「お、おい。雪子。お前変なこと言うんじゃねぇぞ……?」
「言わない言わない。心配し過ぎ」
コロコロ笑うと作業を再開した雪子という女は、食材と調理器具を並べて夕餉作りを始めた。
「どうせ食べてくでしょ? なんか嫌いなものある?」
「……あっ、ええと、特にない……です」
「オマエなんでも作れるアルか!?」
「だいたいはね。とりあえず量重視して作っていこうか」
促されて銀時たちはカウンターに座った。休む暇なくキッチンで料理を始めた雪子に新八は口を閉じる。忙しいそうだし後にしようと気遣った結果だ。
しかし神楽は魔法のように鮮やかに魚を捌く雪子に話しかけた。興味深げに手元を注視しているが雪子は全く気に留めない。
「名前何アル」
「雪子。好きに呼びな、神楽ちゃん」
澄んだ青い瞳をぱちくりさせて神楽は不思議そうな顔をした。新八もそういえば志村クンと呼ばれたのを思い出す。
「銀時が楽しそーに話してたから知ってるの。志村新八クンに神楽ちゃん。こんなバカのもとで働こうなんて、すっごく物好きでいい子たちなんだろうなって思ってたんだよね」
「楽しそうに話してませんー。ただオメーに会わせたくなかったんだよ。絶対有る事無い事吹き込むだろ。おっかねぇ」
「順調にフラグ立てていくねー」
酒棚から勝手に酒瓶を取りお猪口に注ぎ込んだ銀時は一口呷る。雪子もそれを咎めることはしないので、ますます二人の疑問は深まっていった。
「えーと、ここは雪子さんのお店なんですよね?」
「うん。まぁずっと放置してて、最近帰ってきたから内装を掃除してやっと使えるようになったわけ」
なるほど。店内を先に綺麗にしていたから外観が荒れ放題だったのか。本格的な開店まで時間がかかりそうだ。新八は手を合わせて目の前に置かれた刺身に箸を伸ばしつつ考えた。
というか刺身なんていつぶりだろう。新鮮で脂が乗って美味しそうだ。雪子がよそった白米のごはん茶碗を片手にじゅるりと涎が垂れる。
「銀時には手伝いをしてもらったから今日はそのお礼でウチに呼んだの」
「本当にいいんですか? 僕たち何もやってませんよ」
気遣った新八は言ってから時すでに遅しと気づいた。既に刺身は掻き込むようにして食べてしまった。続々と出される料理を片っ端から胃に収めていく神楽だって、テカテカと美味しそうに輝く白米も、芳ばしい香りのする唐揚げも、家庭の味が染み込んだ肉じゃがも、よく味わうこともなく流し込んでいく。
調理人からしたら面白くないのでは、と心配になったが雪子は嬉しそうに微笑んでいるので杞憂だったかと開き直る。新八だって美味しいご飯はたらふく食べたいのだ。
そんな心境などするっとお見通しの雪子は心の壁をすり抜ける慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「子どもは余計な心配しない。好きなだけ食べていきな」
だから目移りしてしまうほどの料理にごくりと唾を飲み込んで遠慮なく食べ始めた新八や神楽の耳に、その言葉は届かなかった。
「あとで体で払ってもらうから」
美味しい料理に舌鼓を打ち、口も幾らか軽くなって滑らかに言葉が飛び出していく。雪子は聞き上手でついつい余計なことまで話してしまうのだ。新八も神楽も陽気な気分になった。雪子に胃袋をがしりと掴まれてしまったがそれもいいと思ってしまうほど、彼女が優しく微笑み、楽しんで聞いてくれるからだ。
となれば気になる。坂田銀時と雪子の関係が気になる。それとなく尋ねても躱されてしまい、モヤモヤとした気持ちが拭えない新八は意を決して拳を作った。そう、今こそ言ってやるのだ!
