お家に帰ろう   作:睡眠人間

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酢昆布は友情を築くすっぱい食べもの

 再開してから雪子の小料理屋にはジワジワとお客さんが増え出していた。身分を隠した攘夷浪士にふらりと気まぐれで訪れた幕府関係者、それから近隣の住民たちと口コミでやってくるお客様など、その客層は多種に亘る。

 

「こんにちは。雪子さんのおかげで卵料理のレパートリーがこんなに増えたの。……新ちゃん? あの子なら急に腹痛を訴え出して……ええそうよね、侍なら好き嫌いはしないわよね。まったく困った子だわ」

 

「へェ~~ここがタダメシにありつける店かあ……何、紹介した人? 銀さんっつー万事屋の……あそうそう、俺アイツのせいでマダオになっちまって……えっ金払わないとダメなの!?」

 

「土方スペシャル頼む。………あ? タバコ? チッ、わァったよ。他に客がいる時はやめるよ」

 

「アラ久しぶりじゃな〜〜〜い。雪子が帰ってきたんならウチの連中も喜ぶわ。何せアンタんとこで暴れた連中をウチの店に送ってくれるんだもの。うふふ……イイオカマに仕上がってるわよ。いつでも遊びに来てネ」

 

「ここがそなたの経営する食事処か……良い店だ。さて、何でも注文して良いのだな? 庶民の味を知りたいのだが……」

 

「ヅラじゃない桂だ。こっちは……キモくないエリザベスだ! けっこうカワイイだろう? さ~~て何にしよっかな~~。ああ、いつも通りツケで頼む。俺が国を変えた暁にはきっちり全額返してやるからな」

 

「よっ! 相変わらず元気にやってるみたいで安心したよ。それで、そろそろラーメンを極める気にはなったかい?」

 

「あ、俺は客じゃねェです、一つ提案がありまして……出前始めてみません? 真選組からの注文なら俺が届けますぜ。誰が劇物を入れるかわかったもんじゃないですから。ええ」

 

「助けてくれェ……ただでさえ神楽の飯代でかつかつだったのに今度は定春のドッグフード代が……もう朝昼晩ここで食わせてくれゴファッ!!!」

 

 

 雪子は彼らの好きなものを提供するのを気に入っていた。そして同じくらい彼らの口から飽きない面白い話が飛び出してくるのを楽しみにしていた。

 ここはかぶき町、荒くれどもが住まう町。常識人から去っていくここでは、残った者たちはどいつもこいつも化け物みたいな連中ばかりだった。

 

 

 今日も暖簾を掲げて開店準備を進める店に、これはまた珍しい客人がやってきた。

 

「あら、可愛いお客さんだこと」

「雪子さん!」

 

 パタパタと軽い足音で駆け寄ってくる小柄な体躯。丁寧に手入れされた黒髪は極上の絹のような滑らかさで風に靡き、近づくと可憐な良い香りがした。

 

 徳川そよ。現将軍徳川茂茂の妹君であらせられるお方が、どういうわけか護衛もつけずかぶき町にふらりと降り立っている。

 なるほどねぇと携帯を取り出せば、ガン無視を決めていたメールが何件も溜まっていた。

 

「アレ? 雪子と知り合いだったアルか?」

「はい。以前、よく一緒に遊んでくださったんです。いつから地球にお戻りになったんですか?」

「この間。そろそろ護衛も交代する時期だし、しばらくはまた一緒に遊べるよ」

「わぁい! やった、また鬼ごっこができますね」

「ふっ。今度こそ捕まえてやる」

「私だって負けません」

 

 初めて会った時とは打って変わり、憂い顔から一変した天真爛漫な笑顔を浮かべて雪子と話をするそよに、遅れて店内に入ってきた神楽は大きな目をぱちりとさせた。

 

 

 

「ガペペ! なんですかコレすっぱい! じいやの脇よりすっぱい!」

「そのすっぱさがクセになるネ。それにご飯の甘味と絶妙にマッチしておいしいアル」

「そ、そうなんですか……城下の皆さんはこのようなものを食べているんですね」

「そよ姫ちゃん、コレは例外だから。みんなこんなの食ってないから」

 

 雪子は神楽の目の前に置かれたホカホカの酢昆布丼を指差した。

 

