お家に帰ろう   作:睡眠人間

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道場破り

引っ越してから、此方の生活にも慣れたものである。

そこそこ盛んな町だ。奉行所があって役人たちとすれ違った時は、笑顔だったか怪しい。あの人身売買がちらついて、どうにも政府に良い印象が持てなかったんだ。

あの時奴隷にされかけた人たちとは仲良くやっている。主に食料的な意味で。松下村塾に米だのお野菜だのが届けられていたのを見て、松陽は目を丸くしていた。今後ももらう予定だから、と言うと程々に頂きましょう、だと。止める気はないらしい。

 

「だって雪子の食欲、収まるどころか爆発していますから。食料はあるに越したことはないです」

 

と言っていた。まあ松陽には私と銀時が何してたか話をして知っているから、人の好意は素直に貰っておきましょうねってことなんだろう。

あ、そうそう。松陽の言う通り学校に通ってるよ、私。超スパルタで性格矯正されてしまいそうだ。お陰で道場に入り浸り、あまり好きでないガキどもと組合という名のストレス発散をしている。そしたらいつの間にか雪子ねーちゃんなんて呼ばれだした。わけわからん。

 

その日も午前中に学び舎に行き、舞の勉強をした後食事をする為に松下村塾に帰った。やけに剣道場の方が騒がしく、ちらりと覗いてみるとそこには珍しい光景があった。

銀時とある子が試合をしていたのだ。別にそれ自体は珍しくない。銀時に勝負を挑んでは負けるなんてのはよく目にする。今のとこ、剣の勝負じゃあいつは無敗であった。拳のぶつかり合いなら私の圧勝だけど。

しかしその子は、どれだけ負けようと諦めなかった。息を荒くし竹刀で打たれた身体が痛かろうに、構えて走り出す。何度も何度も。

なんだか似てるなぁ、なんて考えてつい近くで見たくなった。そろりと道場に足を踏み入れると、観戦していたガキたちが私に気づく。

 

「雪子ねーちゃん! あいつスゲーんだぜ!」

「ああ。見てたよ。つーかなんであんなことになってんの?」

 

初めて見た顔だったので、松下村塾の生徒ではないし。近所の貧しい子でもなさそうだったから、もしかしたら武家とか商家の子どもかもしれない。うん、やっぱりそうかも。

呼吸を整えじっと見据えた赤目が此方を向く。銀時はその子を指差して口を開いた。

 

「雪子。帰ってきてたんなら俺と代われよ」

「無理、この後も行かなきゃいけねーんだから。で、誰よそいつ?」

「道場破り」

「はあ?」

「なんか松陽と勝負したいらしいぜ」

「それがなんでお前が戦ってんのさ」

「流れだ」

「あっそ」

 

説明するのが面倒だったからかテキトーな答えを出した銀時。私もテキトーに返したついで、言わなくていいことを口走った。

 

「ま、銀時に勝てないようじゃ道場破りとは言えないな。ザコはザコ同士でチャンバラごっこしてれば?」

「誰がザコだコラ」

「オメーのことだよ」

 

軽く挑発するとあっさり乗っかってくる銀時。私もあいつも本気であって本気じゃないいつもの言い合い。

最早パターン化した流れだったが今日は違った。

 

「突然出てきて何を言うかと思えば。誰がザコだって?」

 

ええー。そっちがひっかかっちゃうの。鋭く睨んできてもさぁ。私よりも身長低いから全く怖くない。

 

「お前らのこと言ってんだよ。てか何、突然出てきてって。オタクどちら様?」

「そんまんまだろーが。オジョーサマがしゃしゃり出てくるな」

「オジョーサマ? あ、もしかしてオーラ違うからわかっちゃった? いやー照れるな。で、誰?」

「おちょくってんのかてめー」

 

だからさ、お前誰だよ?

何よオジョーサマって。私はそんなのになった覚えねーんだけど。

……あれ、待てよ。近所の子でなく、銀時に勝てずとも劣らない剣の腕前、それから私のことを少し知ってるかもしれない、そんな条件に当てはまるのは。

 

「お前、講武館に通ってる?」

「………」

「どこだよ講武館って」

「お前が行かされそうになったトコ」

「あー、あー? ま、いいや。で、それとこれがどう関係すんだ」

「お前絶対ピンと来てないだろ。……講武館と私の通ってる学校が近くでどっちも名門って呼ばれてんの。だからすれ違ったことも何回かあるんだ」

 

私は全く意識したことはなかったけど。

そういえばいつだったか、講武館の生徒らしき輩に絡まれたことがあったな。曰く、大した家柄でもないのに立派な学校に通うなと。何言ってんだコイツむしろ行きたくねェわと口に出しそうになって、でも一応周りにはいい子で通ってるわけで……結局何も言えなかった。