「雪子さんは普段何をされているんですか!」
違うコレジャナイ! 新八は地団駄を踏みたくなる。どうにもハイになってしまった。非日常的空間がなせることか、美味しいご飯をたらふく食べて眠気が這い寄り思考判断能力が低下しているのか、それとも気安く話しかけてねと綺麗に微笑まれたからか。
多分その全部だと新八はわかっていた。
「んー……前までは店をちゃんと経営してたんだけど。宇宙旅行が趣味になっちゃって。多分一年の半分以上は他の惑星にいたんだよね」
「宇宙旅行! それはまた凄いですねー」
「ま、そろそろ資金も尽きそうだからこれからはかぶき町で働き詰めになると思うけど」
「じゃあまたご飯食べに来ていいアルか!」
「もちろん。いつでもおいで」
半分寝かけていた神楽は魅惑の発言にうっとりする。こんなに美味しいご飯がいつでも食べられる。最高か。ちなみにタダとは言っていない。
夜兎でも大食いに分類される神楽を満足させた頃には、あれだけ冷蔵庫に詰め込んでいた食料も底をついてしまった。また買い出しに行かなくてはと頭にメモする雪子は、流石に疲れて銀時の隣に腰を下ろしている。
雪子、銀時、新八、神楽の順にカウンターに並ぶことになるが、銀時は木製の机に突っ伏して眠っているので問題はない。
坂田銀時と出会ってからの濃い日常を話の種にして、三人は盛り上がっていた。ある程度話終わってからグラスをぐいっと傾けて液体を胃に流し込み、一息つくように雪子はポツリと。
「よかった」
ちろりと白い天然パーマを見下ろす眼差しはどこか寂しげに見えた。
「このバカさ、誰かが帰る場所にいないとふらふらって消えてっちゃうから。君たちがいてくれるんなら安心安心」
赤みのさした頬が緩んでへにゃりと目尻が垂れた。ともすれば泣き笑いにも見える表情に、不意に新八ははっきりと意識が冴える。
「あの、雪子さんは銀さんのお知り合いですよね」
「そ。お知り合いよりも深ーい関係」
「ふ、ふかっ、え、じゃ、じゃあっっ、つまり!」
興奮して立ち上がった新八を見る目は明らかに面白がっているのだが新八はまったくそのことに気づかないで、どもりつつどうにか核心に迫ろうとした。
しかし雪子のほっそりとした指がそこから先を禁じる。人差し指で口を開くなと命令したのだ。
「お子様には刺激が強いからぼかして言ってあげよう。その昔ひとつ屋根の下で暮らしてました」
「ひひひひとつ屋根の下!?」
自分の顔立ちの良さを存分に発揮した満面の笑みで、雪子は過呼吸に陥る新八を視界に収めた。一番遠い神楽は衝撃の顔で飲みかけのコロナミンCをどばどばこぼしている。
「以上、私と銀時の関係についてでした〜」
にっこり。
悪魔の笑みはいつの時代も健在であった。
「起きろバカ」
「ぃでっ!」
パシーンと容赦ない手刀が脳天に直撃して銀時は最悪な目覚めを久しぶりに経験した。かっと開かれた瞳に映るのは新八と神楽がカウンターに突っ伏して眠っている様子と、大量の食器を洗う幼馴染の姿だ。
「あ? こいつら寝てんのかよ」
「今何時だと思ってるわけ?」
散々掃除を手伝わされたから店内の物の配置はほぼ完璧に覚えている。くるりと椅子を回転させて見上げる出入り口付近の壁際にかけられた古びた時計は、ゆうに0時を回っていることを示していた。
「二人ともぐっすり。どうやって帰るの?」
「おぶってくわ」
「へー。がんばれ」
「おめーも手伝えや」
「今食器洗うので忙しーんですけど」
手伝え。言外にそう命令すると銀時はうえーっと嫌そうに舌を出してから、しょうがねえなあと雪子の隣に立つ。