 話を聞くと、城から逃げ出してきたはいいもののどこへ行ったらいいのかわからず、そよが公園で途方に暮れていたところを神楽が発見したらしい。

 この国の大切なお姫様ということを知った上で一緒に遊ぼうと手を繋ぎ、まずは腹ごしらえを済ませるべく雪子のもとにやってきたとか。

 

 それから………。

 

「あー困ったアル。遊ぼうにもお金がないネ。誰かがお小遣いでもくれたらナ〜〜」

「ついに飯だけじゃ飽き足らず金までむしりとる気か。給料は? 自分で遊ぶ分くらいあるでしょ?」

「そんなのないヨ。給料なんて未払いだしこの前は酢昆布で手を打たれたネ」

「アイツ本当にクソだな」

「くそアル」

「くそ?」

 

 しまった、純真無垢なお姫様の目の前で汚い言葉を使ってしまった。雪子はコホンと咳払いをする。彼女にはやらなければならない仕事があった。

 

「今頃みんながアンタの行方を探してる。これ以上迷惑をかける前に帰んな。………しょーちゃんも心配してるよ」

「兄上様………」

 

 親愛なる兄の名前にそよは寂しげに眉根を寄せた。雪子としても大切な家族を引き合いに出してまで彼女をいじめたくはなかった。

 だが、そよを護るためには致し方ない。かぶき町は危険な町。こんなところに長居させるわけにはいかないのである。

 

 ところが悲しげに瞳を揺らすそよの口から出てきたのは、帰りを望むものではなく。

 

「でも、兄上様だって時々身分を隠して城下に遊びに行ってるって……」

「それはそうだけど! あれは一応護衛の者がついてるし」

「店に着いたら基本放置されるって兄上様が……」

「……そういや放置してもらえって言ったの私だっけ」

 

 過去の自分の軽率な発言に苦しめられるとは。実際に将軍と城下で一緒に遊び回ったことがあり、ついでに言うとこの店で飯を食わせたことだってあったので、何も言えなくなってしまう。

 あーだのうーだの言葉を悩ませる雪子の懐から、度々メールの着信音が鳴った。

 

「さっきから携帯が鳴っているのは、私を連れ戻せという命令があるからですね?」

「まァこっちも仕事なんで……」

「どういうことアルか? なんで雪子が……」

 

 心配そうに二人の顔を交互に見ると神楽はそよの手を静かに握った。しかし握り返されることはなく、その白い手を優しく振り解いて、そよはゆっくりと微笑んだ。それは彼女が城内でいつも張り付けていた偽りの笑みだった。

 

「ありがとう、かぶき町の女王さん……もう充分です」

「充分って……まだ何もしてないヨ。何も、どこにも……」

「いいんです。久しぶりに雪子さんとお話しできたし……それに短い間だったけど、あなたともお友達になれたから」

 

 空虚な城の中でひとりぼっちだった自分にお友達ができた。それだけで嬉しかった、まるで自由になれたみたいだった。

 外に出られた時間はほんの少しだったけれど、そよはこの宝物のような時間を忘れない。初めて友達になってくれた神楽のことを、忘れることなど決してない。

 

 最後は笑顔で。長い睫毛にひっついた水の粒なんて気にしないで。何もできなかったと悔やむ神楽を笑顔にしたい一心で、そよは言葉を紡ぐ。

 

「これでお別れになってしまうのは寂しいけれど、いつかきっと、」

「神楽、そよ姫ちゃん、隠れて」

「えっ?」

 

 突然言われたことに動揺するそよの手を取り、神楽はカウンターの裏側、つまり雪子が立つ厨房へと体を滑り込ませたちょうどその時、カララと店の戸が開いた。

 

「あのー、すみません。真選組の者なんですが、そよ姫様見てないですか?」

「そよ姫様? いいえ、見てませんね。どうかされたんですか」

「いやァ、それが家出したらしくて……」

「それはそれは。制服の袖引きちぎってノースリーブにしてる連中に探されるなんて、姫様も哀れですね」

 

 なんかチクチクするなぁと思いながら真選組監察を務める山崎は写真を仕舞う。どうやらここもハズレらしい……と判断するにはまだ早い。

 ちらとカウンターに残ったものを視認して、清楚な顔立ちの美しい女店主に質問する。

 

