お家に帰ろう   作:睡眠人間

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ついに始まりました、星海坊主編です。雪子の母親の話をあれそれする予定です。


親子は似るものだ

 ジリリリリリリリ。古めかしい黒電話が鳴ると雪子はワントーン声色を上げて受話器を手に取った。

 

「はい。こちら雪月花でございます」

「もしもし、拙者拙者……グスッ、うう、ぅ……」

「なんだ高杉か……今度は何やらかしたの? 全部言ってご覧なさいな。私が何でもしてあげるから」

「グスッ。拙者……妊婦をはねちゃって……金が……」

「ああ、そんなこと。ちゃんと証拠隠滅して来なさいよ。アンタこの前コンクリート詰めして来たんでしょ? もうないの? ウチから持ってく?」

「あっすんません間違えました」

 

 ガチャン。向こうから電話を切られて雪子はハンと鼻で笑う。もう少し骨のある相手がいないものだろうか。今時拙者拙者詐欺になんて引っかかるのは自分にものすごくなついてくれている胃袋ブラックホールのチャイナ娘くらいなものだろう。

 

 忙しい時間帯を過ぎてちょっとばかりカウンターに腰を下ろしてテレビをつけると、大江戸信用金庫にてえいりあんが退治されたという緊急ニュースが飛び込んできた。

 

 へえ。えいりあんが地球に。懐かしいなあ、生き残りいないかなあ、いたら久々に戦いを楽しめるのになあ。そんなことを考えていれば、狂暴そうなえいりあんを鎮める男の映像が流れてきて雪子はピクリと目元を鋭くする。

 

 日よけと戦闘用に改造された夜兎のシンボルたる番傘。着古されたボロボロのマントにゴーグル。そして焼野原を隠すキャップ。一目でわかった。コイツは……。

 

 そのときカララと背後で店の戸が引かれる音がして、雪子は笑顔を張り付けて振り返った。

 

「いらっしゃ……」

「雪子ォ!」

「なんだ神楽か……」

「なんだって何アルカ! いつも飯食いに来るだけが目的じゃないネ!」

「へーそう。それでは本日は一体どのようなご用件でしょうか?」

 

 くるっと椅子を回転させて両肘をカウンターに預けると少し顎を上げてからかうように聞けば、ぐむむと幼子が拗ねたような表情を見せる神楽。しかし一転してにしっと天真爛漫な笑顔を浮かべると、後ろに立っていた男性の背中をぐいぐい押して前に立たせようとした。

 

「紹介するアル! 私のパ」

 

 言い切る前に目の前から雪子の姿が消えた。

 

「こんのハゲエエエエェェェェェ!!!」

 

 男の姿を認識した瞬間に雪子がぶん殴りに駆け出したからである。その男の横っ面を容赦なく、ありったけの力を拳にのせて全身全霊でぶん殴ったのである。

 

「ちょっ……ちょっとオオオォォ!! 何やってんですか雪子さん!?」

「ふぅぅぅぅ………イイの入ったわァ……」

「殴った感触に満足してる場合ですか!? あの人は……あの人は神楽ちゃんのお父さんですよ!?」

「知ってる。知ってるからぶん殴ったんだよ。おいハゲ、立てよ。もっかい殴り合おうぜ、なァ」

 

 いきなり奇行に走る雪子にも、まんまと殴られて向かい側の建物に突っ込んだ父にも、両方に驚いて固まったままの神楽。そして雪子の台詞に不機嫌そうに唇を尖らせる銀時に、口をあんぐりと開けた新八。

 彼らの視界の先では男が瓦礫の山に無様に転がっている。ガラガラ破片が落ちて来て砂埃が舞い、キャップが足元に滑り落ちた。

 

「相変わらずの凶暴性……そして俺にも劣らぬ怪力。まさかこんなところでてめーに会うなんてな。この星海坊主を正面からぶん殴れる奴なんて、オメーぐらいなもんだぜ」

 

 そして宇宙最強と名高いえいりあんばすたーこと星海坊主は、焼け野原となった頭部を陽に晒してククと喉で笑った。

 