なのでこの少年が私をオジョーサマだと勘違いしてもおかしくはない。ないけど全く柄じゃない。

 

「コイツがオジョーサマなんて上品なキャラかよ。顔だけだろ」

「淑やかで綺麗って? ありがとう銀時」

「なんなんだよお前」

 

そんな私と銀時のやり取りを中断するようにその子は竹刀を突き立てる。

 

「おい、勝負はまだ終わってねーぞ」

「あ、そうだったね。じゃあ私はこれで」

「えー! 雪子ねーちゃんが戦ってるの見たい!」

「久しぶりにアレやってよアレ!」

 

ええ……アレ下手したら怪我人でるよ。というか道場破りの途中じゃなかった? なんか申し訳なくなってくるんだけど。

しかしガキどもはどうでもいいらしく、銀時をコテンパンにしてだとか、めっちゃ強ェよな、とか言ってくる。

あの子がさらに苛ついた表情になってる。もっと煽っとく?

さっきまでは戦うの面倒だったし断ってたけど……

 

「お前……強ェのか」

「さあ。試してみる?」

 

私がニヤッと口角を上げるとその子は竹刀を構えた。戦う気満々って感じだな。私も準備して竹刀を持つ。

久しぶりに剣を振るうとあって、子どもたちは固唾を飲んで見守った。唯一銀時が欠伸をし、眠たそうにしている。

 

「勝ったら松陽に会わせてあげる。私は雪子。お前は」

「高杉晋助だ。女だからって手加減しねーからな」

 

その言葉に一層笑みを深くした私は、床を蹴った。

一気に距離を詰め間合いに入ると横に薙ぎ払う。最小の動作で躱すと高杉は剣を振り上げ頭を狙ってきた。

悪いけどあんまり長引かせたくないんだよね。そんな気持ちだった私は決着を早めることにする。

頭上寸前に迫った一撃を手で掴んだ。ミシッと歪む音がする。しまった、後で松陽に怒られる。

切っ先からピクリとも動かない竹刀に瞠目した高杉。それでも己の武器から手を離そうとしないので、竹刀ごと高杉をぶん投げることにした。

そーいっと気の抜けた気合とは裏腹に、宙高く舞う高杉。わあ、今の瞬間ならピッタリな名前だね!

ぐえっと蛙が潰れたような声を出して床に落ちていった。

 

「おおー!」

「感心しても出来ないものは出来ないからね」

 

これがカッコいいとか言ってるけど、単に投げているだけである。放物線を描くような綺麗なフォームでも、投げてるだけ。だがこの豪快さがいいらしい。いつかやってみたいとか言ってるけど、無理だと思うよ?

 

「雪子。こいつ気絶してやがる」

「咄嗟で受け身取れなかったかー……。どうする、外に置いとく?」

「鬼畜か」

「どうしましたか。何か問題でも?」

 

あれこれ言い合っていると、騒ぎを聞きつけた松陽の登場。おい高杉、本人来たけど。起きないの?

事の顛末を聞いた松陽は、部屋に連れていくように指示した。怪我の手当ての為にだそうで、私がしなくちゃいけなくなった。

でもね先生、銀時が大分痛めつけてたけど……え? 私がトドメ刺したからって? そんなことないと思うんだけどなー?

渋々高杉を布団に寝かせ手当てをした。こういうのはしょっちゅう銀時にやっている。あいつもよく松陽と勝負してボロクソにされているからね。私しかする人がいないのだ。

昼ごはんを作って銀時たちに振る舞い、高杉の分も用意しておく。冷たい水に濡らした布で汗を拭いていると、ふるりと睫毛が震えて緑色の瞳が私を捉えた。

 

「さっきはごめん。加減ミスった」

「加減だと……?」

「あれ、覚えてない? 私に投げられた後気絶してたんだよ」

「それは、……わかってる。……まさかあんな奴だけじゃなくてお前みたいな女に負けるなんて」

 

上半身を起こすと悔しげに視線を落とす。何かに悩んでいたようだったけど、それを聞くのも解決するのも私の役目じゃない。

 

「じゃ、目覚ましたことだし松陽呼んでくる。そこに置いてるご飯食べていいから」

「は? 待てよ、勝ったらって話じゃなかったのか」

「別にそれはノリで言っただけだし。怪我させちゃったお詫び的な」

 

それだけ言うと廊下に出た。松陽に伝え、私もそろそろお琴の勉強に行かないといけない。

洗濯物を頼んだと銀時に言ってから家を出ると、男の子にしては長い髪を結んだ少年が松下村塾を見ていた。目が合うと逸らされどこかに行ってしまったけど……誰だったんだろ。

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