「あの……どうして食べかけのどんぶりが二杯もあるんですか。お客さんはどちらへ……?」

「下痢。ウンコのきれが悪くてトイレにこもってます」

「それ飲食店としては致命的なのでは……? というか、さっきから携帯鳴ってますけど……?」

「私メル友めっちゃ多いんですよね」

「あの明らかに電話かかってきてますよね。あっホラまたかかってきた!」

「しつけーな……」

「俺見て言わないでください! 電話主に向かって言ったんですよね? そうですよね!?」

 

 どう見ても一人で店を切り盛りする女店主にしか見えないが、まさか……? と山崎が他の隊員に連絡するか悩んでいると、面倒になった雪子はついに電話をとった。

 

「もしもし。…………あーこっちも忙しいんだって。うん、うん。あー…………その件だけど私が護衛してちゃんと城に送るから。………は? 知らん。そっちでなんとかして。がんばっ」

 

 待てとかおいとか慌てる男の声をぶっちり切って、厨房下で身を寄せ合う神楽とそよの手を取った。突然出てきた探し人に固まる山崎をよそに、雪子は二人を連れて店を出る。

 

「あの、雪子さん……?」

 

 眩しい外の景色に目を細め、期待と不安を綯交ぜにした声色で名前を呼ぶと、その背中を優しく撫でられた。見上げれば母親にも似た優しい眼差しが向けられていて、胸の内が温かくなっていく。

 

「これでそよ姫ちゃんを無理やり連れ帰ろうとする輩はいなくなった。代わりに私が着いていくけど、我慢してくれる? うら若い乙女の友情は邪魔しないから」

「雪子ォ! 私信じてたネ!」

「調子いいなコイツ。……さて、どこ行こっか。今日は私の奢り……っていつもか」

「キャッホーイ!!」

 

 じゃあまずは賭場に行くネ。あそこで一儲けするのが全人類の夢だって銀ちゃん言ってたヨ。

 今すぐその認識改めて。アイツ本当にロクでもないことしか言わねーな……。

 

 そんなことを言って進んでいく二人の背中をぼうっと見つめるそよに、山崎は静かに近づいた。

 

「あ、あの……姫様?」

「……すみません。今日一日は、姫様でもない、ただのそよとして、お友達二人と遊ぶんです」

 

 ニッと口角を上げて白い歯を見せて笑った少女は、まるでそこら辺にいる街角の娘のように明るい歩調で、軽やかなステップを踏んで駆けていった。

 

 絶句する山崎の携帯に着信が入り、機械的な仕草で電話に出ると、不機嫌そうな副長の声がした。

 

『姫様の捜索は中断だ。天鴉(カラスども)が先に保護したらしい。……ケッ、流石は幕府お抱えの極秘組織だな。テメーの首がかかった途端に見つけやがった』

「そ、うなんですか……あれが……」

 

 三人の後ろ姿はまるで仲の良い姉妹と見守る母親のような雰囲気で、山崎は、人って見かけによらないんだなあと思った。

 

 

 

「今日は本当にありがとうございました」

 

 かぶき町中を巡って遊び尽くし、姫様が送り届けられたのは日がとっぷり暮れた頃だった。

 ペコッと頭を下げるそよに慌てふためくのは迎えに参上した六転舞蔵である。

 

「姫さま! あなたほどの身分の方が頭を下げるなんていけませんぞ!」

「じいや、この二人は私の大切なお友達です。お友達に頭を下げることの何がおかしいというの」

「そうアル。女の子同士のやりとりに水差すんじゃねーぞG嫌」

「そうだそうだー。大人が首突っ込んでいい空気じゃないんだぞG嫌」

「雪子殿まで! というか何その呼び方!?」

「いーからこっち来い」

 

 じいやの背中を押して子どもたちから距離を取り、雪子はそよの様子を口伝して任務を果たす。

 その間、神楽とそよは手を取り合って友情を深めていた。

 

「ホントにありがとう、神楽ちゃん。私、普通の女の子になれたみたいでとても嬉しかった。……これからも仲良くしてくれる?」

「モチロン! 私達、ずっと友達だよ。また遊ぼうネ! 今度は銀ちゃんも新八も連れて……みんなで遊びに来るから」

「うん。……楽しみにしてる」

 