 

 

 それは数年前に降り立ったとある惑星での偶然の出会いだった。星海坊主は凶暴なえいりあんが蔓延っているという情報を掴み、興味本位でそこに行った。その惑星に住まう龍と呼ばれる怪物が夜兎の故郷に巣食っていたオロチと似ていたからだ。気まぐれに訪れて、こんなもんかとわかったら離れる。ただそれだけのつもりで来訪し、星海坊主は広がる光景に目を剥いた。

 

 この世の終わりのような地獄が広がっていた。そこかしこに血飛沫が飛び散り、踏み躙られた肉片が木っ端微塵となって地面にこびりついている。大地は枯れ果て緑は一切見当たらず、汚染された空気が人体には毒だった。

 ここにはあまり長居したくない。さっさとそのえいりあんを沈めようと動き出した星海坊主の耳に大地を震わせる地鳴りが聞こえた。そして聞き間違いでなければ、えいりあんの悲鳴のようなものも。

 

 本能……とでも言えばいいだろうか。かつて命懸けで口説き落とした嫁との出会いの時のように、その時の星海坊主は本能に突き動かされていた。以前と違っていたのはその本能が男としてではなく夜兎としての衝動だったことだ。

 そうやって衝撃音の発生地に駆けつけて、星海坊主が見たのは一人の女だった。

 

『ぅおっりゃああああああ!!!』

 

 惑星の大地深くに息づく数多の龍を相手に大立ち回り。斬って殴って蹴って突いて、全身を伸び伸びとしならせて戦う女は自由そのものだった。この世のあらゆる縛りから解放されたと言わんばかりの自由自在な戦いっぷりに、星海坊主は自分の来訪の目的さえ忘れて見入るしかなかった。同族の連中なら間違いなく彼女の冷静沈着で豪傑な戦闘スタイルに目を奪われるだろう。地獄を煮詰めたような荒れ果てた世界にいながらも、その顔には命のやり取りを歓喜する生命力に満ち溢れた愉悦が濃厚に滲み出ている。

 

 しかし、星海坊主が真に驚いたのは女の無類の強さではなく、かつての昔馴染みにそっくりな顔立ちだった。

 

『蓬麗、か……?』

 

 呆然と呟く星海坊主に気づいた女は、男の姿を認めると同時に滅多にお目にかかれない本物の強者の気配を感じ取り、舌舐めずりをしてその顔を期待でいっぱいにする。そして龍そっちのけで突然星海坊主へ襲いかかったのだった。

 

『待て待て待て蓬麗! 俺だ! 神晃だ! この顔を忘れちまったのか!?』

『誰だよ神晃って! どうでもいいから私と戦え!』

『ハァ!? 俺のこと忘れちまったのか!? それに戦いは好きじゃないって言ってただろうが! つかお前そんな感じだっけ!? 戦闘スタイルも口調も違げーし姿だってそんなに老けてない! なぜだ!? なぁオイ蓬麗、話をっ……』

『うるせえ、黙って戦え!!』

 

 問答無用で攻撃を仕掛けてくる女に星海坊主は困惑した。星海坊主の知る女……蓬麗は夜兎の野蛮な本能を心底嫌っていたのに今はどうだ。全力で俺を殴りに来てる。ねじ伏せようとしてくる。

 どうなってんだ! と鼻先を掠めた刃物を避けて後退するも地面が揺れた。即座に視線を滑らせるといつの間にか龍の巣窟まで誘き寄せられたらしい。星海坊主に思いっきり踏まれた龍がグルルルルルと低く唸る。目の前の女が笑った。

 

『お前、神晃っつったっけ? 勘違いしてるぞ。私は蓬麗じゃない、蓬麗の娘』

『娘ぇぇぇ!!!?』

『私は雪子。で? おっさん、神晃って名前の他に通り名みたいなのあるでしょ』

 

 蓬麗の娘、雪子と名乗る女は、母親と全く同じの顔に真逆の性格を煮込んだ表情で確信を灯らせていた。

 

『ねえ星海坊主? 蓬麗の話を聞く……その前に、私と戦え!』

 

