「あれ? 私が呼んだのは銀時だけだけど」
「ははは、こんにちは……。実はお話したいことがありまして」
「ご飯食べにきたアル!」
数日後、またもや店にやってきた万事屋一行に雪子は深く気にしないことにした。目的は一番後ろでアホ面を引っさげている銀時である。笑顔で渡したのは木材と釘とハンマーで、玄関の隣に空いた穴をピシッと指を差した。
「なんで俺が直さなきゃならねーんだよォ」
「ヅラが差し向けたとはいえその場にはアンタがいたんでしょ? なら体張ってバイク止めなさいよ。体に穴空くくらいへっちゃらじゃん」
「てめーのイカれた頭に穴空けてやろーか?」
だいたいこういうのって次のページもしくは新しい話に入ったら何事もなかったように直ってんじゃん。原作でも爆破とかあっても普通になってんじゃん。なんで直ってないのと文句を垂れる銀時を横目に、新八と神楽は日の光が差し込む店に入っていった。
昼間に入ると店の雰囲気は夜の頃と変わっていて、親しみやすい空気を醸し出している。それは女店主が初対面ではないこと、すなわち二人が慣れたのも大きいからだ。
「卵かけご飯食べたいアル!」
「……ん。志村クンは?」
「あ、僕は姉上と済ませてきたので……」
そう、姉上。新八はご飯を茶碗によそう雪子の背中を見ながらつい最近の出来事を思い返す。
新八の姉、お妙にゴリラストーカーが誕生し、お妙をかけて銀時とそのストーカー、近藤が勝負をした。結果はズルをした銀時の勝利で終わり、新八と神楽の信用が落ちると共にこの件はおしまいに見えた。
しかしその時に銀時とお妙が結婚するとまで嘘をついたことが、新八の中でしこりを残していた。なんせ銀時にはかつての恋人兼女王様兼片思い中の人がいる。いや、なんでか攘夷志士の桂まで加えて三角関係になっていたけど。
もう終わったことだし黙っていた方が賢明だと頭では理解していた。わざわざ事を荒立てる必要はない。そう思ってはいたのだが、本人を前にして正直者の一面が顔を出す。
また、それはそれとして先日の池田屋での雪子の行動が常軌を逸していたのも覚えている。割れた窓からちらと見えたくらいだが、銀時を抱えて最上階まで垂直に駆け上がっていたようだった。成人男性を一人で背負って重力に逆らい壁を走るなんて、どう考えても一般人じゃない。
この人は一体何者なんだ……。そんな疑問を抱く新八に、雪子はそれで話って? と促した。
「あ、ええと……実は、僕の姉上がストーカーに悩んでいて。それでそのストーカーを追い払おうとして、えと……銀さんが許嫁だって嘘をつきまして……」
「へー」
「興味なし!?」
コンコンコンと銀時が釘を打つ音がする。神楽にご所望の卵かけご飯を出すと、雪子は心の底から不思議そうな顔をした。
「だって私アイツに興味ないし」
「そ、そうなんですか……」
ゴンゴンゴン!! 店内にクソでかい音がリズミカルに響く。
「そんなことより懐かしいなー。私も昔似たようなことやったよ」
「雪子さんが!? 相手は、相手は誰ですか!?」
「ん~~テロリスト。あ、ヅラでも銀時でもないよ? 別の奴」
「はィ!?」
「状況はちょっと違うけどね。恋人のフリして相手の縁談潰して、最終的に親子の縁切らせたなー」
「アンタのほうがテロリストじゃねーか!」
また別の男!? この人の異性関係どうなってんだ! というかますますこの人たちの関係性が分からなくなってきたぞ……。ツッコむ新八の隣で、神楽は早速空にしたご飯茶碗を片手に「おかわり!」と高らかに言う。
「あのねえ。ウチはタダで飯が食える定食屋じゃないんだよ。代金は」
「銀ちゃんがあとで払うって言ってたヨ」
音量が小さくなった作業の合間から「んなこと言ってねーよ」と銀時の声が聞こえてくる。不満げに眉をひそめて二人を見る雪子の顔に新八はぶるりと身を震わせた。怖い。美人が怒ると怖いと言うけどここまでか。
正面から怒りの眼差しを向けられ、神楽はご飯粒をつけた頬を膨らませるとしょんぼりした声音で呟いた。
「だって、好きに食べていいって言ったもん」
「お金を払うなら、ね。こないだ頼んだ買い物リストから肉が消えてるのは神楽ちゃんの仕業よね? 無断飲食に無銭飲食。二度許すほど私は甘くないよ」
最初に猫被ったのは失敗だったか、と雪子は思う。あまり大きな騒ぎを起こすわけにはいかないから当たり障りないようにしたかったが、付け入る隙を見せたのがよくなかった。いつのまにかトントンカンカンハンマーをうち鳴らす音が止み、静かな空間に神楽の寂しそうな声が消え入る。
