お家に帰ろう   作:睡眠人間

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お待たせしましたぁぁぁあああ!!

2021/04/16修正しました。あまり内容は変わってないです。


その女は嵐であり非日常的であり悪魔である。
帰ってきた幼馴染


 かつて侍の国と呼ばれた江戸でも随一の賑やかさを誇る町、かぶき町にて何でも屋を営む万事屋は、ここ数日浮き足立っていた。正確にはオーナーたる坂田銀時の様子が変なのだ。

 初めに気づいたのは従業員という形で奉公に行っている志村新八だった。

 

「あれ? 銀さん、この日依頼入ってましたっけ」

 

 指差したのは机の上に置かれた卓上カレンダー。新八の記憶では仕事がないはずの日付が赤丸で囲んである。過去に依頼に遅れてからは常日頃からチェックするように習慣づけたからわかったのだ。

 銀時は考える間を持たせるように、あーだの意味のない言葉を放って頭をガシガシ掻いてから答える。

 

「いや、ただの印。たぶん誰かの誕生日なんじゃね」

「覚え方が雑にしてはしっかりした二重丸ですね……」

「そりゃ銀さんは金ヅ……じゃなかった飲み友たくさんいるしぃー? 誰かさんと違ってバースデー祝うダチいるしぃー?」

「なんか言い方腹立つんですけど。つーか金ヅルって言いかけましたよね。ツケばっかり溜め込んでるといつかお店行けなくなりますよ」

「たっくこれだから新八は……」

「ここ新八関係ねーだろうが!」

 

 などとその後は関係ない話にすり替わり、新八もすっかり忘れてしまっていたのを拾い上げたのが、万事屋に居座るかぶき町の女王こと神楽だ。

 朝に目が覚めてから見る死んだ魚の目がいない。昨日は飲んで帰って来たかと言われれば、むしろ夜更かしは美容の大敵と断言する神楽よりも先に銀時は寝ていたし、なにより玄関に確認しに行けば黒ブーツがなかった。

 ……出かけている? こんな朝っぱらから。あのプー太郎が。違和感がむくむくと成長して疑念に変わる。

 

「おはようございまーす……って神楽ちゃん? どうしたのこんな朝早くに。いつもは寝てる時間だよね」

「ぎ、銀ちゃんが……」

「銀さん? そういえば靴ないね。まだ帰ってきてないの?」

「昨日は飲み行ってないヨ。寝るのも私より早かったネ」

 

 そこで新八の顔にも真剣な色が浮かぶ。銀時のもとで働き出してからこんなことは初めてだった。

 朝ごはんを二人で食べながら議論を始める。いつも三人だったからやはり喪失感は拭えずどこか気落ちした声で、というわけでもなく、懐疑を含みつつも元気な声音で盛り上がっていく。

 

「うーん、やっぱり僕らには言えないような依頼があったとかじゃないのかなぁ」

「いーや絶対女アル」

「その根拠は?」

「女の勘!」

「ダメだこりゃ」

 

 でも、違うと言い切れないのも確かだ。赤丸がついた日は今日で、それまでどこか銀時は落ち着きがなかった。まあ普段から落ち着いているとは言えないけれど。神楽に指摘されたらあの会話も誤魔化していたように思えてくる。だめだ、ドツボにはまった。

 

「どちらにせよ今日帰ってくると思うし、その時に聞いてみようか」

「ウン……」

 

 酢昆布を初めて食べた時と同じ、困惑と好奇心を抑えたような神楽は気分転換にと散歩に出かけていった。

 新八もいつものように部屋の片付けを開始する。食器を洗って洗濯物を干し、床を磨いて───と立派な仕事ぶりだ。褒める人はいない。

 昼になっても二人は帰ってこなかった。いつものことだし、と淹れたお茶で一服していると黒電話が鳴った。久しぶりに依頼だろうか。胸を踊らせながら受話器を取る。

 

「もしもし、万事屋です」

『あ、ほんとに出た』

「……? ええと、依頼でしょうか」

『そうそう。明日の……そうね、十時ぐらいから。依頼内容はウチの周りの雑草とか抜いてもらいたいんだけど。お願いできる?』

「はい! その時間にお伺いします!」

 