 

 

 

 んじゃまあ気に食わないけどどうぞ、なんて雪子が店に招き入れてくれたので四人はカウンターに並んで座った。左から新八、銀時、神楽、そして星海坊主。雪子はカウンターを挟んだ向こう側で腕組みをしている。とても客を招待した店主の動作ではなかった。

 

「星海坊主ぅぅ!? あの……えっ!? 神楽ちゃんのお父さんが!?」

「星海坊主? なにそれ妖怪? 坊主じゃねーぞうすらってるぞ頭」

「オイうすらってるってなんだ。人の頭をさすらってるみたいな言い方するな」

「うすらってるのは前からだよ。むしろまだ辛うじて防衛ラインを死守してるのは尊敬に値する」

「そんなところ尊敬されても嬉しくない。というかさっきハゲって言わなかった? 俺はまだハゲてないぞ断じて認めないからな」

 

 正面からあんな威力で殴られたというのに星海坊主はピンピンしていて、雪子の腕力が弱いのか星海坊主が強いのか新八はわからなくなった。いや成人男性(しかも宇宙最強の強さを誇る男)を殴って吹き飛ばす時点で雪子は一般から外れていて……まあほら姉上タイプっぽいから不思議じゃないのかもしれない。この人めちゃくちゃ強いし警察だし。うん。

 

「雪子とパピーは知り合いアルカ?」

 

 無理やり自分を納得させる新八の隣で驚きから回復した神楽が質問する。先程父親が殴られたことに関しては全くのスルーであった。びっくりはしたが結構どうでもいいと思えるくらいだったので。むしろ雪子の腕の方が心配だったので。

 

「そうだね、数年前にどっかの惑星でバッタリ。そん時に娘がいるって話も聞いてたから、神楽の名前には心当たりがあったの」

「なんだ、知ってて可愛がってやっていたのか。ここに来るまでに聞かされてな。神楽が地球で世話してやってるのがダメな眼鏡とダメなモジャモジャ、そして世話になってるのがタダメシ食わせてくれる女だってよ」

 

 雪子が世話をしている云々の辺りですっと目を細める一方で、信じられないとありありと浮かんでいる星海坊主の声色に新八はさらに深く切り込んでいこうとする。

 

「お二人はどこで出会ったんですか? というか、なんでこんな冷めた空気になるんですか……」

 

 気遣い屋の新八が主に雪子の冷たい雰囲気を敏感に感じ取って聞くも、ケッと雪子に一蹴されてしまう。その代わりに星海坊主が答えてくれた。神楽の父と聞くからどれほどぶっ飛んだ人かと思えば案外常識的な人らしい。

 

「以前、狂暴なえいりあんが蔓延っている惑星に降り立ったことがあってな。この女がそこにいたんだ」

「え。たしか雪子さんって宇宙旅行がご趣味なんでしたっけ? そんな危ないところに行ってたんですか?」

「危ないなんてもんじゃねェ。あの惑星は天変地異そのものだ」

 

 星海坊主がそう言うほどのところに雪子さんがいたのか。新八はちらと雪子を見上げるがその姿は綺麗でか弱い女店主にしか見えなかった。

 

「その凶暴さにそこに住む連中はとっくに故郷を見放していた。戦える奴はこの世界にもそう居ねえ。そこに俺は降り立ち、女に近づいて……さらに驚いた。その面は昔馴染みにそっくりだったからだ」

「……昔馴染み?」

 

 銀時が口を挟む。雪子の過去についてほとんど知っているがその話は初めて耳にする。

 

「あァ。なんせコイツァ───」

「このハゲいきなり私を別人と間違えて来て……本当に失礼な奴。だから喧嘩ふっかけてやったの」

 

 星海坊主の言葉に被せた雪子は、腕組みを解いてカウンターに両手をついて上から見下ろしてきた。

 

「あとちょっとでえいりあんをぶっ潰せるってところでちょっかい出してきたし」

「オイオイそんな言い方はないだろう。手を出して来たのは雪子、お前の方だ」

 