かちゃかちゃと二人で食器を洗いながらとりとめのないことを話していく。なんだかんだ日中は掃除に駆り出されていて個人的な話をする暇がなかったのだ。
「つーか何あれ。新八と神楽に見せたイイ女のふり。お前んなキャラじゃなかっただろ。誰だよアレ」
「イイ女に見えてたんだ、ウケる」
「笑えねーよ気持ち悪りーわ。銀さんずっと鳥肌立ってたよ。気づかなかった? ってェ!!」
げしっ。銀時の爪先を鋭いヒールで踏みつぶす。
「ほんっと昔から失礼な奴」
「その言葉バットで打ち返してやらァ」
ケッと二人して顔をそらし、しばらくして大人しく食器洗いを再開する。
「松陽は」
「相変わらず松下村塾で元気に先生やってるよ。朧しかマメに帰ってきてくれない、他の連中は最近誰も顔出してくれないって言ってたぜ」
「は? それ先に言えよ。なんで朝言わなかったの。私がどれだけ松陽に会いたい気持ちで今日一日いたか知らないの??」
「知らねーよ! どうせいつだって会えんだから、暇な時にでも帰ってやるこった」
「お前みたいに暇じゃねーんだよこっちは。明日からしばらく仕事詰めなんだよ……ああ、まだ調整しなくていいからって油断してた……」
本気で悲しそうな顔をした雪子は腹いせに再び銀時の爪先をぐりぐりする。痛みに苦しむ声は無視し、雪子は頭の中でどうやって早く仕事を片付けて松陽に会いに行くか算段をつけていた。
あーしてこーして……もう面倒くさいから真選組に全部丸投げで良くない?? 朧に怒られるけど松陽に会うことより優先する仕事なんてなくない?? よし、朧に掛け合ってみよう。そう考えると気分が上昇し、雪子は足を解放してやる。
「ねえ俺のブーツに穴空いてるんだけど。大丈夫? 足の甲ドーナッツになってない??」
「よし。最短で仕事終わらせて明日帰ろ」
「話聞けよ!」
銀時は雪子から受け取った皿の泡を水で流し、次、と手を出す。
「私さァ、最近攘夷志士の活動が活発化してるからってわざわざ呼び戻されたんだよね」
「てめーを? ってことは、まさか……」
「そ」
スポンジで皿を泡だらけにして雪子は銀時に渡した。
松陽には悪いが、銀時と朧以外誰も松下村塾に帰る暇がなかったのだ。そう言うとまるで二人が暇人のように思えてしまうが、本当に仕事がなくて暇してる銀時と、わりとシャレにならない量の国家機密を抱えながらもきっちり仕事を終わらせて定期的に時間を作っている朧とでは天と地ほどの差があった。
ではそれ以外の弟子たち……雪子は地球に帰ってくるまで宇宙を旅していたわけで、残りの二人は。
「あいつらの目撃情報がチラホラと……十年前から立派な攘夷志士だったけど、今や二人揃って指名手配のテロリストだもの」
「そのテロリストどもをとっ捕まえるためにお上から呼び戻されたってか? はっ、あいつらが暴れられんのもここまでかね」
「さー。私はどっちでもいいかな」
「お前よくそのスタンスで警察やってられんな」
「そりゃあ幕府が腐ってるからね。悪い奴らが好き放題よ」
その悪い奴筆頭がよく言う。銀時が最後の一枚を洗い流し、キュッと蛇口を閉めてそんなことを思えば、雪子も同じことを思ったらしい。
「あーあ、さっさと攘夷でもなんでもいいから倒幕してくんないかなぁ」
「俺ァだんだん朧が可哀想になってきたよ」
「ほんとに一人でおぶってくつもり? 今なら手伝ってあげてもいいけど」
「おめーに貸し作ってロクなことになった覚えがねーからな」
「あれ。そこの娘が食ってった料理の品々の分を今払ってもらったっていいんだけど?」