 場所の確認などを済ませて受話器を置いてカレンダーの赤丸のついた次の日に、『朝十時雑草抜き』と書き込んだ。よし。ひとまず依頼なし記録更新は免れたと安堵すると、外の階段をものすごい勢いで駆け上がってくる足音が聞こえてきた。

 

「新八いいぃぃ! 銀ちゃんがああぁぁぁ!!」

「うわっ!? って神楽ちゃん引っ張んないでえええぇぇ!」

 

 神楽に引きずられた新八は、ぐるぐるの景色が目まぐるしく変わっていくことにさすが夜兎と変に感心する。やがて襟を掴んでいた手が離れ、勢い余って地面を転がった。

 

「あいたたたた……ちょっと神楽ちゃん! 何するんだよ!」

「シャラアアアァァップッ!! 声を小さくするネ。銀ちゃんに気づかれるアル!」

「おめーの声が一番大きいよ! ……それにしても、ここどこだよまったく……」

 

 体感時間的にかぶき町内のどこかだろうが、あの独特の喧騒や雑踏が軽く遠のいたここは比較的静かだ。空に伸びた茜色が奥の藍色と混ざり合い、透き通った夕陽が射し込んだ町並みは落ち着いている。

 

「神楽ちゃん、帰ろうよ……」

「なに言うアルか!」

「だって銀さんいないじゃないか」

「……ホントだ」

 

 神楽曰く、一日中遊んだ帰りがけに銀時が女と並んでここへ向かって行ったのを目撃し、慌てて新八を連れてきたという。そりゃ迷子になるわけだ。

 

「私銀ちゃん探してくるネ! お前はあっちを見てこいヨ」

「えっ、待って神楽ちゃん……ああ、いっちゃった」

 

 遠ざかる赤い背中はあっという間に見えなくなっていった。どうしよう。新八は辺りを見渡して悩んだ。とにかくここからでも見えるターミナルに向かって歩くことに決めた。そうすればいずれは万事屋に辿り着く。神楽が諦めて帰ってきてくれるかが不安だが。

 

 そんな心配を胸に抱きつつ進んだ新八だったが、一向に辿り着けず次第に怖くなってきた。いつのまにか日も暮れて夜の帳が下りてきている。完全な迷子であった。

 こりゃ神楽ちゃんの心配をしている暇はないぞ、と焦りながら早足で歩いていると、人影が見えた。

 

「よかった人に出会えた……すみませーん! 道を教えてもらいたいのですが!」

 

 白いライトに照らされたその人物は長身の女だ。

 かつ、かつと夜の静寂を切り裂く硬質な音の発生源はヒールブーツで、白い着物に花緑青の袴というやや珍しい格好をしている。後頭部を刈り上げたショートの暗い髪は艶やかで、透き通った肌と紅をさした唇が印象的な女性。

 両手にぶら下げたネギがはみ出ている買い物袋さえなければド緊張していただろうが、新八は、ああ買い物帰りなのだろうと謎の安心感を覚えた。

 

「道? 迷子なの?」

「はい。お恥ずかしながら……」

「フーン。いいよ、そっちまで案内してあげる。その前にこれ、置いてくるから」

 

 かなり重たそうな買い物袋をまるで中身がすっからかんだと錯覚してしまうほど軽々と持ち上げた女に、お願いしますと新八は頭を下げた。

 

「お荷物お持ちします」

「そう? じゃ、お願い」

 

 と渡された買い物袋はとんでもなく重たかった。情けないことに一袋しか持てなかった新八は、すみませんと再び頭を下げる。ちらりと視線を下げれば大量の食品類がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。

 

「今から夕ご飯ですか? いやぁ、賑やかでいいですね」

 

 てっきり家族団欒で食事をするだろうと思ったのだが、女はにっこりと自然な笑みを浮かべるだけだ。

 

「よろしかったらご一緒します?」

「えっ! い、いいえそんな! ただでさえお時間を割いてもらっているのに、迷惑はかけられませんよ!」

「気にしなくていいよ。どうせアンタが帰ろうとしてる場所に銀時はいないし」

「………え」

 