 しかも雪子に追い詰められた先は龍の住処のど真ん中。周りでウゴウゴと蠢くのは侵入者に怒るえいりあん。目の前には蓬麗の娘を名乗る正体不明の女。星海坊主はこの状況で逃げ出す気にはさらさらなれなかった。

 腰を据えてじっくりとこの女と話さなければ。今にも飛びかかって来そうな女をいなし、龍を沈めて……。

 

「そうやって三日三晩ずっと戦ってなァ」

「え、そんなに長く……」

 

 というか宇宙最強のえいりあんハンターと戦えるってどういうこと? 雪子さんって本当によくわからない人だ……と新八は思い、続く星海坊主の言葉にさらに目を丸くした。

 

「まあそのほとんどは、龍そっちのけで俺に殴りかかってくるコイツに割いた時間だったけどな」

 

 結局、龍は世界最強レベルの生き物を二人も相手にするつもりはなかったようでこの世の終わりのような地響きを鳴らしながら地中深くの住処に頭を引っ込めて、地上に残ったのは雪子と星海坊主だけになった。

 

「その勝負は最後どうなったんですか?」

 

 沈黙する銀時と神楽を気遣って話を進める新八に尋ねられ、雪子は数年前の記憶を引っ張り出す。

 

 身体中に巡る血液が沸騰するような、心地の良い高揚感だった。世界最強。呼び名なんてどうでもいいがそれを体現する男が目の前には現れて、雪子は内心拍手喝采した。そりゃこの世で一番強いのは己の師匠だと知っている。けれど強い奴とは戦いたかった。夜王しかり星海坊主しかり、ずっと戦いたかったのだ。前者はともかく後者は手がかりがあまりなく、まさか出会える日が来るとは思っていなかった。

 

 だから、どちらかの命が尽きるまで。そこまで行かずとも、どちらが強く弱いのかをはっきりとさせたくて雪子は勝負を挑んだ。理由なんて戦いたかったから以外に存在しない。厄介ごとが、楽しいことが、血と戦いが好きな性質は変わることがないのだから。なのに……。

 

「ハゲがトイレ行きたいっつって中断させられた」

「オメー俺があの時どんだけ切羽詰まってたか知らなかったから平然と戦闘続行しようとしてたんだろ。言っとくけどマジでヤバかったからな。肛門からとんでもねェ龍が飛び出してくるところだったからな」

「そう、そんなふざけた理由で……。そんなもん漏らせって言ったのに、みっともなく喚くから可哀想になって」

 

 くそ、と雪子が悪態をつくと銀時がボソッとウンコなだけにと呟いて強く睨まれた。

 

「ま、そんなことがありはしたが最終的に身の上話をするくらいにはなってな。そこで神楽の名前を漏らしてたんだが」

「ウンコなだけに?」

「銀時、ここ飲食店だから出てってくれる?」

「銀さんしつこいですよ」

「俺の娘だってことは知ってたはずだ。だから神楽をよく見てやってくれたんだろう?」

 

 神楽は弾かれたように顔を上げて雪子を見つめた。まさか雪子が星海坊主と昔出会っていたなんて知らなかった。その上殴り合っていたとは。神楽の心が揺らぐ。

 神楽は雪子が自分に甘くしてくれているのを自覚している。だからこそ、そのきっかけが自分ではなく父親にあると思いたくなかった。なんだかそれはとても……つまらなく感じた。

 

「それ本当ネ。パピーから話を聞いていたから、私に……」

 

 恐る恐るというふうに尋ねてくる青瞳は心配で不安げな色で曇っている。その目をしっかり見て、雪子はすっと表情を引っ込めた。

 

「まさか。最初は神楽がこのハゲの娘だって知らなかったし、後から気づいても別に特別どうとは思わなかったよ。ていうかハゲの娘だからって何? 神楽は神楽。ただそれだけでしょ」

 

『雪子は雪子。ただそれだけネ』

 

 かつての自分が言った言葉を、そっくりそのまま返されて神楽はふっと緊張していた肩の力を抜いて、椅子の背もたれに体重をかける。その様子を見守る男三人の中で、一番最初に口を開いたのは星海坊主だった。