「……地球に来てこんなにおいしいご飯を食べたの、初めてだったネ。あったかくて、やさしくて、おいしくって。もっと食べたいって思ったアル。……みんなでご飯食べるのって楽しいんだって、思い出したアル」
「……アンタ、家族は? 故郷に帰んないの、子兎ちゃん」
「故郷には誰もいないヨ。マミーはいない。パピーも兄ちゃんも帰ってこない。……もう一人ぼっちの食卓はいやアル。…………私、」
雪子の問いかけに神楽はゆっくりと言葉を紡ぎ、俯く。地球に来て、たらふくおいしいご飯を食べて、あんなにも賑やかで楽しい食卓は久しぶりだった。だから、また。許されるならもう一度と願い雪子のもとに来たのだ。
「チッ、あのハゲ。娘に寂しい思いさせて何が父親だよ」
「雪子さん……?」
小声で聞き取れず、新八が名前を呼ぶと雪子はため息ひとつ吐いた。
どうやら相当小さな頃から苦労してきたらしい。神楽の家庭事情は詳しく知らないが、自身の幼少期と比べて胸が締め付けられる。裕福じゃなかったけど、けして平和だったわけではなかったけど、敬愛する師とバカ騒ぎできる同門の弟子たちがいたかつての我が家は幸せでいっぱいだった。寂しいなんて思いをしたことはなかった。恵まれていたのだろう。私も。アイツらも。
「あでっ」
雪子は懐から財布を取り出すと神楽の頭へ放り投げた。俯いていて気づかなかった神楽の頭にクリーンヒットして床に落ちたそれを拾い、神楽は雪子を見つめる。
「そろそろ冷蔵庫の中が尽きそうなんだよね。買ってきてもらえる? ついでに食べたい晩御飯の材料でも入れてきたら」
「ゆっ、雪子姐……!」
「姐さん呼びはやめて。志村クン、ついてってくれるかな。神楽ちゃんだけだったら肉しか買ってこなさそう」
「それに卵パックばかり買ってきますからね。わかりました。僕が見ておきます」
「どうせたくさん買うんだ。いくらか好きなものを追加するといい」
キャッホーイ!! と明るい笑顔の神楽と口元に微笑みを浮かべた新八は財布の中身を確かめると店を駆け出していく。腕を組んでその様子を見送った雪子は、鼻くそをほじくりながら作業を再開した銀時に近づいた。
「やっぱガキには甘めーな、お前」
「そう? 大して負担にはなってないからかな」
「胃拡張娘の食欲なめんなよ。一日で米櫃ん中の米全部消えっからな。給料全部食費に吸い込まれてくから」
「ふっ、その心配はないよ」
再び懐から取り出した財布に口づけをし、雪子はウインクする。それは紛れもなく雪子の財布であった。
「あの二人に渡した財布、銀時のだもん」
「なっ……いつの間にスってやがった!」
「隙だらけなのが悪いんでしょ? いいからお前はさっさと直せ」
眼で圧をかけられ、銀時は渋々ハンマーを持つ手を動かす。年中素寒貧の銀時の財布だ。そこに入れていた金額なんてたかが知れている。それでも二人が喜んで駆けていったということは。
ちらりと紙幣が顔を出す雪子の財布には見ないフリをして、銀時はあー……と何かを言いあぐね、雪子は店の奥に戻ろうとする。
「そんなに金なくて困ってんなら、定期的に依頼してもいいかなって思───」
「ああああああっ、てめーは池田屋のときの……!」
その時だ。外で修理をしていた白髪頭、もとい銀髪頭の侍を発見した土方が大声を上げた。
「……えーと。君誰? あ、もしかして多串くん? アララすっかり立派になっちゃってまァ」
「誰が多串くんだ! つーかなんでお前がここにいる!!」
土方が銀時に突き付けた人差し指の矛先を雪子に向けると、雪子はその人差し指を指でぐにぃっと曲げた。
「ぐうううううぅぅっ……て、てめー……」
「わお。この人もなかなかのようで」
土方への容赦ない制裁に沖田は雪子に目をやる。これが極秘暗殺組織の副局長。市井にはその身分は明かされず、一見するとただのか弱い一般市民様だが、池田屋の屋上まで駆け上っていく常識外れの身体能力、そして沖田を見つけたときの獲物を根こそぎ食い散らかそうとする渇望に満ちた瞳が、その印象を打ち砕く。
「人を指さしちゃいけませんって寺子屋で習わなかったんですか? ……一体何の御用でしょう。ここはただの小料理屋です」
「ちょうどいい。てめーにも用がある。池田屋で桂を取り逃がした責! 真選組をあんだけ煽っといて自ら手柄を逃すたァ、お前の組織は随分と余裕らしい」
「一応組織のことは警察関係者以外門外不出なんだけど……。ま、
「その人質とやらがウチの局長を負かしたみてェでな。それにお前らみてーな無茶する奴ァは真選組にもいねえ。果たしてそんな連中が大人しく人質になると思うか?」
「局長? 知らねーなァ。俺はゴリラを野に帰しただけだぜ」