 ぎゅっと抱き締めて神楽の肩口におでこをくっつける。初めてできた友達という存在のぬくもりに、そよは静かに安堵の息を吐いた。

 

 ……初めてあんなにも自由になれた。姫という身分を忘れ、ただの普通の女の子として、いっぱい遊べた。今日のことを兄上様にもお伝えしたい。私にもお友達ができたんですよって自慢して、驚く顔が見てみたい。

 

 その前に、今日という日を守ってくれたもう一人のお友達にもお礼が言いたかった。

 

 任務を終えて門前に佇む雪子に感謝の気持ちを伝えようと、そよは神楽の肩から顔を上げて、夕陽に染まったかんばせを綻ばせた。

 

「ありがとうございました、雪子さん。こんなにも楽しい一日を過ごせたのはあなたのおかげです」

「いーの。また城から抜け出したくなったらいつでも言いな。今度はしょーちゃんごと逃してあげる」

「まあ、いいんですか? 兄上も喜びます」

 

 堂々と言ってのけた自信たっぷりの様子にくすくす笑い、後ろで何やら叫んでいるG嫌のことは意識からシャットアウトすると、そよは神楽の抱擁を解いた。

 

 名残惜しそうな顔は、きっと自分もそうだったのだろう。でも不安は消えている。

 

「またね、神楽ちゃん」

「またネ、そよちゃん」

 

 ニカッと淑やかさからはかけ離れた笑顔で、少女たちは手を振った。

 

 

 

「雪子は何者アルか?」

 

 そよと別れてから石畳の階段を降りながら神楽が問うと、一段一段を愉しげに降りるその足を気まぐれに止めて、雪子はう〜〜んと悩むフリをする。

 

「顔が広い小料理屋の女店主」

「ただの女店主が警察と繋がってるわけないネ」

「だから顔が広いっつってんの」

 

 フーンと酢昆布を齧りながら相槌を打つ。いつもよりすっぱい味が口の中に広がっていって、何とも言えない気まずさを神楽は感じていた。

 

 優しい人、なのだと思う。

 おいしいご飯を食べさせてくれて、アレが欲しいと強請ったら最終的には買ってくれて。そりゃ最近は厳しくなってきてはいるけど、今日みたいにとびきり優しい日もあって。

 

 お金があって、おいしいご飯を作れて、優しくて。でも、なんだか……。

 

「怪しいって?」

「!」

「まァそりゃそうよね。私もそう思うし」

 

 先に階段を降りきった雪子は半身を振り向かせて、いつぞやの妖しい笑みで整った顔を彩った。日が落ちて薄暗くなった視界に埋もれないその表情が瞼にこびりつく。

 

「私は自由に生きてるだけだよ。神楽ちゃんより、ほんのちょっぴりね」

「………その、神楽ちゃんってやめろヨ。神楽って呼んだダロ、今日」

「そう? ならそうしよっかな」

 

 そうやって嬉しそうに神楽の名前を呼ぶ声も、神楽とそよがはしゃぐ姿を微笑ましそうに見つめる顔も、全部嘘じゃない、全て本当なのだと心が主張する。

 

 だけど不意に疑問が頭を過ぎる。決定的な証拠はなく、あるのは今日の電話と夜兎としての勘だけだが。

 

 雪子は何かを隠している。そしてそれは自分には打ち明けられないことなのだろう。もしかしたら銀時にもそうかもしれない。時々現れる、雪子を見る銀時の視線に込められた想いが何なのか、まだわからないけれど、それは間違いなく彼女の秘密に関係している。

 

 とはいえ、それが悪いとは微塵も思っていなかった。だって雪子はそうやって大切なお友達を護ってくれたから。

 

「勘違いすんなヨ。怪しんでなんかないアル。……雪子は雪子。ただそれだけネ」

 

 だから、雪子が自分から打ち明けてくれるよう、強くなるだけだ。ただ護ってもらうだけの子どもから、隣で居られるほどの存在に。それは大人と子どもの線引きを越える決意でもあった。

 

 ああ、そうだ。寂しいのだ、と過去の自分と同じ感情を抱いて、神楽は階段を駆け降りる。そうしてぐっと縮まった距離がなんだか嬉しかった。

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