 

「オメーいつまで俺のことハゲって呼ぶんだ。俺はハゲじゃないまだ希望は残ってる!」

「娘ほったらかしにしてるクソ野郎に名前なんていらねーよ」

 

 雪子は今日一番の冷たい目をして星海坊主を睥睨する。今までやけに感情を抑えたような話し方だったのはずっと怒りを抑えていたらしかった。ついに憤怒を表出させる雪子に新八はヒィッと縮こまる。

 

「アンタは神楽にとってどれだけ家や家族が大事かわかってない。だから長い間ほっといたんでしょ。わかんないから向き合おうともせずに神楽を一人残して離れられたんでしょ」

「雪子……」

 

 神楽が驚いて呆然と雪子を見上げる。そんなことを言われるとは思っていなかった。そんなことを考えているとは思っていなかった。あ、もしかして、だから雪子は出会い頭に星海坊主を殴ったのか。神楽を一人ぼっちにしたから。神楽が時々悲しげな顔をするから。

 全てが繋がった神楽は潤んだ瞳を光らせる。そして銀時は静かな顔をして口を閉ざすと耳を澄ませた。

 

「なんだと!? おめーは年頃の娘の繊細さを知らねーから言えるんだ。難しいんだぞ神楽ちゃんの心は! ちょっと目を離したら消えるしよ!」

「少なくともハゲよりは知ってるわ。私もそんなんだったし。女は女のことを一番知ってんの」

 

 星海坊主は言葉を詰まらせて、神楽はガタッと勢いよく立ち上がる。

 

「雪子も同じような時期があったアルカ?」

「まーね。言ったじゃん、家族が大好きで幸せだって。私にはどうやったって離れられない家族がいる。どんだけバカなことやっても殴って止めてくれる家族がいる。神楽と違ってね」

 

 新八がそっと横顔を覗き見ると、銀時はカウンターに突っ伏して顔を見せないようにしていた。うーだのあーだの呻き声が聞こえて来てなんとなく心情を察する。

 

「もし家族がいなかったら……散り散りになってしまったら……想像なんてしたくないくらい怖い。だから、そんな状況を作ったハゲが気に食わない」

 

 それほど神楽の置かれた環境は孤独で過酷なのだ。雪子はそんな居場所にいなければならなかった神楽の強さを知っている。

 

「神楽は自分で決めて地球にやってきた。女の子の旅立ちを邪魔する奴は肉親だろうと許されない」

 

 神楽を家に放置していた自覚があり、図星だったのだろう。星海坊主は悔しげに顔を歪めて数秒黙っていたが、強く拳をカウンターに叩きつけた。

 

「他人に家庭事情に口を出される筋合いはねェ! 神楽ちゃんは俺が連れて帰るからな!」

「なっ! 勝手に何決めてるアルカ!」

「神楽ちゃん。もし世話になってる先がコイツのところならまだいい。だが実際にはこんな頼りない男どもなんだろう!? 危ない危ない、お父さん心配です!」

「今まで家庭ほったらかして好き勝手やってたパピーに今さら干渉されたくないネ!」

 

 神楽は星海坊主の突然の提案に猛反発する。今までにないほど強い反抗を示されて、それだけ地球にこだわっていることがよくわかった。雪子は大きな冷蔵庫に身を預けて親子喧嘩を見守る体勢になり、銀時と新八は不穏な空気に頼りなくオロオロしていた。

 

「神楽ちゃん。家族ってのは鳥の巣のようなもんだ。帰る巣がなくなればいずれ地に落っちまうもんさ」

「パピーは渡り鳥。巣なんて必要ないアル。私もそう、巣なんて止まり木があれば充分ネ」

 

 大人である自分と同じように、神楽は自分自身が一人であちこちに飛べるのだと主張する。これは一筋縄ではいかないぞと思った星海坊主は、それならばと一番懐いているらしい女を引き合いに出すことにした。

 

「ならば雪子の元にいろ。この女なら俺も任せられる」

「!」

 

 神楽は目を見開いて星海坊主と雪子を交互に視線を送る。

 