銀時はそこにいる二人が池田屋の時に桂を逮捕しに来た真選組の連中だと気づく。同時に自分を先日の決闘でそちらの大将を負かした相手ということも確信していると。
「多串くんさァ、勝手に推測して勝手に盛り上がって何? 聞いてるこっちが恥ずかしいんですけど」
「いるよねああいう人。周りがその熱量に引いてるのことに気づかないのかしら」
「気にしねーでくだせェ。あの人はいつもそうでさァ。正直俺らも飽き飽きしてて……」
「くらァ!! コソコソ話してんじゃねー! 総悟、なんでてめーまでそっち行ってんだ! 戻ってこい!!」
土方は沖田を呼び戻して刀を貸すよう言うと、沖田は疑問を持ちながらも自身の刀を鞘ごと引き抜いて渡した。それをそのまま銀時へと投げる。
「何の真似だこりゃ……」
受け取ったのを視認した瞬間には土方は地面を蹴っていた。銀時が咄嗟に鞘ごと受けるも、あまりの力強さに押し切られてしまう。背後に迫る雪子の店を回避するべく、銀時は後ろに吹っ飛ばされながら体を回転させ、軒を掴むと屋根に上った。
土方が追いかけ、屋根の上で戦いを始めようとする二人を見上げると、雪子と沖田は野次馬根性丸出しで声援を送った。
「銀時ー! 店壊したらぶっ殺すからなー!!」
「いいぞー! 殺れー!! 土方さんをぶっ殺せー!!」
『お前らはどっちを応援してんだ!!』
銀時と土方の声がハモった。
「……ハッ、ゴリラだろーが真選組にとっちゃ大事な大将なんだよ。剣一本で一緒に真選組をつくりあげてきた。俺の戦友なんだ。誰にも俺達の真選組は汚させねェ。その道を遮るものがあるならば剣で……叩き斬るのみよォォォ!!」
土方が銀時めがけて刀を振り切るも避けられてしまい、瓦が派手に舞う。土埃に包まれて悪くなった視界で銀時が背後から突っ込んでくる。
「刃物ブラブラ振り回すんじゃねェェ!! 店壊れんだろーがァァァ!!!」
土方の側頭部を蹴ると受け身を取りながら回転斬りを食らい、銀時の左肩から鮮血が飛び散った。
一連の攻防から土方は銀時に対する認識を捉え直す。近藤の時は卑怯な手を使ったと聞いていたが、そんな素振りは見せなかった。それどころか貸した刀さえ使おうとせず、店を庇おうとしている。
まさか命が狙われているとわかっていながら相手を気づかっている……? そんな思惑に辿り着いた土方だったが、銀時が抜刀するとそんな逡巡は消え去った。
仕掛けられる前にこっちから。土方が渾身の一撃をお見舞いする。確実に斬ったはずだった。しかし実際に土方が斬ったのは白い羽織であり、躱された銀時に斬られることを覚悟する。
だがやってきたのは痛みではなく、刀が折られる音だった。命を奪おうとする相手ではなく、その武器を叩っ斬った銀時に土方は目を剥く。
「はァい終了ォ。いだだ、おい雪子! 俺ちょっと病院行ってくるわ!」
「おーいってらっしゃい」
「待てッ! ……てめェ情けでもかけたつもりか」
屋根から降りようとした銀時は足を止める。
「情けだァ? そんなもんお前にかける位ならご飯にかけるわ。喧嘩ってのはよォ、何か護るためにやるもんだろうが。お前が真選組を護ろうとしたようによォ」
「……護るって、お前は何護ったってんだ?」
「俺の
……本当に変わらない。護るために、止めるために、拳と刀を振り抜いて。傷つけて傷ついて。それをなんてことない顔して抱えて、勝手に遠いところで戦って、こっちの気も知らないで笑っている。
まあ、これでもマシになったほうかな。雪子は屋根から視線を外し、沖田に向き直った。
「面白ェ人だ。俺も一戦交えたくなりましたぜ。……その前に、アンタとも」
「奇遇だね。ちょうど同じこと考えてた」
「それは光栄。俺達ァ思考は似ているらしい。あーあ、刀が二本ありゃあ斬り合いできるんですがねェ」
本来ならそこにあるはずの刀を指先で撫でる仕草をし、人斬り同士の共感を押しつける。滲み出てしまう人殺しの気配を断っているはずだが同族同士からか一発で看破されてしまった。二人とも笑っているのに目は敵を見据えていた。そんな膠着状態を先に脱したのは雪子だ。
「ま、いいわ。ウチの店の修理費、真選組に請求しますから」
「土方さん宛で頼まァ」
「当然。……あとそこでカッコつけるぐらいなら、下りて飯でも食えって言ってやってくれます?」
そう言うと雪子は今度こそ店内に戻っていく。なんで暗殺者集団のトップがこんな町で小料理屋なんか。屋根と壁が破壊された店を見て、沖田は正体不明の人斬りに興味を抱いた。
「……だ、そうですぜ。どうします?」
「フン。マヨネーズたっぷりの飯出すんなら考えてやらァ」
雪子は万事屋の何枠に収まるんでしょうね。