまいそうだった。彼らにはそれを止める力がない。無力だ。
心を抉るような冷たい空気を壊したのは、静かに背中を撫でていた雪子だった。
「ねぇ、松陽。もしその苦しみから解放できるって言ったらどうする」
「……どういうことです」
袋をひっくり返せば儚く美しい光を放つ結晶が転がった。桂はその一つを手に取り、目を見張る。
「これは……?」
「アルタナの結晶石。それも他の惑星のもの。これが松陽の体に取り込まれれば再生力が崩されるって……そう聞いた」
「先生が不死身となった、この地球のエネルギーか。一体どこでこれを?」
「天導衆の一人からくすねた」
松陽はすぐに雪子の嘘を見抜いた。しかしそんなことよりも、彼らに伝えなければいけないことがある。
結晶石を持つ桂の手に重ねるように、松陽はアルタナの結晶石に触れた。そこからささやかな刺激を感じるのは本質的に混じり合わないためだろう。
「他の惑星のアルタナなど、数百年生きて初めて見ましたよ。そうか、これが…………でもね。君達は知らない」
身体中を串刺しにされたこともあった。何十年も目玉をくり抜かれたこともあった。それに比べれば、こんな痛みなど。
暴走する虚をねじ伏せ、松陽は微笑みのような顔を作った。
「おそらく、この程度では私は、虚は終わらないよ」
ここは地球だ。エネルギーの供給されない他の惑星ならばともかく、肉体を永遠に保つアルタナは溢れんばかりに湧いてくる。理不尽なほどいくらでも。たとえ不純物を弾こうとこの体が狂ったとしても、それを捨て新たに再構築できる。
松陽の推測を聞いて、雪子はゆっくりと確かめるように尋ねた。
「おそらくってことは、可能性がないわけじゃないんだね?」
「なにせ先例のないことですから……」
「多少なりともその体に影響は与えられるの?」
「……ええ。身体は拒絶反応を起こして、死を刻む。そして
なら……思考を巡らす雪子は、もう一つ大事なことを思い出す。ちらと向けられた目線を朧は受け止めた。不安げに揺らぐ瞳に、そんな顔もするのかと驚きながら。
「それなら、朧は?」
己まで、心配するのかと。
「松陽の血、つまり不死の力を与えられた朧もその供給源は地球のアルタナってこと? 別として考えるべき?」
「どうでしょう……少なくとも、性質は同じだと思います……。これまでの負傷と修復から考えて、
「そう……」
つまり、と前置きをして雪子は冷淡に確認作業を終わらせる。
「朧が死んでも松陽に関係はないし、松陽が死んでも朧は強制的に終わることはないんだね」
「断定はできませんがね……。ですが、朧。君自身が一番知っているはずです。その身体の終わりを……」
全員の目が朧に集中し、当の本人は視線をそらす。雪子は抑揚のない声音で圧をかけた。
「朧。どういうことなの」
「……不死の力は不死の身体にあってその真価を発揮する。私は人間の身体に不死の血を注がれた不完全体だ。いくらこの身体にかかる負担を減らそうと、いずれ肉体は腐り、四肢が崩れ落ちる。私は……」
枯れ果てた大地に目線を落とし、静かに告げる。
「俺は、長く生きられない」
「………そう。よく、わかった」
誰もこの無情な世界を変えられない。幾度も阻んできた現実がどこまで逃げても目の前に現れる。それは奈落だったり、雪子自身だったり、虚という絶望だったりと姿を変えて、何度も何度も暗闇に押し込もうとする。
「黙ってきいてりゃ、んだよそれはッ!」
息を荒げた高杉を見つめる目はどこまでも冷ややかだった。けれど貼り付けられた微笑みは穏やかなままで、彼の怒りが弾ける。
「てめぇは松陽先生を、朧を……見捨てるってのかよ!」
「高杉くんさぁ。前々から思ってたんだけど、人に任せてばかりで騒ぎ立てるのはどうかなーって。というか、すっかり仲良くなっちゃってまぁ」
「今はそういうことを言ってんじゃねェ! 散々足掻いてきたってのに、お前がそれを投げ出すか……なァ」
