「護衛? 夏祭りの日はオフにしてっつったじゃん」
鎖国解禁二十周年の祭典がターミナルで行われるとあって、祭りが好きな雪子はそれはもう楽しみにしていたのだが、局長命令で出勤を言い渡されると弱い。
せっかく休みを取って満喫しようと計画していたというのに。じっと不満を込めた目で見られても朧は意に介さなかった。
薄くなったはずの目元の隈は雪子が好き勝手した後処理に追われるせいで今も健在しており、相変わらずの人相の悪さに雪子の顔に笑みが浮かんだ。
「将軍様が見たいとおっしゃったのだ。我慢しろ」
「えー」
「先日の姫君の件を処理したのは誰だ?」
「迅速な対応をいつもありがとう。でもそれとこれとは話が別」
にっこりと誠意のカケラもない笑顔で言うと、この前の真選組との会議の記憶を頭から引っ張り出した。
「そりゃあ、祭りなんて派手なチャンスを高杉が逃すとは思えないけど。私がいなくても真選組と
「当日将軍様が居られる
えー! と再び抗議の声を上げるが見事に無視された。
だいたい祭りなのに仕事するなんて可笑しい。絶対可笑しい。私は屋台を見て回りたいの、花火を堪能したいの! 雪子がそんなふうに訴えるが朧の耳には届いていないようで、用は済んだとばかりにその場から立ち去ろうとする。
「あっわかった。お前祭り行ったことないんでしょ」
「……だったらどうした」
「あーあー、もったいねェ。祭りを知らないなんて、よくそれで今まで生きてこれたね?」
「仰々しい言い方をするな。そもそもお前が好きなのは祭りではなく派手で愉快な催しだろう」
雪子という生き物の習性にある程度詳しくなった自信がある。どうだ? と言わんばかりの自信に満ちた表情を浮かべる朧に、雪子はさァねと目を逸らした。
以前から感じていたことだが、明らかに朧の表情が柔らかく、豊かになってきている。
仕事中や人と接するときは能面みたいに固くて真面目でつまらない顔をしているくせに、こうして弟子たちと話をしたり松下村塾を訪れたりした時だけ、悪ガキのような兄のような、そんな一面がポロッとこぼれ落ちる。
雪子はそれが嫌いではなかった。また見れた、と心の内でひっそりと喜んでは誤魔化すように軽口を叩くのが常だった。
「しょーがないな。護衛任務ついでに祭りのいろはを教えてやるか」
「十中八九、騒動が勃発し祭りどころではなくなるはずだが」
「そういうのはわかってても黙ってるもんなの。そんなんだからその歳になってまで松陽に心配されるのよ。いい加減仕事以外にも興味持てば? なんかないの?」
「生憎、どこかの副長がやらかした事後処理に追われてそんな暇はない」
「アララ……頑張って」
雪子が地球に帰ってきたとなれば、次いで朧が地球を去らねばならなくなる。恐らくこれがしばらくの間、最後の合同任務となるだろう。二人ともそう予感していた。
まあ、だったら、ちょっとくらい肩代わりしてやってもいいかもしれない。という路傍の小石くらいの雪子の気遣いはすぐに蹴っ飛ばされ、数日後の祭りに意識が向けられたのだった。
なんてったって、奴が来る。
当日、祭り会場とされたターミナル付近は多くの人で賑わっていた。チープな豆電球が橙色に灯り、提灯は赤く光って普段はネオンで光り輝く町を風流に染め上げている。祭囃子と喧騒は途絶えることなく会場を賑やかし、行き交う人々の顔は笑顔でいっぱいだ。
そんな会場の中でも一際人が集まるここ、ステージの真正面に建てられた櫓の上の将軍様を護衛するため、朧と雪子はすぐそばで控えていた。
「これが祭りというものか。賑やかで楽しく……良いものだ」
幼き頃より大事な将軍として育てられてきた茂々は、滅多に見られない祭りの風景に満足する。
以前から悪友とでも呼ぶべき松平に城下へ連れ出して欲しいと頼んだり、同じく悪友である雪子に彼方此方へと連れ回されたりして楽しい思いをしてきたが、こうして大きな祭りに参加するのは、記憶にある内では初めてのことだ。
「そよも連れて来られたらよかったな。城の中で寂しい想いをしていなければよいのだが」
「この前の騒ぎのせいで、姫様はちょっとした軟禁状態ですから……」
お付きの者がやんわりと苦笑いをして、心当たりしかない雪子は話題を変えることにした。隣からジロリと主張する怨めしい視線が肌を刺す。