「はァ!? タダっつったじゃん! 今日手伝ったお礼に食わせやるって誘ったのソッチだろ? 金とんのかよ!!?」
「それはお前の分。この二人の分まで許したわけじゃねー」
「詐欺師の手口じゃねーかァァァァ!!!」
しっと雪子が唇に人差し指を当てると、銀時もはっとして口を手で覆い二人の様子を窺う。今の大声で起きたのではと心配したが杞憂だったようだ。
どうやらおぶるのを任せれば金を請求されることはないらしい。何を企んでやがると警戒する銀時をよそに、雪子は神楽を起こさないよう慎重に背負い、はよしろと目で訴えてくる。
「銀時が手伝えって言ったんでしょ? あーあ、かなしいねえ。人を素直に信じられないなんて」
「日頃の行いだバカヤロー。いでっ」
お前足癖悪くなってんぞとぶつくさ口にし、新八をおぶった銀時がカララと戸を閉めたのを確認すると、二人は並んで万事屋へと向かった。
かぶき町の中心から少し離れた場所にあるこの小料理屋は、店主が雪子ということもあり、客層は一般人よりも要人や攘夷浪士のほうが多いらしい。久しぶりの地球で最初に飯を作ったのがお前らでよかったと雪子は言う。
「あの二人をどういう経緯で万事屋に雇ったの? 前はなんか変な奴しかいなかったくね?」
「誰もウチで働いてくれなんて言ってねーよ。勝手に居座りやがったんだ」
「そう言うわりには二人のこと気に入ってるじゃん」
「どこが」
今日ちょっと話をしただけだというのにいかに銀時が慕われているのかを知れたのだ。表に出ずとも可愛がっているのだろう。それをこの二人はちゃんと理解している。だから、このちゃらんぽらんについていこうなんていう変人になったのだ。
気に入ってねーよと顔を背ける銀時だったが、次いで雪子の口から出てきた言葉に意識を引き付けられる。
「志村新八だっけ。依頼を受けてくれた子。素直ないい子じゃん。どっから見つけてきたの」
「コイツはただの人間かけてる眼鏡だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「へー」
もし新八が起きていたら小うるさいツッコミが飛んできただろうが、残念ながら返ってきたのは小さな寝息だけだ。
「この娘……神楽は夜兎の一人だ。どっから見つけてきたの」
「……見つけたも何も、金欠で故郷に帰れねーらしいぜ。お前金あんじゃん。こいつと一緒に旅行がてら故郷見に行けよ」
「もう行ったことありますー。本気で帰りたいならやってあげないこともないけどね。………神楽、神楽ねえ。聞いたことある名前なんだよなあ」
うーんうーんと記憶の中を探る。あ、えいりあんばすたーの星海坊主の娘がそんな名前じゃなかったっけ。夜兎でガキの娘っつったら心当たりがそれしかない。もしこの娘がそうだとしたら、いずれ地球で会うことになるかもしれない。
雪子は前に戦った記憶を引っ張り出して、未来に思いを馳せた。
「ま、おめーが帰って来たんなら飯代浮いていいや。こいつらに飯食わせてやってくれや」
「無理だわ。食材がどれだけあっても足りないもん」
「まさにその通りだからウチは年中家計が火の車なんだよ」
「それを上手くやりくりすんのがアンタの役目でしょ?」
「俺はおめーほどケチじゃねえし向いてねーの」
「じゃあいっぱい金稼いで楽させてやんな」
なんだかんだガキに甘いところがあるからまあ大丈夫だろ。ずれて落ちそうになった新八を背負い直すと、銀時はフンと鼻を鳴らした。
「俺はいいもんね、宇治銀時丼タダでいつでも食えるからァ」
「どんだけ昔のこと覚えてんだか……」
呆れたように息を吐くと、雪子はくすっと口角を上げた。