直接斬り合い、思いをぶつけてきたからこそ高杉は信じていた。雪子ならば運命を変えられると。事実、彼女は不屈の精神であらゆる困難を捻じ曲げてきた。執念深く誰よりも希望を掴み続けた。だから、きっと今だって。そう、願ったのに。
「俺も高杉と同意見だ。猶予はほとんどないとしても、これはあまりに……残酷だ」
静かに桂は意見を述べた。一触即発な空気をどうにかすることは幼い頃から己の仕事のように感じていたが、今回はそんな話ではない。自分の口で意思を示さなければならない。
意識下で虚と戦っている松陽の背中をさすりながら心中を語る。
「どうにもならない現実だとしても、俺はそれを、無情な世を甘んじて受け入れることなどできない。そんな世を変えようと刀を取ったのだから」
蘇る幼少期の思い出。桂はあの頃に帰りたかった。天涯孤独の身となったが、いつしかそんな寂しさを吹き飛ばすほど愉快な連中に囲まれていた。本当に楽しかったのだ。幸せな日々だった。それをここまで来て手放せるか。否だ。
「吉田松陽の弟子である限り抗い続ける。その教えを護ってきた雪子が、先に諦めるな……」
その声音はどこまでも優しかった。一方は怒るように、もう一方は諭すように。苦しくも抗う道を選んだ高杉と桂は、迷いを断ち切った顔をしている。
こいつらは覚悟を決めた。黙って聞いていた銀時は拳を握る。そうだ、信じることを教わった。抗う大切さを知った。曲がってしまったら殴ってでも止めろと躾けられた。
今、それを伝えるべきだ。意を決して銀時は口を開こうとする。喉がひりついていて、そういや叫びっぱなしだったと思い返した。見下ろすと白かった羽織は血に染まり、激戦の記憶を呼び起こす。しかしそれは禁忌と成り果てた。深呼吸をして心を落ち着けると、銀時はようやく真意を話せた。
「松陽はまだ戦っている。朧は生きている。俺達弟子が、先に負けを認めちゃならねー」
希望は潰えていない。きっと救う道がある。虚を鎮め、朧の短命を変える方法が。自信がどうとか根拠がどうとか、関係ねェ。俺達は吉田松陽の弟子だ。
「失うことを恐れるな。護る強さを忘れるな。その魂を自ら汚すんじゃねェ」
「───ッじゃあどうしろって言うんだよ!」
無理やり閉じていた感情の蓋が壊れ、制御できないほどに溢れてくる。怒りと、それ以上の悲しみで震えた声が激情を露わにした。
「見捨てるだって? ……私を見くびらないで。諦めてたまるか! 認めてたまるか! たくさん足掻いてきた。松陽が消えてしまわないよう、お前らが殺されないよう、必死になって……でも! 虚の復活を止めることはできない。終わらせてあげることもできない……」
勢いは弱々しくなり、最後のほうはほとんど掠れてしまっていた。美しい音を奏で、アルタナの結晶石は手のひらからこぼれ落ちる。未来からの贈り物も役立たない。
「雪子……お前は、そんな……」
うわごとのように呟く高杉に、雪子は自嘲的に微笑んだ。細めた瞳に映るのは呆然とした彼ら。
「……お前の中で私どーなってんの。そんなに、強くないんだよ。ほんとは」
握った拳は震えていた。微笑みを浮かべる唇を一度噛み、言葉を殺すように息を吐く。それでも堪えきれない何かが涙となって溢れた。
「私には……もう、何も、できっこないよ……」
松陽は彼女を哀れに思った。雪子のことだ。奈落に所属してから虚の情報を集めてきたのだろう。といっても不死者であるとバレたら天導衆に目をつけられるとわかりきっていたので、全てを隠してきたのだが。やがて組織に何の手がかりもないと知った雪子は本人に尋ね、多くの知識を得た。だから銀時達と違う未来が見える。
松陽も朧も己の末路を悟っていた。これは抗うとかそんな甘さを徹底的に排除した絶望だ。それでもそんな未来を変えたくて戦う。
だが、変えられるとは限らない。
雪子が普通の少女のように肩を震わせ泣いている。その項垂れた髪をくしゃりとして、太陽を背に佇む人物がいた。
「諦めるのはまだ早い」