「それだけ家族が大事だと言うのなら、神楽のことも大切に守ってくれるんだろう?」

 

 神楽は固唾を飲んで雪子が口を開くのを待った。なんと返答するんだろう。もしかして……そんな期待のような不安のような感情が胸の内に広がっていく。

 しかし雪子は顔の前で手でバッテンを作った。

 

「あ、ダメダメ。私そういうの無理。ていうかそれこそ親であるお前の役目で……あー……」

 

 それ以上言ったら神楽を星海坊主に任せなければならなくなる。雪子はガシガシ頭を掻いて、神楽の縋るような視線から逃れるように銀時の方に顔を向ける。

 神楽は肉体的にも精神的にも子どもで、成長しようと頑張っているところだ。それを邪魔するのは親である星海坊主でも許されない。もちろん赤の他人の雪子にも。

 

「つーか神楽を引き取ったのは銀時でしょ? そういうのは私じゃなくて銀時に言って」

 

 名前を呼ばれた銀時があん? と面を上げるが、なんとも言えない溶けているような顔をしていて、ますます星海坊主の焦りは加速していく。

 

「はっ。こんな奴に確認するまでもねェ。無理矢理にでも連れて帰るぞ」

「やってみろヨ。私は好きな木に止まって好きに飛ぶ。パピーに邪魔されたくないネ」

「……ガキが。ナマ言ってんじゃねーぞ」

「ハゲが。いつまでもガキだと思ってんじゃないネ」

 

 ピリッとした空気が店内に緊張の糸を張る。対峙する神楽と星海坊主の表情は固く睨み合っているようですらあった。

 ガシャン!! 二人は同時に店外へと飛び出していく。二人分の穴が空いた壁を見つめて雪子は後でハゲに請求すっか、と濁った笑顔で考える。店内に残された銀時と新八を連れて店外に出ると夕陽に染められた街並みがどんどん壊されていった。

 

「大体嫁入り前の娘が男と同棲なんて許されると思ってるのかァァ!! そういうところからできちゃった結婚とかただれた展開が始まっていくんだよ!」

「私そんなふしだらな女じゃないネ!! 大体マミーできちゃった結婚だったっていってたネ!」

「あっその辺り大丈夫だぞハゲェ! コイツ糖分過多でEDみたいなも……」

「てめーはなんちゅーこと大声で言ってんだァァ!!」

 

 銀時に頭を叩かれて倍返しする雪子という攻防もかなりのものだが、それ以上の力で戦う親子に新八は何かを堪えるように呟いた。

 

「……神楽ちゃん。そんなに万事屋を大事に……」

 

 戦いは激しさを増していく。星海坊主が地面に叩き落とした神楽の首元めがけて番傘を突き立て、間一髪で避けた神楽は顎を蹴り上げて距離を取った。

 人外たちの戦闘に周囲の住民たちが悲鳴をあげて蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。

 

「もうほっといてヨ! 今までずっとほったらかしだったくせに。私がどこでどう生きるかなんて私が自分で決めるネ!」

「神楽……忘れたか? 我等の身体に流れる獣の血を。獲物を求めてさまよう夜兎の血を。しょせん俺たちは戦場でしか生きられない獣だ」

 

 もはや廃墟と化した建物から星海坊主か出て来て、番傘をバサリと大きく振り抜いて風が巻き起こった。砂埃が舞って瓦礫が吹き飛ぶ。

 そう、夜兎は血と戦いを好み周りを傷つける戦闘民族。戦いの本能が器にこびりついている。それを振り切ったのは星海坊主が知る中でもたった一人しかいない。

 

「ここが好きなら去れ。家に帰りたくねーなら俺と来い。ここはお前の居場所じゃねェ。俺たちが飛んでいい空じゃねーんだよ」

 

 結局そいつもいなくなった。そいつの娘は母親とは真逆の生き物になっていて星海坊主は確信する。やはり夜兎の本能から逃れるのは不可能に等しいのだ。

 しかし神楽は依然として芯のある眼差しで見据えていた。

 