「しょーちゃんはどうして祭りに参加したいと思ったんです? それもかなり強引に」
「そなたらに私の我儘に付き合わせてしまって申し訳ないと思っている。……ただ、羨ましかったんだ」
「羨ましかった?」
茂々は愛しい妹があんなにも楽しそうに話をする姿を久しぶりに見た。初めて自由に遊ぶことができた。初めてお友達ができたのだと、外の世界をあれやこれやと矢継ぎ早に口にして、ワクワクを抑えられない様子でいたのだ。
いつも一人ぼっちの城の中で寂しそうにしていて、そんな姿を兄に見せまいと懸命に隠していた健気なそよが、普通の町娘のようにはしゃいでいたのが、あまりに温かくて、羨ましかった。
「ああ。そよが楽しそうに話をしていたからな。私も……私の友達と遊びたかったんだ」
「しょーちゃん……」
雪子の瞳がうるっと光り輝き、次の瞬間には満面の笑みを貼り付けた。
「よっしゃわかりました。今すぐ櫓ぶっ壊して屋台回りましょ。射的とかやりましょ。私護衛するんで」
「何もわかっていない。せめて見せものが終わるまではここで待機だ」
「はー!? 屋台で買ったたこ焼き食いながら見物するのがいいんでしょーが」
「買い出しや場所取りを他人任せにして食すたこ焼きは、さぞ美味だろうな」
「論点そこじゃないです。つか朧殿もノる気!?」
お付きの者が驚愕し、茂々はくすっと口元に優しい笑みを浮かべた。
「ならば、余はたこ焼きが食べたい」
「オラご指名だぞ、買いに行けよ」
「局長命令だ。貴様が買いに行け」
「………」
「………」
睨み合うこと数秒、折れたのは意外にも雪子の方だった。軽やかな身のこなしで降りる途中、潜む部下たちに警戒を続けるよう指示を出し、何食わぬ涼しげな顔で櫓から出る。
すぐそこで真選組が警備しているだろう。目論見通り、地上に降りたその先には近藤と土方が並んで立っていた。
「おやっ! 雪子殿、素敵なお召し物ですな。こんな別嬪さんと一緒に見物できるたァ、いい夜になりますでしょうなァ」
「ふふ、お戯れを」
「いえいえ! 本心ですってば!」
いいなー! 俺もお妙さんとお祭りデートしたいなー! と懸想する女性を思い浮かべる近藤のそばで、土方はあん? と眉を歪める。
「なんだァ? てめー、護衛任務ナメてんのか。士道不覚悟で切腹もんだぞ」
なんせ、今の雪子は到底将軍様護衛には似つかわしくない格好だったので。
天鴉は御徒衆、あるいは局長である朧と雪子は虚無僧の服装でいることが基本だ。唯一かぶき町で見かける雪子だけは小料理屋の女店主である間、そこら辺の女性が身につけるような一般的な格好をしている。
しかし今ここにいるのは女店主ではなく将軍護衛の大任を背負った警察のはずだ。間違ってもお洒落に気合を入れた格好はしてこないだろう。
「
気を削がれたつまらない顔を端正な顔にのせて、雪子は通り抜けようとする。
「待たんかィ。武器の一つも所持してない奴が護衛なんて務まるわけが───」
「あら」
それは一呼吸にも満たない出来事だった。懐から取り出した針を首筋の経穴に突き刺す寸前でピタッと止める。土方の手は柄に触れてすらいなかった。毒が塗られた針先と揺らぐことのない瞳がオレンジ色に照らされて、キラリと光る。
「私たちの本分は暗殺です。鴉の羽音が聞こえたら最期、二度と息をすることも叶いませんよ」
僅かに解き放たれた雪子の殺気はこれまでに出会った誰よりも血生臭く冷酷だ。これが天鴉副長の実力のほんの一部に過ぎないというのか。
「タバコ、ほどほどにしてくださいね」
冷や汗を垂らして硬直する土方の唇からタバコを奪うと、雪子はポイッと地面に捨てて容赦なく踏み潰していった。
「将軍様に言われたのでたこ焼き買いに行ってきまーす。………はあ、ゴリラが一番最初か……」
そんなぼやきを残して去る後ろ姿は、やはりどう見ても祭りデートに気合を入れた美しい女性にしか見えず、今の数秒の攻防は果たして現実だったのかと疑いたくなる。
だがひしゃげたタバコの吸い殻がそこに転がっていて、土方はまだ吸い始めたばっかだったのにと舌打ちした。
「……流石の身のこなしだな。動けなかった」
「あんな物騒な連中が護衛だァ? 将軍暗殺の方が向いてるだろ」
