お家に帰ろう   作:睡眠人間

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揃う

あれから道場破りもとい高杉晋助は松下村塾に通うようになった。ボロボロに負けた高杉を私が手当てする、というのが一連の流れだ。

 

「よく飽きないね。いつまで続けるつもり?」

「俺が勝つまで」

 

即答した高杉は、周りのガキたちを圧倒する銀時をじっと観察する。

ぶれることのない姿勢に苦笑すると、顔を此方に向けさせた。

 

「いっ」

「我慢我慢。天パはストレートが嫌いだからかわかんないけど、やけに顔狙われてるな」

「……めんどくせェヤツ」

 

濡れタオルで冷やしている間に腕に包帯を巻いていく。今は大人しいけど、最初の頃は私に触られるのを嫌っていた。

そんな高杉を諭したのは我らが松陽。あの日に何を言われたか知らないが、高杉は松陽を先生のように思っているみたい。

 

「お前、武家の長男でしょ。こんな得体の知れない学び舎に通い詰めしていいの?」

「本当にそう思ってるなら、得体の知れないガキを歓迎するのがおかしいもんだぜ」

 

高杉の視線は、みんなのお昼ご飯として作っておいた握り飯に向けられている。ちなみに今日のおかずはおかかとツナマヨと明太子。そこには高杉の分も含まれている。

 

「だって昼飯食べるためだけに一々家帰るの面倒だろうし。あんだけの大人数分にお前一人増えたところで負担にもならんよ」

 

銀時にも手伝わせるしね。嫌々だけど強制的にさせるから無問題だな、うん。

初めは3人分だったのに、松下村塾に来るガキどもの分までいつのまにか作るようになった。何であいつらの分まで作らにゃいかんのだ、と文句を言おうとしたけど家から食料を持ってきたので了承した。むしろ余りは頂けるのでありがたいくらいだ。殆ど私の胃袋に収まるからね!

 

「ま、色々やってあげてんだから受け取りな」

「何で上からなんだよ」

「実際そうじゃん? 此処は松下村塾。一番後輩なのはお前だよ。だから先輩である私は上ってわけ」

「いつ俺が入門したんだ。勝手なこと言ってんじゃねェぞ」

「毎日毎日道場破りに来てるでしょ。そんだけ来てたら道場破りも稽古もそう変わらんし」

「全然違うだろーが!」

 

ありゃりゃ、否定されちゃった。まあ自分で言ってておかしいなって思ったよ。でも松陽は違うみたい。

道場の入り口から見守るように佇んでいる。口元には柔い笑みが浮かんでおり、子供たちを優しく見つめていた。

まるで大事なものを隠し場所に納める時みたいに慈しみを包み込んだ表情。

私の視線に気づくと松陽は、どうしたんですかと聞くように首を傾げた。それになんでもないと頭を振り、手当てし終わった高杉の頭頂部をベシッと叩く。

 

「ほい、終わり。頑張れよ。せめて銀時に一太刀入れてみ。そしたら見直すから」

 

中身のスッカスカな励まし。自分で聞いて呆れる内容だったが、高杉は立ち上がると平素の声で口にする。

 

「銀時の次はテメーの番だ。それまで精々余裕の面して待ってることだな。いつかぶっ潰してやる」

「お、言ったな。楽しみにしてる」

 

望んだ返事じゃなかったことを不服に思ったのか、高杉は眉根を寄せて私を見た。にこりと作り笑いをしてやると、いかにも嫌なものを見たって感じで顔を歪ませる。

 

「……気持ち悪ィ顔してんじゃねェよ」

 

先ほどのお返しとばかりに私にチョップをかますと、高杉は銀時の元へ歩いていった。

 

「……あの野郎、本気で叩きやがったな」

「はは、君たちが親しくしているようで安心しましたよ」

「銀時はね。私は別に」

 

松陽がおむすびを乗せた皿を手にして近づく。今からお昼ご飯の時間のようだ。それに気づいた子供たちもこぞっておむすび争奪戦に参加する。トップを争うは銀時と高杉だ。あいつ、普通に食う気満々じゃねぇか……。

 

「俺が作ったおにぎりだぞ! たくさん取ってんじゃねーよ!」

「んなもん関係ねーだろ。テメェで食う分は奪う……それが松下村塾のルールだ」

「初めて聞いたけど!?」

 

ギャーギャー騒ぎつつもちゃっかりおむすびは確保する二人。ほら、仲がいいでしょ?

 

「元気ですね。ここに来た当初はあんなに尖っていたのに、今ではすっかり丸くなっちゃって……」

「松陽のおかげだろうね。それとまあ、銀時も」

「雪子もそうですよ」

 

間髪入れず松陽は言い切った。え、私は何もしてないけど。

 

「君もあの子の強さの目標になったんです。自身を高めてくれる存在がいることは人生の宝物ですから」

「そーゆーもん?」

「そういうものです。雪子は彼をどうとも思ってないのですか?」

「うん。今のところ、ただの弱いやつってだけだしね」

 

強いやつを気に入る性格の私から言えば高杉は評価対象にならないのだ。銀時を相手にして負けてるようじゃ及ばない。剣の勝負だときっと私は負けてしまうだろうけど、そこには目を瞑っていただきたい。それに所詮はここに通う童。ガキどもと対して変わらないから、やっぱりただの子供だ。