雪子は頭を上げさせられ、まばたきをした目尻から雫が垂れる。その手を離し、相変わらず無表情の朧が転がっていたアルタナの結晶石を拾う。出来損ないだが彼も地球のアルタナをエネルギーとして生き永らえている。本能的な嫌悪を感じた。
「これで先生を傷つけることは、虚にも悪影響は出るということだ」
「そ……だろうけど、だから何だっていうの」
「ならば虚に相応の苦しみを味あわせてやれるやも知れぬ。……今、先生が苦しんでるように」
「だから何だって……いや、そうか……」
もう意識下すぐまで浮かび上がっている虚は、松陽を退けてしまうほどの強さを手に入れ……いや、取り戻しつつある。ということはアルタナの結晶石が与える痛みもほぼ同等だ。標的は無限の再生力を持つ肉体ではなく、有限な精神のほう。
「先生。貴方はおっしゃいました。私は虚を止めることができないと。では、先生と同じくらい弱った虚ならどうですか」
「君は……とんでもないことを思いつきますね。たしかに、突然毒を注入されたら、びっくりしてしまいますよ。その動揺が……隙を、生むかもしれません」
ここまで平静を保っている時点で松陽の限界はとっくに超えていた。顔色はさっきと比べものにならないほど悪く、浮き出る汗が止まることはない。しかし苦痛に歪んだその顔に、やる気に満ちた微笑みを取り戻していた。
「のりますよ。その無茶苦茶な案に」
「松陽!」
「いい、じゃないですか。君達に信じられるなんて、私にしては上出来な終わり方です……」
他の惑星のアルタナを肉体に取り込めば排除しようと血液が、心臓が狂い出す。そして判断する。毒に侵された古い身体は捨て、松陽や虚の意思とは無関係に新しいモノを造ろうと。
隙があるならその一瞬だ。
いいや、本当はわかっていた。
それでも諦めることは許されない。
彼らの信じる吉田松陽を信じるまでだ。
「私に勝てるのは
手を伸ばすと、五本の手と重なった。
「その時は、おかえりって、迎えてくださいね」
「はい。……ずっと待ってるから」
果てしなく透き通った美しい結晶石を握りしめて松陽の心臓部分に届くように手を置く。震えるな、そう朧が念じると細い指が重なった。
「アンタ一人に押しつけるつもりはないから」
「………雪子」
そして次々と手が重なった。
「兄弟子さんよ。俺ら弟弟子は、何事も連帯責任って決めてんだ」
「半ば強制的に植え付けられたようなものだがな」
「俺達も一緒に背負おう」
その確かな温もりは、朧が求めていたものだった。知らなかった。己は同門の仲間だと認められていたらしい。ただの松陽先生のもとで学ぶ普通の子どもたち。いつかそんなふうに、お前達のようになれたら。そんな願いはとっくに叶っていた。
痛みを通り越して麻痺してきた松陽は、ぼんやりとした視界できらりと光る何かを捉える。
もうほとんど視覚は奪われていた。暴れそうな身体を押さえつけ、松陽は虚を止めるだけで精一杯だ。徐々に蝕まれていく意識。停止し始める思考。残された少ない時間に、たくさんの思い出が蘇る。
誰にも望まれることのなかった存在。忌まわしき呪われた存在。いつ生まれたかなんてとうの昔に忘れてしまった。
『松陽先生!』
けれど、そんな自分のために涙を流してくれる子達がいてくれる。それだけで報われた。
ああ、こんなにも満たされていていいのだろうか。バチが当たってしまいそうだ。永劫の時はこの瞬間を迎えるまであっという間に過ぎていった。
それでも名残惜しいと感じてしまうことを許してほしい。この子達が大人になって、笑い合っている姿をもっと見ていたかった。シワシワの年寄りになって、あの頃はと懐かしむ会話をそばで聞いていたかった。それだけが心残りだった。
初めて死ぬことが怖いと思った。
初めて共に生きたいと願った。
こんなバケモノが最期に幸せになっていいのか。そんな静かで穏やかな幸福を松陽は感じていた。
ふいに地表が淡い緑色を帯び、ふわりと光の粒子が漂う。それらは松陽を包み込んでいく。五本の手に重ねられたアルタナの結晶石も眩い光を放ち始めた。
人知を超えた現象に彼らは言葉を失い、
やがて、手に力を込めた。