「コラッ! 失敬だぞトシ! どうして事あるごとに目の敵にするんだ? 俺たちは味方同士。心強いじゃないか」
近藤は絶対的な自信を持って言い放った。
連日の件から天鴉は……というか副長の雪子は将軍家と密接な関わりがあるらしく、茂々とは友人なのだろうと近藤は思っていた。組織云々とは関係なしに友人を護ろうとする姿勢が好ましく映り、かなり自由奔放で局長の朧が手を焼いているみたいだが、それも愛嬌に見えてくる。
「……近藤さん、獅子喰いって知ってっか」
「攘夷戦争末期に活躍したという伝説の英雄のことか?」
唐突な土方の問いにするりと答え、近藤は情報を整理する。
獅子喰い。10年前に終結した攘夷戦争において無類の強さを誇った伝説の存在だ。性別や年齢などの詳細は不明。わかるのは圧倒的な強さだけ。その人をして攘夷軍は急激に数を減らしていったと有名で、中にはあの鬼兵隊を単騎で攻め落としたという噂さえあった。
攘夷戦争を語る上で攘夷派の生ける伝説として名高い攘夷四天王と共に必ず名の挙がる英雄だ。
それがどうした、と近藤は目線で続きを促す。
「いや、戦争中にあんなせこい暗殺術でチマチマ殺るわけねーと思ってな。それに奴が今なお生きているとしたら、ぜひご尊顔を拝みてーもんだ」
「まったく、なんでこうも突っかかるかねェ」
「
新しいタバコに火をつけて、話を切り替えるように土方はしばらく紫煙を燻らせた。
「天鴉は天導衆と繋がってる。幕府を傀儡化するまでさぞご立派に活躍なさったんだろうな。………ありゃいつだって俺たちの首を掻く気だぞ」
「トシ。俺はこの目で見た朧殿と雪子殿を信じている。そしてウンコしに行くっつって戻らない総悟も、ウンコのキレがもの凄く悪いんだって信じている!」
「どっちも信じなくていいと思う」
そんな風に騒ぎ立てる地上と違って、櫓の上では朧が茂々に粛々と仕えていた。
「この後は江戸一番のカラクリ技師、平賀源外の見せものが始まります」
「おお、あれがそうか」
茂々が目を輝かせる先で、一際大きな花火が打ち上がった。
「あっヤバ。もう始まっちゃった」
ドンと腹の底を震わせる振動に夜空を見上げれば、なんともまあ見事な大輪が華やかに咲き誇っている。たこ焼きを購入してそろそろ戻るかあと人混みをかき分ける雪子は見知った背中を見つけた。
雲を掴むように捉え所のない白い着流しに白い天然パーマ。ぼんやりと花火を見上げる銀時に、雪子よりも先に近づく人影があった。
「やっぱり祭りは派手じゃねーと面白くねェな」
「!」
咄嗟に木刀に手を伸ばすが、完全に引き抜くよりも高杉が牽制する方が早かった。
「動くなよ。すこぶる楽しい見せものが始まるぜ」
「……高杉ィ。てめーなんでこんなところにいやがる」
「祭りと聞いちゃァいてもいられなくなっちまってな。ぶらりと寄ってきてやったのさ」
「そーかい。残念ながらお前の会いてー奴は、今頃お空に近いとこで花火に夢中だろうよ」
だろうな、と頷いた高杉は形だけ繕った脅しの体勢を崩し半端に見える刀身を鞘にしまうと、煙管を持たない腕を懐手した。同じく銀時もまた柄にかけた手をぷらんと脱力させて空を仰ぎ見る。
「んで? 今度は何企んでやがんだ」
「俺は焚きつけてやっただけだぜ。息子を幕府に殺された親父がカラクリと一緒に敵討ちだとよ」
「なんつーいい趣味した見せものを仕込んでやがる」
「祭りを盛り上げる刺激にゃもってこいだろ」
ドォンと地鳴りのような音が轟いて、二人の見据える先に煙幕が上がる。テロだなんだとパニックに陥った人たちが我先に逃げ出していく中、銀時も高杉も動こうとはしなかった。
「向こうには雪子も朧もいる。敵討ちなんてさせてもらえるかってんだ」
「そんなもん、はなっから期待しちゃいねーよ」
「はァ? なら何のために───」
「バン!!」
突然、高杉の耳元で無遠慮の塊みたいな声がした。同時に背中にトンと軽く押し当てられる感触がして、勢いよく振り返れば、なんともまあふざけたニヤケ面が待ち構えていた。
「びっくりした? 肩ビクッてなったもんね。指で銃撃つ真似しただけなのにビビったでしょ。ねえねえ」
プププと口元に手を当てて笑う雪子に、高杉は心底会いたくなかったなと思った。
今更ですが全員かなり丸くなってます(多分)
特に雪子が顕著です。