 

「じゃあ、君が驚くぐらい成長すれば印象は変わるんでしょうね」

「そうかもね。とりあえず銀時は倒せるぐらいじゃなきゃ。でもいつ来るかわかんないよ」

「気長に待ちましょう。とても楽しみですね」

「そーだね」

 

そこは楽しみだけれども、果たしてそんな日が来るのか……。無責任な己の発言を思い返してため息の一つでも落としたくなる。

 

「ところで雪子」

「ん」

「どうして私の皿からおむすびを取って食べるのですか?」

「だってもう無くなったし」

 

松陽と話している間にあれだけ作っておいたおむすびは無くなってしまい、新しく作るのもなーって。

そう思いながら四つ目に手を出そうとした時、松陽はにっこり笑った。あ、嫌な予感。

 

「雪子、君が作ったのですから君が食べる権利はあります。しかし師から奪うとは何事ですか」

「や、ほら、たとえ誰からであろうと奪っていけっていうルールがあってだな……」

「それ初めて聞きました。いえ、今日で二度目です」

 

ヒュッと目に見えない速さでコツンと拳が振り落とされたと思ったら、頭にどでかい衝撃、そして私は床に埋もれる。それはもう鮮やかとしか言いようがないほどに綺麗な埋もれ方だ。

 

「あの、いつも思うんですけど効果音と威力が合わなさ過ぎじゃないですかね」

「気のせいです」

「そーですか」

「ええ」

 

久しぶりに食らった……しかもやっぱし痛い。痛みを堪えながら、腹を抱えて大爆笑する銀時は後でぶん投げようと固く心に誓った。

 

 

ーーー

 

 

いつも変わらずそこにいると違和感は日常に塗り替えられていく。だが流石にこれ以上は放置できず、ついに私はそいつを相手にすることを決めた。

だっていずれは銀時がなんかするかもしれないし。松陽に危害を加えようとする輩には容赦ないんだよね。だから事件が起きる前に対処せねばならんのだ。

 

今日も松下村塾を囲うようにして生えている茂みから、私たちを……いや高杉を見ていた。

 

「こんにちは」

「わっ! あ……こ、こんにちは」

「以前も此処でウチを見てましたよね。何の用です? 高杉なら今いませんけど」

「いえ、それはわかっています」

 

礼儀正しい不審者に一応ちょっとばかし猫被る。高杉のお友だちかな? まあ絶対いないだろうけど。

失礼なことを考えながら結われた後ろ髪がサラサラ揺れるのを見る。なんだか面白くて、私も髪伸ばしてみようかなーなんて思ったり。

 

「何の為に来たんですか?」

「少し気になったんです。金も取らずに私塾を開き、貧しい子ども達に手習を教える侍がいると。……あの高杉が通い詰める松下村塾が」

「あの高杉……」

 

あのってどんな?

無愛想で松陽以外には鋭い眼光を緩ませない高杉。一匹狼っつーかなんつーか。誰とも馴れ親しみを持たないタイプに思えた。

それが自分で望み形作ったのか、ただの殻に過ぎないのかはしんないけれど。

ただ最近銀時と口喧嘩してるとこを見ると、そうなんじゃないかって思えてくる。

普段の様子から予想していると少年は遠くを見やった。

 

「高杉は講武館きっての悪童で、誰にも負けず屈しない、強い芯を持った男でした。少なくともあんなふうに……普通の子供みたいに剣に没頭する姿、想像したこともありませんよ」

「やっぱりそうでしたか」

 

子供のくせに変に賢く捻くれている。いや真っ直ぐではあるのだけど、同年代の奴らが曲がりくねっているせいでそうは見えない。

裕福な実家らしいしあの性格だし友達いなくてそうなったんじゃない? あれ、なんかブーメランした気がする。

つかこの子も高杉とかと同い年ぐらいでしょ、ならもう敬語外していいか。周りに言いふらしそうにないし。

 

「それで? 気になって此処に来て、何かわかったの?」

 

前々から興味はあったのだ。内側から見た松下村塾じゃなくて、外側から見た松下村塾が。松陽が大切にするこの場所が他者にはどう映るのか。

求めているのは否定なんかじゃない。私は私の望んだ答えを正解にする。

だからこの少年に聞いたところで無意味なのを知っていた。彼は私の正解がわからないから。

まただ、どうして期待する……

 

「……残念ながら、俺にはわかりません。なんせ外で観察することしかできませんでしたから」

 

よかった、別の答えを聞くことがなくて。

よかった、正解を口にしなくて。

知ってしまったらそれが正解に代わってしまうから。まだしらなくていいのに、私は正解を掴もうとしてしまう。

 

困ったような微笑みに、そっと止めていた呼吸を再開する。

勝手な期待と間違いの罪悪感が綯い交ぜになって、私は意識しないうちに言った。

 

「なら、授業受けてみれば? 松陽は歓迎するだろうよ」

「え? しかし、それは……」

「どーせ一人増えたところで負担にならんし。それにお前、剣の腕はそこそこあるでしょ。道場破りに対抗する切り札にいてもいいんじゃないかなって」

 

いつぞやの言葉をまた並べて早口に言い放ち門の中に入って行く。少年は逡巡したが意を決するとゆっくりとした足取りで進む。

こうして少年……いや、桂小太郎もまた、松下村塾に通うようになった。

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