「いやアル。私はそんな諦めたような生き方したくないネ。私はここで変わる。ここにいれば変われる気がする。銀ちゃんと新八と雪子と……みんなと一緒にいるネ」

 

 あの日に立てた誓いに背くようなことはしたくない。それに……約束したのだ。もっと強くなって隣に立てるようになったら、雪子のことを教えてもらうと。

 それを達成せずに地球を出て行くなんて神楽の選択肢にはなかった。

 

「銀ちゃん? あの野郎か? あんなチャランポランに何ができるってんだ」

 

 星海坊主は戦闘態勢を崩さない神楽を説得するのを諦めた。

 

「仕方ねェ。だったら力ずくでもつれていくぜ」

「ぶっ!!」

 

 神楽の背後に現れて傘で頬を叩きつける。勢いよく吹っ飛ばされた神楽が体勢を整えることもできずにいると、ちょうど飛ばされる進路上に腰を抜かした親子がいて、神楽の心臓が軋んだ。

 危ない。どうしよう、どうやって避けたら………衝撃に備えてぎゅっと目を瞑ると体を誰かに掴まれる。目を開くと見慣れた白いふわふわ頭が見えた。

 

「銀ちゃん!」

「……ったく何やってんだてめーら」

 

 銀時は周囲を見渡す。神楽にぶつかりそうだった子どもが母親に泣きつき、周りの建物は破壊されて見るも無惨な景色ばかりが目に映る。

 

「なんのマネだ? 親子喧嘩にクビつっこむなんざヤボだぞ」

 

 そんな星海坊主の声に銀時は心の中である決意を固めた。

 

「……また派手に暴れやがったな。とんだ親子だ、蛙の子はやっぱり蛙だな」

 

 そして破壊された店の前で立ち尽くす新八と雪子に視線をやって、最後に膝をついた神楽をぼんやりと見下ろした。

 

「……帰れよ」

「え」

「お前にゃ、やっぱ地球は狭いんじゃねーの。いい機会だ。親父と一緒にいけよ。……これでさよならとしよーや」

 

 まるでそれを前々から考えていたかというように、銀時はなんてことない顔をして言い放った。

 神楽は自分の耳を疑う。そんなことを言われるとはつゆほども思っていなかった。冗談でしょと引き攣った顔は半端に笑いを引っ付けていて、神楽の声が揺れる。

 

「え……なんで、なんでそんな事言うネ。私絶対帰らないネ……、ずっと、ずっと銀ちゃんたちと……」

 

 そこまでどうにか言葉を紡ぐが、銀時は非情にも足を動かす。神楽は銀時が遠のいていくのが怖くて仕方がなくて、引き止めようと手を伸ばした。

 

「ちょっと待っ」

「やめろ!!」

 

 はっきりした鋭い声音で拒絶されてしまい、神楽は泣きそうになった。さらに続く声は、咄嗟に出た否定的な言葉を謝罪するかのように優しかった。どちらの声も神楽はあまり聞いたことがなくて、それがまるで最後だからと想いが込められているようで、聞きたくなかった。耳を塞ぎたくなった。

 

「よく考えろよ……お前の居場所はここじゃねーだろ?」

 

 ザッと足音がして銀時の足元から視線を上げると、ぼやけた視界の中に雪子が立っていた。反射的に舌たたらずな幼い声が唇からこぼれ落ちる。

 

「雪子………」

 

 しかし雪子は神楽に何も言うことなく背中を見せて、銀時のように離れていく。

 拒絶された。

 その事実が神楽の胸を引き裂く。

 

「なんで、なんで……」

 

 消え入るような小さな声が、涙と共にあふれた。




今まで雪子の母・蓬麗は星海坊主や鳳仙と同世代くらいだと勝手に認識していたんですが、蓬麗の方が結構年齢が上になるかと思います。蓬麗がかなり若い時に授かった雪子が現在30手前なので、現在18とかの神威と比べて「あー…これは同世代とちょっとずれるなあ」と気づきまして。星海坊主や鳳仙がガキンチョの頃、蓬麗は夜兎族の中でも人気のお姉様的な存在だったんだと思うことにします。
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