 本日行方不明の名前が出てきて、新八は思考停止状態になった。どうして銀時の名前を知っている? それ以前に、いないとはどういうことだろう。

 獲物を定めるように細められた瞳は愉快そうに揺れ、赤い唇が弧を描く。味わったことのない捕食者の目が向けられて新八の肩が強張る。途端に得体の知れないモノになった女は、新八の反応を楽しんでいるようですらあった。

 

「そう警戒しないで。もう着くよ」

 

 と言って曲がり角を曲がった女に、悩んだ挙句ついていった新八はその光景に目を剥いた。

 

「だっから違えっつってんだろーが! 仕事だ仕事!」

「嘘ヨ! あなた前もそう言って私との約束すっぽかしたじゃないの! 私は二度と騙されないわ!」

「なんで本妻演じてんだよ、じゃあアイツは何か、愛人かァ!? 誰だよコイツに昼ドラ見せたの! 本当にめんどくせーな……」

 

 ギャーギャー騒ぐ銀時と神楽が昼ドラ展開を繰り広げており、何やってんだコイツらと全力で他人のふりをしたくなる。しかし女がまっすぐ近づいていくからついていくしかない。

 もしやこの女性が銀時と連れ立って歩いていたという人か。あの銀さんにこんな美人が。ありえない。絶対にありえない。

 新八が信じられない現実から目を背けようとしている間に、女は銀時のもとへスタスタ歩き、

 

「邪魔だ、どけ」

 

 と容赦なく足蹴にしたため裏切られた。よかった。

 どう考えてもずっと放置していましたと言わんばかりな、蔓が伸び放題で雑草が生えた外観の家をついガン見してしまう。はめ込まれたすりガラスの窓から橙色の灯りが漏れていた。

 女はカララと玄関の戸を開きそのまま入っていく。手招きされたので室内に入れば内装に驚いた。

 

「お店……ですか? 小料理屋的な」

「そ。私の店」

 

 綺麗に磨き抜かれた床とその奥に設備されたカウンター。調理スペースは大きめで見たこともない器具が壁にかけられており、容量の大きい冷蔵庫が存在を主張する。移動可能な机と椅子は店内の端っこにまとめて片付けられていて今は広々としたスペースが確保されていた。女が食料を出すそばにあるズラリと並んだ酒瓶の棚に圧倒されてしまう。

 新八の背後で引き戸を開ける音がした。口喧嘩に一区切りがついたようで、げっそりした銀時とご満悦な様子の神楽が入ってくる。その玄関の真横に立てかけられた暖簾の文字は『雪月花』で、本当にお店なんだと実感が湧いた。

 

「ちょっと銀さん、どういうことですか」

「どういうことって俺が聞きたいよ。お前らがどういうことですか」

「あのですねぇ!」

 

 まともに取り合わない銀時に非難の声をあげる。すると女が新八の方へ手を伸ばした。買い物袋を持ちっぱなしだったことに思い至りすぐに手渡す。ズシリとした重みが消えた。

 

「志村クン、この男にちゃんと答えることを期待したって無駄だよ。頑固だから」

「お前に言われたくねーわ。テキトーなことばっか言うくせによ」

「あれ? いつそんなこと言ったっけ、記憶にないなー」

「ほれみろ」

 

 二人のまとう空気はとても柔らかいもので新八と神楽は不思議そうに顔を見合わせた。

 

「あの、お二人はどんな関係なんですか?」

「というか誰アル」

 

 女は作業していた手を止めると、面白そうに新八と神楽に微笑みかけた。温かみを感じさせるオレンジ色の照明が彼女の白い頰に影を落とす。高貴な印象を受ける整った顔は蠱惑的な笑みで彩られていた。白い指がぷるんとした唇にそえられ、ゆっくりと動く。

 

「知りたい?」

 

 新八はただその妖艶な造作に見惚れ、神楽は大人の女という魅力に憧憬の眼差しを送るしかなかったのだが、銀時は背筋を凍らせた。

 

 どう考えてもその表情は、銀時を昔から困らせてきた悪戯心でいっぱいの極上の笑みだったのである。

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